すっかりと崩れ落ちた仮宮殿のやっと残った屋根の下には、ジャン・ピエール=ポルトス伯爵の横たわるベッドだけが置かれていた。
胸を覆う毛布が、間欠に、幽かに、上下している。
この弱々しい呼吸は、恐らく直に止まるのであろう。
「一体……何が起きているのです……?」
主君の傍らに力無く座り込んだアトスが呼気と一緒に吐き出した問いかけに、レオンは、
「震源の定まらぬ地震」
と答えた。
「あなたには、海を越えてユミルに渡ることをお勧めします」
アトスの額に、深いしわが寄った。
「街が壊れたぐらいで、故郷を捨てろと?」
「いくら心が強くても、手足が折れていては自力で立つこともできないでしょう。声が出せる内に助けを求めるべきです」
「しかし……」
「ユミルのギネビア女王には、私の名を出せば、謁見できるはずです」
「貴殿の名前を、ですか?」
「ええ。……ミッド大公の祐筆レオン=クミンの紹介で来た……と言えば、何かしら力を貸してくれるでしょう」
「……ミッド……ですと?」
レオンは件の「営業用スマイル」でうなずくと、後は口を閉ざしてしまった。
継ぎを当てたフードとヴェールをまとったガイアが、彼に送った視線を合図に、彼は哀れな主従の側から離れた。
急作りなまま倒壊したカイトスから、二人は再び森へと戻る道を進まざるを得なかった。
森を抜ければ辻がある。そこまで戻って、カイトスへ向かわない道を選ばねばならない。
「……」
カイトスを出てから、ガイアは言葉を一つも発していない。
元々多弁ではないのだが、この無言がレオンには鉛よりも重く感じられた。
「どうしたのですか? ご機嫌が悪いようですが」
ガイアの回答は、暗く沈んだ声音で、しかしとても愛らしい内容だった。
「レオン殿の口からギネビア様のお名前が出ると、私は機嫌が悪くなる」
「そうでしたね」
レオンは彼にしては珍しい悪戯な笑顔を浮かべた。
「できることならご意見を拝聴したいのですけれど」
「帝都とガップ皇弟国と、どちらへ行くべきか……?」
「ええ」
ガイアはぴたりと立ち止まり、天を仰いだ。
「海岸沿いの街道を行き、ガップを経由して帝都へ」
「同意します」
レオンは紗の向こうで微笑むガイアの目をじっと見、唇の端をほんの少し持ち上げた。
END