ビュゥと冷たい音を立て、夜風が吹き抜けました。
風の音が去ったあと、村で一番の金持ち長者のお腹から、ギュゥとねじれた音が鳴りました。
そういえば晩のご飯を食べておりません。
ご飯を食べに行こうにも、今ここを離れてしまっては、折角撒いた豆からすぐに芽が出て、育って、花が咲いて、いくら食べてもいくら使っても減らない豆が実るところが見られなくなってしまうかもしれません。
長者は立ち上がって背伸びをし、広い敷地の真ん中の、大きく立派なお屋敷の方へ目玉を向けました。
右を向いても左を向いても、お屋敷の影も形も見えません。
元より、とってもけちんぼな長者の言いつけで、夜になってもランプもろうそくも使わないお屋敷ですから、今日のように月の明かりが弱い夜には、真っ暗な闇の中に沈み込んでしまうのです。
村で一番の金持ち長者は大きな声で叫びました。
「ここに食事を持ってこい!」
普段なら、誰かが慌てて跳んできて、長者のいいつけをすぐに聞いてくれます。
でも今は、誰一人長者の所へご飯を運んでは来ませんでした。
それも当然のことです。なぜなら、長者が自分で屋敷で働いている人たちを、全部屋敷から追い出してしまったのですから。
広い敷地の何処にも、大きな屋敷の何処にも、長者のいいつけを聞いて働く人はおりません。
「ええい、何奴も此奴も怠け者ばかりだ! 早く食事を運んでこんか!」
長者は足をばたばたと踏みならし、腕をぐるぐる振り回し、ツバキをぺっぺと吐き散らして怒鳴りました。
それでも誰も来られる筈がありません。返事をする者すらも、一人だっていないのです。
見えるのは暗闇ばかり、聞こえるのは自分のお腹の音ばかり。さすがに長者は心細くなりました。
地面をちらりと見ましたが、豆から芽が出て、育って、花が咲いて、いくら食べてもいくら使っても減らない豆が実る様子はありません。
お腹が空いて空いてたまらなくなった村で一番の金持ち長者は、とうとうお屋敷に戻ってご飯を食べる決心をいたしました。
「ああ、お腹が空いた、ああ、腹が減った。屋敷へ行く道は何処だろう?」
真っ暗な畑の中をとぼとぼと歩き始めた長者は、ふわふわに耕された地面に足を取られて転びました。
あんまり暗いので、足元がちっとも見えなかったからです。
長者は足首をひねって痛めてしまいました。
「ああ、お腹が空いた、ああ、腹が減った。屋敷へ行く道はこちらだろうか?」
真っ暗なあぜ道を足を引きずって歩き始めた長者は、きれいに刈り込まれた生け垣にぶつかって転びました。
あんまり暗いので、一歩先もちっとも見えなかったからです。
長者は腕を棘のある木の枝で引っ掻いて血を出してしまいました。
「ああ、お腹が空いた、ああ、腹が減った。屋敷へ入る口はどこだろう?」
真っ暗な通路をとそろそろと歩き始めた長者は、頑丈なレンガの壁にぶつかって転びました。
あんまり暗いので、前がちっとも見えなかったからです。
長者はおでこを固い壁にぶつけてコブを作ってしまいました。
「ああ、お腹が空いた、ああ、腹が減った。食事は一体どこにあるだろう?」
真っ暗な庭を手探りで歩き始めた長者は、立派なドアにぶつかって転びました。
あんまり暗いので、何にも見えなかったからです。
長者は尻餅をついて腰を痛めてしまいました。
「ああ、お腹が空いた、ああ、腹が減った。ここは一体何処だろう?」
真っ暗な廊下を這い蹲って歩き始めた長者は、テーブルの脚にぶつかりました。
たんこぶのできたおでこにテーブルの脚の角っこをぶつけた