あの建物は何のための物なのか。なぜ古いまま残されているのか。あの中に何があるのか。
知りたいと思った。
しかし大人達は言葉を濁し、口を噤み、答えてはくれない。
唯一、御子と年の近い乳母子が
「殿様がお国入りする前から、得体の知れぬモノが憑いていると噂する者がおるのです。莫迦々々しい話ですが、それを信じる愚か者者が居るので、殿様は近付かぬようにと仰せなのでしょう」
と答えてくれたとは言え、この程度答えでは、御子は納得できなかった。
ならば自分の目で確かめたいと思うのは必定でしょう?
しかし毎日の日課が酷く詰め込まれていて、昼間はあの建物に近付くことすらできない。
ある夏の夜、御子はそっと寝所を抜け出しました。
裕福でない殿様とその家臣たちは、夜を照らすための燭台の蝋燭や油を節約していましたので、お城の中も外も、闇に包まれていた。
御子は星明かりと記憶を頼りに離宮へ向かい…………。
君の期待を裏切って悪いのですけれど、この夜、子供は幽霊屋敷にはたどり着けなかった。
何分にも父親からは「決して近付いてはならない」と言われ、母親からはその影の見える所にすら行くことを許されない場所なのですよ。
大凡の方角がわかっていたからと言って、闇夜に子供一人が迷わずにたどり着けるはずがないじゃありませんか。真面目な子だからといって、賢い子供だとは限らないのですよ。
と言うわけで、御子は夜明けの前にどうにか寝所へ戻っりました。ほとんど寝ていないものだから、昼間は眠くて仕方がなかった。その日は学問でも剣術でも、それぞれの師匠に酷く怒られたようです。
この御子に美点があるとすれば、あきらめの悪さでしょう。一度失敗したからといって、興味のある事柄を諦めることなどできなかった。
御子は何度かその場所へ行くことを試み、何度目であったか定かでありませんが、漸くその場所の近くまでたどり着くことができました。
その日、御子は短い佩剣を下げた簡単な「武装」をしておりました。
殿様と奥方が「近寄ってはならない」と命令しているのだから、警備の者、見張りの者が幾人かいて、見回りをして目を光らせていて当然でしょう。
ですから、勇ましい格好をしたつもりの、自分は賢いと思いこんでいる、しかし好奇心旺盛な、小さなお国の幼い跡取りは、茂みの中から、剣に縋るようにして、「武者震い」をしながら周囲を窺ったというわけです。
それは全くの暗闇でした。目を凝らし、耳をそばだてて、御子は人の気配を探りました。
しかし御子が「当然いる」と考えていた、古い離宮を警備する者や、近付いてはならぬ場所に入ろうとする者がおらぬか見張っている者の姿は、そこにはなかった。人も、犬も、猫の子一匹すらも、その辺りには生きているモノはまるでいなかったのです。
御子は不思議に思いました。
『この場所を見張らなくて良いのだろうか』と。
あるいは、『この場所に近付く者がいないとでもいうのだろうか?』と。
そして『この場所に興味を抱いているのは、或いは自分だけなのだろうか?』とも。
御子の父上である殿様は、外から新しくやってきた殿様であるにも拘わらず、この土地に元から住んでいた人たちにも随分尊敬されていました。殿様が元いた土地の人々の中も、去ってしまった殿様を慕っていた者達がいたそうですが、それ以上に新しい領民は殿様を愛していた。
ああ、たしかにただの判官贔屓かも知れません。贔屓であろうが敬愛であろうが、元の感情などどうでも良い。殿様の領民達は、殿様がおふれを出せば、それをしっかりと守った。そ