村で一番の金持ち長者が目を覚ましますと、そこは神殿の中でした。朝なのか夕なのか知れませんが、赤々とした光が礼拝場の中をゆらゆらと照らしております。
神殿の中にはたくさんの人たちがいるのですが、みな自分のお祈りが忙しくて、長者の方を見る者はおりません。
長者は少し腹立たしくなりました。
自分は村で一番の金持ち長者なのです。村長だって頭を下げる村で一番偉い長者です。村の人たちが自分に挨拶しないなんて、とても信じられませんし、とても許せませんでした。
長者は大きな声を出してみようかと、少しだけ思いました。そうすればみんながこちらを向く筈です。
でも、すぐに考え直しました。
なにしろ神殿の神官や僧侶たちときたら、万一神殿の中で無駄に大きく騒ぎ立てる者がいたなら、子供であろうと年寄りであろうと、物乞いであろうと王様の家来であろうと、
「不敬をするものは地獄に堕ちるぞ」
と怖い顔で呪いをかけるのです。
もっとも、呪いはすぐに解いて貰えます。ただし、とても高い贖宥符《しょくゆうふ》のお札を買わなければなりませんけれども。
村一番の金持ち長者は地獄に堕とされる呪いなどはこれっぽっちも怖いと思っていません。でも、余分なお金を出してお札を買わされるのは身震いするほど恐ろしいと思っています。
ですから神官や僧侶たちが怒るようなことは、たとえ思いついたとしても、本当にやったりはしません。
村で一番の金持ち長者は、大声を上げたりしないで、でも大きな騒ぎになる方法をよく知っていました。
長者は急いで浄財箱の前に行きました。そうして銅貨を三枚ほど取り出すと、箱の中に投げ入れました。
村一番の金持ち長者が投げた銅貨は、落ちてゆく途中でぶつかり合って、ちゃりんちりんと大きな音を立てました。
あんまり大きな音なので、礼拝場にいた人たちの半分ほどが、浄財箱の方に顔を向けました。
村で一番の金持ち長者はお金を普通に投げたのではありません。長者だけが知っている、少ないお金で大きな音が鳴る投げ方で投げたのです。
僅かな銅貨で礼拝場全部に響くような音を立てる方法を知っているのは、この村では長者だけです。
他の人には、そんな方法を知る必要がありませんでしたから、当然のことでした。
大きな音に気付いた人たちは浄財箱とその前に立っている長者とをじっと見つめました。
「きっとあの人がたくさんのお金を投げ入れたのだろう」
村一番の金持ち長者にはささやく声が聞こえました。長者はにんまりと笑いました。
長者はもう三枚銅貨を投げました。
投げた銅貨は落ちてゆく途中でぶつかり合ってちゃりんちりん、箱の底に落ちた銅貨が先に入れた銅貨にぶつかってちゃりんじゃりん、とさきほどよりももっと大きな音を立てました。
あんまり大きな音なので、礼拝場にいた人たちのほとんどと、祭壇の前に控えていた若くて耳の良い神官や僧侶たちが浄財箱の方に顔を向けました。
大きな音に気付いたその人たちは浄財箱とその前に立っている長者とをじっと見つめました。
「たくさんお金を投げ入れたあの人は、なんて信心深い人なのだろう」
村一番の金持ち長者にはささやく声が聞こえました。長者はにんまりと笑いました。
長者は最後にもう三枚の硬貨を投げました。
投げたお金は落ちてゆく途中でぶつかり合ってちりんちりん、箱の底に落ちたお金が先に入れた銅貨にぶつかってちゃりんちゃりん、とさきほどよりもずっとちいさな音を立てました。
それでも、礼拝場にいた人たち全員と、祭壇裏に控えていた年寄りで位の高い神官や僧侶たちが