いにしえの【世界】 − 戯作者の憂鬱 【13】

けることもできるだろう。
 器用の後ろに貧乏が付くような踊り手だ。
 しかし一座にとっては必要不可欠な人員だった。どんな演目も脇を固める彼女がいなければ成り立たない。
 舞台の端から全体を見渡し見守り続けた彼女は、最長老となった今、総ての団員達から慕われる母親のような存在となっている。
 マイヤー=マイヨールも、そして我意の強いフレイドマルも、例外ではない。
 ことにフレイドマルは、かつて彼のおしめを替えてくれたこの古株には、三十路を過ぎた今でもまるで頭が上がらないときている。
 彼女が握ったげんこつは、冗談でも比喩でもなく、間違いなく若禿の頭頂部に振り下ろされるはずだ。
「人聞きの悪いことをいいなさんな、マダム。むしろ私《あたし》ゃ獅子の親心のつもりなんだよ。……向こうのが幾分年上だがね……。あの坊やが自分で千尋の谷を這い上がろうって気になるのを、こうしてそっと待っているって寸法さ」
 マイヤーは悪戯を見つけられた子供の顔をし、マダム・ルイゾンは悪童を諭す母親の顔をした。
「だからねマイヤーちゃん、その谷底の岩なんかよりもずっと硬いゲンコをお見舞いしてあげようって言うの。それで代わりってことにして、今は助け船を出して頂戴な。大体、ここでお役人様の機嫌を損ねちまったら、坊ちゃんの首だけじゃ到底済まないってことぐらい、センセなら分かり切ってるはずじゃぁないの」
 諭し持ち上げつついうルイゾンにマイヤーが反論できるはずはなかった。
 錦の御旗を掲げるグラーヴ卿が、毒々しい赤で塗られた唇をゆがめて
「執行」
 と呟こうものなら、即座にイーヴァンとかいう忠実の頭に莫迦が付く若造の剣が閃いて、あっという間に一座全員が処刑されるだろう。
 昼間、呑み食い屋で「強制執行」されかけた時には、幾分かはこちらの立場に理があった。おかげでかばってくれる人が現れ、危ういところで首が繋がっている。
 マイヤーは己の首筋をなで、肩をすくめた。
「クレールの若様に嫌われることになったとしても、すぐにお逃がしせずに、ちょっと顔を出してもらっていた方が、いくらか良かったかかもしれんねぇ」
 大げさに身震いし、戯けた小心者の笑顔を浮かたマイヤーは、軽口の口調で言った。身振りも言い回しも不自然で、つたなささえもある小芝居だった。
 これには見る者に芝居であることを印象づけ、言葉は台詞、すなわち「嘘」であると思いこませようという意図がある。
 つまり逃げ腰な本音を隠したいのだ。マイヤーは自分の弱さを「母親」に見せたくないと思っている。
 虚勢の張り方が歪んでいるのは、彼が嘘を真実にみせかけ、真実を嘘で覆い隠すことを本分とする「表現者」であるからからやもしれない。
 エル・クレールのような素直な観客であれば、演技達者の不自然な演技から彼の意図を読み取ってくれるであろう。が、同じ表現者であり、彼よりも老練な役者であるマダム・ルイゾンが、小僧っ子の「稚拙」な演出演技に欺される筈もない。
 彼女の目の奥に、怒りに似た寂しげな色が浮かんだ。
「あの人は剣術がお強いそうだけれど、まだまだ子供でしょうよ。しかも元々わたいらとはゆかりのないお子さんじゃないの。あの細い肩の上に、一座全員、裏方遭わせて四十とちょいの命を乗っけたんじゃ、あんまりにも可哀相ってものでしょう」
 背の高い女顔の「少年」が言葉も態度も乱暴な劇団員達に気圧されて、身を縮めて下僕の背中に隠れるようなそぶりをしているのを、彼女も他の踊り子達と一緒に見ていた。
 そのとき彼女は、この若者が、見た目に反してかなり幼いのではないかと感じた。


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まろやか連載小説 1.41
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