重いドアが閉まったとたん、ピエトロは締め付けられるような緊張感から解放され、思わず大きく伸びをした。
「さて、パレスの中をよく見知っておけと言われたのはいいけれど……」
エントランスホールまで戻って見回すと、スタッフたちが粛々と自分の仕事をこなしている様子がうかがえた。
皆、己の仕事に集中していて、声をかける隙など一分もないように思える。
しかし。
誰の説明や案内もなく恐ろしく広い宮殿の中を見て回ろうという心持ちには、ピエトロはなれなかった。
ホールからは南北に廊下が延びていた。両方とも等間隔にドアが並んでいる。
南側の廊下には人影がなかったが、北の廊下には、掃除道具を抱えたメイドが一人いる。
どうやらピエトロと同年代らしいそのメイドは、もとより塵も埃もない廊下をさらに念入りに掃き清めていた。
隅々まで清め磨き上げ、ようやく得心したらしい彼女が顔を上げたのを見て、ピエトロは声をかけた。
「忙しそうだね」
櫛目正しい赤い髪を揺らし、メイドは
「何かご用でございましょうか?」
にこりと笑った。
「うん。用というか何というか。今回の舞踏会をぜひとも成功させるために、お客様方に粗相が無いようにしたくて。 僕はここに来るのが遅れてしまって、宮殿の中のことも、お客様のこともまだよくわからないから……。もし君がお客様のことで何か知っているのなら、教えてくれないかな?」
メイドは小首を傾げ、一呼吸すると。
「私の知っていることと申しますと……。後しばらくで、オラン公国よりオーロラ姫様と、グランディア王国よりファミーユ姫様がご到着になるということ。それから、つい先ほどパンパリア公国のロゼッタ様がいらっしゃったということぐらいですわ」
「それだけかい?」
ピエトロは頓狂な声を上げた。ずいぶんとお客様の数が少ないような気がする。
メイドは申し訳なさげに
「私はこちら側の棟のお部屋を控え室になさるご予定のお客様のことだけしか知らされておりません。ですからほかのお客様のことは、あまり存じ上げておりません」
小さく頭を下げた。
「そういうことか……。じゃあ、もっと詳しく知っている人はいないかな? あまり時間がないようだから、手っ取り早くすませたいんだ」
「まあ」
ピエトロの言いように、メイドは少々あきれた様子だったが、
「執事長のラムチョップ様か、警備の兵士様方でしたら……」
「ラムチョップか」
あの白髪頭の執事長の神経質そうな顔を見るのは、あまり乗り気がしなかった。
「じゃあ、警備兵たちに話を聞いてみることにするよ。どこに行けばあえるかな?」
「先ほど何人かがあわてた様子で中庭へ向かいましたわ」
メイドは廊下の一番奥を指さした。通路は左に折れ、さらに奥へ続いている。
「中庭だね。ありがとう、行ってみるよ」
メイドの示した方角へ、ピエトロは小走りで向かった。
赤い絨毯の敷き詰められた廊下は、驚くほど長かった。
『なんて広い宮殿なんだろう。僕の家屋敷なんて、この敷地に3つぐらい入るんじゃないだろうか』
行けども行けども中庭に通じるとおぼしきドアは見つからない。それでも、このまま永遠に走らないといけないのではなかろうかと不安に駆られ始めた頃、ようやくそれらしい白いドアにたどり着いた。
髪の毛ほどの隙間もないドアをそっと押し開けると、陽光が一筋、廊下を切り裂くように差し込んできた。
同時に、草木の青い香りがピエトロを襲った。どうやらこの庭園には、特に香りの強いハーブや花木の類ばかりが植えられているようだ。
広い中庭は、中央に噴水を配