舞殿の【女帝(エンプレス)】 − 湯殿 【13】

 厚手の白いタイツを穿いているから、肌そのものが見える訳ではない。しかし、ぴったりとしたタイツは、脚の線を隠すことがないものだから、素足を晒しているのと大差がない。
 その上、裳裾が膝頭より上にあるものだから、踝も脹脛も太股も、のぞき込めばそれよりも上だって見えてしまいそうだ。
 ピエトロは、あわてて視線を上に移動させた。
 女性はにこりと笑い、
「ピエトロ様、でございましたわね?」
「はい。えっと……」
「パトリシアと申します。ルッカ・アイランドから参りました」
「ようこそ、パトリシア姫」
 ピエトロはうわずった声で応じた。
 礼儀にかなった挨拶のために視線を落とすと、どうしてもパトリシアの脚が目に入る。
 ピエトロは自分の顔がリンゴよりも赤くなっているのではないかと不安に感じた。
「さあ、参りましょう」
 裏返った声で言い、がくがくした足取りで歩き出した。
「やっぱり、気になりますか?」
 後から付いてきたパトリシアが、恥ずかしそうではあるがそれでいて少々うれしげにも聞こえる声音で訊ねる。
 気にならないはずがないのだが、それを正直に答えるわけにも行かない。
「い、いえ。あの。申し訳ありません」
 ピエトロは、さらに1オクターブほど高い声で答えた。
「これは、儀礼舞踏用の衣装なんです」
 誇りに満ちた声でパトリシアが言う。しかしすぐに声音が弱々しくなった。
「実は……港からこちらに付くまでの間に、荷物が行李ごと無くなってしまって。……たぶん我が国の手違いだとは思うのですけれど……。そのようなわけで、普段着るためのドレスも、舞踏会用のドレスもございませんの。ギネビア様がすぐに仕立てをして用意をしてくださるとおっしゃったのですが、幸いこの衣装が残っておりましたから」
 そう言って、姫はむしろ誇らしそうに短いスカートの裾を軽くつまんで見せた。
「儀礼舞踏と言うと、姫は神前で舞を捧げるお役目を?」
「ええ、ルッカ王家に生まれた娘は皆その役目を担いますの」
 ピエトロはルッカ・アイランドなる国の名前を今初めて聞いた。しかし、王家が神官を兼ねる形態の神聖国家というものがあるということは知っている。
「左様でございますか」
 ピエトロは薄暗い神殿で舞い踊るパトリシアの姿を想像した。
 神懸かりになった巫(かんなぎ)は、人の世の制約を総て取り払って舞い踊るという。
 けがをしても、衣服が乱れても、お構いなしで踊り続ける。
『パトリシア姫もそのようになられるのだろうか?』
 少々興味がわいた。それも、かなり下世話な興味だった。ピエトロが口元にだらしない笑みを浮かべたそのとき、
「ああ、ここに違いありませんわ! ほら、ドアの隙間から湯気が漏れておりますもの」
 パトリシアは小さなドアに向かって駆けだした。
 確かに、湿気を帯びた硫黄の香りがドアの周囲に満ちている。ドアノブには「只今の時間 ご婦人専用」と書かれた、小さな札がかかっていた。
「ああ、良かった。……でも、あの方との待ち合わせには、すっかり遅れてしまったようだけれど」
「待ち合わせ、ですか?」
「ええ、古くからのお友達ですのよ。わたくし、本当はよそ様の国の舞踏会には出るつもりはなかったのですけれど……。でも、そのお友達も参加するのだと、こちらの国からのご使者の方がおっしゃったので、決心してまいりましたの」
 少々邪な想像をしていたピエトロは、「もしやそのお友達と申されるのは、殿方ですか?」などという失礼なことを口にしそうになったが、危ういところでその言葉を飲み込んだ。
 さて。
 ようやっと目的地にたど


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