ROMEO AND JULIET(TALES FROM SHAKESPEARE)(ロミオとジュリエット)

Charles Lamb(C.ラム)

SOGO_e-text_library訳




 昔、ヴェロナの2大名家といえば、ともに富豪である、キャピュレット家とモンタギュー家とされていた。両家は昔から争いあい、それが高じて、互いに憎みあうほどになっていた。そうした心理は、一族の遠縁のものや従者にまでおよんでおり、そのためにモンタギュー家の召使いがキャピュレット家の召使いに会ったり、キャピュレット家の人がモンタギュー家の人にたまたま出会っただけで、激しい口論が起こり、時には流血事件にまでなるようになった。こうした偶然の出会いから起こるけんかにより、ヴェロナの町における幸福な平和はたびたび破られていた。
 ある日、老キャピュレット卿が一大宴会を主催し、貴婦人や貴族をおおぜい招いた。ヴェロナでも評判の美人はみな出席し、モンタギュー家の者でさえなければ誰でも歓迎された。
 このキャピュレット家の饗宴に、ロザラインという人も出席していた。彼女は、老モンタギュー卿の息子のロミオに愛されていた。モンタギュー家の者がこの宴会で顔を見られるのはとても危険な事であった。しかし、ロミオの友人であったベンヴォリオは、若殿に対し、仮面で変装して宴会に出席しましょうと説いた。そうすれば、ロミオはロザラインにあえるし、また、ロザラインを、ヴェロナでも選りすぐりの美女と見比べることもできます。それによって、あなたの白鳥をカラスだと思うようになるでしょう(とベンヴォリオは言った)。ロミオは、ベンヴォリオの言葉をあまり信用しなかった。しかしロザラインを愛していたので、行く気になった。ロミオは誠実かつ熱烈な恋人であり、恋のために夜も眠れず、人目をさけ、1人でロザラインのことを考える人であった。ロザラインはといえば、ロミオを軽蔑しており、ロミオの愛に対して、少しも優しくしたり好意で報いることがなかった。ベンヴォリオは、いろんな女性たちを見せることで、友人の恋の病を治してやろうと思ったのだ。
 こういう次第で、キャピュレット卿が開いた宴会に、若いロミオはベンヴォリオと、2人の共通の友人であるマーキューシオといっしょに、仮面をつけて出席した。老キャピュレットは彼らを歓迎した。足の指にまめができて困っている女性でもなければ、きっとあなた方と踊ろうとするでしょうな、と言った。老人は楽天的で愉快な人だった。自分も若いときは仮面をつけたものだ、美人とひそひそ話だってやれたもんだ、と言うのだった。
 一同は踊り始めた。突然ロミオは、そこで踊っている、並はずれて美しい娘に目を奪われた。ロミオには、その人がたいまつに明るく燃えるよう教えているかに見えた。その美しさは、黒人が身につけている宝石のように、夜のやみのなかで際立っていた。その美しさは、費やすにはあまりに豪奢《ごうしゃ》で、地上におくにはあまりに高貴すぎた! からすに混じった雪のように白い鳩(とロミオは言った)、そう思えるくらい、彼女の美しさは完璧であり、一座の娘たちから抜きんでて輝いていた。
 ロミオがこのように彼女をほめたたえているところを、キャピュレット卿の甥であるティバルトに聞かれてしまった。ティバルトは、声を聞いてロミオだと知ったのである。ティバルトは火のように激しい気性の男であったから、モンタギュー家の者が仮面で顔を隠して、一族の祝祭をばかにしたり侮辱したり(ティバルトがそう言ったのだ)するのには我慢がならなかった。彼は怒りにまかせて暴れまわり、若いロミオを殺そうとした。しかし、ティバルトのおじ、老キャピュレット卿は、その場ではティバルトが客人に危害を加えるのを許さなかった。宴会に来ていたお客に対する配慮もあったし、ロミオは紳士らしく振る舞っていたし、ヴェロナ中の人がみなロミオのことを立派な落ち着いた青年として誇りに思っていたからだ。ティバルトはしぶしぶながら我慢せざるを得なかった。しかし、いつかこの性悪のモンタギューにここにもぐりこんだ事の償いを存分にさせてやる、と言いのこした。
 ダンスが終わると、ロミオはあの女性が立っているところを見つめていた。仮面をつけているおかげで、多少の無礼は許してもらえそうだったので、大胆にも彼はそっと彼女の手を取り、それを聖地と呼び、もしこれに手を触れて汚《けが》したのであれば、自分は赤面した巡礼だから、償いのために接吻させて欲しい、と言った。
 「巡礼さま。」その女性は言った。「あなたのご信心はあまりにもお行儀よく、お上品でございます。聖者にだって手はございますもの、巡礼がお触れになってもよろしゅうございます。でも、接吻はいけませんわ。」
 「聖者には唇がないのでしょうか、それに巡礼には?」ロミオは言った。
 「いえ。」娘は言った。「お祈りに使わなければならないのですから、唇はございます。」
 「それならば、私の愛する聖女さま。」ロミオは言った。「私の祈りを聞き届けてください。でなければ、私は絶望してしまいます。」
 このようなほのめかしや、気の利いた愛のせりふを交換していると、娘は母親に呼ばれて、どこかへいってしまった。ロミオは、彼女の母はだれか、と尋ねて、あの類をみない美しさでもって彼の心を魅了した若い娘は、ジュリエットという名で、モンタギュー家の大敵キャピュレット卿の跡取り娘であることを知った。ロミオはそうとは知らずに敵《かたき》に思いを寄せてしまったのだ。このことは彼を苦しめたけれど、愛を捨てることはできなかった。
 一方、ジュリエットの方も、ロミオと同様に苦しんでいた。というのは、彼女もまた、さっき言葉を交わした紳士がロミオであり、モンタギュー家の一員であることを知ったからである。驚くべきことに、彼女もロミオに対して、熱情的な一目惚れをしてしまっていたのだ。不吉な恋の始まりのようにジュリエットには思えた。彼女は敵《かたき》を恋しなければならなかった。ロミオは、彼女にとっては敵《かたき》の中でも、家族のことを思えば何をおいても憎むべき人のはずだった。にもかかわらず、愛してしまったのである。
 真夜中になったので、ロミオは友人たちと宴会場をあとにした。しかし、友人たちはすぐにロミオを見失った。ロミオは心を奪われたあの人がいる家を立ち去ることができず、ジュリエットの家の裏手にあった果樹園の塀をとびこえたのだ。そこで彼が新しい恋についてあれこれ考えていると、間もなく、ジュリエットがロミオの頭上にあった窓から姿を見せた。その並はずれた美しさは、まるで東からのぼってくる朝日の光のように輝いて見えた。果樹園をほのかに照らす月は、この新たに出現した太陽の素晴らしい輝きをみて、悲しみに沈み青ざめているように、ロミオには見えた。彼女が手の上にほおをよりかからせているのを見て、彼は熱情がゆえに、ぼくがその手にはめる手袋だったらなあ、そうすれば彼女のほおに触れられるのに、と思うのだった。
 ロミオがあれこれと思い悩んでいる間、ジュリエットは、自分がひとりであると感じ、「ああ、ああ。」といいながら深いため息をつくのだった。ロミオは彼女がものをいうのを聞いて喜び、彼女に聞こえないようにそっと言った。「もう一度話しておくれ、輝く天使。まさしくそうだ。あなたは人々がうち退いて見つめる、天上からやってきたお使いのように、ぼくの頭上にいるのだから。」
 ジュリエットは、立ち聞きされているとも知らず、先ほどの事件によって生み出された新たな激情に身をまかせて、恋人の名を呼んだ(その場にはいないと思っていたのだ)。
 「おお、ロミオ、ロミオ。」ジュリエットは言った。「どうしてあなたはロミオなの?私を想うなら、あなたのお父さまをすてて、お名前を名乗らないでくださいな。もしそうなさらないなら、私への愛を誓って欲しいですわ。そうすれば、私はキャピュレット家の人でなくなりましょう。」
 ロミオは、これを聞いて勇気づけられ、口を開こうと思ったが、もっと先を聞こうと考えた。
 令嬢はなおも、愛情を(彼女が想うままに)自らに語り続けた。ロミオがロミオであり、モンタギュー家の一員であることをなじり、彼が他の名前であってくれればよかったのにと言い、その憎い名前は捨ててしまえばいい、名前は本人の一部ではないのだから、捨ててしまって、かわりに私のすべてをとって欲しいと言った。
 このような愛の言葉を聞いて、ロミオはもう我慢できなかった。ジュリエットの告白を、空想のものでなくて、本当に彼に話しかけたものであったように答えて、もしあなたが、ロミオという名前が気に入らないのなら、もうぼくはロミオではない、恋人とでも何とでも好きなように呼んでくれ、と言った。
 ジュリエットは、庭に男の声がしたので驚いた。はじめ、夜の闇に隠れて彼女の秘密を聞いたのが誰なのか分からなかった。しかし彼がもう一度話しだしたとき、ロミオが語る言葉をそれほど耳にしたわけでもないのに、恋人の耳は鋭いもので、すぐにその人がロミオだと分かった。ジュリエットは、ロミオが果樹園の塀にのぼって危険を冒していることをいさめた。というのは、もしジュリエットの親類がそこにいるロミオを見つけたら、モンタギュー家の一員ということで殺されるに決まっているからだ。
 「ああ、」ロミオは言った。「彼らの刀20本よりも、あなたの瞳の方が私には恐ろしいのです。もしあなたが私をやさしく見守っていてくれるなら、彼らの敵意など関係ありません。彼らの憎しみによってこの命が終わる方が、あなたの愛なしに命長らえるよりもずっといいのです。」
 「どうやってこの場所に入ってきたのですか。」ジュリエットは言った。「どなたの案内で来たのでしょうか。」
 「愛に導かれてやってきました。」ロミオは答えた。「案内人などいません。しかし、あなたがどれほど離れていようと、そこがはるかな海に洗われている広々とした岸辺だとしても、私はあなたのような宝を求めて旅に出ますよ。」
 ジュリエットの顔は真っ赤になったけれども、夜のおかげでロミオに見られずにすんだ。彼女は、そのつもりはなかったのに、ロミオへの愛を本人に告白してしまったのが恥ずかしかったのだ。できれば言葉を呼び戻したかったが、それは不可能だった。彼女としては、礼儀正しくありたかったし、慎重な令嬢がやるように、恋人に対して距離をおきたかった。恋人に向かってまゆをひそめたり、気むずかしくしてみせたかった。言い寄ってきた人に、最初は冷たくあしらい、はねつけて、深く愛したあとでも、はにかみやさりげなさを身につけていたかった。求婚者たちに、あまりに身持ちが軽く、簡単に手に入るなどとは思われたくなかった。手に入れるのが難しければ難しいほど、その価値は増すのだから。しかし、この場合、ジュリエットにはそういった拒否やはぐらかし、あるいは求婚を長引かせるお定まりのやり方をする余地はなかった。ロミオはすでに、彼がそばにいるとは夢にも思っていなかったジュリエットがもらした愛の告白を、直接聞いてしまっていたのだ。そういった次第で、彼女にとって目新しい状況がそうすることを許したのか、すなおな態度で、ロミオが聞いたことにうそはないと言った。ロミオに「うるわしのモンタギューさま」(恋はすっぱい名を甘くするものだ)という名で呼びかけ、そして、自分がかんたんに心を許したのを、軽率だとか、卑しい心根からだとみないでください、私の落ち度(もし落ち度というのなら)は、心の思いを不思議にも明かしてしまった夜の偶然のせいにしてください、と頼んだ。加えてジュリエットは、ロミオへのふるまいは、普通の女性に比べて分別ある行為だとはいえませんが、慎重とみえてもうわべばかり、遠慮とみえても小細工に過ぎない人たちに比べれば私の方がずっと真実の恋人であることを証明いたしましょう、と言った。
 ロミオは天に向かって誓おうとした、たとえわずかな不名誉であっても、そのような立派な女性に負わせようとはロミオは露ほども思ってなかったからだ。ところが、ジュリエットは、誓ってはなりませぬ、と彼を止めた。彼女にとっては、彼に会えたことはうれしかったが、今宵の約束は軽率で突然すぎるからうれしいものではなかったからである。しかしロミオが、今夜愛の誓いを取り交わしたいと何度も言い続けるので、ジュリエットは、私はすでにあなたへの愛を誓ってしまいました、と言った(ロミオが立ち聞きしたあの告白のことだ)。また、もう一度誓いを取り交わしたいから、前に捧げたものを返してほしい、海がはてしなく広いように、私の愛情も広く深いのですから、とも言った。
 このように愛の言葉を交わしていると、ジュリエットは乳母に呼ばれた。この乳母は彼女といっしょに寝ており、もう夜明けだからベットにはいるときだと思ったのだ。しかしジュリエットは急いで戻ってきて、またロミオにふたことみこと言った。その内容は、もしロミオの愛が真実のもので、私と結婚したいのでしたら、私は明日、式の日取りを決めるための使者を送ります。そのときには、自分の財産をすべてあなたに捧げます、そしてあなたの夫としてどこへでもついていきますわ、というものだった。2人がそう取り決めている間にも、ジュリエットは何度も乳母に呼ばれ、中に入っては出ての繰り返しだった。彼女はロミオが自分から離れるのがなごり惜しく、そのさまは若い娘が、飼っていた鳥が飛び去ってしまうのが惜しくて、ちょっと手から飛ばせてみては絹糸で引き戻しているみたいだった。ロミオも別れを惜しんでいた。恋人たちにとって最上の音楽は、夜交わすお互いの言葉が紡ぎ出す響きなのだから、当然といえよう。
 しかし最後には2人は別れた。夜の間の甘美な眠りといこいを夢にみながら。
 2人が別れる頃には夜明けを迎えていた。ロミオは恋人とのことや2人の楽しかった出会いのことを考えると、とても眠れそうになかった。そこで家には帰らず、修道士ロレンスに会おうと、修道院に向かった。
 修道士はすでに起きて礼拝をしていた。若いロミオがそんなに早くでかけてきたのを見て、前夜は床につかず、若者らしい恋の病にかかって眠れなかったのだろう、と言い当てた。ロミオが恋のせいで眠れなかったのだろう、という点では彼は正しかった。しかしその相手については間違っていた。修道士は、ロミオがロザラインを想って眠れなかったと考えていたからである。ロミオは修道士に、ジュリエットに対する新しい恋をうち明け、その日2人を結婚させてくれるよう頼んだ。彼は信心深い人だったので、ロミオが急に恋する相手を変えたのに驚いて、目を見張り両手をあげた。ロレンスはロザラインに対するロミオの愛情を個人的に知っており、ロザラインの尊大さに対してロミオがこぼした不平もよく聞いていたのだ。ロレンスはロミオにこう諭した、若人の愛は本当は心の中に宿るのではなくて目に宿るのだ、と。
 これに対してロミオは、あなたはよく、私を愛してくれないロザラインに夢中になりすぎると言って私を叱りましたね、でも、ジュリエットとはともに愛しあっているのです、と言い返した。
 修道士もいくぶん、彼がいうことに同意した。そして、ジュリエットとロミオ、2人の若者が結婚することで、モンタギュー家とキャピュレット家の間にある、永年にわたる不和を解消できるかもしれない、と考えた。この修道士ほど、両家の仲が悪いことを悲しんでいた人はいないだろう。なぜなら彼は両家の人たちをよく知っており、たびたび両家を仲直りさせようとしてきたが、徒労に終わっていたのである。これによって両家を仲直りさせようという心づもりと、ロミオをかわいく思うあまり彼の言うことに反対ができなかったことから、この老人は、2人を結婚させてやることを承知した。
 今やロミオは幸せの絶頂だった。ジュリエットの方でも、約束に従って出した使者から彼の意向を知ると、すぐに修道士ロレンスの庵へ間違いなく向かい、そこで2人は神聖な結婚によって結ばれた。修道士は神がこの結婚にお恵みを下さるように祈り、この若いモンタギューと若いキャピュレットが結ばれることで、両家の古くから続く争いと永年にわたる不和がなくなってくれるよう祈った。
 式が終わると、ジュリエットは家に急ぎ、夜になるのをいらいらしながら待った。その夜、ロミオはジュリエットと前の晩に会った果樹園に来る約束になっていた。それまでの時間は、彼女には非常に退屈なものに感じられた。まるで盛大なお祭りの前の晩に、新調した晴れ着をもらった子どもが、朝までそれを着てはいけませんといわれていらいらしているかのようだった。
 その同じ日の昼ごろ、ロミオの友達であるベンヴォリオとマーキューシオとがヴェロナの町を歩いていて、キャピュレット家の一団に出会った。その先頭には短気なティバルトがいた。彼こそは、老キャピュレット卿の宴会で止められなければロミオに決闘をいどんだであろうあの男である。ティバルトは、マーキューシオに会うと、彼がモンタギュー家のロミオと交際しているのを遠慮なく攻撃した。マーキューシオも、ティバルト同様に血気盛んで激しやすい性格だったから、これまた遠慮なくやりかえした。ベンヴォリオが2人の間をいろいろとなだめたのだが、2人はけんかを始めようとしていた。ちょうどそのとき、ロミオ自身がそこに通りかかった。怒り狂ったティバルトはマーキューシオからロミオへと矛先《ほこさき》を変え、悪党とか何とか人を侮辱する名前で呼んだ。
 ロミオはティバルトとのけんかは特に避けたかった。なぜなら、ティバルトはジュリエットの親類で、ジュリエットのお気に入りだったからだ。それだけでなく、この若いモンタギューは、生まれつき分別があり、平和的でもあったので、一族の争いにはまったく参加してこなかったし、キャピュレットという名前は、今やロミオが愛する女性の名だったから、ロミオにとっては怒りをあおる合い言葉というよりは、憤りを押さえる魔法の言葉だった。そこでロミオは、ティバルトをなだめようとして、穏やかな口調で“キャピュレットさん”と呼びかけた。ロミオはモンタギューの一員であるにもかかわらず、その名前を口にすることに密かな喜びを感じているようだった。
 しかし、モンタギュー家の者すべてを、地獄を憎むように憎んでいたティバルトは、ロミオの取りなしに耳を貸そうともせず、剣を抜いた。マーキューシオはというと、彼はロミオがティバルトとの平和的関係を望む秘められた理由のことを何も知らなかったので、ロミオが自制しているのを、彼がおろかにも屈服してしまったものとみなし、ティバルトを口汚くののしり、はじめに起こったけんかを続けた。こうしてティバルトとマーキューシオは決闘した。そしてマーキューシオが致命傷を受けて倒れた。その間、ロミオとベンヴォリオは、決闘者たちを引き離そうとして努力したが無駄に終わった。
 マーキューシオは死んだ。ロミオはもう我慢できず、ティバルトが言った、悪党などというさげすみの言葉をそっくり返した。そうしてロミオとティバルトは闘い、結局ティバルトはロミオに殺害された。
 この殺傷事件は、真っ昼間に、ヴェロナのまんなかで行われたので、そのニュースはたちまち大勢の市民をそこに集めた。その中にはモンタギュー卿やキャピュレット卿の姿もあり、それぞれ妻を連れてきていた。
 ほどなく、ヴェロナを治める公爵が自らやってきた。公爵はティバルトが殺したマーキューシオの親戚で、かねてから、自分の所領内における治安がモンタギュー・キャピュレット両家の争いによって乱されてきたので、罪を犯した人を法に照らして厳格に処罰しようと決意してやってきたのだ。
 ベンヴォリオは、この乱闘の目撃者だったので、公爵は彼に、事の起こりを述べよ、と命じた。ベンヴォリオは、真実を述べながらも、ロミオを傷つけないように、また、自分の友人たちが関係してくる部分はぼかしたりかばったりするように陳述した。
 キャピュレット夫人は、近親であったティバルトを失った悲しみから、どこまでも報復しようとして、ティバルトを殺したロミオに対して極刑をもって臨むよう、また、ベンヴォリオの申し立てを考慮しないように申し出た。ベンヴォリオはロミオの友人であり、つまり、モンタギュー家の者であり、身びいきして話している、と言うのだった。したがって、キャピュレット夫人は義理の息子に不利になるような嘆願をしていたわけである。ただし彼女は、ロミオが自分の義理の息子であり、ジュリエットの夫であるということはまだ知らなかったのである。
 一方、モンタギュー夫人は我が子の命乞いをしていた。夫人は、ロミオがティバルトの命を取ったことを罰する必要はない、なぜなら、ティバルトはマーキューシオを殺しているので、すでに法律によって保護する必要がなくなっているのだからと、いくぶん理にかなったことを言ったのである。
 公爵は、夫人たちの感情的な申し立てには重きをおかず、事実を慎重に検討して宣告をくだした。その宣告は、ロミオをヴェロナから追放する、というものだった。
 若いジュリエットにとって悲しい知らせだった。彼女は花嫁たること数時間にすぎず、今やこの命令によって永久に離婚と決定したかに見えた。この知らせが彼女のもとに届いたとき、ジュリエットははじめ、彼女の愛するいとこを殺したロミオに対して、無性に腹が立った。彼女はロミオを、美しい暴君とか、天使のような悪魔とか、強欲な鳩とか、羊の皮をかぶった狼とか、花の顔をした蛇の心、そのほかいろいろな矛盾した名前で呼んだ。それは、ジュリエットの心の中で、ロミオへの愛と恨みが戦っているさまを表していた。しかし、結局愛が勝利をおさめた。ロミオが自分のいとこを殺した悲しみによる涙は、ティバルトに殺されたかもしれなかった自分の夫が生きていたのを喜ぶ涙に変わった。やがて、さらに別の涙がやってきた。それはロミオの追放をなげく涙であった。そのことは、ジュリエットにとってはティバルトが何人死ぬよりもずっとつらいことだった。
 ロミオはけんかのあと、修道士ロレンスの庵に逃れた。そこで初めて公爵の宣告を知らされた。ロミオにとってその内容は死よりもむごい内容だった。ロミオにとって、ヴェロナの城壁の外に世界は存在せず、ジュリエットのいない生活など考えられなかった。天国はジュリエットの住むところにあり、そこ以外はすべて煉獄《れんごく》であり、責め苦であり、地獄であった。
 修道士は、ロミオの悲しみに対して哲学的な慰めを与えたいと思ったけれども、狂乱状態にあったこの青年は何にも耳をかさず、狂ったように髪をかきむしり、俺の墓の長さを測るのだ、と言って、大地にその身を投げるのだった。
 こういうぶさまな状況からロミオが立ち直ったのは、ひとえに彼が愛した女性から手紙が来たからであった。それによって少し元気になった。それを見た修道士は、その機をとらえてロミオが見せた女々しい弱気をいさめた。
 ロミオはティバルトを殺したけれども、自分自身を殺すことで、彼あればこそ生きている、彼の愛する人をも殺すつもりか、と修道士は言った。人間の高貴な容姿も、これを堅固にしておく勇気を欠けば、ただのろう人形にすぎないのだ、とも言った。法はロミオに寛大な処分をくだしたのだ、当然死罪になってもいいはずなのに、公爵はただヴェロナからの追放を君に課したにすぎない。彼はティバルトを殺した。しかし、ティバルトが君を殺したかもしれないではないか。ありがたいと言っていいだろう。ジュリエットは無事で、(願ってもないことに)ロミオの愛妻になっただろう。これこそありがたいことなのだよ。
 修道士はそういった幸福を指摘したのだが、ロミオはすねて、無作法な娘みたいにそのことを受けつけなかった。さらに修道士は、絶望する者は(と彼は言った)みじめな死を迎えてしまうのだ、よく気をつけておくように、とロミオをさとした。
 ロミオがやや平静になったのを見て、修道士はロミオに、今後の身の振り方について提案した。ロミオは今夜、誰にも知られずにジュリエットに別れを告げなさい。それから、まっすぐにマンテュアへ行くように。ロミオはそこにいなさい、私が適当な時期をみはからって、ロミオとジュリエットの結婚を公表するようにします。2人の結婚は両家を和解に導き、喜ばしい結果をもたらすでありましょう。そうなれば、公爵はまちがいなくロミオをお許しになりますから、悲しみをもって出発したときよりも20倍もの喜びをもってヴェロナに帰ることになりますよ。
 ロミオは修道士の賢明な忠告に納得し、いおりを出て彼の妻を訪ねることにした。その夜は妻と共にすごし、夜明けを待ってひとりマンテュアに旅立つつもりだった。マンテュアには、修道士がときどき手紙を出して、故国の状況を知らせることを約束した。
 その夜、ロミオは愛する妻とすごした。前夜ロミオが愛の告白を聞いたあの果樹園から、ひそかに寝室へ入れてもらったのだ。2人は純粋な愛と歓喜の一晩をすごした。しかし、この夜の楽しさ、そして2人が共にある喜びは、やがて離ればなれにならなければいけないという見通しと、過ぎし日の致命的事件の影によって、悲しみの彩りを添えられていた。来なければいい夜明けが、早く来すぎるように思えた。ジュリエットは、ひばりの朝の歌を聞いたが、夜鳴くナイチンゲールだと思いたかった。しかし、歌ったのはまちがいなくひばりであって、その声が不快な不協和音のようにジュリエットには聞こえるのだった。東の空にあがる朝日の光もまた、まちがいなく2人の別れの時を示すのだった。
 ロミオは心に重荷を抱えたまま愛妻と別れた。彼は、マンテュアから毎日、1時間おきにでも手紙を書くと約束した。しかし、ロミオが寝室の窓から地面へと降りていくときに、ジュリエットは悲しい予感におそわれた。ロミオが墓の中にある死体に見えたのだ。ロミオもまた不安につつまれた。しかし、今やロミオは急いでその場を離れなければならなかった。夜が明けてのち、ヴェロナの城壁内で見つかれば殺されてしまうからだ。
 このことは、不幸な星の元に生まれついた恋人たちの身にふりかかる悲劇の始まりにすぎなかった。ロミオが去っていく日もたたぬうちに、キャピュレット老公がジュリエットに縁談を持ちかけたのだ。すでに結婚しているとは夢にも思わずに、老公はジュリエットのために夫となる人を選んだ。その人はパリスという若くて立派な貴族であった。ジュリエットがロミオと出会っていなければ、彼こそジュリエットにとってもっともふさわしい求婚者だったろう。
 ジュリエットは、父の申し出に驚き、とまどった。そして、次のような理由を挙げて結婚に反対した。いわく、まだ私は若く、結婚には不向きです。ティバルトが亡くなったばかりですし、その悲しみを思うと、喜んだ顔をして夫を迎えるわけにはいきません。それに、ティバルトの葬儀も済んだばかりなのに、キャピュレット家が婚礼をあげることはどんなに無作法に見えるかも分かりませんわ。
 ジュリエットは、あらゆる理由を挙げて結婚に反対した。ただ、本当に反対する理由、つまり、自分はすでに結婚していることだけは言わなかった。
 しかし、キャピュレット卿は、ジュリエットの言い逃れにはまったく耳をかさなかった。言い訳はきかぬ、次の木曜日にパリスと結婚するのだから準備しておくように、と命令した。卿は娘のために、金持ちで、若くて、上品で、ヴェロナのどんな気位の高い娘でも大喜びで承知するような夫を捜してやったので、内気を装って(ジュリエットが拒否するのを、卿はこうとった)娘が自ら幸運を避けるようなふるまいを我慢できなかった。
 進退きわまったジュリエットは、困ったときにいつも相談する、例の親切な修道士に頼った。修道士はジュリエットに、命がけの方策をする決心はあるかと尋ねた。ジュリエットの答えは、パリスと結婚するくらいなら、生きながら墓に入るつもりです、愛する夫が生きているのですから、というものだった。
 そこで、修道士はこう助言した。家に帰って、うれしそうに、父の望みに従ってパリスと結婚すると伝えなさい。そして翌晩、つまり結婚式の前夜を迎えたら、今から渡す薬びんの中身を飲み干すように。その薬を服用後24時間たつとそなたの体は冷たくなり、仮死状態になるのだ。朝になって花婿がそなたを迎えにくるが、彼はそなたが死んでいると思うだろう。そこで、この国の習慣に従って、棺にはおおいをかけないで、一家の納骨堂におさめるために運ばれてゆくだろう。そこでもしそなたが、女として当然抱くような恐怖心を捨てて、この薬を飲んでもらえたら、薬を飲んでから42時間たつと(これは確実にそうなるのだ)朝目が覚めるみたいに必ず目覚めるのです。あなたが目覚める前に、この計画についてあなたの夫に知らせておきます。彼は夜のうちにやってきて、あなたをマンテュアへ連れていくでしょう。
 ロミオへの愛と、パリスと結婚することへの恐怖が、若いジュリエットにこのような身の毛もよだつ冒険に着手する力を与えた。ジュリエットは修道士から薬びんを受け取り、必ず指示を守りますと約束した。
 修道院からでると、ジュリエットはパリス伯に会い、上品そうなそぶりで、彼の花嫁となる約束をした。これはキャピュレット公夫妻にはうれしい知らせであった。老公は若返ったように見えた。ジュリエットは、伯爵を拒否したことではなはだしく父の機嫌を損ねたのだったが、今度はすなおに結婚すると約束したので、父は機嫌を直した。家中が、近くおこなわれる婚礼のしたくで大騒ぎとなった。そのお祭り騒ぎをヴェロナ始まって以来の規模でするためには費用はおかまいなしだった。
 水曜日の夜、ジュリエットはあの薬を飲み干した。その胸には修道士へのいろんな疑いが去来した。たとえば、自分とロミオを結婚させたことで不名誉をこうむらないために、自分に毒を与えたのではないか、いや、あの人は聖者として世に知られているではないか。それに、ロミオが迎えにくる前に目が覚めてしまわないだろうか。あんな恐ろしい場所、キャピュレット家の死者の骨でいっぱいな納骨所、血まみれのティバルトが、経かたびらを着てくずれかかって寝ているところ、そういう場所で、自分は気が狂ってしまうのではないか。自分が昔聞いた、死体を安置する場所にうろついている幽霊の話などもいろいろ考えていた。しかし、やがて、ロミオへの愛や、パリスへの嫌悪を思い返して、無我夢中で薬を飲み干し、気を失った。
 朝早く、パリスが花嫁の目を覚まそうと、音楽隊をひきつれてやってくると、そこには生きているジュリエットは存在せず、寝室には命なきむくろがあるだけという、恐ろしい情景を見せていた。
 パリスの希望は今やついえてしまった。邸全体がすざましい困惑に包まれてしまった。かわいそうなパリスは花嫁の死を惜しんだ。この世で一番憎むべき死によって、パリスは花嫁を奪われたのだ。まだその手は結ばれもしないのに、パリスから離れていってしまったのだ。
 しかし、それにもまして気の毒なのは、キャピュレット公夫妻が悲しんでいることであった。夫妻にとってジュリエットはただひとりの子どもであった。ふたりが共に喜びと慰めの元としていた、たったひとりのふびんな愛《いと》し子であったのに、無慈悲なる死によって、この世から奪い取られてしまったのだ。慎重な両親が、先々見込みのある良縁によって、ジュリエットが世に出てゆく(こう2人は考えていた)のを見ようとしていた、まさにそのときに死んでしまったのだ。祝宴のためにと用意されたものは、すべて用途が変更され、暗い葬儀のために使われることとなった。婚礼のごちそうは悲しい埋葬の宴に使われた。婚礼の賛歌は陰気な葬送歌へと変更された。陽気な楽器はもの悲しい鐘となった。花嫁が通る道にまかれるはずだった花は、その亡骸にまくものとなった。彼女を結婚させる司祭の変わりに、埋葬する司祭が必要だった。ジュリエットは確かに教会へと運ばれていったのだけれど、それは生ける者たちの楽しい希望を増すためではなくて、みじめな死人を増やすためであった。
 悪い知らせというものは、いつもよい知らせよりも早く伝わるものである。ロミオの元に、ジュリエットが死んだという暗いニュースが運ばれてきたのだが、それはロレンスがよこした使いのものが来る前のことであったのだ。ロレンスはロミオに、ジュリエットの葬式は偽装したもので、その死は演出された影にすぎぬこと、ロミオの愛する娘は、ほんの少しの時間墓の中に横たわっていて、ロミオがそのような寂しい場所から彼女を救出しにやってくるのを待っているのだということを知らせるはずだったのだ。
 その知らせが来るまで、ロミオは常になく愉快な気分で浮かれていた。その夜、ロミオは夢を見たのだが、その内容はというと、自分が死んでいて(死者に考えることができるとは妙な夢といえる)、それを恋人がやってきて発見し、自分に接吻して命を吹き込むと、彼はよみがえり、皇帝となったのだ。さて、使者がヴェロナから来たので、ロミオはてっきり、夢が知らせた吉報が実現したと思いこんだ。ところが、ロミオを喜ばせた夢は逆夢となってしまい、恋人が本当に死んでしまって、どんな接吻をもってしてもよみがえらせることはできないのだと告げられたのだ。
 ロミオは馬のしたくをさせた。夜になったらヴェロナにいって、墓に入っている恋人を一目見ようと決心したのだ。
 悪い考えは、絶望した人の中にいち早く忍び入るものであるが、ロミオはある貧しい薬屋のことを思いだした。マンテュアにあるその店の前を最近通りかかったのだが、飢えた乞食のような主人の表情、きたない棚の上に空き箱が並べてあるというみじめな有様そのほか極度に貧窮していることを示す様子を見て、そのときロミオはこう言ったのだった(たぶん、自分の不幸な人生が、そのような絶望的な終わりを迎えることになるのではないかと不安を抱いたのだろう)。「もし毒薬を必要とすることになったら、マンテュアの法律では毒薬販売は死刑になるのだが、この貧しいやつならばきっと売ってくれるだろう。」
 今やこの言葉が改めて彼の心によみがえってきた。ロミオはその薬屋を捜し出した。ロミオが金を差し出すと、薬屋は一応ためらうふうを見せはしたが、貧しいがゆえに拒むことができず、ロミオに毒薬を売ったのだった。その毒薬を飲めば、たとえ20人力を持っていても、たちまちあの世行きだろう、と薬屋は言った。
 この毒薬を持って、ロミオはヴェロナ目指して旅立った。墓の中にいる、愛しい人を一目見て、死んだということを納得した上で、毒薬を飲んで、彼女のそばに埋葬されようと考えたのだった。
 ロミオは真夜中にヴェロナへ着いた。そして墓地を見つけた。その中央に、キャピュレット家の先祖代々の墓があった。ロミオは明かりとくわとかなてこを用意し、墓をこじ開けようと作業をはじめた。そのとき、「悪党モンタギュー」と呼ぶ声がし、その背徳行為をやめろと言われたのだった。
 それは若いパリス伯の声だった。パリスは時はずれの夜中にジュリエットの墓にやってきて、わが花嫁となるはずだった人の墓に花をまき、嘆こうとしたのだった。パリス伯にはロミオが死人に対してどんな関係があるのか分からなかった。ただ、ロミオがモンタギュー家の人であることは知っていたので、(彼の想像では)キャピュレット家にとって許すべからざる敵ということになっていた。パリス伯は、ロミオが夜にまぎれてここに来たのを、死体に下劣な凌辱《りょうじょく》を加えようとしているのだと思いこんでしまった。それゆえ、怒ってやめろと命じたのである。
 ロミオはヴェロナの城壁内で発見されれば死刑となるべき罪人だったから、パリス伯はロミオを逮捕するつもりだった。ロミオはパリスに手出しをするなと言い、そこに埋められているティバルトの最後を見たまえと警告し、自分を怒らせないでくれ、あなたを殺すことで、再び我が身に罪を招くようなことはしたくないのだ、と言った。しかし、伯爵は軽蔑を持って警告を無視し、重罪人としてロミオに手をかけた。ロミオは抵抗し、格闘となった。パリスは倒れた。
 ロミオは燈火をたよりに、自分が殺した相手が誰なのかを見に来た。その人はパリスであり、(マンテュアから来る途中で知ったのだが)ジュリエットと結婚するはずだった人と知り、その死んだ青年の手を取って、不幸にも道連れとなった人として、今彼がひらいた勝利の墓、すなわちジュリエットの墓に埋葬してやろう、と言った。
 墓の中にはロミオの愛しい人が横たわっていた。死すらこの並びなき美しさを形成する目鼻立ちや容姿を変化させ得なかった人のようであったし、死に神がジュリエットを慕って、なぐさみのためにそこへ置いているように見えた。なぜそう見えたかというと、ジュリエットの体はまだ生き生きとして花のようだったからだ。これは、ジュリエットが麻酔剤を飲んだときには眠りに落ちていたからである。
 ジュリエットの傍らに、ティバルトの血に染まった経かたびらを着た遺体があった。ロミオはそれを見て、死体に許しを乞い、ジュリエットへの愛から彼を“いとこ”と呼び、君の敵だった自分を殺すことで、君のために尽くすつもりだ、と言った。
 そうしておいて、ロミオは愛人の唇に接吻して、最後の別れを告げた。それから、うみつかれた肉体から、不運の星がロミオに背負わせた重荷を振り落とした。つまり、薬屋が彼に売った毒を飲んだのだ。その毒の効き目は、確実に人を死に追いやるものであった。ジュリエットが飲んだ偽装薬とは違っていたのだ。その薬の効果は今やさめかかっており、ジュリエットは目覚めようとしていた。ロミオが約束を守らなかったとか、来るのが早すぎたとか、そういったたぐいのことを言おうとしていた。
 というのは、修道士がジュリエットに約束した、覚醒の時間が来ていたのだ。そして、修道士は、彼がマンテュアに送った手紙が、使いの者が不運にも足止めされたために、ロミオに届かなかったことを知ったので、つるはしと提灯を持って、自分の手でジュリエットを死の場所から救い出そうとやってきた。ところが、びっくりしたことに、キャピュレット家の墓の内部で、すでに灯がついているのを見つけたのだ。それに、あたりには刀や血潮が飛んでおり、ロミオとパリスが墓のそばで息絶えていたのだ。
 どうしてこんな惨事が起こったのかを推測する暇もないうちに、ジュリエットは昏睡状態から目覚めた。そばに修道士がいるのを見て、ジュリエットは自分がどこにいるのか、そしてなぜそこにいるのかを思いだし、ロミオがどこにいるのかを尋ねた。しかし、修道士は人の声を聞いたので、そのような死と不自然な眠りの場所からでてきなさい、私たちが逆らえない偉大なる力が、私たちの企てをくじいてしまったのだ、と言った。そして、人の声が近づいてきたのにおびえて、修道士は逃げてしまった。一方ジュリエットは、自分が真実愛した人の手に握られている杯を見て、毒薬によってロミオが最期を遂げたと判断した。もし少しでも毒薬が残っていたら、ジュリエットはそれを飲んでしまっただろう。ジュリエットはまだ暖かいロミオの唇に接吻した。まだ毒がそこに付いているか試したのだ。人の声がますます近づいてくるのを聞いて、ジュリエットは急いで、持っていた短剣のさやを払い、自分の身を刺し、誠実なロミオのそばで死んだ。
 夜警はもうすぐそこまで来ていた。パリス伯の侍童が、パリスとロミオが格闘していたのを目撃しており、それを夜警に伝えた。そのことが市民たちにも伝わってきて、ヴェロナの町中が上を下への大混乱に巻き込まれた。市民にはいいかげんな噂が伝わっていたので、「パリスという人!」「ロミオという人!」「ジュリエットとか!」などとでたらめに叫び回っていた。その騒ぎがモンタギュー卿やキャピュレット卿、さらには公爵にまで伝わり、何事が起こったのか取り調べが始まった。
 あの修道士は墓地からでてきたところを夜警に捕まっていた。彼はふるえながら、ため息をつき、涙を流していた、つまり、挙動不審な様子をしていたのだ。
 群衆がキャピュレット家の墓の前に集まってきた。公爵は修道士に、このような奇妙な惨事について知っていることを述べよと命じた。
 修道士は、モンタギュー・キャピュレット両老公の前に進み出た。そして神妙な態度で陳述をはじめた。「両家の子どもたちが命がけで恋をしていました。私は2人が結婚する手引きをしました。それによって両家がずっと抱いていた互いへの恨みを終わらせたかったからです。そこに死んでいるロミオはジュリエットの夫であり、ジュリエットはロミオの忠実な妻でありました。2人の結婚を公にする機会がなく、そのうちに、ジュリエットのために別の縁組みが計画されました。ジュリエットは、重婚の罪を避けようとして、眠り薬を飲んだのです(これは私が勧めました)。みんな、彼女は死んだと思いこみました。その間に、私はロミオに、ヴェロナに帰ってきて、薬の効力が終わるころにジュリエットを連れていきなさい、と手紙を書きました。しかし不幸なことに、使いの者がロミオに手紙を届けられなかったのです。」
 これ以上は、修道士は陳述を続けられなかった。また、彼自身がここに来たのはジュリエットを救い出そうとしたためにすぎず、また、パリス伯とロミオが殺されているのを見つけた、ということ以外には何も知らなかった。
 報告の残りは、パリスとロミオが戦っているのを見た侍童の陳述と、ヴェロナ追放以来ロミオに付き従ってきた従者によって補われた。従者は、あの忠実な愛人から、自分が死んだら父に渡してくれと託された手紙を持っていた。その内容は、修道士の言葉を裏書きするものであった。ロミオはその中で、ジュリエットと結婚したことを告白し、そのことを両親が許してくれるようにお願いしていた。貧しい薬屋から毒薬を買ったこと、墓地に行って、死んでジュリエットと共に永眠したいという意向がしたためてあった。
 これらの事情はすべてつじつまが合っていた。修道士がこの複雑な殺人事件には何ら関わっていないことが明らかになった。この事件は、修道士がよかれと思って人為的で小器用な計画をめぐらした結果、意図せずして起こってしまったにすぎなかったのである。
 そこで公爵は、モンタギュー・キャピュレット両老公の方へ向きなおり、彼らが野蛮かつ不合理な敵意を互いに持っていたことを責め、天がそれを罰したもうたのだ、そなたたちの不自然な憎悪を罰するために、そなたたちの子どもの恋愛でさえも使われたのだぞ、とさとした。
 長いこと争いあってきた2人の老公は、もう仇敵ではなくなった。昔のことは子どもたちの墓に埋めてしまおう、ということになったのだ。キャピュレット卿は、モンタギュー卿に対して“兄弟”と呼びかけ、その手を与えてほしいと言った。若い2人の結婚を持って、これから仲良くしていこう、と申し出ているみたいだった。そして、(和解のしるしとして)モンタギュー卿の手を頂ければ、娘の寡婦産[#注1]として欲しいものは他にないのだ、と言ったのである。しかし、モンタギュー卿はもっとたくさんさしあげましょうと申し出た。ジュリエットのために純金の像を建ててあげたいのです、ヴェロナの町が続くかぎり、その立派さ、その出来映えを尊ばれる像として、まことの貞節を示したジュリエットの像以外にはありませんからな、ということだった。キャピュレット卿は、ロミオのために別の像を建てよう、と言った。
 こうして、2人のかわいそうな老公たちは、万事手遅れになってしまったのち、相手に好意を持っているのだということを示し始めたのだ。過去において、両家があまりに激しく怒り、憎んできたのであるから、2人の子ども(両家の争いと不和の哀れな犠牲者となった)が恐るべき最後をとげなければ、この名家同士の憎悪と嫉妬《しっと》を取り除くことができなかったのである。


[#注1]寡婦給与のこと。夫の死後妻の所有に帰するよう定められた土地財産。

【このファイルに関して】

この物語は、The Tales from Shakespeare:Designed for theUse of Young People(若き人々のためのシェークスピア物語)と題して、1807年に出版された本の中の一遍です。この本の著者はCharles&Mary Lamb(C&M.ラム)ですが、下に挙げた本の解説には、ROMEOAND JULIETはCharles Lambの執筆となっていたので、作者をCharles Lamb単独にしました。

この翻訳は、旺文社英文学習ライブラリー10「真夏の夜の夢他」(昭和38年3月15日初版発行)より、ROMEO AND JULIETを翻訳したものです。原文が、作者が書いたままだということで、原文に関しては著作権がすでに切れていると判断しました。なお、翻訳の際には上記本についていた対訳および注記を参考にさせていただきました。

一部《》によってルビをふってあります。

【訳者あとがき】

まずはじめに、翻訳に関して竹内さん、木邑(きむら)さん、katoktさんyomoyomoさんに指摘を頂いたことを感謝します。

この作品も、シェイクスピア物語の一遍として執筆されたものです。作者によって「若き人々のための」と銘打たれただけあって、原作にある冗長さをカットし、わかりやすく仕上がっています。もちろん、冗長さの中にあった言葉遊びなどもカットされていますが。

この物語は、若い2人が(ジュリエットは8月1日をもって満14歳になる、と原作にあがっています)あったとたんに一目惚れして愛しあうというのを縦軸に、すべてを超越する力によって人生が否応なく流されていくさまを見せることをもって横軸とした物語となっています。シェイクスピアは、2人の愛は純粋であり、狂っており、端から見たら滑稽である(これはチャールズ・ラムによってだいぶ削られている)ことを何度も描いていきます。それなら、愛の軌跡を描くのかと思いきや、実は人生が移ろいゆくことを描きたかったかのように、悲劇が次々と2人のところに舞い降りてくるのです。愛の喜劇的真剣さ、そして人生の偉大さを伝えたこの物語を、小説として楽しんでいただきたかったので、「ロミオとジュリエット」をプロジェクト杉田玄白に登録することにしたのです。

この物語の英文は、非常に読みづらいです。1つの文が長く、1つの段落が異常に長いのです。たとえば、原文ではキャピュレット卿が開いた宴会のシーンは1つの段落なのです。まるで、煩雑な計算式を解いている気分になってしまいました。こんな物語を訳そうなんて、まさに私だけでしょうね。

劇のシナリオを書き慣れている方、ぜひ、シェイクスピアの台本を訳して、プロジェクト杉田玄白に登録して下さい。私には荷が重すぎます。それに私は、「あらし」と「お気に召すまま」を訳さないといけないので。

2000.10.23


原作:ROMEO AND JULIET(TALES FROM SHAKESPEARE)

原作者:Charles Lamb

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この版権表示を残すかぎりにおいて、商業利用を含む複製・再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。

翻訳履歴:2000年10月23日,翻訳初アップ。

2000年11月12日,若干修正。

2000年12月9日,若干修正。

2000年12月29日,木邑 実(きむら)さんの指摘を反映。

2001年1月7日,katoktさんの指摘を反映。

2001年2月4日,若干修正。

2001年2月19日、yomoyomoさんの指摘を反映。

2006年8月6日、誤植を発見したので改訂。

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代表:sogo(sogo@e-freetext.net)


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