フツウな日々 19 
『あれ、四十三人だったっけ』
 二年生の時に一人転入生が来て、四年生の時に一人転校して……。
 何度数えても、
「四十三人」
 龍の口から漏れた数を、校長先生がどう思ったのか、龍には判らなかった。
「君は、友達を作るのが上手いんだね」
 そう言って、校長先生は安心したような、それでいて困ったような笑顔のまま、二、三回うなずいた。
 時計の長針がかちりと動いた。天井のスピーカーが振動して、静かにチャイムの音を響かせる。
「ああ、もうお昼だね」
 校長先生は金色の腕時計をちらりと見た。
「もう!?」
 思わず声を上げた龍だったけれども、そのすぐ後で、
「あれ、まだ……?」
 まるきり反対のことをつぶやいた。
 今日は朝から色々なことがありすぎて、ちゃんとした授業は一時限だってやっていない。ちゃんとした休み時間だって、一時間目と二時間目の間にあったぐらいで、それだって教室から図書室への移動時間で大半が潰れてしまった。
 四十五分間緊張して、五分間ホッとする繰り返しをちゃんと四回やらないと、給食の時間が来た感じがしない。
 図書室から運び出されて治療が終わったのもついさっきのようだったし、「トラ」が救急車に乗せられるまでの時間も、校長室にいた時間だって、そんなに長くなかったように思う。
 だからまだお昼の時間だという実感がわいてこないのだ。
 だけれども。
 今日は朝から色々なことがありすぎて、なんだかあっという間に時間が過ぎてしまった気もする。
 朝早くにお婆さんが学校に押しかけてきたり、突然担任の先生がいなくなったり、校長先生が授業をしたり、図書室で(また)倒れたり、「トラ」が救急車で運ばれたり。
 何年分ものビックリを経験したみたいで、とても半日しか時間が経っていないとは思えない。
 龍はおなかをさすった。
 おなかが減ったという感じもしない。
 救急車が来てくれるまで本当は相当時間がかかっていた。泣き叫び続けて喉が潰れるくらい長いこと校長室にいた。
 本当の時間が判らなくなるくらい混乱していて、龍の腹時計は調子が狂ってしまったのかもしれない。
「今週は、給食当番かな?」
 校長先生の質問に、龍は首を横に振って答えた。
「それなら、もう少しゆっくりしていっても構わないね。なんならここで給食を食べていっても良いんだよ」
「え?」
 龍は小首を傾げた。
「自分の教室以外で給食を食べても良いんですか?」
「どうしても教室にいるのが嫌な人は、担任の先生が許してくれればそれで良いんだよ。誰にも何も言わないで勝手に出かけて行ったり、図書館やお手洗いで食べてもらっちゃ困るけれども」
 校長先生の言葉は、龍にとっては衝撃的だった。
 彼にとって、給食の時間というのは、クラスのみんなと一緒に競争したりゲームしたりすれば嫌いなおかずだって平気で食べてしまえるくらい楽しいものだった。
 給食を教室で食べるのが嫌な子供がいるなんて信じられないし、教室以外で食べることそのものを想像することができない。
 龍はぽかんと口を開けて、校長先生の顔を見た。
 校長先生は優しく笑った。
「君はとても優秀な小学生だね」
 龍の口はますます大きく開いた。
 国語も算数も社会も理科も音楽も図工も、がんばっても4が取れるかどうか微妙なところで、体育はがんばっても五がぎりぎりで取れない程度の成績だ。
 取り立てて苦手なことがない変わりに、取り立てて苦手なこともない。怪我をして入院するまでは遅刻も欠席もしなかったことと、毎年夏休みの自由研究で毎日天気を観察し続けて大きな模造紙に一覧表にまとめたこと以外では、褒められたことなんて一度だってない。
 優秀なんて言葉は、自分とはぜんぜん全く関係ないものだった。
 なんと返事をして良いのか判らず、まるで酸欠の金魚のように口を開けている彼を見て、校長先生はほんの少し辛そうな顔をした。
「君は教室に戻った方が良さそうだ」

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