フツウな日々 14文章書きに送る50枚の写真お題
 よくある「学校の怪談」だ。何処の学校にも似たような話が伝わっているだろう。
 そういった「怪談」の大概は根も葉もない無責任な噂なのだけれども、怖い話が好きな子供達はむしろ喜んでその手の話を信じる。
 龍は、信じていない。そういう話は「信じたら怖い」から、信じないことにしている。
 誰もいない理科準備室の、ひんやりしたドアから、から龍はわざと視線を外した。
 動かした視線の先に、廊下を挟んで反対側の階段が入り込んだ。
 階段を上がった二階は、二年生の教室だ。
 踊り場の窓から光が差し込んでいた。たくさんの人間がいると思うだけで、その光に温度が感じられる。
 龍はふと上ってゆく階段の隣を見た。
 降り段が三つ。その先に少しだけ空間があって、突き当たりは掛け金の下りた鉄のドア。
 階段下の空間を利用した、掃除用具倉庫だ。
 そこには、年に何回かしか使わないワックス掛け用のモップなどの予備の掃除用具や、何年も使っていないのかも知れない工具のようなものが仕舞ってある。
 半地下にあるせいなのか、龍にはその一帯が回りより一層暗くて寒く感じられた。
 そうして、ほんの数十センチのくぼみの先が、深い深い穴のように思えて仕方がなくなった。

地下道

 出口のない、深い穴。みしみしと壁が迫ってくる、狭い穴。
 龍は、背筋に冷たくて長いものがヒタっと張り付いたような気がして、自分の体を抱きしめた。
 怖くて、目を閉じる。
 まぶたの裏に赤い闇が広がる。
 闇の中に、白い顔が浮かんだ。
 大きな瞳がまっすぐ自分を見つめている。
 あわてて目を開けた。赤い闇は一瞬で払われた。
 ところが、視線だけは残った。……瞳が、顔が見えるわけではないのだけれど、目の前の暗がりの奥に確かに誰かがいるような気がするのだ。
 龍は生唾を飲み込んだ。つま先がゆっくりと持ち上がる。
 自分がそうしようと思ってやっているのか、それとも誰かがそうさせているからなのか、彼には解らなかった。
 解らなかったのだけれど、足は前に進む。
 段差を三つ降る。冷えたコンクリートの床から、冷たい風が上ってきた。
 手を伸ばす。指先が掛け金に触れる。キチリ、と小さな音を立てて、それは外れた。
 龍がドアノブに手を伸ばそうとしたその時、
滑りの悪い蝶番が、ギィと悲鳴をあげた。
 彼は驚いて風のように後ろに飛び退いた。
 三段の段差の真ん中の出っ張りが、彼の踵にぶつかった。
「うわぁ!」
 尻餅の音と叫び声が、同時に静かな廊下で反響した。
 少し遅れて、硬いものが硬いものにぶつかる大きな音と、柔らかくて重いものが硬い床に落ちる音が、やっぱり同時に響いた。
 事務室と職員室のドアが一斉に開いた。
 幾人もの大人の視線が、人気のあるはずのない廊下で泳いでいる。
 大人達の視線は、やがて廊下で座り込んでいる生徒に集中した。
 何人かの事務員と教師とが、廊下に飛び出して生徒に駆け寄った。
 生徒……龍は声を掛けながら近づいてくる大人達の方を見ようとはしなかった。
 彼の目は、目の前の四角い穴の底に注がれていた。
 白と黒の固まりが床の上にあった。
 しばらく見つめてからようやく、その白は長袖のシャツの色だと言うことに、龍は気付いた。
 そして黒いところは、刈上げた頭の毛と、長ズボンなのだと言うことも、その時に解った。
 倒れているのは、見慣れた……でもここしばらくは見られなかった……人の形、だった。
「『トラ』!?」
 龍は、自分の口から出た声と、それと同じ音の声との二つを同時に聞いた。
 自分の声ではない方は、聞いたことはあるけど耳慣れない、しわがれた女の人の声だった。
 何処でその声を聞いたのか、彼はすぐには思い出せなかった。ただ、その声の主が、先生でも、事務の人でも、給食室の人でもないことは間違いなかった。
 彼は顔を倒れている「トラ」の方に向けたまま、目玉だけ声のした方へ動かした。
 先生達と事務の人たちの後ろに、校長先生と、急用で出かけているはずの龍のクラスの担任と副担任がいた。
 その隣に、薄い緑の混じった灰色のきれいな着物を着た、白髪頭で、目玉と目の回りと鼻の頭の真っ赤になった、お婆さんが立っている。

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