いにしえの【世界】 52
彼らの行く手に、突如としてきらびやかな甲冑を着込んだ兵士達が現れた。「大国の先兵」たちから見れば、物陰から山賊が飛び出して来たという状況に他ならない。
有無を言わさず、戦闘が始まる。
義勇兵たちに作戦などというものはない。大体、策を用いようにも、知略知謀を巡らせる軍師が存在しない。初期の義勇兵団で知恵があると評して良い人物は、唯一、総大将であるノアール=ハーンのみという有様だ。
その彼にしても、小規模な戦闘を乗り切るだけの能力があるに過ぎず、戦争の玄人とは言えない。
運の良いことに、このときの彼らは敵の数倍の人数、すなわち「数の力」を持っていた。数の有利を無理矢理に押し込み、闇雲に戦う。
しかも彼らは捨て鉢だった。この場から逃げ出してたところで、故郷は荒廃しきっているのだ。故郷以外の土地に入り込んだとしても、いまこの大陸のどこにに流れ者に飯をくれるような余裕のある町村があるというのか。
命を惜しんで逃走しても、結局は飢えて死ぬことになる。後退する道はない。彼らはひたすら突き進む。
一人の兵士に数人の義勇兵が飛びかかり、なまくら刀を叩きつける。戦争と言うよりは、愚連隊の喧嘩さながらの乱闘だった。
舞台の上で行われているのは、演劇であり舞踏であるから、斬るも殴るも形だけの事だ。
斬りつけるように踊り、斬られたように踊り、殴るように舞い、殴られたように舞う。
だが実際その時に行われていた戦いは、酷いものだったろう。
敵兵が死んでも攻撃は止まない。恐怖と怒り、そして勝利の恍惚から、義勇兵達は死体を切り刻み、骨を砕いたという。
手傷を負わされた者も戦うことを止めなかった。目を潰されても、腕をもぎ取られても、足を切断されても、彼らは前へ進んだ。首を落とされてなお剣を振るっていた「勇者」がいたという伝説さえ残っている。
累々たる屍は、敵兵だけでなく義勇兵のそれも、人の形の名残すらない膾さながらの肉片となっていたという。
戦争とはいえない。暴力の爆発だ。自分の身をも巻き込む、恐怖の破裂だ。
赤一色の背景幕がすとんと降りた。
大地が血肉の色に染まったのだ。
敵兵役の踊り子たちは転がるように舞台袖へ消えた。義勇兵たちは肩を組んで喜びの舞いを踊る。
その中で、初代皇帝はただ一人浮かぬ顔をしていた。
義勇兵の数が半分程度に減っているのだ。
舞台の上から減った人数は、失われた命の数だ。義勇兵は多く殺し、多く殺された。
彼は服喪を意味する黒い薄布を頭から被り顔を覆った。嘆きを黙劇で表現しながら、ゆっくりと歩く。
人気のない観客席には、悲しげな音楽とその中に埋没している木が軋むかすかな音が聞こえた。
回り舞台が、勝利に沸く義勇兵の一団を観客の視界の外側に押し出す。
たった独りで北の果ての小城へ向かっているノアール=ハーンだけが舞台上に残された。
血なまぐさい戦場を表現していた背景幕は、静まりかえった暗い城内を描いたそれに変わり、大きく波打って揺れている。
柱を表現しているのであろう細い布が、幾枚も下がっている。黒い布をなびかせながら、初代皇帝は柱の間を縫い進んだ。
「ふふん」
突如、鼻笑いを聞いたエル・クレールは、笑い声の主の方に目を移した。
視線に気付いたブライトは、小声で一言、
「早変わり」
顎で舞台の上を指す。
エルは眼を見開き、慌てて再度舞台に目を移した。
未熟を嘆き焦燥する若い男が、ぶつけどころのない怒りと悲しみを、力強い舞踏で表現している。
「あ」
エル・クレールは気付いた。
「違う。あれはシルヴィーではない」
背格好は似ている。だが躍動する手足の筋肉は、どう見ても
「男性です。あれは本物の男の方です」
「……さて、ここで問題です。アレは一体誰でしょう?」
ブライトの口ぶりは大分悪童じみていた。
「マイヤー=マイヨール、ですね」
「ご名答」
「では、シルヴィーはどこへ?」
「さて、本来の姿にでも戻っているンじゃないかね」
「本来……?」
音楽が変わった。若い男の憤りと同じメロディは、オクターブが上がり、調が変わることによって、別の人間の嘆きを表現し始める。
舞台上に薄いカーテンが引かれた。