煎り豆 − 【6】

はいったい何の歌なんだ? わしは今までこんな歌を聴いたことがない」
 料理長は手を止めて、不思議そうな顔で答えます。
「私たちはずっとこの歌を歌っておりますよ。あなたのところにいたときにも歌っておりました。もっともあなたは、御使いの話などどうでもよいと仰って、歌を止めさせましたけども」
 料理長は頭をぺこりと下げますと、すぐに仕事に戻りました。
「そんなことは、知らないぞ……」
 村で一番の金持ち長者は小首をかしげてその場から離れました。
 しばらく行きますと、小さな川の岸辺に大きな家を幾件も建てているのが見えました。
 家々はみな見るからに素晴らしい材木で作られていました。家々が完成する先からやはり良い材木で作られた家具が運び込まれました。頑丈で粒ぞろいの家具を大勢の職人たちが作り上げております。職人たちは家具のの角と角とをしっかり揃えて積み重ねております。
 そうやって働いている人々は、みな声を揃えて歌い踊っておりました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 村で一番の金持ち長者は黙っていられなくなり、歌と踊りと仕事の真ん中にいる鍛冶屋に声を掛けました。
「これはいったい何の歌なんだ? わしは今までこんな歌を聴いたことがない」
 鍛冶屋は手を止めて、不思議そうな顔で答えます。
「私はずっとこの歌を歌っております。あなたのところに行ったときに、あなたの前で歌ったじゃあないですか。もっともあなたは、私の話をちゃんと聞き終わる前に、私たちをお屋敷から追い出されましたけれども」
 鍛冶屋は頭をぺこりと下げますと、すぐに仕事に戻りました。
「そんなことは知らない……」
 村で一番の金持ち長者は小首をかしげて言いかけましたが、
「いや、そうだったかも知れないぞ」
 口の中でぼそりと言い改めて、その場から離れました。
 しばらく行きますと、小さな川の岸辺で大きな水瓶に水を汲み上げている男の人の背中が見えました。
 男の人は腰をかがめて古いバケツで水を汲んでは、背を伸ばして大きな瓶に水を注いでおります。
 男の人の髪の毛は真っ白で、着ている物は長い間着たように古びておりました。
「はて、どこかで見たような年寄りだ」
 村で一番の金持ち長者は、腕を組んで考えましたが、さて何処で見かけた人なのかさっぱり思い出せませんでした。
 男の人は水を汲み上げる度に腰をかがめますが、なんどかがんでも
「よいしょ」
 とも言いません。
 水を注ぐ度に背を伸ばしますが、何度背を伸ばしても
「どっこらしょ」
 とも言いません。
 その代わりに、神殿の合唱隊が歌うような拍子で、歌のような物を口ずさんでおりました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心


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