「この写真が、どうかしたかね?」
功徳学園大学助教授・禿山(とくやま)は左右の眉を段違いに歪ませて、ガラスの応接テーブルの上をじっと見つめた。
古いカラー写真が数枚、整然と並んでいる。どれも色あせたり破けたりしている上、一様に露光不足のピンぼけで、何が映っているのか判然としない。
読みとれるのは、総ての写真の左の隅に焼き込まれているデジタル数字だけだ。
「20年前…だね」
テーブルから視線を上げると、禿山の目には、向かいにいる一人の若者が映った。
上背が高い、細面の男である。
ファッションには無頓着らしいが、シャツは糊が利いているし、パンツもしっかりアイロンがかかっている。背筋がしゃんと伸びているのは、高校卒業まで剣道をやっていたためだろう。
功徳学園大学文学部史学科、赤石主税(あかし・ちから)。専攻・中南米史。…20年前、突如として行方不明となった、日本考古学会の白眉・赤石庸人(あかし・ようと)教授の一子だった。
「父がいなくなる1週間前、です」
ぼそりと答えた主税は、粗末な革張りのソファに、浅く腰掛けていた。うつむき、瞼を軽く合わせ、決して禿山の顔を見ようとしない。
「それで…?」
禿山が言いかけ、言い終わる前に、主税はブンと顔を上げた。
「ここに行きます」
まっすぐな視線に、禿山は一瞬声を失った。
禿山のゼミの中で、一番優秀な学生である。来月出発予定のマヤ遺跡発掘には、彼を連れて行くつもりでいた。
「すぐに、かね?」
確認した。並べられた写真の右手には、まるでそこにあるのが当たり前のように、休学届が置かれている。
太く、しっかりと角張った表書きが、書き手の意志の強さを物語っていた。
主税はうなずいた。禿山は大きく呆れの息を吐き出すよりほかなかった。
「よく似ているよ、全く」
「父と、僕が…ですか?」
主税は急に顔色を明るくした。
物心付く前の赤ん坊と家族を残して姿を消した…そんな父親なのだが、彼は心底尊敬しているようだ。
「だが主税、そのピンぼけ写真…いったい場所が解るのか? 何が映っているのかまるっきり判らないじゃないか。それに、どこから出てきたんだ、この写真は? 赤石教授が関係しているという証拠でもあるのか?」
解らないことだらけだ。禿山は疑問を一度にまくし立てた。
主税は困惑して、鼻の頭を掻いた。考え込むときのクセなのだ。
「これがどこにあったかというと、父の使っていたデスクの隠し小引き出しの中でした。その…天板が壊れてしまったので、直しているときに見つけまして」
天板が壊れた理由は言えなかった。…亡き母の妹で、功徳学園の理事長である白鳥潤南(しらとり・じゅんな)が、酔った勢いでライブステージ代わりにした…なんて事は口が裂けたって言えるものか。
「何が映っているのか、最初は僕にもまるで解りませんでした。でもかすかに陰影があるのは見えるので、写真のコントラストをいじってやれば、もしかしたら何か浮かんでくるかも知れないと思いまして」
写真をスキャナでパソコンに取り込んだのは、2日前のことだ。
普段ホームページを作るためだけに使っている、あまり性能の良くないフォトレタッチソフトだが、古い写真の画質補正ぐらいはできる。
コントラストを上げてみたり、ガンマ値を補正してみたり、トーンカーブを調整してみたり、ヒストグラムを平均化してみたり、カラーバランスを変えてみたり…。
この時自分がパソコンで写真に施した調整を、電脳物にまるで弱い禿山助教授に説明しても解ってもらえないだろうと、これもやはり主税は言わな