いにしえの【世界】 27
端役の踊り子たちは、小道具の上に射していた日の光が、大きな人影に遮られたことに腹を立て、声を荒げる。
「誰さ! そんなところに突っ立たれたら、手元が暗くなる! こっちはやらなくても良い手直しまで押しつけられてるんだ。邪魔するんじゃないよ! この木偶の坊め!」
他の団員がやってきたのだと思ったのだろう。少々口汚く言い、眉をつり上げて振り仰いだ。
そこに立っていたのは、くたびれた旅姿の、見たこともない大男だった。
後ろには小娘を抱きかかえた誰かが立っているが、逆光の中にあって、二人とも顔かたちがはっきりしない。
彼女たちは、さながら盗賊に出会ったかのごとく、弾けるように修繕中の小道具を投げ出し、二人肩を寄せ合って抱き合って震え出した。
そのうち一人が、後ろの人物が抱えているのが自分たちの仲間であることに気付いた。
「このサンピン、シルヴィに何したのよぅ!」
おそるおそるではあるが、良く響く大声だった。
芝居小屋の中にもこの声が通ったと見える。
常設の劇場などない場所で公演する旅回りがかける巨大なテントは、だいぶんくたびれた綿布で覆われているのみであるから、外の声もそのまま内側に聞こえているのだろう。
何人かが、天幕の裾をそっとめくって様子をうかがう。
頭を突き出し、あるいは顔の半分だけを覗かせるその団員達は、ことごとく女性だった。
その内の一人が目玉を覗かせた天幕の裂け目は、ちょうど外の娘たちが言うところの「サンピン」の真横にあたった。
まぶしい陽光の影響を受けなかったその娘が、
「きゃぁ」
嬌声を上げた。
中の者の大半がその「裂け目」に群がったのが、外に立つ「サンピン」……エル・クレールとブライトにもすぐに知れた。
天幕のその一点だけがふくれ上がり、ぼろ布の表面に手や顔の型が浮かんだり引いたりしている。
エルには何事が起きたのかさっぱり解らない。
きょとんとした彼女の耳元でブライトが、笑いをこらえて
「姫若さまの毒気の中毒患者が、ざっと10人は増えましたぜ」
下男の振りの口調のまま言う。
「私は……」
不機嫌と困惑をはき出そうとする彼女に、ブライトは口調を普段に戻し、小声でささやいた。
「おまえさんという人間が悪ってンじゃぁねえよ。あいつらは、奇麗な者が綺麗な者を抱いているってぇ『絵』に中てられてるのさ。そういう、普通の暮らしン中では滅多にない、どっちかってぇと廃退的な匂いのする光景って奴が、あの中にいるような若い娘達の好みなだけさね」
エル・クレールは小さく頭を振った。
「理解しかねます」
彼女にとって今の状況は、単に「若党が気を失った娘を運んでいるだけのこと」だった。
男さながらに育てられたエル・クレールが年相応の若い娘の感覚を持ち合わせていないのか、そうでなければ
『こいつは自分のことを「女好きのする美形だ」と自覚していない』
ブライトは苦笑いした。
二人の即席小道具係は、二人抱き合ったまま、そっと立ち上がり、目を細めてじっと来訪者の影をにらみつけた。
彼女たちはある種の安堵を得ていた。
小屋の中の仲間達は、争ってその影の顔を見ようとしている。それはつまり、目の前の影が……少なくとも顔立ちに関して言えば……恐ろしい者ではなさそうだいうことを意味している。
「シルヴィは、どうしたのですか?」
最初の一喝に比べればずいぶんとしおらしい物言いで、一人が訊ねる。
「気を失っているだけです。気付けの薬か、蒸留酒をのませてやれば良い」
エルは声音を落とし気味にし、答えた。
大声を張り上げては、腕の中の娘に良くないと考えてのことだ。
その気配りが、小屋の中の娘たちには違って聞こえたらしい。
先の言葉に続けて、
「息がしやすいように、コルセットを緩めて……」
と付け足した途端、悲鳴に似た嬌声が、小屋の中からわっとあがった。
「コルセットを緩めてですって!」
誰ぞの叫びと同時に、衣擦れの音がした。
「莫迦ね、シルヴィの手当のためにっておっしゃっているんじゃないの。あんたが脱いだって、誰も喜びゃしないわよ」
ケラケラと笑う声がいくつも湧いた。