楠山譯:アンデルセンの童話


楠山正雄(1884-1950年) 譯,ハンス・アンデルセン (Hans Christian Andersen, 1805-1875年) 著。
底本:現代日本文學全集第三十三篇,改造社,昭和三年二月二十五日印刷,昭和三年三月一日發行。

童話集

ハンス・アンデルセン 原著

楠山正雄 譯


目次


マッチうりのむすめ

それこそきつい寒さでした。雪が降つて、もう晩おそく、くらくなりかけてゐました。 その晩は、一年の一ばんおしまひの、おほみそかの晩でした。

この寒さと暗やみの中を一人のびんぼふな小娘が、帽子もかぶらず、はだしのままで往來を歩いてゐました。 もつともうちを出る時には上靴を一足はいてゐたのです。けれどもそれが何の役に立ちませう。 上靴といつてもそれはおそろしく大きい上靴で、つい近ごろまで、この子の母親がはいて居たものです。 そんな大きな上靴ですから、娘はうちを出るとまもなく、 二臺の荷馬車がいきほひで走つてくるのをよけようとして往來をかけ出したはずみに、 片方かたつぽうの上靴をどこかへとばしてしまひました。もう片方かたつぽうはどこかの男の子がひろつて、 かけ出して行つてしまひました。その男の子は、この位大きな上靴なら、 いまじ自分のうちに子供が出來たとき、ゆりかごにして、ゆすつてやることが出來る位だといひました。

そこでこの娘ははだしのまま、寒さで赤と紫のぶちのできた小さな足をひきずり、ひきずり行きました。 古い前埀の中にいくつか束になつたマッチをくるんで、別に一束手にもつてあるいて行きました。 もうまる一日あるき通して、ただの一箱も買つてくれる人はありませんでした。銀貨一つくれる人もありませんでした。 もう、おなかはへるし、つべたいし、かはいさうにいぢけきつて、蟲のはふやうにむづむづあるいて行きました。 雪は遠慮なくこのむすめのえり元にかはいらしい渦をまいてちぢれてゐる長い金茶色の髮の毛の上にもつもりました。 けれど髮の毛のことなんぞは、いまの所むすめのまるで考へてもみないことでした。 方方の家のまどから明るい光が往來にさして、おいしさうながてうの燒鳥のにほひがぷんぷんしてきます。 なるほどけふは大みそかの晩であつたと、むすめはつくづく思ひ出してゐました。

二軒、家がならんで立つてゐて、一軒の方はずつと高くなつてゐます。 その廂間ひあはひにちよつとした隅を見付けると、むすめはからだを丸くかがめて坐りました。 もう小さな足をどう持ち上げようとしても、骨の中までこごえ切つてゐるやうで、 とてもこの上うちまであるいて行く力はありませんでした。またよしうちへかへつても、 一箱のマッチすらうれず、一文のお金も持つてかへらないといへば、 父親はきつとおこつて、むすめをうつでせう。その上うちといつても名ばかりの、 ほんの屋根があたまにのつてゐるだけで、いくらわらやぼろきれですきまを防いでも、 つめたい風はゑんりよなく吹き込みました。

むすめの手はもうほとんど寒さのためしびれ切つてゐました。ああ、よし一本のマッチでも、 かうなればどんなに助かるでせう。まあ、思ひ切つて一本、マッチの箱から引き出して、壁にすつて火を出して、 指さきをあたためることにしたらどうでせうね。とうとうむすめは思ひ切つて一本出しました。 しゆッ、いきほひよく火花が出て、よくもえること。まるで小さならふそくをともした位な、 あたたかい、明るい光です。むすめはその上に兩手をかざしました。ほんたうにふしぎな光でした。 もうあたつて居る中にむすめは、 ぴかぴか光る眞鍮の金具に眞鍮の飾のついた大きな鐡の暖爐に向つてゐるやうな氣がしました。 まあ、火がきれいにみえること。まあ、ほかほかといい心持だこと。 むすめはついでに足もあたためようとおもつて、うんとのばしました。 そのとたん、火はきえてしまひました。暖爐も見えなくなりました。 さうしてむすめの手にはやはり、もえさしのマッチが一本のこつただけでした。

二本めのマッチを壁に向つてすりました。やがてマッチがもえて、火が出て、 その光が壁にあたりますと、みるみる、壁はうすい紗のやうにすきとほりました。 それをすかして部屋の中が見えます。テーブルの上にはぎらぎらするほど白いテーブル掛がかかつてゐました。 その上にうつくしい模樣の瀬戸ものが置いてありました。林檎や干梅をつめた鵝鳥の蒸燒が、 おいしさうな湯氣を立ててゐました。ところで驚いたことには、 その鵝鳥がいきなり大皿の上からとび下りると、ナイフとフォークを背中にさしたまま床の上をひよこひよこあるいて、 しかもむすめの方に向つて、ずんずんやつてくるではありませんか。 そのとたん、マッチは消えて、あとはやつぱりあつぼつたい、つめたい壁が突つ立つてゐるだけでした。

むすめはもう一本のマッチをともしました。こんどは美しいクリスマスの木の下に娘は坐つて居るのでした。 それは去年のクリスマスに、お金持の商人あきんどの屋敷でガラス越に見たものよりも、 ずつと大きな、ずつと賑やかなお飾をしたクリスマスの木でした。 何千といふらふそくが青青した枝の下にともつてゐて、飾り窓にならんでゐるやうな彩色の繪が、 その上につるしてありました。むすめは手を延ばしてその繪をとろうとしますと --マッチは消えました。 おびただしいクリスマスのあかりが、ずんずん、ずんずん、高く高く、昇つて行きました。 もう大空の星のやうに見えてゐました。やがてその星の一つが落ちて、一すぢの長い火になつて、 大空の上を流れました。

「だれか人が死んだのね。」

とむすめはいひました。

それはあのおばあさんが、ただ一人、この子にやさしくしてくれた、あのおばあさんが、 それはもうとうになくなつてしまひましたが、生きてゐる時分よく、

「空から星が一つ落ちるたんびに、たましひが一つ神さまのところへあがつてゆくのだ。」

といひきかせたものでした。

むすめはもう一本のマッチを壁にすりました。やがてそこらがぱつと明るくなつて、その明りの中に、 年をとつたおばあさんが、生きてゐる時とかはらない、やさしいしんせつさうな樣子のまま、 明るくうき出しました。

「ああ、おばあさん。」とむすめは叫びました。「どうぞわたしを一しよにつれて行つて下さい。 このマッチがもえつきると一しよに、きつとあなたも、 あのあたたかい爐の火やおいしさうな燒鳥や、それからりつぱなクリスマスの木と同樣に、 消えてなくなつてしまふのでせう。」

かういつてむすめは、あわてて箱の中に有るつたけのマッチをすりました。 さうしたらおばあさんの姿を、いつまでも見ることが出來ようと思つたのです。

それでマッチはまつ晝間のやうに明るい光になつてもえました。こんなに美しく、 こんなに大きく、おばあさんが見えたことはありませんでした。おばあさんはむすめを腕にかかへると、 二人は地の上から高く、かがやかしい光とよろこびにつつまれて、もう寒いことも、 ひもじいことも、苦しいこともない世界へと上がつて行きました -- 二人は神さまのおそばへ行つたのです。

さて、その明くる日のまだ朝寒に、家と家との廂間ひあはひで小さいむすめが、 赤い頬つぺたをして、口元に笑みをうかべて、大みそかの晩の寒さこごえて死んでゐました。 やがて元日の朝日がのぼつて、小さなしかばねの上に照りました。 むすめは一箱あるもえがらのマッチを手にもつたまま坐つてゐました。

「火にあたるつもりだつたのだな。」

とみんなはいひました。けれども誰一人、どんなに美しいものを、このむすめが見たか、 そしてどんなにかがやかしい心持で、このむすめがおばあさんにつれられて、いそいそと、 たのしいお正月をしに、遠いところへ出て行つたか、それを知るものはありませんでした。


天使

地の上で、いい子が一人死ぬたんびに、神さまの天使はきつと大空からくだつて來て、死んだ子を腕に抱き、 大きな白い羽をひろげて、子供がこれまで好いてゐた町をいくつか飛びこえて行く道道、兩手一ぱい花を摘んで行きます。 その花を神さまのところへ持つて行くと、地の上に咲いてゐた時分よりも、ずつと美しい花が咲くのです。 神さまはその花を一つ一つ胸にお抱きしめになつて、中でも一番かはいらしい花にキッスなさいます。 すると花逹は聲が出て來て、それは嬉しさうな歌を一しよにうたふのです。

そこで或時、天使は死んだ子供を天國へ連れて行く途中、この話をのこらずして聞かせました。 子供は夢ごこちでうつらうつら聞いてゐました。二人はやがて、これまで子供が生れてからしじゆう遊んでゐた町の上を、 ふはふは飛んで行つて、きれいな花の咲いてゐる花園の上を通りかかりました。そこで天使は、

「どの花を摘んで行つて、植ゑようかね。」

といひました。

見るとそこに一本、すらりとした美しい、ばらの木がありました。 けれども誰からんばうな眞似をしたと見えて、開きかけたまま、大きくふくれた蕾が、 枝ごとどれもこれも折れて、しをれてゐました。それを見ると子供は、

「まあかはいさうに、こんなになつた花でも、神さまのおそばでは咲くでせうか。」

といひました。

そこで天使はその花を取つて子供にキッスしました。子供はうつとりと半分目を開けました。 それから二人でたくさん、きれいな花を摘んで、人にいやしまれてゐる金戔草きんせんさうや、 野生の三色すみれまでも一しよに取りました。

「さあ、これで花が出來あがりましたよ。」

と、子供が嬉しさうにいひますと、天使もうなづいて見せました。 でもまだ二人はなかなか神さまのところまで上がつては行きませんでした。 もう夜になつて、どこもかしこもしんとしてゐました。二人は、やはり、大きな町の中で、 藁くづや、灰や、いろいろながらくたの積んである細い裏通りを飛び歩きました。 ちやうどどの日はそのへんにお引つ越しのある日でした。 で、皿小鉢だの、石膏細工のかけらだの、ぼろ切れだの、古帽子だの、 さまざまなごみがそこらに一ぱいころがつてゐました。

そのごみの中に、植木鉢のかけらと泥のかたまりのあるのを天使は指さしました。 この泥はもと植木鉢からこぼれ出したもので、大きな草花の根でこちこちにかたまつてゐますが、 花は枯れてしまつてゐるので、往來へはふり出されたのでした。

「この花を持つて行くことにしよう。そのわけはこれから飛んで行く途中に話してあげよう。」

と天使はいひました。そこで飛びながら、天使は子供にかういふ話をして聞かせました。

「あすこの狹い横丁の地下室に、一人びんぼふな子供が寢てゐたのですよ。 その子は生れるからしじゆう病氣で床にばかり就てゐて、餘程ぐあひのいい時でも、 松葉杖にすがつて部屋の中を二三べん行つたり來たりする位が關の山だつた。 ほんの夏しばらくの間は、この地下室へもせいぜい日に半時間位は日の光がさし込むことがある。 さういふ時子供は起き上がつて、暖かな日がからだにあたるやうにしながら、 やせこけた指を顏の前に持つて來る。そして日にすかすと指の中の血が、 ほんのり赤くすき透つて見えるのをながめては、

『ああ、けふは血の氣がある。』

といつてゐた。春先の緑色にもえる森なんといふものは、お隣の子が山毛欅ぶなの枝を一本くれたので、 それではじめて想像がついた位だつた。それからもらつた枝を頭の上において、 山毛欅ぶなの木の下で夢を見ながら、日がかがやいたり、鳥が鳴いたりするところを目に浮べてゐた。 すると或春の日のこと、お隣の子がこんどは草花を持つて來てくれた。その中にべづらしくたつた一本、 根のついた草花があつたので、子供はそれを植木鉢に植ゑて、寢臺のわきの窓の上にのせた。 かうして植ゑられた草はしあはせとずんずん大きく伸びて、新しい芽を出しては、 毎年花を咲かせた。これは子供にとつて又とない美しい花園で、この世の中での一ばん大事な寶物になつたのです。 で、子供は水をやつたり、よくめんだうを見てやつて、 低い窓からさし込んで來る日の光に少しでもあたらせやうと心配したりした。 花はこの子供一人のために花を開き、いい香りもまき、目を樂しませもして、 しじゆう子供の夢にもはひつて來ました。で、神さまが子供をお呼び取りになつた時、 はじめて死顏を花に向けたといふわけさ。さてその子供が天國へ來てから、 もうかれこれ一年になる。花はその一年の間窓のところへ置き放しにされたまま枯れてゐたが、 町の引つ越しで往來へ追ひ出されてしまつた。それがさつきの枯花なのさ。 それをごみの中から拾ひ上げたのは、いくらつまらない草にせよ、 女王さまの花園に咲いてゐる立派な花よりも、ずつと大きな喜びを子供にあたへてくれたからですよ。」

すると天使に抱かれて天國へ上る子供が、ふしぎさうに、

「あなたはどうして、そんなくはしいことを知つてゐるのでせう。」

と聞きました。

「それは知つてゐるともさ。」

と、その時天使は答へました。

「だつてその時、松葉杖にすがつてゐた病氣の子は、實はわたしなのだもの。 どうしてあの花を見わすれる筈がないのですよ。」

その時、抱かれた子供は目をぱつちり見ひらいて、天使のりつぱなやさしい顏にぢつと見入りました。 その瞬間にもう、喜びと惠みの美しい天國に二人は着いてゐました。 神さまは死んだ子供を胸に抱きしめて、ほかの天使のやうに、背なかへ羽をつけておやりになりました。 それから天使の持つて來た花を、一一胸にお抱きしめになつた上、 取りわけあのかはいさうな花にはキッスをしておやりになりました、花はみんな聲が出て來て、 神さまのぐるりに、近く、遠く、中にははて知らない遙かの空にまで飛びまはつて、 そのくせどれもどれも同じやうに幸福でゐる天使たちと、聲を合せて歌をうたひました。 それはみんな、小さい天使も大きい天使も、その中には今しがた天使になつた子供も、 あの枯れたままごみと一しよにせまくるしい往來にはふり出されてゐたかはいさうな草花も、 一しよにまじつて、歌をうたつたのでした。


裸體はだかの王樣

もう幾年か前、或國に新調の召物を着ることが何よりもお好きな天子さまがあつて、ありつたけのお金をかけて、 何でも立派に見られたいとばかり願つてゐました。この天子さまは兵隊も可愛がらなければ、 芝居へもお出かけになりません。たまに公園へ馬車を走らせるといつても、 それはかはつた召物を人民たちに見せるためでした。もう晝間は一時間毎にお召しかへで、 よく「王樣は會議の間に。」といふ言葉がありますが、この場合にはきまつて、 「天子さまは衣裳の間に。」といふやうでした。

天子さまのおいでになる大きな都はいつも大へんなにぎはひで、毎日澤山の外國人がよそからやつて來ました、[原文のまま] ある時その中に交つて二人の詐欺師がやつて來ました。二人は自分逹は機織はたおりだが、 まあまあ何でもそれ以上考へやうのない立派な織物を織るといひふらしました。 その着物の色合なり模樣なりが見事なばかりでなく、その織物で作つた着物にはふしぎな性質があつて、 何でも自分の身分に相應しないものか、どうにもならないやくざものには、 その着物は目にはひらないといふのでした。

天子さまはそれを聞いて、思ふには、

「なるほどそれは調法な着物だな。わたしがそれを着れば、 この國で誰が身分に相應しない人物であるか見つけ出すことも出來るし、 悧巧と馬鹿の見わけもつくわけだ。よし、さつそくその織物を織らせることにしよう。」

かう思ふと天子さまは二人の詐欺師にたくさんの前金をやつて、早速爲事しごとをはじめるやうにいひつけました。

さて二人の詐欺師ははたを二臺すゑつけて、はたを織るまねをしました。 けれどはたには何もおいてはなかつたのです。早速一ばん上等な絹と一ばん値段の高い金絲を註文しましたが、 これは自分のふところにしまひ込んでしまつて、あひかはらずからつぽのはたに向つて、 夜おそくまでとんからり、とんからり、やつてゐました。

「さて、どの位織れたか見たいものだ。」

と天子さまは思ひましたが、やくざな人間や自分の身分に相應しないものには見えないといふので、 少し氣味が惡くなりました。何も自分はそんなことをこはがる必要はないと思ひこんでゐましたが、 まづ誰かほかのものをやつて、どんな風だか樣子を見させることにしました。 何しろ都中の人は今ではみんなこの織物がどういふふしぎな力をもつてゐるかといふことを知つてゐました。 それでお互に手ぐすねひいて、一體仲間の誰がばかなやくざな人間だか見てやりたいと待ちきつてゐる所でした。

「よし、機織はたおりの所へはあの勿體らしい老大臣を見せにやらう。 あれなら分別もあり職務に忠實なことは第一等の譯だから、きつとよく見屆けてくるにちがひない。」

とかう天子さまは思ひました。

さて忠義な老大臣は二人の詐欺師がからつぽのはたを織つてゐる廣間へやつて來ました。

「やれやれ大へん。」と大臣は思ひました。そして、兩方の目を出來るだけ大きくあけました。

「わたしにはまるで何も見えない。」

けれども大臣はそれを口に出してはいひませんでした。

二人の詐欺師は、どうかそばによつて見ていただきたいといつて、 それから色あひや縞がらはお氣に召しましたらうかなどとたづねました。 その時二人はからつぽのはたに指さしました。可哀さうにおぢいさんの大臣は、 いよいよ裂けるほど目を見ひらきましたが何も見えませんでした。 なぜなら見たくてもてんで何にもなかつたのですから。

でも大臣はかう思ひました。

「やれやれ、おれはそんなにばかなのかなあ。おれはさうは思はなかつた。 誰にもそれがわかる筈はあるまい。おれは大臣の職に相應しない人間なのかな。 いや、おれには織物が見えなかつたなどと人にいつてはなるまいぞ。」

「さて何かおつしやつては頂けませんか。」

と詐欺師の一人がいひました。

「ああ、いや、見事なものだ。實にすばらしいものだ。」と大臣は目がねごしにのぞいて見ていひました。 「いや、模樣といひ、色合といひ恐れ入つたものだ。 -- よろしい、 天子さまにはわしが非常に滿足したことを申し上げよう。」

「さうですか、それはありがたうございます。」

と二人の機織はたおりがいつて、それからまた色の名の説明をしたり、めづらしい模樣の話をしたりしました。 大臣は熱心に耳を傾けました、よく聞いておいて、天子さまのところへ歸つて行つて、 それを鸚鵡返しにくり返すつもりでした。そしてそのとほりにやりました。

そこで詐欺師はまたはたを織る上に入用だといつて、この上のお金や、絹や、金絲などを請求して、 それをみんなかくしにしまひこんで、相變らず空つぽんおはたにかかつて、とんからり、 とんからりやつてゐました。

天子さまはまたすぐほかの役人をやつて、はたがどういふ風に進んでゐるか、 もうぢき織物が出來上がるか見せにやりました。この役人も前の大臣と同じやうに、 幾らためすがめつながめても、からつぽな機織臺のほか何もありませんでしたから、 從つてやはり何も見ることが出來ませんでした。

「どうです、立派な織物ではありませんか。」

と二人の詐欺師はいひました。さうしてそこにありもしないきれいな模樣のことをいろいろと述べたてました。

「おればばかではないぞ。」とその役人は考へました。 「さうするとおれは自分に相應しない役目についてゐるといふわけだ。 隨分ばかげた話だが、それを人に知られてはなるまし。」

そこでこの男も自分の見もしない織物をほめたてて、美しい色合や模樣を面白く思ふといひました。

「さやう、全くすばらしいものでございます。」

と、歸つて天子さまに申し上げました。

都の人はよるとさはると、その御大そうもない織物の話をしあひました。

そのうち天子さまは、織物がまだはたにのつてゐるうち一度自分の目で見たいと思ひました。 そこで選りぬきの家來を大ぜい引きつれて、その中にはそこへ見に行つたことのある二人の正直な家來も交つて、 二人の狡猾な詐欺師が經絲たていと緯絲よこいともなしにせつせとはたを織つてゐるところへぞろぞろ見物に出かけました。

その時忠義な二人のお役人はいひました。

「どうも見事ではございませんか。あの模樣といひ、色合といひ、陛下には定めしお氣に召したことでございませう。」

かういつて二人は空つぽなはたを指さしました。 なぜといつて二人ともほかの人たちには織物の形が見えるものと思つてゐたからです。

「はて、これはどうしたものだ。おれにはまるで何も見えない。ひどいことだ。おれはばかなのかしら。 おれは天子に相應しない人間なのかしら。これこそ一生の大事件だ。」 -- 天子さまはかう心の中では思ひながら、 わざと大きな聲で、

「おお、なかなか見事だ。ほめてつかはすぞ。」

かういつてさも滿足らしくうなづいて、空つぽのはたを眺めました。 それは何も見えないとはいへなかつたからです。お供につれて來た家來たちも一緒になつて、 さんざん穴のあくほどながめましたが、やはり同樣に何も見えませんでした。 でも天子さまと同じやうに、

「はい、なかなか見事で。」

といひました。そしてこのすばらしい新調の召物を、 近くある筈の大式典の行列の折お召初めになるやうに勸めました。

「目がさめるやうだ。見事なものだ。大したものだ。」

といんな口から口へいひ合ひました。感嘆の聲が湧くやうにおこりました。 天子さまは二人の詐欺師にめいめい騎士勳章をボタンの孔にさげさせ、 改めて「帝室機織師」の稱號を授けました。

いよいよ行列があるといふその前の晩一晩かかつて、詐欺師は爲事しごとをしあげました。 その晩は、十六本以上の蝋燭がかんかんついてゐました。誰にも天子さまの新調の召物をしあげるために、 徹夜のはたらきをしてゐると思はれました。詐欺師ははたから織物をおろすやうな風をして、 それから大きな鋏で空のきれを切るまねをしました。絲もない針でちくちくやつて、とうとう、

「さあお召物が出來上がりました。」

といひました。

天子さまは一等身分の高い貴族たちをつれて御自身お出ましになりましたが、 すると二人の詐欺師は何かひつぱつてでもうぃるやうに片手をあげて、

「さあごらんあそばしませ。これがおズボンでございます。これがお上着でございます。 これがお外套でございます。それからこれがあれ、これがそれでございます。 もう蜘蛛の絲のやうに輕くて、何も召してゐないやうにお思ひでございませう。 が、これこそこの織物のすぐれたところなのでございます。」

「さやう、さやう。」

と貴族たちのこらず口をそろへました。そのくせ何も見えはしませんでした。 それもその筈、何もないのでしたから。

「陛下にはお召物をおぬぎあそばしますか。さういたしましたら、 あの大姿見の前で新調のお召物をお着せまをすでございませう。[原文のまま]」

と詐欺師はいひました。

天子さまは服をぬぎました。すると詐欺師は新調の服を一つ一つ着せるやうなふりをして腰のまはりにとりついて、 何かそこをしめるやうな恰好をしました。天子さまは姿見の前でからだを前うしろにひねくりました。

「おおまことによくお似合ひ遊ばします。どうもお見事なことでございます。 どうも模樣といひ色あひといひ、恐れ入つたお召物でございますな。」

こんあことをみんなはいひました。

「陛下のお行列にささげてまゐる筈の天蓋を用意いたして、あちらに控へてをります。」

と式部長官がいひました。

「よし、支度はいいぞ。」と天子さまも答へました。「どうだ、よく似合つたであらうが。」

かういつて、またも天子さまは姿見に向ひました。 何でも自分の衣裳に見とれてゐる風をしなければならないと思つたからです。

マントの裾を捧げる役の式部官たちは、床に手をふれるほどにして腰をかがめました。 それはさもマントの端を手にもつてゐるやうに見えました。 それからそのまま何かを空に捧げるやうな形をして立ち上がりました。 何も見えないといふことを人に氣づかれまいとばかりしてゐました。

そこで天子さまは立派な天蓋の下に入つて、行列をつくつてねり出しました。往來や窓際に立つて拜觀する者も、

「どうも天子さまの新調の召物は見事なものだね。あのマントの裾の立派さはどうだ。 實によくお似合ひになるではないか。」

といひ合ひました。誰も自分だけ見えないと思はれたくはありませんでした。 なぜならそれは自分が身分に相應しない人間であるか、またはひどいやくざ者たといふことを白状することになるからです。 この天子さまの召物でこれだけの評判をとつたものはありませんでした。

「でもあの人なんにも着てないや。」

と、ふと一人の子供が叫びました。

「いやはや、聞いたか、子供といふものは罪の無いことをいふものだ。」

とその父親がいひました。やがて子供のいつたことがそれからそれとささやかれました。

「あの人何にも着てゐないのだ。子供はさういつてるぜ、何も着てゐないといつてるぜ。」

「でもほんたうに何も着てゐないのだからなあ。」

とうとうのこらずの人がいひました。すると天子さまは自分にもみんなのいふことがほんたうらしく思はれるので、 この言葉が胸にずきんと來ました。でも、

「いや、おれはどこまでも堂々と行列をつづけなければならん。」

と思ひました。そこで天子さまはいよいよいばつた樣子でねり歩きました。 式部官もありもしない上着の裾を勿體ぶつてささげて行きました。


おやゆび姫

或時、一人の女が、どうかしてごく小さな子供をもちたひと思ひました。 けれどどこへ行つたらさういふ子がゐるか、わかりませんでした。 そこで、ある魔法使ひのおばあさんの所へ、出かけて行つて、

「わたしはどうかして小さひ子供がほしいのです。どこへ行つたら、 さういふ子供がゐるか、をしへて下さい。」

といひました。

「なあに、それはわけのないことだよ。」

と、おばあさんはいひました。

「お前さん、ほら、ここに麥の種があるね。だがこれはお百姓の畑に出來るやうなものでもないし、 鷄がつついてたべるやうなものでもないよ。それを持つてかへつて、植木鉢の中へまいておおきなさい。 さうするときつと、何かしるしが見えるだらうよ。」

「どうもありがたう。」

と、女はいつて、おばあさんに銀貨を一つやりました。

それから女は内へ歸つて麥の種をまきますと、間もなく、それは大きな、みごとな花が咲きました。 チューリップのやうな花でしたが、しかし葉ツぱが堅くつぼまつてゐて、花といふよりは、 まるでつぼみのやうでした。

「これはきれいな花だ。」

と女はいつて、その美しい、みごとな赤と黄の葉ツぱにキッスしました。 ところがキッスすると一しよに、ぽんといふ大きな音がして、花がひらきました。 その花はあたり前よく見るやうな、ほんたうのチューリップでしたが、 ただその花のまん中の、青いしべの上に、小さな女の子が、それはしをらしい、 しとやかな風で坐つてゐました。この子はやつとおやゆび位の脊《せい》しかないので、 おやゆび姫と呼ばれることになりました。

みごとに研き上げたくるみのからが、おやゆび姫のゆりかごになりました。 青い菫の葉ツぱがそのふとんで、ばらの葉ツぱがかけものでした。 その中でおやゆび姫は毎晩ねました。でも晝間はテーブルの上で遊んでゐました。 そのテーブルの上に、女は一枚のお皿をおいて、その莖が水の中に入るやうにしました。 まん中には大きなチューリップの葉が浮いてゐました。その上にこの小さな娘は坐つて、 二本の白い馬の毛の櫂で、こちらの岸から向う岸までこいで行くことが出來ました。 それはまつたく、かはいらしい樣子でした。それにこの子は歌もうたへました。 まつたくしをらしい、やさしい聲で、それこそだれも聞いたことのないやうな、 うつくしい歌をうたふのでした。

ある晩おやゆび姫がいつもの小さな寢臺に寢てゐますと、いやらしい形をしてがま蛙が、 窓ガラスの破れからとび込んで來ました。蛙はほんたうにみつともない、大きな、 ぶくぶくしたやつでしたが、すぐと、 おやゆび姫が赤いばらの葉のかけものをかけてねむつてゐるテーブルの上に、 ひよいととび下りました。

「これは内の息子の嫁にちやうどいい。」

と蛙はいひました。さうして蛙は、おやゆび姫が眠つてゐるくるみの殼ごとかつぎ出して、 また窓をぬ[け?]て、お庭へとんでかへりました。

お庭には、大きな、幅の廣い流れがありました。でもそのふちはじくじく水づいて、 土がやはらかでした。そこに蛙は息子といつしよに住んでゐたのです。いやはや、 この息子といふのが母親と同じやうに、みつともないやつでした。

「くわツく、くわツく、ぶれけけけツくす。」

くるみの殼の中に入つたかはいらしいおやゆび姫を見ても、このお壻さんは、 これだけのことしかいへませんでした。

「そんなに大きな聲をおしでない。目をさますからね。」と、蛙のおかあさんはいひました。 「この子はまたにげ出して行つてしまふかも知れないからね。何しろ白鳥の羽のやうに輕いのだからね。 まあ川の中の睡蓮の廣葉の上にのせておきませう。それがこの子にとつてはちやうど島のやうに見えるでせう。 こんなに小さくつて輕いんだものね。さうしておけば、にげて行かれまい。 その間にわたし逹は、沼の中にせつせと御殿をこしらへませう。 さうしていまにお前逹がうちをもつて、一しよに住まへるやうにしませう。」

流れの上には、廣葉の睡蓮がたくさん青青と生えてゐて、それはまるで水の上に浮いてゐるやうに見えました。 一ばんはづれにあつた葉は、また中での一ばん大きな葉でしたから、おばあさんの蛙は、 そこまで泳いで行つて、おやゆび姫を入れたままくるみの殼をその上にのせました。

かはいさうに小さなおやゆび姫は、明くる朝早く目をさまして、 自分がどこにゐるといふことが分かると、大そうはげしく泣きはじめました。 何しろ大きな葉ツぱのぐるりは、のこらず水でした。どこをどう見まはしても、 陸《おか》に上がれる見込みはありませんでした。

おばあさんの蛙は泥沼の中に坐りこんで、よしと黄色い睡蓮の花でお部屋をせつせと飾つてゐました。 それはこんどできたお嫁さんのために、なるたけきれいにこしらへられる筈でした。 それができ上がると、おばあさんはみつともない息子をつれて、おやゆび姫のゐる葉ツぱの所まで泳いで行きました。 二人は先へまづ、おやゆび姫の寢臺を、お嫁さんの部屋まで、かついで持つて行かうとしました。

おばあさんの蛙は、水の中でぽこんと、丁寧におじぎをして、かういひました。

「これはわたしの息子です。これがあなたの夫になるのですよ。 これからは二人で一しよに沼の中で、樂しくおくらしなさい。」

「くわツく、くわツく、ぶれけけけツくす。」

息子はこれだけしかいへませんでした。

そこで親子はこのかはいらしい寢臺をかついで、泳いで行つてしまひました。 けれどもおやゆび姫は、一人ぼつち青い葉ツぱの上に坐つたまま泣いてゐました。 姫はこんないやらしい蛙の内に住んで、あのみつともない息子を夫にするなどといふことは、 とてもいやでたまりませんでした。小さなおさかな逹がちやうど下の水の中で泳いでゐましたが、 蛙の親子のすがたもみましたし、そのいつてゐることも聞きました。そこでおさかな逹は首をのばして、 小さな姫のすがたを見たいと思ひました。姫を見るとおさかな逹は、ほんたうにかはいらしい子だと思つて、 それをあんなみつともない蛙の所へなんぞやるのは、まつたくをしいものだと思ひました。 どうして、そんなことができるものではない。

そこでおさかな逹はみんな、姫をのせた青い睡蓮の廣葉を支へてゐるぢくのまはりに集つて來て、 てんでんに小さな齒でかじりました。そこで齒がぢくをはなれて、 水の上についと浮いて出ました。それと一しよにおやゆび姫も、 もう蛙がとても追ひつくことの出來ない遠方まで流れて行つてしまひました。

おやゆび姫はいろいろの土地を通つて流れて行きました。籔の中の小鳥たちは姫の姿を見て、

「なあ、なんてかはいらしい娘さんだらう。」

などといひました。睡蓮の葉ツぱは姫をのせたまま、どんどん、どんどん、流れて行つて、 とうとうおやゆび姫はこの國のそとまで出てしまひました。

しをらしい形をした一羽の小さな白いてふてふが、しじゆう姫のまはりをとびまはつてゐましたが、 とうとう葉の上にとまりました。おやゆび姫をてふてふは好いてゐました。 もうとても蛙が追つかけて來ることは出來ないし、今流れて行く所もそれは美しいけしきでしたし、 そこへやさしい友だちができたので、姫もほんたうにうれしいと思ひました。 お日さまは水の上にさし込んで、金のやうにきらきら光つてゐました。 姫は自分の帶をといて、その片ツぽのはしをてふてふの體に、もう一つのはしを葉ツぱにいはえつけました。 すると葉ツぱは先よりももつと速くすべり出しました。おやゆび姫もやはり葉ツぱの上にのつたまま、 一しよに早くすべつて行きました。

するとそこへおおきなこがね蟲がとんで來ました。姫を見つけると、いきなりその細い腰に爪をかけて、 姫をつかんだまま木の上へとんで行きました。青い葉ツぱはひとりになつて、 流れの上をどこまでも浮いて行きました。それはてふてふが葉ツぱにいはひつけられてゐたので、 はなれることが出來なかつたからです。

やれやれ、かはいさうに、小さなおやゆび姫は、こがね蟲のために木の上にさらつて行かれたとき、 どんなにびつくりしたでせう。けれどとり分け姫がかはいさうに思つたのは、あの白いてふてふでした。 てふてふはしつかり葉ツぱにいはひつけられて、自分でほどくことが出來ませんから、 きつとおなかがへつて死ぬにちがひありません。けれどもこがね蟲は、 そんなことにはちつともどんぢやくしませんでした。こがね蟲は姫と一しよに、 木の中の一ばん大きな青葉の上に坐つて、さあ、花のおいしいところをとつておたべといつてくれました。 そして姫は大そうかはいらしい娘だが、ちつともこがね蟲と似たところはないねといひました。

やがて木の上に住んでゐるほかのこがね蟲がみんな訪問にやつて來ました。 みんなはおやゆび姫をじろじろながめて、中でも女のこがね蟲たちは、長い鬚をふりたてて、

「おや、まあ、二本しか足がないわ、いやらしい樣子だわ。」

と、ひとりがいふと、

「鬚だつてないぢやないの。」

と、ほかの娘がいひました。

「この子の腰の細ツこいこと -- まあいやだ。何だか人間の子供に似てゐるわね。 -- 何てみつともないんでせう。」

と、こんなことをこがね蟲の貴婦人たちが聲をそろへていひました。

でも何でも、おやゆび姫はほんたうにきれいでした。 この子をさらつて來たこがね蟲ですらさう思つてゐました。 けれどみんなほかのものがあんまり、みつともない、みつともないといふものですから、 おしまひにはこのこがね蟲もさう思ふやうになりました。もうこの子を内へはおくまい、 どこへでもすきなところへ行かせようと思ひました。そこで、 みんなして姫をかかへて木からとび下りて、一本の雛菊の上にのせました。 姫はこがね蟲にすらきらはれるほど自分はみにくいかしらと思つて泣きました。 でもほんたうは、この上ないかはいらしい娘で、ばらの葉のやうにやさしい、しをらしい子供でした。

夏中とほしてずつと、かはいさうなおやゆび姫は、まつたくの一人ぼつちで、 大きな森の中でくらしました。自分で草の葉を編んで寢床をこしらへました。 そしてそれを大きなごばうの葉の下にかけて置きましたから、それで雨をしのぐことが出來ました。 たべものには花から蜜を取りました。そして毎朝葉の上に下りる露を吸ひました。 こんな風にして夏はをはり、秋もまたすぎて行きました。けれどこんどはあのつめたい長い冬がやつて來ました。 あれほどやさしい聲で歌をうたつてくれた小鳥たちは、みんなとんで行つてしまひました。 木も草も葉をふるつてしまひました。今までその下に入つて、雨露をしのいでゐたあのごばうの葉は、 しぼんで枯れてしまひました。そしてあとには黄いろい、しなびた莖がのこつてゐるだけでした。 着物もさけてしまひましたから、もうそれはひどく寒くつて、この上この子はいかにも、 きやしやな、物やさしい生れつきでしたし、かはいさうにおやゆび姫は、 もうほとんど凍え死をするところでした。そのうち雪が降りだしましたが、 その雪の一ひらが姫のからだにかかると、わたしたちあたりまへの人間の體に、 シャベルに一ぱいの雪をかけられたと同じぐらゐにつめたく感じました、 なぜといつて、わたしたちはからだが大きいが、この子はたつた一寸しかなかつたのですものね。 そこで姫は枯れツ葉の中にくるまりましたが、そんなことではとてもあたたかくはなりません。 もう寒さでふるへ上がつてゐました。

姫がこんど來た森のぢきそばに大きな麥畑がありましたが、麥はとうの昔になくなつてゐました。 ただむき出しになつた切り株が凍つた土地の上に突ツ立つてゐました。それは姫にとつては、 まるで大きな森の中をさまよつてあるくやうに思はれました。それにまあどんなに寒さにふるへたことでせう。 でもやがて姫は野鼠の門口まで來ました。その鼠は切り株の下に小さな穴を持つてゐました。 その中に野鼠はほつかりとあたたまつて、がひよく暮らしてゐて、 お部屋一ぱい麥を貯へてゐました。すばらしい臺所と肉部屋もありました。 かはいさうにおやゆび姫は、まるで乞食むすめのやうにその門口に立つて、 ほんの少しの麥を分けてもらひたいと頼みました。何しろこの二日の間、なんにものどをとほさないのでした。

「やれやれ、かはいさうに。」

と、野鼠はいひました。何しろこれは、なかなか人のいい野鼠のおばあさんでした。

「まあ、わたしとあたたかい部屋へお入り。一しよに御飯をたべよう。」

野鼠のおばあさんは、おやゆび姫が氣に入つたので、かうやさしくいつてくれました。

「お前さん、よければこの冬中ここにおいで。 でもお部屋はきれいに小ぢんまり片づけておいてくれないといけないよ。 それからわたしはお話が大すきだから、いろんなお話をしておくれ。」

そこでおやゆび姫は、野鼠のおばあさんのいふままになつて、その代りずいぶん樂しくくらしました。

「そのうちお客さまが見えるだらうよ。」と、野鼠がいひました。 「お隣のお友逹は一週間に一度たづねて來ることになつてゐるのだからね。 どうしてあの人はわたしなんぞよりはずつとよくくらしてゐて、大きな部屋もあるし、 黒ビロードの毛皮なんぞももつてゐますよ。まあ、お前さんもあの人をお壻さんにしたら、 きつと樂な身分におなりだらう。でもあの人はちつとも目が見えないんだからね。 何でもお前さんの知つてゐる一ばん面白いお話をしてあげなければいけない。」

でもおやゆび姫はこんな話を氣にも止めませんでした。このお隣の人といふのは、 むぐらもちだといふのですから、そんな人をお壻さんにしようとは思ひません。 でもむぐらもちはほんたうに黒いビロードの着物をきてたづねて來ました。 野鼠はむづらもちがどんなにお金持で、學問があるかといふ話をして聞かせて、 内だけでも二十倍も大きいといひました。でも物知りではあるが、お日さまと美しい花をきらふこと、 どちらも見たことがなにので、その惡口ばかりいふことなどを話しました。

おやゆび姫は歌をうたはされたので、「こがね蟲とべよ。」と「坊さんが野をあるいてる。」 といふ歌をうたひました。するとむぐらもちは姫の美しい聲に聞きほれて、大好きになりました。 けれど一たいおちつきはらつた男でしたから、、口に出しては何もいひませんでした。

これよりしばらく前、むぐらもちは自分の内から野鼠の内まで土をほつて、長いトンネルをあけました。 それでおやゆび姫も、野鼠も、いつでもすきなときに、このトンネルをとほつて行くことを許されました。 でもその途中の道に死んだ小鳥がころがつてゐても、こはがつてはいけないともいはれました。 それは羽も嘴もちやんと揃つた、まんぞくな鳥でした。多分ついこの頃、冬になると間もなく死んだので、 ちやうどむぐらもちがほりあげたトンネルの中に埋葬されたのでした。

むぐらもちは、くされた木ぎれが、闇の中で火のやうに光つてゐるのを見つけて、口にくはへて來ました。 そしてこれを持つて先に立つて、長い暗いトンネルを、探りながら進んで行きました。 みんながちやうど死んだ小鳥の寢てゐるところまで來ますと、むぐらもちは平べつたい鼻を天井にくつつけて、 土を突き上げますと、そこに大きな穴が出來て、その穴から日がさしこみました。 通り路のまん中には死んだつばめがねてゐました。美しい羽をぴつたり兩わきにくつつけて、 頭と足を羽の中にひつこめてゐました。かはいさうにこの小鳥は寒さで死んだのでせう。 おやゆび姫は大そう鳥を氣の毒に思ひました。姫は夏の間、自分のためにあんなにかはいらしい歌をうたつたり、 囀つたりしてくれた小鳥を、みんなすいてゐました。けれどもむぐらもちは短い足で小鳥を蹴つて、

「かうなつてはもう、ぴいぴいいふことも出來ない。小鳥に生れるなんで、 ずゐぶんみじめなことに違ひない。まあわたしは、 自分の子供らが一人もそんなものにならないことを喜んでゐる。 こんな鳥などといふものは、ぴいぴい、ぴいぴいいふほかに、何も能がないのだ。 そして冬になればかつゑて死んでしまふのだ。」

といひました。

「さうだよ。お前さんはなかなか分つたことをいふね。」と野鼠がいひました。 「一體ぴいぴいいつたつてt,冬が來れば鳥はどうしやうもないだらう。 かつゑて凍えて死ななければならない。でもさういふのがいつぱし高尚なことだと思はれてゐるのだよ。」

おやゆび姫はなんにもいひませんでした。けれど、ほかの二人が小鳥の方に背を向けたとき、 姫は腰をかがめて、鳥の頭にかぶさつてゐる羽をどけてやつて、かたくつぶつた目にキッスしました。

「きつと夏の間あんなにかはいらしい歌をうたつて聞かしてくれたのは、 この鳥だつたのだよ。」と、姫は思ひました。「まあ、このかはいらしい小鳥は、 どんなにわたしを樂しませてくれたでせう。」

むぐらもちはその時また日のさしこむ穴をふさいで、お客の婦人たちをうちへつれて行きました。 けれども夜になると、おやゆび姫はちつとも寢ることが出來ませんでした。 そこで寢床から起き上がつて、枯ツ葉で大きな美しい掛けものをあんで、 それを死んだ小鳥の所へもつて行つて、かけてやりました。それから野鼠の部屋で見つけた柔かな木綿を、 鳥の兩脇にかつてやりました。それで鳥はつめたい地の中で暖かに寢ることが出來るやうになりました。

さやうなら。かはいらしい小鳥さん。」と姫はいひました。「ねえ、さやうなら。 夏のうちは面白い歌をきかせてくれてありがたう。との時はどの木も青くつて、 お日さまがずゐぶん暖かにわたしたちを照らしてくれましたわ。」

かういつて姫は頭を小鳥の胸にのせましたが、ふとびつくりして、とび上がりました。 なんぜなら小鳥のおなかの中で何かぴくんぴくん動くやうに思つたからでした。 これは小鳥の心臟でした。小鳥は死んではゐなかつたのです。 ほんの寒さのためしびれて動けなくなつただけなのでした。 それを今あたためてもらつたので、また息を吹き返したのです。

秋になるとつばめはみんな暖い國へとんで行きます。けれどもその群にはぐれてあとにのこると、 そのうち寒くなつて來て、死んだやうになつて地びたに落ちたままころがつてゐますと、 つめたい雪が、その上へ降り埋めてしまふのです。

おやゆび姫はほんたうにふるへました。まつたくおどろいてしまつたのです。 それは小鳥がじつに大きく、それはたつた一寸しかせいの高さのない姫に比べては、 じつに大きかつたからです。けれども姫は勇氣を起して、かはいさうな鳥の體を堅く綿にくるんで、 いつも自分のかけものに使つてゐる薄荷の葉をもつて來て、それを頭にかけてやりました。

そのあくる晩、姫はまたそつと小鳥の所へ出かけて行きました。 すると小鳥はもう息を吹き返してゐましたが、まだずゐぶんよわりきつてゐました。 やつとしばらくの間目をあけて、 提燈の代りにくされ木を持つて立つてゐるおやゆび姫の顏を見ることが出來ただけでした。

「ありがたう、かはいらしい娘さん。」と、病人のつばめがいひました。 「わたしはずいぶんよくあたためてもらひました。もう間もなく氣力がつくでせう。 さうすればあたたかい日の光の中でとびまはりやうになります。

「まあまあ。」と姫はいひました。「それは外はずゐぶん寒いのですよ。雪が降つて、 氷がはつてゐます。このあたたかいねどこの中にぢつとしておいでなさい。 わたしが看護してあげますから。」

この時姫はつばめに、花びらの中の水をもつてきてやりました。 それをつばめは吸つて、ばら籔の中で片方の羽を裂かれた話をしました。 それでほかのつばめのやうに早くとべなかつたので、 その間にみんなあたたかい國の方へ遠くとんで行つてしまつたのだといひました。 さういふわけで、とうとう地びたに落ちてしまつたが、そのあとのことは何もおぼえてゐない、 どうして姫が見つけた場所に來てゐたのかわからないといひました。

冬の間中つばめはそのままぢつとしてゐて、おやゆび姫の親切な介抱をうてけゐました。 野鼠もむぐらもちも、つばめをきらつてゐましたから、そのことは何とも聞き出しもしませんでした。

やがて春が來て、お日さまが地びたを温めると、間もなくつばめはおやゆび姫においとまごひをしました。 それで姫は、むぐらもちが天井にあけた蓋をあけてやりました。 お日さまの光は二人の上にまぶしいやうにさしこみました。 するとつばめはおやゆび姫に、自分と一しよに行かないかといひました。姫はつばさの背中にのることが出來ます。 二人は遠くの緑ぶかい森の方へとんで行くことも出來るでせう。 けれどもおやゆび姫は自分が出て行つたら、野鼠のおばあさんがきつと悲しがるだらうと思ひました。

「いいえ、わたし行かれないわ。」

と、おやゆび姫がいひました。

「ぢやあ、さやうなら。やさしい、かはいらしい娘さん、さやうなら。」

と、つばめはいつて、お日さまの光の中をめがけてまつしぐらにとんで行きました。 そのあとをおやゆび姫は見送つてゐると、涙がひとりでに目の中ににじんで來ました。 姫はかはいいつばめを、ずゐぶん好いてゐたのでした。

「ぴいぴい、ぴいぴい。」

と、小鳥はうたひながら、緑ぶかい森の中へとんで行きました。 おやゆび姫はがつかりして、つまらなくなりました。 あたたかいお日さまの光の中に出て行くことを姫は許されませんでした。 野鼠の穴の上にある畑には、麥がまかれて、ずんずん高くのびて行きました。 それはたつた一寸のせいしかない小娘にとつては、深い、深い森のやうに思はれました。

「さあ、この夏はお前さんも、お嫁入りのしたくをしなければならないよ。」 と、野鼠が姫にいひました。「なぜなら、あのお隣の黒ビロードのむぐらもちが、 結婚の申し込みをしたからです。お前さんは毛と麻の服を一着づつこしらへなければなりません。 でもむぐらもちのお嫁さんになれば、何も不足はないだらう。」

おやゆび姫は絲をとらなければなりませんでした。むぐらもちは蜘蛛をやとつて來て、 夜も晝もお嫁さんのためにはたをおらせました。毎晩むぐらもちがたづねて來ました。 いつもむぐらもちがいふには、

「夏がおしまひになつてくれれば、そんなにひどくは日が照らないやうになるだらう。 何しろ今のところでは、土が石のやうにかんかん堅くなつてゐるからな。」

といふことでした。さう、それで夏がすぎてしまふと、その時むぐらもちはおやゆび姫と式を擧げるのでせう。 けれども姫は、いやらしいむぐらもちを好いてゐませんでしたから、ちつともうれしくは思ひませんでした。 毎朝日がのぼつても、それから毎晩日がしづんでも、姫はそつと戸口へ出て行きます。 それで風がふいて麥の穗を右左に押し分ける時には、その間からちよつぴり青空を見ることができました。 まあ外へ出たらばどんなに明るくて、どんなに美しいだらうと思ひました。 どうかしてあのすきなつばめにもあひたいと望んでゐましたけれど、 つばめはあれなりもう歸つて來ませんでした。きつと美しい緑ぶかい森の中へとんで行つてしまつたのでせう。

するうちに秋になりました。おやゆび姫はすつかり御婚禮の支度が出來てしまひました。

「これから四週間の中に御婚禮をするはずだ。」

と、野鼠は姫にいひきかせました。

けれどおやゆび姫は泣きながら、 あのおもしろくもないむぐらもちをお壻さんにすることはいやだといひ出しました。

「ばかをおひいでない。」と、野鼠がいひました。 「そんながうじやうをはるものではない。それでないとこの白い齒でかみよ。 あの人はお壻さんにしてもはづかしくない立派な人だ。 女王さまだつてあんなまつ黒なビロードの毛皮をもつておいでにはならないのだ。 それにあの人の臺所にも穴藏にも、一ぱい貯へがある。お前のしあはせを喜ぶがいいよ。」

さて、いよいよ御婚禮をすることになりました。むぐらもちは、 さつそくおやゆび姫をひつぱつて行かうとしました。姫は深い土の中にむぐらもちと一しよに住まつて、 あたたかいお日さまの光の中に二度と出ることは出來なくなるのです。 お日さまの光をむぐらもちは好きませんでした。かはいさうにこの小さなむすめは、 どんなに悲しく思つたでせう。野鼠の内にゐればまだしも門口からのぞけた美しいお日さまの光にも、 これなりおよいよお別れをいはなければなりません。

「お日さまの明るい光にも、さやうなら。」

と、姫はいつて、兩腕をその方へさしのべました。そして野鼠の内からはなれて少し外へ出てみました。 外は麥がのこらず刈りとられて、からからな切り株だけがつつ立つてゐるだけでした。

「さやうなら。」

と、姫はもう一度いつて、まだそこに咲きのこつてゐた赤い花に腕をかけました。

「あのつばめさんにまた會つたら、わたしからよろしくいつたといつておくれ。」

「ちツちくち。ちツちくち。」

ふとさういふ聲が頭の上で聞えました。姫はあをむいてみますと、 それはその時ちやうどそこをとほりかかつたあのつばめでした。 つばめはおやゆび姫を見ると、どんなによろこんだでせう。 おやゆび姫はつばめに向つて、あのいたらしいむぐらもちをお壻さんにすることと、 そうしてもうお日さまの光のけつしてあたらない土の下に深くもぐつてくらすといふことは、 どんなにつらいかといふ話をしました。そして話しながらつい泣かずにゐられませんでした。

するとつばめがいふには、

「冬がまた來ます。わたしはこれからあたたかい國へとんで行かうといふところなんですよ。 わたしと一しよに來ませんか。わたしの背中にのれますよ、 ほんのあなたのからだを帶でいはひつけただけでいいのです。 さうすればあなたはあのいやなむぐらもちの手から、そのまつくらな部屋からのがれて、 いくつもいくつも山を越へたはるかむかうのあたたかい國へ行かれます。 そこにはお日さまも、この國よりはもつとずつと美しく輝いて、いつも夏で、 いつもきれいな花が咲いてゐます。だからおやゆび姫さん、 わたしと一しよにとんで行きませう。あなたはわたしがくらい穴の中に凍えて寢てゐた時、 わたしの命を助けてくれた恩人です。」

「ええ、わたし、一しよに行きますわ。」

おやゆび姫はかういつて、鳥の背中にのりました。 そのひろげた羽の上にしつかり足をつえて、自分の帶をほどいて、 一ばん丈夫な一枚の羽にからだをいはひつけました。 それからつばめは森を越へ、海を越へ、もう雪が一年中積つてゐる高い高い山を越へて、 空の上へとんんで行きました。そのとちゆう、おやゆび姫は、冷たい風にあたると、 凍えるやうに思ひましたが、さういふ時には鳥のあたたかい羽の中にもぐり込んで、 ただ小さい顏だけを出して、はるか目の下の美しいけしきをながめてゐました。

やがて、二人はあたたかい國に着きました。そこではお日さまがこの國よりはずつと明るく輝いてゐました。 空は二倍も高さがあるやうでした。溝の縁にも、垣根の外にも、美しい黒ぶだうや青ぶだうがたくさんなつてゐました。 レモンとオレンジの實が森の中にかさなり合つてぶら下つてゐました。 ミルテや薄荷草で、風までが匂つてゐました。往來には、それはかはいらしい子供たちがとびあるいて、 きれいなてふてふたちと仲よく遊んでゐました。けれどもつばめは足を止めずに、 遠く遠く行きました。遠く行けば行くほどそれは美しくなりました。 まつ青な湖水のそばの、青青と見事に茂つた木の下に、昔からまつ白な大理石の御殿が建つてゐました。 屋根のてつぺんには、たくさんのつばめの巣があつて、 その一つがおやゆび姫をつれて來たつばめの住居すまゐでした。

「これがわたしのうちです。」とつばめはいひました。 「けれどもここよりも、あそこの下に咲いてゐる花の中で、一ばんきれいなのを自分でおえらびなさい、 そこへつれて行つてあげませう。そして何でもほしい物をとつて來てあげませう。」

「まあ、うれしいこと。」

と姫は叫んで、かはいらしい手をたたきました。

一本の大きな大理石の柱が、地の上に倒れて、三に折れて、そこに横はつてゐました。 けれどその折れた間に、それこそ美しい大きな、白い花が咲いてゐました。 つばめはおやゆび姫をつれてとんで降りて、その廣い一枚の葉の上にのせました。 けれど小さい姫はどんなにびつくりしたでせう。その花の中に一人小さな男の子がゐて、 まるでガラスで出來た人のやうにまつ白に透きとほつてゐました。 頭の上にそれはかはいらしい金の冠をかぶつて、肩にはきらきら光る羽をのせてゐました。 大きさもおやゆび姫にくらべて大きくはありませんでした。 この子は花の天使でした。どの花にも一人一人、かういふ小さな男か女が住んでゐましたが、 この子はとりわけその中でも王さまでした。

「あら、まあ、何てきれいな人でせう。」

と、おやゆび姫はつばめにささやきました。

小さな王子はつばめを見ると大そうおびえました。何しろこんなに小ちやなこの子にとつては、 つばめはわしのやうな大きな鳥に見えたのです。けれどもおやゆび姫を見ると、 すつかりうれしくなりました。王子はこんなかはいらしいむすめに逢つたのははじめてでした。 ですから自分の金の冠をぬいで姫の頭にのせて、名前を聞きました。 そして姫が自分のお嫁さんになつてくれるやうに、 さうなればいやでものこらずの花の女王になることになるのだからといつてたのみました。 なるほどこれはがま蛙の息子や、黒ビロードの毛皮を着たむぐらもちとは、 ずいぶんちがつたお壻さんでした。ですから姫もこのやさしい王子にはやさしく、

「はい。」

と答へました。すると方方の花から貴婦人や紳士がぞろぞろ出て來ましたが、 どれもこれもそれはかはいらしくつて、見るだけでも樂しみなほどでした。 みんなはめいめい、おやゆび姫に捧げものをもつて來ましたが、その中での一ばんいいものは、 大きな白蠅の着て居たきれいな羽一揃ひでした。この羽をおやゆび姫の背中にいはひつけますと、 もう姫は花から花へとぶことが出來るやうになりました。そこでも、ここでも、 さかんな萬歳の聲がおこりました。するとつばめは高い窓から見下しながら、 二人のためにおよろこびの歌をうたつてやりましたが、つばめの心の中では、 さびしく思つてゐました。なぜなら、つばめは姫をほんたうにすいてゐて、 このまま別れることを何よりもいやがつてゐたからです。

「あなたはもうおやゆび姫といふのはおよしなさい。」と、花の天使は姫にいひました。 「それはいやな名前ですよ。美しいあなたには似合ひません。これからはマイアといふ名にしませう。」

その時つばめが、

「さやうなら、さやうなら。」

といひながら、またあたたかい國から出て、寒い寒いデンマルクの國まで歸つて行きました。 そこでつばめはおはなしのできる人の窓の上に、小さな巣をつくつてゐました。 その人につばめは、「ちツちくち、ちツちくち。」うたつて聞かせました。 そしてその人から、わたしたちはこのお話を殘らず聞いたのです。


osawa
更新日: 2002/07/27

このファイルは、物語倶楽部(アーカイブ)で作製・配布されていたものを、お姫様倶楽部Petit(http://jhnet.sakura.ne.jp/petit/)管理人が個人的に加工・作製した物です。
この版の最終更新日は「2009年11月22日」です。

加工に際して、明らかな誤脱字などがあれば修正してありますが、原本に当るといったチェックは行っていません。
あらかじめご了承下さい。
配付・再利用は自由です。(物語倶楽部「テキストの扱い」(アーカイヴ)に準じます)
(なお、このファイルは当方使用中のサーバーの利用規約上広告タグを入れてあります。再配布・再利用時にはその部分を削除してください)
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