ゃよ。整理整頓の役には立つが、それ以外のことはできんでな。
お主らの嫌いな軍部やら政府やらから『人鬼退治』なんぞという無理難題を申しつけられたら、それができる者を探すより他は術がないと言う訳じゃて」
老人は、小振りの赤い珠をエル・クレールの前に置いた。
「この弱い魂達は、己を何であると名乗っておるかね?」
彼女の後頭部に、肩を寄せ手を取り合っている人々の固い絆が浮かんだ。
「【聖杯の三《トロワ デ クープ》】」
「なるほどの」
老人はにたりと笑うと、【聖杯の三】をブライトの胸元に押しつけた。
「お主が不要と思っても、エル坊には通行手形や鑑札が必要じゃよ。この細っこい脚では、お主のように裏道抜け道は歩けぬよ」
ブライトは渋々そのアームを受け取ると、元の腰袋にねじ込んだ。
「ずいぶんと余計な世話を焼いてくれるもんだな」
「世話焼きついでじゃ。今すぐにお主らをゲニック准将に引き合わせてやるわい」
歩く手袋を一個師団引き連れた老人は、粗末なドアを開け放ち、出て行った。
彼の向かった先は崩れかけた馬小屋だった。乾燥しきった敷き藁の上に、甲冑を着込んだポニーが一頭、ぴくりとも動かず寝そべっている。
老人がポニーの背中を覆う鉄板を持ち上げると、ホムンクルスもどき達が大挙してその「中」に入っていった。
手袋一個師団がすべてポニーの腹に収まったのを確認し、老人は「蓋」を閉める。ポニーの腹の中から金属や木片の歯車がきしむ耳障りな音がし始めた。
やがて、獣臭も暖かみもまるでしない馬が、ゆっくりと立ち上がった。
エル・クレールとブライトの脳裏には、狭苦しい入れ物の中で装置を操作する、手袋達の甲斐甲斐しい姿が浮かんでいた。
「良くできたからくり人形だな」
「初めはボデーに本物の馬の皮でも貼り付けてやったんじゃが、そうすると逆に紛い物に見えてくるで、止めた。死んだ皮では生きた姿を表現できん。難しいものよのう」
妙に楽しげに老人は言う。
ポニーは自分で馬小屋を出ると、自分で馬具を一人乗り戦車のような屋根のない馬車に繋いだ。
「それほど遠くはないのじゃが、年を取ると歩くのもおっくうになってイカン」
老人が馬車に乗り込んで小さな椅子に座ると、馬は独りでに歩き出した。
「ゆるりと行くでの。まあ、それほど速さの出せぬからくりじゃがな」
車輪はしめった土埃を巻き上げながら、細い農道を進む。老人の言うとおり、歩く程度の速度であった。
エル・クレールはあわてて馬の後を追い、数歩駆けたところで振り向いた。
不機嫌顔のブライトが、ゆっくりと大股に歩を進めている。
おかしな事に、彼は歩きながら強ばった頬をつねったり引っ張ったりしていた。
やがて、エル・クレールが自分をいぶかしげに見ていることに気付いた彼は、
「ご婚礼のお祝いの席だっていうなら、それでも愛想笑いぐらいはしないといけねぇだろう?」
苦しそうな笑顔を浮かべた。
「おまえさん見たいに好きに笑ったり怒ったり拗ねたりできないのが、大人って生き物の悲しさでね」
「まるきり私を子供扱いするのですね」
「子供だろう?」
そう言ったブライトの目は、どこかうらやましげだった。