意外な話 或いは、雄弁な【正義】 − 【13】

 兎も角も、御子にとっては殿様の家来は、隅々下々にいたる迄総て皆まとめて忠義者。これは疑うべきもなかったのです。
 だからその忠義者が、我が身が近寄ってはならない場所へ、近寄るばかりか入り込んだとことを両親に報告したなら、どうなるであろうか?
 御子はブルリと震えました。きっときついお叱りを受け、ひどいお仕置きを受けるに違いない。
 その恐怖よりも、しかし好奇心の強さ方がより勝っていました。
 御子はどうしてもその「扉」の向こうに行ってみたくなった。何があるのか判らない、何がいるのか判らない場所へ、どうしても行きたくなった。
 そうすれば、この館が「幽霊屋敷」と呼ばれている理由も、父母が我が身をこの館に近づけさせまいとしている訳も、きっとわかるだろう。
 それにはまず、この「扉」の開け方を考えなければなりませんでした。押したり引いたりといった「普通の方法」で開くとは考えられません。何分にも取っ手がないのですから。
 と、なれば、横へ、或いは上か下へ滑らせる事が考えられる。
 御子にとって幸いだったのは、殿様の新しいお城には、様々な工夫と珍しい家具調度品が幾つもあったことです。そこかしこに様々な扉、窓、蓋があった。
 遠国から献ぜられた戸板を横に滑らせて開ける螺鈿細工の戸棚、丈夫な帆布に細い板を幾枚も貼り並べた上蓋を巻き上げて開ける机、一度軽く持ち上げてから押すと隠し留め具が外れて開く鎧戸、といった物です。
 御子はそういった物に触れて育ちましたから、扉のと言えば押すか引くか、という観念じみた物が薄かった。あるいは、父母が目端の利く子供に育てるために、あえて様々な物を周囲においてくれていたのかも知れませんが、どちらにせよ、このような場合には、その環境は役立ったといえるでしょう。
 御子は取っ手のない「扉」の前に立つと、取っ手が付くのに丁度良さそうなあの穴に手を掛けて、右や左に横滑りさせてみようと試みました。それがうまくいかないと、上に持ち上げてみたり、下に押し込んでみたりしました。
 扉は、開いてくれませんでした。
 御子は今一度身をかがめて、件の穴の辺りを良く調べました。
 鍵がかかっているのかも知れない。あるいは扉の向こう側から心張りがあてがわれていることも考えられる。
 鍵穴らしき物は見付けられませんでした。穴そのものの周囲には何も仕掛けのような物は見あたりません。穴から見た範囲では、戸の開け閉ての障害になるような物も見えませんでした。
 ならば、見えないところに何か細工があるに違いない。自分には動かせない細工が。
 御子はため息を吐きました。
 この先には行けない。この先にある物を確かめることは出来ない。
 御子は落胆してあの「扉」に背を向け、その場に座り込んでしまいました。総身の力が皆抜けきっていました。背筋を伸ばすことさえ出来ないような気がして、御子は背中を「扉」にもたれかけました。
 それでも力はどんどん抜けて行き、ついには首さえも小さな頭を支える事を放棄しました。御蔭で、後頭部はがくりと後ろに落ち、戸板にぶつかりました。
 板と骨のぶつかるゴツリと大きな音がし、その後、ガチンという金属が何かに当たったような、耳障りな音がしました。
 先の音は自分の頭が出した物とすぐに察しが付いたものの、後の音の正体が知れなかった……。その瞬間は、音の正体などどうでも良く、探ってみようなどとは考えもしなかったのですが、直後に思い直しました。
 何分にも、自分の体が扉よりも向こうに倒れて行ったのですから。
 御子は、何が起きたのかすぐには判りませんでし


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まろやか連載小説 1.41
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