であっても、万 の年の後まで同じくそこにあるとは限りませぬ。
ましてや人のこしらえた紙に人の書いた呪が、永久に封魔の力を保てる訳がありましょ うや?」
「確かにそなたの言うとおりだが……。
呪符の力がそのように不確かなら、人はいつも『魔物』や『あやかし』に怯え続けねば ならないのか」
協丸は、不満とも悲しみとも恐怖とも諦めとも納得とも取れる声で言った。すると弁丸 が、実にあっさりとした声音で、
「モノには全て寿命があると言うたであろう。じゃから当然『あやかし』にも寿命がある。
怖いと怯える前に、倒してしまえばいい」
言い放つと、やおら洞の中に入っていった。
「待て、弁丸」
五歩ほど中へ入った暗がりから、不機嫌そうに振り向いた弁丸へ、協丸が心配そうな真 顔でいう。
「弁丸、倒せばいいなどと簡単に言うな。大体、岩長姫様に助勢を頼みに行ったのは、お 前のその霊刀でもあの『あやかし』が払えなんだからではないか。
いくら桜女殿の前で良い格好をしたくとも、無理はせん方が良い」
「協丸!」
頭のてっぺんから湯気を噴き出しながら、弁丸は五歩戻ってきた。
「よいか、誤解するでないぞ。わしは良い格好をしたいから倒せばいいと言うたのではな い。倒せるから、倒せばいいと言うたのじゃ。
確かにこの霊刀だけでは倒すことはできなんだが、桜女の霊力が加われば倒せる」
「……桜女殿の、霊力……か」
協丸がちらりと見やると、桜女は黒い眉毛をわずかに下げて、
「ほんに弁丸は、真っ直ぐすぎてまるで『ヒト』では在らぬよう」
辛そうに微笑んだ。
そうして、再び掌の中のシロの珠を覗き込む。戻ってきた弁丸と、協丸も珠を覗き込ん だ。
「どうやら洞の奥、ではないような」
一番最初に顔を上げたのは桜女だった。続いて弁丸と協丸がほとんど同時に頭を上げて、 顔を同じ方向へ向けた。
洞の入り口からわずかに北東にずれたあたりの山肌に、六つの眼と一つの珠の光が注が れている。
枯れた木があった。
根本はから枝先まで苔で被われている。
もろく湿っぽい樹皮は腐敗していて、どんよりと黒ずんでいる。
「アレを依り代にしているような」
桜女がにこりと笑うのに、協丸が訊ねる。
「ヨリシロとは?」
「形のないモノが形を欲して取り憑く物」
桜女はふわりと朽ち木の根本へよった。
「封印が解けたので外へでたものの、どうにも『形』が欲しくなったので、すぐ側にあっ た生き物に取り憑くことにした。
ところが憑いてみたものの、それは寿命の尽きかけた樹。このままではあまりに頼りな いゆえ、贄をもってこの樹を強めんと……」
桜女は言いながら、御幣の付いた玉串で樹の根本を指し示した。
覗き込んで、協丸は思わず鼻と口を押さえた。
朽ち木が根を張っている場所に、どろりとした土が在る。その中で濁酒色の芋虫の群れ が、ワサワサと蠢いていた。
眉間に突き刺さるような腐臭を発するそれは、いくつもの白い塊を抱いている。
「……人の、骸か?」
白く丸い塊にぽかりと開いた二つの穴から顔をそむけ協丸が振り返ると、桜女は小さく うなずいた。その脇で弁丸が忌々しげに舌打ちをしている。
「まったく、ウチの領民を肥としか思うておらんとは、ろくでもない『あやかし』じゃ。 今すぐ斬ってくれる」
「斬ると言っても、お主」
不安げな協丸に、弁丸はニカっと笑い、
「この手の『あやかし』は、取り付いた器を壊してしまえば力が弱まるものじゃ。なぁに、 わしと桜女の霊力をあわせれば容易なこと。じゃが、万一邪気が飛び散って悪さをしては 危ない