陽が落ちかかっていた。
 深い森を貫く細道の先には、小さな村落があるはずだ。
「騎士様、騎士様方」
 やたらと笑顔をてからせた恰幅の良い農夫が、道行く旅装の二人連れを呼び止めた。
 一人はひょろ長い黒ずくめの男だ。顔色が白いうえ、色彩と言えば胸元を飾る金細工のブローチのみで、さながら闇が人の形を成しているといった姿である。
 もう一人はというと、頭から足先まですっぽりと異教徒のまとうフードとヴェールとマントで覆っている。そのフードも墨を流したような黒で、やはり胸元に金細工がある以外は色がない。
 黒ずくめの男は立ち止まるつもりがなかったようだ。ところが、フードが歩くのを止めたので、その場に留まらざるを得なくなった。
「騎士様方、文字は当然お読めになる?」
 二人連れのどちらも農夫の問いかけに明確な返答をしなかった。しかし農夫は、
「この手紙を読んでくださいな。どうもあたしは無学でしてね。どうやら大事な便りのようなんだが……」
 言いながら二人に近寄った。手には確かに牛皮紙を一巻き持っている。
 二人連れは無言のまま、その場をまるきり動こうとしない。
 農夫はさらに続ける。
「都からの便りなんですよ。どうか読んでくださいな」
「あなた宛ではない手紙を、何故そんなに読みたがるのです?」
 黒ずくめが唇を小さく動かすと、フードとヴェールの下から漏れたかすれ声が、その後を接いだ。
「そいつを運んでいたのが小金を持っていたので、受け取る方はもっとため込んでいるとでも思ったか」
 農夫のてかった顔から笑いが一瞬だけ消えた。
 そいつはすぐに笑いなおしたが、最初の笑顔とは微妙に違っていた。
「読んでくださらないんなら、あんた方には用がないと言うヤツで」
 木々の枝が、悲鳴を上げてざわめいた。
 農夫や猟師、あるいは木こりの格好をした連中が十数名、手に手に鎌やら手斧やらといった柄物を携えて湧き出た。
 ぎらついた目で二人連れを睨め付けるその連中は、圧倒的な「数の優位」に酔っているようだった。
 そいつらの顔つきを一通り見やった黒ずくめは、連中の自信とは対局に位置する別の自信に満ちた声で、連れの人物に話しかけた。
「字が読めないと言うのは本当のようですね」
 フードも全く落ち着く払った声音で応じる。
「つまり、あの手紙が金銭とは無関係だと言うことも、まるきり判っていないという事」
 この二人があまりにも平静でいるので、連中の方が逆に焦り始めた。
 てかり顔が額に血管を浮かせて叫いた。
「何が無関係だ! しこたま金貨を抱え込んだ腐れ貴族が懐深く隠していたんだぞ!」
「緑色のベスト、鵞鳥の白い羽根が付いた赤いフェルト帽、二匹の蛇かがらみ合う紋章の刻まれたバックル付きのベルト?」
 黒ずくめの軽い語尾上げに、てかり顔が目を丸くした。
 確かにこの連中がつい今し方手に掛けた人物は、その通りの服装をしていた。
「その牛皮紙についた封緘を見れば察しが付きます。確かに帝都行政部からの書簡ではありましょうが、簡易な命令書でしょう。
 と、なれば、それを持って走る使者もまた下級の雑吏……先ほど言ったような服装の、ね。
 下級勅使が行く先と言ったら、何の利権もない木っ端な行政機関。小金どころか明日のパンにも困った小吏がぽつんと坐っているだけのところですよ」
 黒ずくめはふわりと笑った。
 その笑顔の穏やかさは、連中を逆上させるに充分の凶器であった。
 てかり顔が唾と怒声を吐き出すと、他の連中もわめきだし、てんでバラバラに駆け出した。
 大半は逃げるように森の奥へ。僅かばかりの残りとてかり顔が二人連れへ向かって躍りかかる。
 二人連れも二方向に動いた。ただし、ぴったりと息のあった動きだ。
 黒ずくめが後ろへ跳ね退き、フードが前へ踏み込む。
 三人ほどの有象無象が手斧やら鎌やらでフードに斬りかかった。フードは避けるという動作をしなかった。
 どうも避ける必要はないと判断したらしい。マントの下で左腕がもぞりと動いたかと思うと、次の刹那には有象無象どもの武器が総て弾き飛ばされていた。
 マントから突き出た左手には、長廊下の床板を一枚矧がしてきて柄を付けたような物体が掴まれている。それが鞘に収められた長剣だと一目で解る者は、まずいないだろう。
 息を吐く暇なく、フードはさらに深く踏み込む。
 そして立ち向かってくる者も逃げる者も区別なく、その莫迦長い鉄の塊で殴りつけてゆく。それも泳ぐような、舞うような、華麗な身の軽さで、である。
 地べたが失神者で埋まると、フードはひらりと飛んで、一番最初に殴りつけたてかり顔の鼻面に鞘の先を突き付けた。
 だらしなく尻餅を突いたそいつは、背後から唐突に、
「その勅書を、こちらへ頂けませんか?」
という柔らかな声がしたのに過剰反応を示し、結果として気を失った。
 黒ずくめとフードは顔を見合わせ、殆ど同時に呆れのため息を吐いた。

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