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愛ちやんの夢物語

ALICE'S ADVENTURES IN WONDERLAND.

レウィス、キァロル Lewis Carroll

丸山英觀訳



+目次
+はしがき
+第一章 うさぎあな
+ 第二章 なみだいけ
+ 第三章 候補コーカス競爭レース長話ながばなし
+ 第四章 蜥蜴とかげの『甚公じんこう
+ 第五章 芋蟲いもむし訓誨くんくわい
+ 第六章 ぶた胡椒こせう
+ 第七章 狂人きちがひ茶話會さわくわい
+ 第八章 女王樣ぢよわうさま毬投場まりなげば
+ 第九章 海龜うみがめはなし
+ 第十章 えび舞踏ぶたう
+ 第十一章 栗饅頭くりまんぢう裁判さいばん
+ 第十二章 あいちやんの證據しようこ


はしがき


此書これ有名いうめいなレウィス、キァロルとひとふでつた『アリス、アドヴェンチュアス、イン、ワンダーランド』をやくしたものです。邪氣あどけなき一少女せうぢよ夢物語ゆめものがたり滑稽こつけいうちおのづか教訓けうくんあり。むかし、支那しな莊周さうしうといふひとは、ゆめ胡蝶こてふつたとはなしがありますが、ゆめなればこそ、漫々まん/\たる大海原おほうなばら徒渉かちわたりすることも出來できます、空飛そらととり眞似まね出來できます。ゆめほど面白おもしろいものはありません。いま少時しばしねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、1-4]ひざまくら假寐かりねむすんだあいちやんのゆめいてほどけばうつくしいはな數々かず/\色鮮いろあざやかにうるはしきをみなして、この一ぺんのお伽噺とぎばなし出來できあがつたのです。
明治四十二年十二月
譯者
[#改丁]

第一章
 うさぎあな


 あいちやんは、ねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、1-4]さんとどてうへにもすわつかれ、そのうへることはなし、所在しよざいなさにれず、再三さいさんねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、1-4]さんのんでる書物ほんのぞいてましたが、もなければ會話はなしもありませんでした。あいちやんは、『もなければ會話はなしもない書物ほんなんやくつだらうか?』とおもひました。
 それであいちやんは、なぐさみに雛菊ひなぎく花環はなわつくつてやうとしましたが、面倒めんだうおもひをしてそれをさがしたりんだりして勘定かんぢやうふだらうかと、(あつすぐねむくなつたり、懵然ぼんやりするものだから一しんに)こゝろうちかんがへてゐますと、突然とつぜん可愛かあいをした白兎しろうさぎが、そのそばつてました。
 が、これぞとほどこともありませんでした。またあいちやんは、うさぎみちからしてて、『あァ/\おそくなつた』なんてふだらうとはちつともおもひませんでした。(あとからよくかんがへてれば不思議ふしぎだが、其時そのときにはそれがまつた通常あたりまへのやうにおもはれました)が、其時そのときうさぎ實際じつさい襯衣チヨツキ衣嚢ポケツトから時計とけい取出とりだして、それをてゐましたがやがしました、あいちやんもまたしました。あいちやんはうさぎ襯衣チヨツキ衣嚢ポケツトから時計とけい取出とりだして、面白おもしろさうにそれをいてしまうなんてことを、れまでけつしてたことがないわとこゝろ一寸ちよつとおもひました。あいちやんは野原のはら横斷よこぎつて其後そのあと追蒐おツかけてつて、丁度ちやうどそれが生垣いけがきしたおほきな兎穴うさぎあなりるのをました。
 其後そのあとからあいちやんもりてきました。今度こんどうしてやうかとふやうなことはちつともかんがへずに。
白兎の図
 うさぎあなしばらくのあひだ隧道トンネルのやうに眞直まつすぐつうじてました。まらうとおもひまもないほどきふに、あいちやんは非常ひじようふか井戸ゐどなかちて、びッしよりになりました。
 井戸ゐどふかかつたのか、それとも自分じぶんちるのがきはめてのろかつた所爲せゐか、つてからまはりを見廻みまはし、此先このさきうなるだらうかとうたがしたまでには隨分ずゐぶんながあひだちました。最初さいしよあいちやんはした、それから今迄いまゝでことらうとしましたが、眞暗まツくら何一なにひとえませんでした。そこあいちやんは井戸ゐどの四はうて、其處そこ蠅帳はへちやうたなで一ぱいになつてることをりました。此處彼處こゝかしこ地圖ちづえれば、木釘きくぎには數多あまたかゝつてました。ぎがてにあいちやんは、たなひとつから一かめ取下とりおろしました、それには『橙糖菓オレンジたうくわ』と貼紙はりがみしてありましたが、からだつたのでおほいに失望しつばうしました。あいちやんは脚下あしもと生物いきものころすのをおそれて其甕そのかめはふさうとはせず、其處そことほりがけに蠅帳はへちやうひとつにれをしまひました。
『よし、このながれにいてけば、梯子段はしごだんころがりちる氣遣きづかひもなし!うちみンながどのくらゐわたし大膽だいたんだとおもふでせう!さうだ、※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなことなんにもはなすまい、縱令よし屋根やねうへからちても!』あいちやんはみづか※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなことおもひました。(どれが眞實ほんとのことやら)
 くだるわ、/\、/\。ながれは何處どこまでつてもきないのかしら?『いままでにわたしいくマイルちたかしら?』とあいちやんは聲高こわだかひました。『わたし何處どこ地球ちきう中心ちゆうしんぢかくへなければならない。オヤ、どうも四千マイルりたらしいよ―』(あいちやんは學校がくかう課業くわげふういふふう種々いろ/\ことまなびました、そしてこれが自分じぶん智識ちしきしめすにはなは機會きくわいではなかつたが、だれいてるものがなかつたので一そう復習ふくしふをするに都合つがふでした)『――さア、大分だいぶ人里ひとざととほはなれた――緯度ゐど經度けいどへんまでてるでせう?』(あいちやんは緯度ゐどなにか、經度けいどなにか、※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなことちつともりませんでした、が其言葉そのことば立派りつぱ崇重そうちやう言葉ことばだとおもつてました)
 あいちやんはまたたゞちにしました。『わたししや地球ちきうつらぬいて一直線ちよくせんちてくのぢやないかしら!さかさになつてあるいてる人間にんげんなかつたらどんなに可笑をかしいでせう!オー可厭いやなこと、わたしは――』(とつて、今度こんどたゞしい言葉ことばなかつたものだから、其處そこだれいてるものゝないのを、むしよろこびました)『――でもわたしそのくになんといふくにだかその人達ひとたちいてやりたいわ。ねえ阿母おかアさん、ニューズィーランドでせう、それともオーストレリア?』
(さうつて阿母おかアさんにりかゝらうとしました――みなさんが空中くうちゆうちてときりかゝることを想像さうざうして御覽ごらんなさい!そんなこと出來できるものでせうか?)『それで阿母おかアさんは、わたしなんといふ莫迦ばかだとおおもひでせう!もうけつしておたづねしまい、屹度きつと何處どこかにいてあるわ』
 くだるわ、/\、/\。所在しよざいなさに、あいちやんはまたはなはじめました。『たまねこ)が屹度きつと今夜こんやわたしさがしてよ!みンな夕飯ゆうはん時分じぶん牛乳皿ぎうにうざらしてやるのをおぼえてゝくれゝばいが。たまや、さう/\、おまへも一しよればかつたね!空中くうちゆうにはねずみないだらうけど、蝙蝠かうもりならつかまへられる、それはねずみてゐるのよ。でもねこ蝙蝠かうもりべるかしら?』ところであいちやんは徐々そろ/\ねむくなり、ゆめでもてるやうに『ねこ蝙蝠かうもりべるかしら?ねこ蝙蝠かうもりべるかしら?』としきりにつてゐましたが、時々とき/″\反對あべこべに、『蝙蝠かうもりねこべるかしら?』なんてひました、それであいちやんは、どつちがうとも其質問そのしつもんこたへることが出來できませんでした。あいちやんは自分じぶん轉寐うたゝねしながら、たまつてあるいてるのをゆめて、『さァたまちやん、眞實ほんとことをおひ、おまへこれまでに蝙蝠かうもりべたことがあるかい?』と一生懸命しやうけんめいになつてつてますと、きふに、がさッ!/\!といふおとがして、あいちやんはぼうれや枯葉かれはかさなつたうへりてて、みづながれは此處こゝきました。
 あいちやんはちツとも怪我けがをしませんでした、一寸ちよツとあがつてうへましたがあたまうへ眞暗まツくらでした。あいちやんのまへには、もひとながみちがあつて、白兎しろうさぎがまだいそいでけてくのがえました。逡巡ぐづ/″\してゐずにあいちやんはかぜのやうにはしりました、うさぎかどまがらうとしたときに、『あれッ、わはし[#ルビの「わはし」はママ]みゝひげうしたんだらう、おそいこと』とふのをきました。あいちやんは其後そのあとからぐに其角そのかどまがりましたが、もううさぎ姿すがたえませんでした。あいちやんは屋根やねからずらりと一れつられた洋燈ランプかゞやいてる、ながくてひく大廣間おほびろまました。
 大廣間おほびろま周圍しうゐには何枚なんまいとなくがありましたが、いづれもみなしまつてました。あいちやんは一ぱうした、一ぱううへと一まいごとしらべてから、その眞中まんなかつてました、どうしたらふたゝられるだらうかとあやしみながら。
 突然とつぜんあいちやんは、全然すつかり丈夫じやうぶ硝子ガラス出來できちひさな三きやく洋卓テーブルところました。其上そのうへにはちひさな黄金造こがねづくりのかぎたツたひとつあつたばかり、あいちやんは最初さいしよこのかぎ大廣間おほびろまいづれか一まい附屬ふぞくしてるにちがひないとおもひました、がかなしいことには、其錠そのぢやうおほぎてもまたちひさすぎても、いづれにせよをもけることの出來できないことです。けれどもつぎあいちやんはまへのつかなかつた窓帷カーテンところました、其背後そのうしろにはほとんど五しやくぐらゐたかさのちひさながありました、あいちやんはそのちひさな黄金こがねかぎ其錠そのぢやうこゝろみ、それがぴッたりつたので大悦おほよろこび!
 あいちやんはけて、それが鼠穴ねずみあなぐらゐちひさなみちつうじてることをり、ひざをついてまへたことのあるうつくしい花園はなぞのを、そのみちについてのぞみました。あいちやんはうかしてこのくらあなからて、うつくしい花壇くわだんや、清冽きれいいづみほとり※(「彳+羊」、第3水準1-84-32)さまよひたいとしきりにのぞみました、が其戸口そのとぐちからはあたますことさへも出來できませんでした、可哀相かあいさうあいちやんは、『縱令よしわたしあたまばかりしても、かたくてはなんにもならない』とおもひました。『なになんでも望遠鏡ばうゑんきやうのやうにまれてはたまらない!ちよツはじめさへわかればもうめたものだ』此頃このごろではにふりかゝる種々いろ/\難事なんじを、あいちやんはなんでもひとつとして出來できないことはないとおもふやうになりました。
 このちひさなそばつてても仕方しかたがないと、あいちやんは洋卓テーブルところもどつてきました、なかばかぎ見出みいだしたいとのぞみながら、さもなければかく人間にんげん望遠鏡ばうゑんきやうのやうになに規則きそく書物ほんでもありはしないかと。今度こんど其上そのうへちひさなびんが一ぽんありました、(『たしかにまへには此處こゝかつた』とあいちやんがひました)びんくびには、『召上めしあがれ』と美事みごとだい字でつた貼紙はりがみむすびつけてありました。
召上めしあがれ』とふのだから此程これほど結構けつこうなことはないが、悧巧りこうちひさなあいちやんは大急おほいそぎでれをまうとはしませんでした。『いゝえ、てから、其上そのうへどく」かどくでないかをたしかめなくては』とひました、それとふのもあいちやんが、友達ともだちからをしへられた瑣細ささい道理だうりおぼえてなかつたため、野獸やじうころされたり、其他そのた正體えたいれぬものにがいされたりした子供こどもはなし種々いろ/\んでゐたからです。その瑣細ささい道理だうりふのはたとへば、眞赤まツかけた火箸ひばしながあひだつてると火傷やけどするとか、またゆび小刀ナイフごくふかると何時いつでもるとかふことです。それからまたどく』としるしてあるびんから澤山たくさんめば、それが屹度きつとおそかれはやかれからだがいになるものだとふことをけつしてわすれませんでした。
 しかし、このびんには『どく』とはいてありませんでした、其故それゆゑあいちやんはおもつてそれをあぢはつてました、ところが大變たいへんあぢかつたので、※(始め二重括弧、1-2-54)それは實際じつさい櫻實漬さくらんばうづけ、カスタード(牛乳ぎうにう鷄卵たまごとに砂糖さたうれてせいしたるもの)、鳳梨パイナツプル、七面鳥めんてう燒肉やきにく、トッフィー(砂糖さたう牛酪バターせいしてかたいた菓子くわし)、それに牛酪バターつきの𤍠あつ[#「執/れんが」、U+24360、11-5]炕麺麭やきぱん、とふやうなものを一しよにしたやうな一しゆめうあぢがしました※(終わり二重括弧、1-2-55)早速さつそくそれをんでしまひました。
        *        *        *
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『まア氣持きもちだこと!望遠鏡ばうゑんきやうのやうにめつけられるやうだわ』とあいちやんがひました。
 眞箇ほんとにそんなでした。あいちやんはいまわずか一しやくあるかなしの身長せいになつたので、これならそのうつくしい花園はなぞのこのちひさな戸口とぐちからけてかれるとおもつて、そのかほうれしさにかゞやきました。それでも最初さいしよしばらくは、もつと收縮しうしゆくするだらうとつてました。あいちやんは薄氣味惡うすぎみわるくなつてたとえて、『つたさきで、わたし蝋燭らふそくのやうにせてしまうのではないかしら、まァうなるでせう?』とつぶやいて、こゝろみに蝋燭らふそくされたあとほのふさま想像さうざうしてました、まへ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなものたことを記憶きおくしてませんでしたから。
 しばらくしてから、もうなんともないことをつて、あいちやんはたゞちに花園はなぞのかうと决心けつしんしました、が可哀相かあいさうあいちやんは、戸口とぐちまでてから、そのちひさな黄金こがねかぎわすれたことにがついて、それをりに洋卓テーブルところもどつてつたときには、もううしてもそれにとゞきませんでした。硝子ガラスいてあきらかにそれがえてるので、あいちやんは一しん洋卓テーブルの一きやく攀登よぢのぼらうとしましたが滑々すべ/″\してゝ駄目だめでした。可哀相かあいさうあいちやんは、しまひにはため草臥くたびれて、すわんでしました。
『そんなにいたつて仕方しかたがない』とあいちやんはするどこゑ獨語ひとりごとひました。『時間じかんさへてばいわ!』あいちやんは何時いつ自分じぶん忠告ちゆうこくをし、(それにしたがふことは滅多めつたにないが)ときにはなみだほどれとめることもありました。かつ自分じぶん一人ひとり毬投まりなげをしてて、れとれをだましたといふので、自分じぶんみゝたゝかうとしたことを思出おもひだしました、それといふのもこの不思議ふしぎ子供こどもが、一人ひとりでありながら、りに二人ふたりだとおもつてることがはなはきだつたからです。『二人ふたりだとおもつても駄目だめよ!とつて、一人ひとりだけ立派りつぱひとにするんでは滿つまらないわ!』とあいちやんは可哀相かあいさうにもさうおもひました。
 たちまあいちやんは洋卓テーブルしたつたちひさな硝子ガラスばこがつきました。けてると、なかにはちひさな菓子くわしがあつて、それに『おあがり』と美事みごとちひさな乾葡萄ほしぶだういてありました。『よし、べやう、其爲そのためにわたしが、もつとおほきくなればかぎとゞくし、またちひさくなればしたはれる、何方どツちにしろわたし其花園そのはなぞのられる、うなつてもかまはない!』とあいちやんがひました。
 あいちやんはすこべて、氣遣きづかはしさうに『何方どツち何方どツち?』とつぶやいて、何方どツちおほきくなつたかとおもつてあたま天邊てツぺんをやつてましたが、矢張やツぱりおほきさがおなじなので落膽がつかりしました。たしかに、これは大抵たいてい子供こども菓子くわしべるときおこることだが、あいちやんはなに素晴すばらしいことがおこるのをばかりのぞんでて、通常あたりまへみちすゝんでくのは、一しやうつてまつたのろくさくて莫迦氣ばかげてるやうにおもはれました。
 それからあいちやんははじめると、きに其菓子そのくわしたひらげてしまひました。
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第二章
 なみだいけ


奇妙々々きめう/\!』とあいちやんがさけびました(非常ひじやうおどろいたためなんつていかちよつわからず)『いまわたしは一ばんおほきい望遠鏡ばうゑんきやうのやうに、何時いつそといたッきりだわ!左樣さやうなら、あしよ!(あし見下みおろしたときに、それが何處どことほくのはうつてしまつたとえて、ほとんどえませんでした)。『オヤ、可哀相かあいさうわたしちひさなあしは!いまだれがおまへくつ靴足袋くつした穿かしてくれるでせう?わたしにはとて出來できないわ!でも、あンまとほぱなれてるんですもの。おまへせい一ぱいつて御覽ごらん――だけど、わたし深切しんせつにしてやつてよ。でなければ、屹度きつとあしふことをかないわ!屹度きつとさうよ。耶蘇降誕祭クリスマス度毎たんびわたしあたらしい長靴ながぐつを一そくづつつてやらう』とあいちやんがおもひました。
 それからあいちやんは、それをするにはういふふうにしたらいだらうかと工夫くふうこらはじめました、『それには乘物のりものつてかなければならない』とおもつたものゝ、『あし贈物おくりものをするなんて餘程よツぽど可笑をかしいわ!宛名あてなんなにへんでせう!
あいちやんのみぎあしさま
  火消壺ひけしつぼそばの、
    竈雜布へツつひざふきんさゝぐ。
あいちやんのやさしい心根こゝろねから)。
まア、んといふ莫迦ばかことわたしふてるんでせう!』
 をりしもあいちやんは、大廣間おほびろま屋根やねあたまちました。實際じつさいあいちやんはいましやく以上いじやう身長せいたかくなつたので、ぐにちひさな黄金こがねかぎげ、花園はなぞの入口いりくちいそいできました。
 可哀相かあいさうあいちやん!よこになつてひとつの花園はなぞののぞむことしか出來できることはまへよりも一そう六ヶしくなつたので、あいちやんはすわんでまたしました。
はづかしくもなくけたものですね』とあいちやんがひました。『そんなおほきななりをしてさ!』(あいちやんはよくひます)『くなんテ!おだまんなさい、よ!』つても矢張やつぱりおなじやうにいてて!なみだの一ながした揚句あげく到頭とうとう其處そこふかほとんど四五すんおほきないけ出來できて、大廣間おほひろま半分はんぶんつかつてしまひました。
 するととほくのはうでパタ/\とちひさな跫音あしおとのするのがきこえました、あいちやんはいそいでいてなにたのだらうかとてゐました。かへつてたのはうさぎで、綺羅美きらびやかな服裝なりをして、片手かたてにはしろ山羊仔皮キツド手套てぶくろを一つい片手かたてにはおほきな扇子せんすつて、『あァ、公爵夫人こうしやくふじん公爵夫人こうしやくふじん!あァ、辛抱しんばうしてつてたら※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんななさけないやしなかつたらうに!』とつぶやきながら、大急おほいそぎでけてました。あいちやんはすこぶ失望しつばうしてだれかにたすけてもらはうとおもつてた矢先やさきでしたからうさぎそばたのをさいはひ、ひく怕々おど/\したこゑで、『萬望どうぞ貴方あなた――』とひかけました。するとうさぎなんおもつたか大急おほいそぎで、しろ山羊仔皮キツド手套てぶくろおとせば扇子せんす打捨うツちやつて、一目散もくさんやみなかみました。
白兎と愛ちやんの図
 あいちやんは扇子せんす手套てぶくろとをげ、大廣間おほひろまはなはあつかつたので、始終しゞゆう扇子せんす使つかひながらはなつゞけました。『まァ今日けふ餘程よつぽど奇妙きめうよ!昨日きのふなんこともなかつたんだのに、昨夜ゆふべうちわたしうかなつたのかしら?さうねえ、今朝けさきたときにはなんともなかつたかしら?、なんだかちつへんなやうでもあるし、とつて、わたしおなじやうでなかつたらうなるんでせう、このなかれがわたしなんでせう!まァ、それはおほきななぞだわ!』そしてあいちやんは、自分じぶん同年齡おないどし自分じぶんつてる子供こどものこらずかたぱしからかんがはじめました、しも自分じぶん其中そのかな[#ルビの「そのかな」はママ]だれかとへられたのではないかとおもつて。『わたしたしかにはなちやんではなくッてよ』といつあいちやんは、『でも、彼娘あのこ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)あんなながちゞれだけど、わたしのは一ぽんだつてちゞれちやないもの。それからまたわたしたしかに松子まつこさんでもなくッてよ、だッて、わたしなんでもつてるけども、彼娘あのこは、あァ、彼娘あのこちつとしからしないわ!だい彼娘あのこ彼娘あのこわたしわたしよ、それから――あァなんだかわけわからなくなつてしまつた!わたし平常ふだんつてたことみなつてるかうかためしてやう。うと、四五十二、四六十三、四七――オヤ!そんな割合わりあひでは二十にならないわ!けど、乘算じようざん九々ひやうあてにならないのね。今度こんど地理ちりはうよ。倫敦ロンドン巴里パリー首府しゆふなり、巴里パリー羅馬ローマ首府しゆふなり、また羅馬ローマは――ア、みな間違まちがつてるわ、屹度きつとわたし松子まつこさんにへられたのだわ!わたしつてやう「うしてみがく、ちひさな――」を』そこあいちやんは恰度ちやうど稽古けいこときのやうに前掛まへかけうへ兩手りやうてんで、それを復習ふくしうはじめました、が其聲そのこゑ咳嗄しわがれてへんきこえ、其一語々々そのいちご/\平常いつもおなじではありませんでした。――

うしてみがく、ちひさなわにが、
  かゞやをば、
 びるわびるわナイルの河水かすゐ
  黄金こがねうろこの一まいごとに!』

うれしさうにも齒並はなみせて、
  つめをばのこらず、
 綺麗きれいにひろげて小魚こうをまねく、
  愛嬌あいきやうこぼるゝ可愛かあいあごで!』

屹度きつと間違まちがつてるわ』とあはれなあいちやんがひました、にはなみだを一ぱいめて、『わたし屹度きつと松子まつこさんになつたのよ、あの窮屈きうくつちひさなうちつてまなければならないのかしら、翫具おもちや一箇ひとつりやしないわ!それで、お稽古けいこばかり澤山たくさんさせられてさ!あァうしやう、わたし松子まつこさんだつたら此處ここうしてとゞまつてやう!他人ひとあたま接合くツつけたつて駄目だめだわ、「たおで、ね、一たいだれ自分じぶんなんだか?」をつけてやう、「それがわかつたらるわ、それでなければわたしほかひとになるまで此處こゝやう」――だけど、ねえ!』とあいちやんはさけんで、きふしました、『だれあたましたへおろしてくれゝばいなァ!もうたツ一人法師ひとりぽつちるのは可厭いやになつてしまつたわ!』
 つて兩手りやうてると、おどろくまいことか、あいちやんははなしをしてるうち何時いつうさぎちひさなしろ山羊仔皮キツド手套てぶくろ穿めてたのです。『うして穿めたのかしら?』とおもひました。『わたしちひさくなるんだわ』あいちやんはあがり、身長せいはからうとおもつて洋卓テーブルところきました、自分じぶんおもつてたとほほとんど二しやくたかくなつてましたが、きふまたちゞしました。あいちやんはたゞちにれが扇子せんすつて所爲せいだとことつていそいで其扇子そのせんすてました、あだかちゞむのをまつたおそれるものゝごとく。
『それはせま遁路にげみちだつたのよ!』と云つてあいちやんは、きふ變化かはりかたには一方ひとかたならずおどろかされましたが、それでもうして其處そこつたことを大層たいそうよろこんで、『さァ花園はなぞのはうへ!』とつて全速力ぜんそくりよくちひさなはうもどりました。しかしかなしいことには、ちひさなまたしまつてゐて、ちひさな黄金こがねかぎ以前もとのやうに硝子ガラス洋卓テーブルうへつてゐました、『まへより餘程よつぽど不可いけないわ』とこのあはれなあいちやんがおもひました、『だッて、わたしさツきには※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなちひさかなかつたんですもの、なかつたんですもの!眞箇ほんと餘程よつぽどひどいわ、さうよ!』
 をはるやあいちやんの片足かたあしすべつて、みづなかぱちやんあいちやんは鹹水しほみづなかあごまでつかりました。はじめ、あいちやんはかくうみなかちたんだとおもつて、『そんなら汽車きしやつてかへれるわ』と獨語ひとりごとひました(あいちやんはうまれてから是迄これまでたつた一しか海岸かいがんつたことがないので、勝手かつて獨斷ひとりぎめをしてました。英吉利イギリス海岸かいがんけば何所どこにでも、うみなかおよいでる澤山たくさん機械きかいられる、子供等こどもらくわすなぽじりをしてゐる、そして一れつならんでる宿屋やどや、それからそのうしろには停車場ステーシヨンしかあいちやんはきに、自分じぶんなみだいけちたんだとふことにがつきました。其池そのいけは、あいちやんの身長せいが九しやくばかりにびたときに、法師ばうずになつたいけです。
『そんなにくのはさう!』とつてあいちやんは、出口でぐち見出みいださうとしておよまはりました。『わたしいま屹度きつとばつせられるんだわ、うして自分じぶんなみだなかおぼれるなて―眞箇ほんと奇態きたいだわ!けども今日けふなにみんへんよ』
 をりをりあいちやんはすこしくはなれていけなかなにかゞ水音みづおとてゝるのをきつけなんだらうかとおもひつゝそばへ/\とおよいできました。はじあいちやんは、それが海象かいざう河馬かばちがひないとおもひました。がいまちひさいことにがつくとともに、それが矢張やつぱり自分じぶんのやうにすべちた一ぴきねずみぎないことをりました。『さてこのねずみなにはなしてやらうかしら?大抵たいていみんへんことばかりだが、かくはなしてもかまはないだらう』とあいちやんがおもひました。そこあいちやんがふには、『ねずちやん、おまへこのいけ出口でぐちつてゝ?わたし全然すつかりおよ草臥くたびれてしまつてよ、ねずちやん!』(あいちやんはこれがねずみはなしをするたゞしい方法はうはふだとおもひました。かつ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなことをしたことはないのですが、にいさんの拉典語ラテンご文典ぶんてんに、『ねずみは――ねづみの――ねずみに―ねずみを――おゥねずちやん!』といてあつたのをおぼえてましたから)ねずみいぶかしげにあいちやんのはうて、そのちひさい片方かたはうまたゝくやうにえましたが、なんともひませんでした。
屹度きつとそれは英語えいごらないんだ』とあいちやんはおもつて、『あァわかつた佛蘭西フランスねずみだわ、ウィリアムだいせいと一しよた』(歴史れきしならつたけれどもあいちやんは、なに何年位なんねんぐらゐまへおこつたこと判然はツきりりませんでした)そこまたあいちやんがふには、『わたしねこ何處どこるでせう?』それは佛語ふつご教科書けうくわしよの一ばんはじめの文章ぶんしようでした。ねずみみづなかから一びはねて、なほもしさうに全身ぜんしんふるはしてました。『あら御免ごめんよ!』とあいちやんはいそいでさけびました、このあはれな動物どうぶつ機嫌きげんをそこねたこと氣遣きづかつて。『わたしはおまへねこかないことをまつたわすれてしまつてゐたの』
ねこ可厭いや!』とするどげきしたこゑねずみひました。『しお前樣まへさまわたしだつたらねこくの?』
『まァ可厭いやなこと』とやさしいこゑつてあいちやんは、『おこッちや可厭いやよ。だけど、わたしはあのたまちやんをせてあげたいわ、しおまへたまちやんをたつた一でもやうものなら屹度きつとねこきになつてよ、そりやたまちやんは可愛かあいらしくつて大人おとなしいわ』となかつぶやきながらなみだいけ物憂ものうげにおよまはりました、『それから、たまちやんは圍爐裏ゐろりそばにさも心地好こゝちよささうに、咽喉のどをゴロ/\はせながらすわつて、前足まへあしめたり、かほあらつたりしてゐるの――つてれば可愛かあいいものよ――鼠捕ねずみとりの名人めいじんだわ――オヤ、御免ごめんよ!』とまたあいちやんがさけびました。今度こんどねずみ全身ぜんしん逆立さかだつてたので、あいちやんは屹度きつとねずみひどおこつたにちがひないとおもひました。『そんなにおまへきらひなら、もうたまちやんのことははなさないわ!』
『さう、眞箇ほんとうに!』おそれて尻尾しツぽさきまでもふるへてゐたねずみさけびました。』わたし※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなことはなしたが最期さいごわたしの一家族かぞくのこらずねこ仇敵かたきおもふ。えッ、あの不潔ふけつな、下等動物かとうどうぶつめ!もう二ふのは御免ごめんだ!』
わたしもさ!』とつてあいちやんは大急おほいそぎではなしらしました。『え――き――い――い――いぬを?』ねずみ返辭へんじをしなかつたので、あいちやんはまたしんになつてつゞけました。『わたしうち近所きんじよに、それは綺麗きれいいぬてよ、おまへせてやりたいわ!可愛かあいすゞしいをした獵犬かりいぬよ、つてゝ、こんなにながちゞれた茶色ちやいろの!なんでもげてやるとつててよ、御馳走ごちそうなんぞるとチン/\するわ――わたし、よくはらないけど――それは百姓ひやくしやういぬで、大變たいへんやくつんですッて、一ぴきゑんよ!それがみんねずみころすんですッて――ナニ、いゝえ!』といたましげなこゑあいちやんがさけびました、『またさはつたかしら!』ねずみいけみづみだし、一生懸命しやうけんめいおよらうとするのを、あいちやんはしづかにめました。『ねずちやん!もどつておでよ、可厭いやなら、もうねこいぬことはなさないから!』ねずみはこれをいて振返ふりかへり、しづかにふたゝあいちやんのところおよいでましたが、其顏そのかほ眞青まツさをでした、(あいちやんはそれをはなはどくおもひました)ねずみひくふるごゑで、『あのきしかうぢやありませんか、それからうへばなしをしませう、うすれば何故なぜわたしねこいぬきらひかわかります』とひました。
 恰度ちやうど立去たちさるべきときました、いけにはそろ/\其中そのなかんだ澤山たくさんとり動物どうぶつ群集ぐんじゆうしてました。家鴨あひるやドードてう、ローリーてう小鷲こわし其他そのほか種々いろ/\めづらしい動物どうぶつましたが、あいちやんの水先案内みづさきあんないで、みんたいしてのこらずきしおよぎつきました。
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第三章
 候補コーカス競爭レース長話ながばなし


 きしうへあつまつた一たいは、それこそ滑稽こつけい觀物みものでした――とり諸羽もろは泥塗どろまみれに、動物けもの毛皮もうひ毛皮もうひ膠着くツつかんばかりに全濡びしよぬれになり、しづくたら/\ちるのでからだよこひねつて、氣持惡きもちわるさうにしてゐました。
 最初さいしよ問題もんだいは、ふまでもなくうしてふたゝびそれを乾燥かはかさうかとふことで、そのみンなで相談會さうだんくわいひらきました、しばらくしてあいちやんは、まるまへからみんなをつてでもたやうに、臆面おくめんもなくしたしげにはなしました。
 そこあいちやんは隨分かなりながあひだローリーてう議論ぎろんをしました、ローリーてうつひにはしぶつらしてねて背中せなかけて、『わたしはおまへより年上としうへだよ、わたしはうつてる』とたゞつたばかりなので、このあいちやんはローリーてうはたしていくとしとつてるか、それをかないうち承知しようちしませんでした、がローリーてううしても其年齡そのとしふのをこばんだものですから、つひには仕方しかたなくだまつてしまひました。
 到頭とう/\其中そのうちでも權勢家けんせいか一人ひとりらしくえたねずみが、『すわたま諸君しよくん、まァたまへ、ぼくきにそれのかわくやうにしてせる!』と呶鳴どなりました。多勢おほぜいのものはのこらず言下ごんかに、ねずみ中心まんなかにしておほきなつくつてすわりました。あいちやんは怪訝けゞんかほしながらはなさずました、でも早速さつそく乾燥かわかさなければ屹度きつとわる風邪かぜくとおもひましたから。
鼠の演説の図
『エヘン!』と一つ咳拂せきばらひして、ねずみ尊大そんだいかまへて、『諸君しよくんよろしいか?もつと乾燥無味かんさうむみなものはこれです、まァだまつてたまへ、諸君しよくん!「ウィリアムだいせい其人そのひと立法りつぱふ羅馬ローマ法皇はふわう御心みこゝろ※(「りっしんべん+(匚<夾)」、第3水準1-84-56)かなひ、たちまちにして首領しゆれう必要ひつえうありし英人えいじんしたがところとなり、ちかくは纂奪さんだつ[#「纂奪」はママ]およ征服せいふくほしひまゝにするにいたりました。エドウィン、モルカー、マーシアおよびノーザンブリアはくみなしかりです――」』
『ウム!』とつてローリーてうふるあがりました。
なんです!』とねずみかほをしかめたが、すこぶ丁寧ていねいに、『なにおツしやいましたか?』
わたしではない!』とローリーてういそいでひました。
貴方あなたちがひありません』とねずみひました。『――さて、「エドウィンとモルカー、マーシアおよびノーザンブリアはくれにちかひました。するとカンタベリーの忠節ちゆうせつなる大僧正だいそうじようスチガンドすら、それを當然たうぜんことだとおもひました――」』
『それを?』と家鴨あひるひました。
『それをさ』とねずみ意地惡いぢわるこたへて、『無論むろんきみも「それ」のわけつてるだらう』
『それはわかつてる、大方おほかたかはづむしぐらゐのものだらう』とつて家鴨あひるは『しかし、ぼくくのは大僧正だいそうじよううしたとふのだ?』
 ねずみこの質問しつもんながしてすみやかにつゞけました、『――エドガーアセリングとともに、きてウィリアムに面謁めんえつし、王冠わうくわんさゝげたのは當然たうぜんのことです。ウィリアムの行動かうどう最初さいしよれいかなふたものでした。しかしながらのノルマンの倨傲きよがう――うかしましたか?』とつてあいちやんのはう振向ふりむきました。
矢張やつぱりれてるは、ちツともかわかなくッてよ』とあいちやんがかなしさうにひました。
らば』とドードてう嚴格げんかくつて立上たちあがり、『この會議くわいぎ延期えんきされんことを動議どうぎします。けだし、もつとはや有効いうかう治療ちれう方法はうはふが――』
英語えいごたまへ!』とつて小鷲こわしは、『そんなながッたらしいこと半分はんぶんわからない、いくつたつて駄目だめだ、いづれもしんずるにらん!』つて微笑びせうかくすためにあたまげました。數多あまたとりうちには故意わざきこえよがしに窃笑ぬすみわらひをしたのもありました。
余輩よはいはんとほつするところのものは』と憤激ふんげきしてドードてうひました、『吾々われ/\かわかせる唯一ゆゐいつ方法はうはふ候補コーカス競爭レース西洋せいやうおにごつこ)である』
候補コーカス競爭レースとは?』とあいちやんがひました。あいちやんは別段べつだんれをりたくはなかつてのですが、ドードてうあだかもだれかゞなにはは[#ルビの「はは」はママ]すだらうとおもつてよどみましたが、ほかだれなんともはうとするものがなかつたので。
『さて』ドードてうふには、『それを説明せつめいする唯一ゆゐいつ方法はうはふはそれをおこなふことである』(みなさんがふゆみづかれをこゝろみんとほつするならば、ドードてうがそれを如何いかにしてつたかをはなしませう)
 最初さいしよドードてうは、いついて競爭レース進路コースさだめました、(「かたち正確せいかくでなくてもかまはない」とドードてうひました)それから其處そこた一たいのものがみンな、其進路そのコース沿うて其方そつち此方こつち排置はいちされました。『一、二、三、すゝめ』の號令がうれいもなく、各自てんでみな勝手かつてはしして勝手かつてまりましたから、容易ようい競爭きやうさうをはりをることが出來できませんでした。けれども各自てんでに一時間半じかんはん其所そこいらはしつゞけたときに、まつたかわいてしまひました、ドードてうきふに、『めッ!』とさけびました。そこみン息喘いきせきながら其周圍そのしうゐあつまつてて、『だが、だれつたの?』と各自てんできました。
 この質問しつもんには、ドードてう大思想家だいしさうかでないためこたへることが出來できず、一ぽんゆび其額そのひたひおさえ、ながあひだつてました(よくにある沙翁シエークスピアのやうな姿勢しせいをして)其間そのあひだのものもみなだまつてつてゐました。つひにドードてうくちひらいて、『各自てんでみンつた、みん褒美はうびもらへる』
『しかしだれ褒美ほうびれるんですか?』と異口同音いくどうおんたづねました。
左樣さやう無論むろん彼娘あのこが』とあいちやんをゆびさしながらドードてうつたので、そのたいのこらず一あいちやんのまはりを取圍とりかこみました。『褒美はうび褒美はうび!』とガヤ/\さけびながら。
 あいちやんは當惑たうわくして、らず/\衣嚢ポケツト片手かたてれ、乾菓子ひぐわしはこ取出とりだし、(さいは鹹水しほみづ其中そのなか浸込しみこんでませんでした)褒美はうびとして周圍しうゐのものにのこらずれをわたしてやりました。丁度ちやうど一個ひとつ一片ひとかけづゝ
『しかし彼娘あのこ自分じぶんから自分じぶん褒美はうびもらはなければならない』とねずみひました。
無論むろん』とドードてう莫迦ばか眞面目まじめになつてこたへました。
『おまへほかなに衣嚢ポケツトつてるの?』として、あいちやんのはう振向ふりむきました。
たツ指環ゆびわ一箇ひとつ』とあいちやんがかなしさうにひました。
みんわたしてお仕舞しまひ』とドードてうひました。
 それからふたゝみんながあつまつたときに、ドードてうおごそかに指環ゆびわしめして、『吾輩わがはいこの優美いうびなる指環ゆびわ諸君しよくん受納じゆなふせられんことをのぞむ』このみじか演説えんぜつむと一どう拍手喝采はくしゆかつさいしました。
 あいちやんはなにからなにまで可笑をかしくてたまりませんでした、がみんそろひもそろつて眞面目まじめくさつてるので、眞逆まさか自分じぶんひとわらわけにもきませんでした。なんつていかわからぬので、あいちやんはたゞれいし、るべく嚴格げんかく容貌かほつきをして指環ゆびわ取出とりだしました。
 それから乾菓子ひぐわしべました。おほきなとり其味そのあぢわからないとつてこぼす、ちひさなとりせて背中せなかたゝいてもらう、それは/\大騷おほさわぎでした。それがむと、みんになつてすわり、もツとなにはなしてくれとねずみせまりました。
『おまへ上話うへばなしをする約束やくそくではなくッて』とつてあいちやんは、『何故なぜきらひなのサ――ネとイが』とあとから※(「口+耳」、第3水準1-14-94)さゝやくやうにひました、またねずみおこりはしないかと氣遣きづかはしげに。
わたしのはながくて其上そのうへ可哀相かあいさうなの』とつて、ねずみあいちやんのはう振向ふりむきながら長太息ためいききました。
ながいの、さう』とつてあいちやんは、ねずみ不思議ふしぎさうにながめて、『でも、何故なぜ可哀相かあいさうなの?』あいちやんのねずみはなしをしてるあひだ始終しゞゆうなぞでもいてるやうながしました、それであいちやんのかんがへでは、其話そのはなしといふのはなに※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなふうなものだらうとおもひました。――
福公ふくこう
  うちねずみ
    つて
     ふに
      は、「一
       しよしば
        ぱら
         い、ばつ
        してや
       るから――
      サア、も
     うなん
    つて
   も駄目だめ
  だ。
 うして
  も訊問じんもん
   の必要ひつえう
    がある、
     今朝けさ
      ら眞箇ほんと
       になん
        も
         いのだ
          もの」
           すると、
          ねずみ小人こびと
         にふに
        は「こん
       な訊問じんもん
      なんにな
     るか、けん
    もな
   ければ
  判事はんじ
 ない、いたづ
  らに吾々われ/\
   のいき
    つひやすば
     かりだ」
      「ぼくはん
       にな
        つてや
         らう、けん
        にもな
       つてやら
      う」と
     つて狡猾かうかつ
    な福公ふくこうは、
   「吾輩わがはいすべ
  ての訴訟そせう
   をさばく、
    いか、
     なんぢ
      けいせん
       こくをす
        る」』
『おまへつたことではない』とねずみ眞面目まじめになつてあいちやんにつて、『なにかんがへてるのか?』
『え、なんですか』とあいちやんは丁寧ていねいこたへて、『貴方あなたはこれで五たび辭儀じぎをしましたね?』
『しない!』とねずみおこつてさけびました。
みなさん!』とつてあいちやんは、つゞけやうとして氣遣きづかはしげにまはりを見廻みまはし、『さア、これで解散かいさんしやうぢやありませんか!』
『そんなことをする必要ひつえうはない』とひさま、ねずみあがつてあるしました。
莫迦ばかなことをふ、それはわたし侮辱ぶじよくするとふものだ!』
『そんなわけぢやなくッてよ』とやさしくもあいちやんが辯疏いひわけしました。『眞箇ほんと腹立はらだちッぽいのね、もうおこつてゝ!』
 ねずみたゞ齒軋はぎしりしたばかり。
『おでよ、はなしておしまひな!』とあいちやんが背後うしろからびかけました。ほかものみなこゑあはせて、『さうだとも/\!』しかねずみたゞ口惜くやしさうにあたまつて、さッさとあるいてつてしまひました。
『まァ、つてしまつた、可哀相かあいさうに!』ねずみ姿すがたまつたえなくなるやいなや、ローリーてうつて長太息ためいききました。そこはじめて機會きくわいて、一ぴき年老としとつたかに自分じぶんむすめかせるには、『あァ、おまへね!よくおぼえておで、これは、おまへ惡性あくしやううしてもなほすことが出來できないとい一つの教訓けうくんだから!』『なんですッて阿母おかアさん!』とそのわかかにおこつてみつくやうにひました。『年甲斐としがひもない、おつゝしみなさい!』
『あァ、此處こゝたまちやんがればいにねえ!』と別段べつだんだれふともなくあいちやんが聲高こわだかひました。
たまちやんてだれのこと、え、だれ?』とローリーてうひました。
 あいちやんはもとより、その可愛かあいねこのことをはなさうはなさうとおもつてたところだッたので、𤍠心ねつしん[#「執/れんが」、U+24360、43-12]こたへてふには、『たまちやんはわたしねこよ。鼠捕ねずみとりの名人めいじんだわ!あァうだ、とりけるところせてあげたいのね!それこそたまちやんはれをるがはやいか、ぐに小鳥ことりなどはつてべてしまつてよ!』
 このはなしは一どういちじるしき感動かんどうあたへました。なかには遁出にげだしたとりさへあり、年老としとつた一かさゝぎ用心深ようじんぶかくも身仕舞みじまひして、『うちかへらう、夜露よつゆ咽喉のどどくだ!』としました。また金絲雀かなりやふるごゑで、『おかへりよ、みンな!もう時分じぶんぢやないか!』と其子供等そのこどもらびました。種々いろ/\口實こうじつまうけて、みンのこらず立去たちさつたあとには、たツあいちやん一人ひとりになつてしまひました。
たまちやんのことはなさなければかつた』とかなしげなこゑあいちやんがつぶやきました。『だれ此處こゝたもので、たまちやんのきなものはないとえる、だけど、屹度きツとたまちやんは世界中せかいぢゆうで一ばんねこちがひないわ!おゥ可愛かあいたまちやん!わたし今迄いまゝでのやうに始終しゞゆうまへそばられるかしら!』つてあはれなあいちやんは、心細こゝろぼそくなつてきふまたしました。
 しばらくしてあいちやんはとほくのはうで、パタ/\ちひさな跫音あしおとのするのをきつけ一しん其方そのはう見戌みまも[#「見戌」はママ]つてました、ねずみ機嫌きげんなほして、もどつてて、はなししまひまでしてれゝばいがとおもひながら。
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第四章
 蜥蜴とかげの『甚公じんこう


 たのは白兎しろうさぎでした、ふたゝもどつてて、あだかなに遺失物おとしものでもしたときのやうにきよろ/\四邊あたり見廻みまはしながら、『公爵夫人こうしやくふじん公爵夫人こうしやくふじん!オヤ、わたし可愛かあいあしは!わたし毛皮けがはひげは!なんつても屹度きつと夫人ふじんわたしばつするにちがひない!何處どこれをおとしたかしら?』とつぶやくのをいて、あいちやんは立所たちどころ屹度きつとうさぎ扇子せんすしろ山羊仔皮キツド手套てぶくろとをさがしてるにちがひないとおもつて、深切しんせつにもれをたづねてやりましたが、何處どこにもえませんでした。――あのなみだいけおよいでからはなにかはつたやうで、硝子ガラス洋卓テーブルちひさなのあつた大廣間おほびろままつた何處どこへかせてしまひました。
 たちまうさぎあいちやんのるのにがつき、こゑいからしてびかけました、『オヤ、梅子うめこさん、其處そこなにをしてるの?はやつて手套てぶくろ扇子せんすとをつておで!はやくさ!』あいちやんのおどろきは如何いかばかりでしたらう、ぐにうさぎゆびさしたはうむかつてしました、間違まちがつてるのもなにかまはず。
わたし小間使おこまだとおもつてるのよ』とあいちやんはけながら獨語ひとりごとひました。『喫驚びツくりしてひと見境みさかひもないんだわ!だけど、扇子せんす手套てぶくろつててやつたはういわ――さうよ、つたら』をはると同時どうじ小綺麗こぎれいちひさなうちました、其入口そのいりくちにはぴか/\した眞鍮しんちゆう表札へうさつに『山野兎やまのうさぎ』と其名そのなりつけてありました、あいちやんはこゑもかけずに二かいあがりました、眞實ほんと梅子うめこさんにつて、扇子せんす手套てぶくろとを見付みつけないさき戸外おもて追出おひだされやしないかと氣遣きづかひながら。
奇態きたいだこと、うさぎ使つかひにるなて!』と獨語ひとりごとつて、『今度こんど屹度きつとたまちやんがわたし使つかひにやるだらう!』つてあいちやんは其時そのときこと種々いろ/\想像さうざうしてました、『「あいちやん!まァ此處こゝへおで、ようがあるんだから!」「一寸ちよツとはいり、乳母ばアやも!わたしかへつてるまでねずみさないやうに、この鼠穴ねずみあなばんしておで」だけど』とつてほ、『※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなふうひと使つかふやうでも、みんながたまちやんをうちいてれるかしら!』
 やがてあいちやんは整然きちん片付かたづいたちひさな部屋へやきました、まどうちには洋卓テーブルもあり、其上そのうへには(あいちやんののぞどほり)一ぽん扇子せんすと二三のちひさなしろ山羊仔皮キツド手套てぶくろとがつてゐました。あいちやんは其扇子そのせんす手套てぶくろとを取上とりあげ、まさ其處そこ立去たちさらうとして、姿見鏡すがたみそばにあつたちひさなびんまりました。今度こんどは『召上めしあがれ』といた貼紙はりがみがありませんでしたが、それにもかゝはらずあいちやんはせんいてたゞちにくちびるてがひました。『屹度きつといま心持こゝろもちになるにちがひない』と獨語ひとりごとつて、『わたしべたりんだりするものは何時いつでもうですもの、んなものだかこれも一つためしてよう、鹽梅あんばいにも一わたしおほきくなつてれゝばいが、まつた※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなちひさな容體なりをしてるのは可厭いやだわ!』
 實際じつさいおもつたよりもはやく、それを半分はんぶんまないうちあいちやんはあたま天井てんじやうにつかへたのをり、くびれない用心ようじんかゞんで、いそいでびんしたき、『もう澤山たくさんよ――もうびたかないわ――このとほり、戸外おもてられなくなつてしまつてよ――眞箇ほんとにあんなにまなければかつた!』と獨語ひとりごとひました。
 可哀相かあいさうに!それはあとまつりでした!あいちやんは段々だん/\おほきくなるばかり、ゆかうへひざまづかなければならなくなつて、其爲そのため部屋へやたちまち一すん隙間すきまもないほどになりました、あいちやんは仕方しかたなく片方かたはうひぢもたれ、片方かたはううであたましたいてよこになりましたが、それでも寸々ずん/″\びてつて、一ばんしまひには、あいちやんは片腕かたうでまどそと突出つきだし、片足かたあし煙突えんとつうへしました、『どんなことがあつてもうこれがとまりだらう、これでうなるのかしら?』とつぶやきました。
 あいちやんのためには勿怪もツけさいはひちひさな魔法壜まはふびんいま充分じうぶん其功能そのこうのうあらはしをはつたので、あいちやんもうこれよりおほきくはなりませんでした、が、それは非常ひじよう不愉快ふゆくわいで、おそらくはふたゝ其部屋そのへやからられる機會きくわいがないとつたときには、んなにあいちやんはつく/″\不幸ふかうかんじたでせう。
うちはういく面白おもしろかつたかれないわ』とつぶやいて、最早もうこれでおほきくもならなければちひさくもなれず、其上そのうへねずみうさぎ使つかはれるんなら。わたしうさぎあなりてなければかつた――でも――でも――奇妙きめうだわ、こんな生活せいくわつ!これからうなるのかしら!わたし何時いつもお伽噺とぎばなしたびに、りさうにもない突飛とつぴことばかり想像さうざうするのよ、いま其最中そのさいちゆうなの!屹度きつとわたしこといたほん出來できるわ、屹度きつとわたしおほきくなつたらひといてやらう――けど、いま最早もうおほきくなつたんだわね』とかなしげなこゑで、『もうおほきくならうとしてもすきがないわ』
『これからさきけつしていまよりとしらないのかしら?』とおもつてあいちやんは、『そんならいけど、一つ――けつしておアさんにはならず――けども――始終しゞゆう稽古けいこをしなければならないのですもの!それがひと可厭いやだわね!』『オヤ、莫迦ばかあいちやんだこと!』と自分じぶん自分じぶんつて、『うして此處こゝでお稽古けいこ出來できて?まァ部屋へやもありやしないわ、それから教科書けうくわしよだッて!』
 うしてあいちやんは自問自答じもんじたふつゞけてましたが、しばらくしてそとはうなにこゑがするのをきつけ、はなしめてみゝそばだてました。
梅子うめこさん!梅子うめこさん!ぐに手套てぶくろつて頂戴てうだい!』とこゑがして、やがてパタ/\と梯子段はしごだんのぼちひさな跫音あしおとがしました。あいちやんはそれが自分じぶんうさぎだとつて、おくをもゆるがさんばかりにガタ/\ふるあがりました、自分じぶんうさぎよりもほとんど千倍せんばいいまおほきくなつてるのだからなにおそれる理由わけはないのですが、そんなこと全然すツかりわすれてしまつて。
 たちまうさぎちかづき、それをけやうとしてなかはうしましたが、あいちやんのひぢ緊乎しツかりつかへて駄目だめでした。『仕方しかたがない、まはつてまどから這入はいらう』あいちやんはうさぎ獨語ひとりごとふのをきました。
『それも駄目だめだ』とこゝろひそかにおもつてるうちあいちやんはうさぎまどしたたのをり、きふ片手かたてばしてたゞあてもなくくうつかみました。なんにもつかまらなかつたがちひさなさけごゑ地響ぢひゞき硝子ガラスこわれるおととをきました、其物音そのものおとあいちやんは、うさぎ屹度きつと胡瓜きうり苗床なへどこなかへでもんだにちがひないとおもひました。
 それから怒氣どきふくんだこゑきこえました――うさぎの――『小獸ちび小獸ちびや!おまへ何處どこるんだい?』するとれないこゑで、『此處こゝるよ!林檎りんごつて!』
林檎りんごつてるッて、眞箇ほんとか!』とうさぎ腹立はらだゝしげにひました。『オイ、たすけてれ!』(硝子ガラスれるおとがする)
うしたんだい、小獸ちびなんだいまどのは?』
『オヤ、うでぢやないか、え!(かれはそれを『うンで』と發音はつおんしました)
うでだ、莫迦ばか!そんなおほきなうでがあるものか?なんだ、まど一ぱいぢやないか!』
『さうさ、おまへ、けど、なんつたつてうでちがひない
かく其儘そんなりいちや仕樣しやうがない。つてつてしまはう!』
 あとしばらくしんとして、あいちやんはたゞ折々をり/\こんな※(「口+耳」、第3水準1-14-94)さゝやきをきました、『眞箇ほんとだ、可厭いやになつちまう、さうだとも、まツたくさ!』『ぼくつたとほりにおよ、卑怯ひけうだね!』つひあいちやんはふたゝ其手そのてばしてモ一くうつかみました。今度こんどふたつのさけごゑがして、また硝子ガラスのミリ/\とれるおとがしました。『胡瓜きうり苗床なへどこいくつあるんだらう!』とあいちやんはおもひました。『彼等かれらつぎなにをするかしら!おろせるならまどからわたしおろしてれゝばいが!もうなが※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなところたくない!』
 あいちやんはそれからしばらくのあひだつてましたがなんにもきこえませんでした。良久やゝあつちひさな二輪車りんしやひゞきがしたとおもふと、みんなで一しよはなしをする澤山たくさんこゑが一みゝりました、あいちやんは其言葉そのことばけました、『何處どこにモ一つ梯子はしごがある?――何故なぜわたしは一つしかつてなかつたんだらう。甚公じんこうつてる――甚公じんこうが!それを此處こゝつてい、丁稚でつち其隅そのすみけ――みんな一しよしばれ――みんなだッて半分はんぶんとゞきやしない――あァ!それでい、別々べつ/\にしては駄目だめだ――さァ、甚公じんこうこのなはつてろ――屋根やね大丈夫だいじやうぶかしら?――そのゆる屋根瓦やねがはらをつけろ――ソラちるぞ!あたまうへへ!(おそろしいひゞき)――オヤだれがそんなことをしたんだ?――甚公じんこうだらう――煙突えんとつりてくのはだれだ?――いゝえ、わたしぢやない!おまへだ!――でもわたしぢやない、甚公じんこうりてくんだ――さァ甚公じんこう旦那だんなつたよ、おまへ煙突えんとつりてけッて!』
『あァ!それで甚公じんこう煙突えんとつりてたんだわ?』とあいちやんは獨語ひとりごとつて、『オヤ、みんなが甚公じんこううへなにんでるわ!わたしなが甚公じんこうところにはまい。この圍爐裡ゐろり屹度きつとせまいわ、どれ、一寸ちよツとつてやう!』
蜥蜴の甚公の図
 あいちやんはおもつてはるしたはう其煙突そのえんとつ蹴落けおとしました、しばらくするとちひさな動物どうぶつあいちやんにはなんだかわかりませんでした)が、其煙突そのえんとつなか攀登よぢのぼらうとしておときました、そこあいちやんは、『これが甚公じんこうかしら』と獨語ひとりごとつてまた一つはげしくつて、それからうなることかとました。
 あいちやんは最初さいしよ多勢おほせいが一しよに、『甚公じんこうた!』とふのをきました、それからうさぎこゑばかりで――『つかまへろ、ソレ生垣いけがきところへ!』やがてまたがや/\と――『あたまおさへろ――サァ、文公ぶんこう――ころすな――うしたんだ、え?うかしたのか?はないかよ!』
 つひちひさな脾弱ひよわ金切聲かなきりごゑで(それが甚公じんこうだとあいちやんはおもひました)『さァ、わたしにはわからない――もう、りがたう、もうい――でもはらつてはなせない――みんつてるけど、なんだかごちや/\雜物箱がらくたばこのやうだ、わたし烽火のろしのやうにそらあがつてく!』
うだ!』とほかものひました。
このうちつぶせ!』とうさぎこゑあいちやんはせい一ぱいおほきなこゑで、『※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなことをすればたまちやんを使嗾けしかけるからいわ!』とさけびました。
 たゞちにみんいきころしてだまつてしまひました、あいちやんはこゝろおもふやう、『彼等かれらはこのつぎなにをするだらう!しやうがあるものなら屋根やね取除とりのけるやうな莫迦ばかはしないだらう』ほど彼等かれらふたゝうごしました、あいちやんはうさぎが、『ひとくるまあればい、さァ、らう』とふのをきました。
『一ッくるまなんだらう?』とはおもつたものゝかんがへてるひまもなく、やが砂礫されきあめまどりかゝるとに、二三にんしてあいちやんのかほ打擲ちやうちやくしました。
ないから』とあいちやんは獨語ひとりごとつて、『みんなもうそんなことをしないでおれ!』とさけびました。するとまたみんだまつてしまつたので四邊あたりしんとしました。
 小石こいしゆかうへつたときに、それがのこらずちひさな菓子くわしかはつたのをて、あいちやんは大層たいそうおどろきました、がまた同時どうじことかんがへつきました。『この菓子くわしひとべたなら屹度きつとわたしおほきさがかはつてるにちがひない、大抵たいていおほきくなる氣遣きづかひはなからう。ちひさくなるにまつてる』とあいちやんはおもひました。
 其故それゆゑあいちやんは其菓子そのくわし一個ひとつみました、ところがぐにちゞしたのをよろこぶまいことか、戸口とぐちからられるくらゐちひさくなるやいなうちからして、戸外そとつてるはづちひさな動物どうぶつとり全群ぜんぐんさがしました。あはれなちひさな蜥蜴とかげ甚公じんこう眞中まンなかて、二ひきぶたさゝへられながら一ぽんびんからなんだかしてもらつてましたが、あいちやんの姿すがたるとぐにみん其方そのはう突進とつしんしました、するとあいちやんはなんおもつたか一生懸命しやうけんめいしてたちま欝蒼こんもりしたもりなか無事ぶじみました。
第一だいいちに、もと身長せいにならなくては』と、もりなか徜徉さまよひながらあいちやんは獨語ひとりごとつて、『それからだい二には、あのうつくしい花園はなぞのみちさがさなくてはならないが、なに工夫くふうはないかしら』
 彼此かれこれ種々いろ/\すぐれた簡便かんべん方法はうはふかんがへてはたものゝ、たゞ厄介やくかいことにはうしてれを實行じつこうすべきかと名案めいあんたなかつたことです。あいちやんは心配しんぱいさうに木々きゞあひだのぞまはつてゐましたが、やが其頭そのあたま眞上まうへにあつたちひさなとがつたかはに、ひよいきました。
 おそろしくおほきないぬころが、おほきなまるをしてあいちやんを見下みおろしてました、あいちやんにさわらうとして前足まへあしを一ぽんおそる/\ばして。あいちやんはあまへるやうなこゑで、『まァ、可哀相かあいさうに!』とつて、おもはず口笛くちぶえかうとしました、が、てよ、其犬そのいぬころがゑてては、いくらお世辭せじをつかつても屹度きつところされてしまうにちがひないとおもつて、心配しんぱいあまりガタ/\ふるへてゐました。
 われらずあいちやんは小枝こえだきれぱしひろげ、それをいぬころのはうしてやると、いぬころはたゞちに四ッあしそろへてくうあがりさま、よろこいさんで其枝そのえだえつきました、そこあいちやんはびつかれては大變たいへんだとおほきなあざみうしろをかはしました。一まはりしてあいちやんがほかはうあらはれたときに、いぬころはモ一えだ目蒐めがけてびかゝり、それにつかまらうとしてあまいそいだめ、あやまつて筋斗返とんぼがへりをちました。其時そのときあいちやんはいぬころが、馬車馬ばしやうま眞似まねをしてあそぶのが大好だいすきだとふことをおもしたので、みつけられては大變たいへんだとふたゝあざみ周圍しうゐまはりました、いぬころは其枝そのえだびうつるばかりになつて、うれしさうにえずたはむれたりえたりして、呼吸苦いきぐるしい所爲せゐか、ゼイ/\ひながら、其口そのくちからはしたれ、またそのおほきななかぢてゐました。
「われ知《し》らず愛《あい》ちやんは小枝《こえだ》の切《きれ》ツ端《ぱし》を拾《ひろ》ひ上《あ》げ、それを犬《いぬ》ころの方《はう》に出《だ》してやりました、」のキャプション付きの図
われらずあいちやんは小枝こえだきれぱしひろげ、それをいぬころのはうしてやりました、

 あいちやんはいまこそげるにときだとおもつてにはかにし、つひにはつかれていきれ、いぬころの遠吠とほゞえまつたきこえなくなるまではしつゞけました。
『でも、可愛かあいいぬころだッたわね!』やすまうとして毛莨キンポーゲかゝつたときに、其葉そのはの一まいつてあふぎながらあいちやんがひました、『わたししそんなことをする年頃としごろならば、ねえ!――もつと澤山たくさん惡戯わるさをしへてやつたもの!おは[#ルビの「おは」はママ]きくならなければならないのだが!しかし――うしたらいでせう?屹度きつとなにべるかむかすればいにちがひないわ、けれどもこゝ大問題だいもんだいがあるのよ、なに?』
 大問題だいもんだいふのはたしかに『なに?』とふことでした。あいちやんは自分じぶん周圍しうゐにあるくさはなのこらずましたが、この場合ばあひべたりんだりしていやうな適當てきたうもの見出みいだすことが出來できませんでした。ところ不圖ふとわきると自分じぶん身長せいくらゐもあるおほきなきのこるのにがつくや、早速さつそく其兩面そのりやうめんうしろとを見終みをはつたので、つぎには其頂そのいたゞきになにがあるかを檢査けんさする必要ひつえうおこつてました。
 あいちやんは爪先つまさき立上たちあがり、きのこふちのこくまなくうちはしなくもそのたゞちにおほきなあを芋蟲いもむし出合であひました。芋蟲いもむしうでんで其頂そのいたゞきにすわり、悠々いう/\なが水煙草みづたばこ煙管きせるふかしてゐて、あいちやんや其他そのたものにも一切いつさいをくれませんでした。
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第五章
 芋蟲いもむし訓誨くんくわい


 芋蟲いもむしあいちやんとはたがひしばらだまつてにらめをしてましたが、つひ芋蟲いもむし其口そのくちから煙管きせるはなして、したッたるいやうなねむさうなこゑで、
だれだい?』と言葉ことばをかけました。
 こんなことではなか/\談話はなし口切くちきりにはなりませんでしたが、それでもあいちやんははにかみながら、『わたし――さうね、いま――それは今朝けさきたときからわたしだれだかぐらゐつゝてよ、けれども是迄これまで何遍なんぺん[#ルビの「なんぺん」はママ]かはつてるからね』
なんだつッて?』芋蟲いもむしいかめしさうにつて、
『おまへ何者なにものだ!』
なんだかわからないの、自分じぶん自分じぶんが』とつてあいちやんは、『でも、自分じぶん自分じぶんでないんだもの、ね』
わからないなァ』と芋蟲いもむしひました。
芋蟲の図
『けど、もつと分明はつきりへとつたつてそれは無理むりよ』あいちやんはきはめてつゝましやかにこたへて、『でも、わたしはじめッから自分じぶん自分じぶんわからないんですもの、幾度いくどおほきくなつたりちひさくなつたりしたんで、なになんだか滅茶苦茶めちやくちやになつてしまつてよ』
『そんなはづはない』と芋蟲いもむしひました。
『では、だおまへはそれをらないんだわ』とつてあいちやんは、『でも、おまへさなぎつてから――何時いつかしら屹度きつとわかるわ――それからてふになるときに、おまへはそれをいくらかへんだとおもふにちがひないわ?』
ちつとも、なんともおもやしない』と芋蟲いもむしひました。
『まァ、おまへ感覺かんかくうかしてるんだわ』とつてあいちやんは、『わたしにはうしてもへんおもはれてよ』
『おまへに!』と芋蟲いもむし輕蔑けいべつして、『一たいまへだれだい?』
 こゝ話談はなし後戻あともどりをしました。あいちやんは芋蟲いもむしがこんなつまらぬねんすのですこ焦心じれッたくなつて、やゝ後退あとじさりしてきはめて眞面目まじめかまへて、『おまへこそだれだ、一たいさきはなすのが當然あたりまへぢやなくッて』
なにッ?』と芋蟲いもむし
 そこ種々いろ/\押問答おしもんだふしましたが、あいちやんのはうでも別段べつだんうま理屈りくつず、こと芋蟲いもむし非常ひじよう不興ふきようげにえたので、あいちやんは早速さつそくもどりかけました。
『おかへりよ!』と芋蟲いもむしあとからびかけて、『大事だいじことのこしたから!』
 これはたしかに有望いうばうだとおもつて、あいちやんは振向ふりむきさまふたゝかへつてました。
『さうおこるものぢやない』と芋蟲いもむしひました。
それり?』とあいちやんはグツトいかりをんでひました。
いゝえ』と芋蟲いもむし
 あいちやんはほか別段べつだん用事ようじもなかつたので、大方おほかたしまひにはなにことはなしてれるだらうとおもつて悠然ゆつくりつてゐました。しばらくのあひだ芋蟲いもむしはなしもしないでたばこけむいてましたが、つひには腕組うでぐみめてふたゝ其口そのくちから煙管きせるはなし、
『それでもおまへかはつたとおもへるか、え?』
『さうらしいのよ』とつてあいちやんは、『でも、習慣しふくわんになつてしまつておぼえてられないわ――だッて、十ぷんかんまつたおなおほきさでられないのですもの』
おぼえてないッて、なにを?』と芋蟲いもむしひました。
わたし、「ちひさな蜜蜂みつばち」の唱歌しよう[#ルビの「しよう」はママ]つてたの、けど、みんちがつてたのよ!』とあいちやんは大層たいさうかなしげなこゑこたへました。
「『うら老爺ぢいさん」を復誦ふくせうして御覽ごらん』と芋蟲いもむしひました。
 あいちやんは兩手りやうてひろげて、うたはじめました。――

わかをとこふことにや、
 『うら老爺ぢいさん、白髮しらがになつた、
それでも、あたまつてはるが――
 幾歳いくつになつたかおぼえてゐるか?』

うら老爺ぢいさんのふことにや、
 『わか時分じぶんにや一生懸命いつしやうけんめい
腦味噌のうみそいためぬ算段さんだんばかり、
  うした平氣へいきも、それがため』

わかをとこふことにや、
 『老爺ぢいさん、此頃このごろ莫迦ばかげてえた、
それでも、やたらに、戸板といたうへで、
  筋斗返とんぼがへりするとはうしたわけだ?』

白髮頭しらがあたまてゝ、
  うら老爺ぢいさんのふことにや、
手足てあしいた膏藥こうやく所爲せゐで――
  一せんはこ――二箱ふたはころか?』

わかをとこふことにや、
 『らふよりやらかをとがひしてゝ
ほねからくちから、すッかりそろた――
 そんな鵞鳥がてううしてつくつた?』

うら老爺ぢいさんのふことにや
 『これでも、わかときや、しばぱらかけ、
たまには、かゝァと角力すまふをとつた、
  うでちからいまほあれば』

わかをとこふことにや、
 『年齡とし加减かげん[#「冫+咸」、U+51CF、70-10]かすんでも、
はなぱしら[#「粱」はママ]うなぎ藝當げいたう――
  感心かんしんするほど上手じやうず技倆てなみ

うら老爺ぢいさんのふことにや、
 『これで、みツつの問答もんだうへた、
文句もんくはずに、さッさとかへれ、
  かへらにや、るぞよ、梯子段はしごだんしたへ!』

『それは間違まちがつてる』と芋蟲いもむしひました。
間違まちがつてるかもれないわ』とあいちやんはおそる/\つて、『二言ふたこと三言みことへたのよ』
はじめからしまひまで間違まちがつてる』と斷乎きつぱり芋蟲いもむしひました。それから双方さうはうともくちつぐんでしまつたので、しばらくのあひだまたしんとしました。
 やがて芋蟲いもむしから、
『どのぐらゐおほきくなりたいのか?』ときました。
特別とくべつおほきくなりたかないの』とこたへてあいちやんはいそがしさうに、『ほかひともこんなに度々たび/″\かはるかしら、え』
らないねえ』と芋蟲いもむし
 あいちやんはなんともひませんでした、うまれてからいままでに※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんな無愛想ぶあいさうことはれたことがなかつたので、あいちやんははなは面白おもしろからずおもひました。
『おまへそれで滿足まんぞくかい?』と芋蟲いもむし
うねえ、もすこおほきくなりたいの、らずらずのうちに』とつてあいちやんは、『三ずんばかりぢや見窄みすぼらしくッて不可いけないわ』
『それで結構けつこうさ!』と芋蟲いもむし氣短きみじかにつて、ツイとあがると(それが丁度ちやうどずんたかさでした)。
其位そのくらゐぢや滿足まんぞく出來できないわ』といたましげなこゑあはれなあいちやんがつぶやいて、さておもふやう、『うかして芋蟲いもむしおこりッぽくしない工夫くふうはないものかしら』
いま習慣しうくわんなんともないやうになつてしまう』とつて芋蟲いもむしは、くち煙管きせるくわへてふたゝはじめました。
 今度こんどあいちやんは、芋蟲いもむしはなすまで辛抱しんばうしてつてました。良久しばらくして芋蟲いもむしくちから煙管きせるはなし、二つ三つあくびをして身振みぶるひしたかとおもふと、やがきのこしたくさなかへ這ひみました、たゞのこして、『一ぱうへばかり、もッとたかく、それから一ぱうは、ずッとみじかくしてやらう』
『一ぱうッてなんの?モ一ぱうッて何方どつち?』とあいちやんはかんがへました。
きのこのさ』と芋蟲いもむしは、あだかあいちやんにはれたかのごと聲高こわだかつて、きにえなくなりました。
 あいちやんはしばら立停たちどまり、其兩面そのりやうめんらうとして一しんきのこながめてかんがみました、それがまつた眞圓まんまるだつたので、これははなは厄介やくかい難問題なんもんだいだとおもひました。が、やがてあいちやんは、びるだけとほくへ兩腕りやううでばして、其端そのはしを一かけたゝおとしました。
『さァ、何方どつち何方どつち?』とつぶやいて、功能こうのうためすために右手めてつた一かけすこめました、するとあいちやんはたちまち、其顎そのあごしたしたゝたれたのにがついて、不圖ふとると、あごあし鉢合はちあはせをしてゐました。
 あいちやんはこの急激きふげき變化へんくわ一方ひとかたならずおどろかされました、逡巡ぐづ/″\してる場合ばあひではないとつて、たゞちつたかけはうとしましたが、顎があし緊乎しツかり接合くツついてしまつてるので、ほとんどくちくことも出來できませんでした、やつとのことで左手ゆんでかけすこしばかりみました。
    *      *      *      *
       *      *      *      *
『オヤ、わたしあたま何處どこかへつてしまつたわ』あいちやんは雀躍こおどりしてよろこんだ甲斐かひもなく、そのよろこびはたちまおどろきとへんじました、あいちやんは自分じぶんかた何處どこにもえなくなつたのにがついて、方々はう/″\さがまはり、したるとおどろほどくびながくなつてて、まるでそれは、はる眼下がんかよこたはれる深緑しんりよくうみからくきのやうにえました。
『あのみどり織物おりものみんなんでせう?』とつてあいちやんは、『何處どこわたしかたつてしまつたのかしら?オヤ、可哀相かあいさうに、うしたんでせう、わたしえないわ?』あいちやんはひながらそれをつてましたが、べつかはつたこともなく、たゞ遠方ゑんぱうみどりなかで、それがわづかばかりうごいてゐました。
 あたま其手そのてせることはとて出來できさうもないので、あいちやんはあたまげてとゞかせやうとして、今度こんど自分じぶんくびへびのやうに容易よういとほくのはうまがまはるのを大變たいへんよろこびました。あいちやんはやはらかいこずゑけて、其首そのくびみ、半圓はんゑんえがきながらたくみに青葉あをばなかもぐらうとしました、あいちやんは此時このときまで、たゞ頂上てうじやうにのみあるものだとおもつてゐました、した徉徜さまよ[#「徉徜」はママ]つてると何處どこともなくッとこゑがしたので、おもはずあいちやんは後退あとじさりしました、ト一おほきなはとかほびついて、つばさもつはげしくあいちやんをちました。
へびだ!』とはとさけびました。
へびぢやないわ!』とあいちやんは腹立はらだゝしげにつて、『おほきなお世話せわよ!』
『ナニへびだ、へびだ!』と繰返くりかへしましたがはとは、以前まへよりも餘程よほどやさしく、其上そのうへ可哀相かあいさう歔欷すゝりなきまでして、『わたし種々いろ/\經驗ためしたが、へび似寄によつたものはほかなにもない!』
『おまへふことはちつともわからない』とあいちやんがひました。
わたし所有あらゆるしらべました、堤防どてました、それからかきも』として、はとあいちやんにはかまはず、『けどへびは!だれでもきらひだ!』
 あいちやんは益々ます/\なんことだかわけわからなくなりましたが、はと言葉ことばをはるまでなんにもふまいとひかへてゐました。
縱令よし、それがまつたたまごかへ邪魔じやまをしないにせよ』とつてはとは、『それにしても、わたし晝夜ちうやへび見張みはらなければならない!さうへば、わたしはこの三週間しうかんちツともひつじかげないが!』
『まァ、どくだわねえ』あいちやんは徐々そろ/\その意味いみわかつてました。
何時いつでももりなかの一ばんたかのぼつて』とつてはとは、金切聲かなきりごゑ張上はりあげて、『これなら大丈夫だいじやうぶだとおもつてると屹度きつと彼奴あいつちうからぶらりとさがつてる!ソラ、へびだ!』
『でも、わたしへびぢやなくッてよ、さうよ!』とつてあいちやんは、『わたしはね――わたしはね――』
『え、おまへなに?』とはとつて、『なに發明はつめいでもするひとかね!』
わたし――わたしちひさなむすめよ』とつてあいちやんは、一にちうち何遍なんべん變化へんくわしたことをおもして、顧慮うしろめたいやうながしました。
『さうか、眞箇ほんとうに!』とはとひど輕蔑けいべつした口調くてうで、『これまでに澤山たくさんちひさなをんなたが、人間にんげんはそんなくびをしちやない!いや/\!おまへへびだ、なん辯疏いひわけしても駄目だめだ。おまへたまごあぢるまい!』
つてるわよ、わたしたまごべたわ、眞箇ほんとうよ』ときはめて正直しやうぢきあいちやんがひました、『ちひさなをんなだつてへびのやうに矢張やツぱりたまごべるわ、けど』
うだか』とつてはとは、『うなら、彼等かれらへびの一しゆだ、さうだらう』
 あいちやんは呆氣あつけにとられてしばらぢツだまつてました、そこではとまた、『おまへたまごねらつてる的然ちやんとつてるから。おまへちひさなをんなであらうと、假令よしまたへびであらうと、それは一かう差支さしつかへないやうなものだが!とつゞけました。
大變たいへん差支さしつかへるわ』とあいちやんはいそいでつて、『たまごなどねらつちやなくつてよ、そんな、そんなたまごなんてしかないわ。なまなものいやなこッた』
うまことつてら!』とてゝはとふたゝ落着おちつきました、あいちやんはくびえだからえだからみさうなので、出來できるだけもりなかかゞんでゐましたが、あるときには屡々しば/\あしめて、それを彼方あちら此方こちらげなければなりませんでした。やがあいちやんは其兩手そのりやうてきのこ缺片かけつてゐたのにがついて、おそる/\ふたゝびそれをはじめました、[#ルビの「じ」はママ]めは一ぱうを、それからほかはうかはる/″\めて、普通ふつう身長せいになるまでには幾度いくたびおほきくなつたりちひさくなつたりしたかれませんでした。
 ながあひだかゝつてやつもとおほきさになるや、あいちやんはつねごと獨語ひとりごとはじめました、『まァこれで安心あんしんした、あまかはるのでなになんだかわけわからなくなつてしまつたわ!一分間ぷんかんおなじでないのですもの!けど、いまもとおほきさよ、これからうつくしい花園はなぞの這入はいりさへすればいんだ――うしたらはいれるかしら?』其時そのときあいちやんは突然とつぜん打開うちひらいたる廣場ひろばました、其所そこにはやうやく四寸位すんぐらゐたかさの小家こいへがありました、『だれんでもかまはないのだらう』とあいちやんはおもひました、『此位このくらゐ身長せいでは駄目だめよ、さうだ、ひと彼等かれらおどろかしてやらう!』とつてあいちやんは、ふたゝ右手みぎてかけはじめました、それから九寸位すんぐらゐたかさになるまでは、うしても其家そのいへそば近寄ちかよりませんでした。
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第六章
 ぶた胡椒こせう


 暫時しばらくあひだあいちやんはつて其家そのいへながめながら、さてこれからうしたものだらうと思案しあん最中さいちゆう突然とつぜん一人ひとり歩兵ほへい制服せいふくけてもりなかからしてました――(制服せいふくけてたので一けん歩兵ほへいふことがわかりましたが、さもなければ、たゞ其顏そのかほだけで判斷はんだんしたなら、あるひあいちやんはものうをんだかもれませんでした)――こぶし荒々あら/\しくたゝくと、なかから制服せいふくけた、圓顏まるがほかはづのやうにおほきいをしたモ一人ひとり歩兵ほへいひらかれました。歩兵ほへい二人共ふたりともそのちゞれたかみのこらず火藥くわやく仕込しこんでるやうにあいちやんはおもひました。あいちやんはなに不思議ふしぎたまらず、もりそとして、きこゆることもやとみゝそばだてました。
 うをかほした歩兵ほへい其腋そのわきしたからほとんど自分じぶん身長せいぐらゐもありさうなおほきな手紙てがみして、れをモ一人ひとり歩兵ほへい手渡てわたしながらおごそかな口調くてうで、※公爵夫人こうしやくふじん[#「※」は底本では「』」の転倒]もと毬投まりなげのおもよほしあるにき、女王樣じよわうさまよりの御招待状ごせうたいじやう』。すると今度こんどかはづ歩兵ほへいが、おなおごそかな口調くてう繰返くりかへしました、たゞわづ言葉ことばじゆんへて、『女王樣ぢよわうさまより。球投まりなげのおもよほしあるにつき公爵夫人こうしやくふじんへの御招待状ごせうたいじやう
 つて二人ふたりたがひ丁寧ていねいにお辭儀じぎをしつたときに、双方さうはう縮髮ちゞれけが一しよからみつきました。
 あいちやんはこれを哄笑おほわらひしました、しかし其聲そのこゑきつけられては大變たいへんだとおもつていそいでもりなかもどりました。良久しばらくしてのぞいてるとうを歩兵ほへい姿すがたはなくて、モ一人ひとりはうそば地面ぢべたうへすわつて、茫然ぼんやりそら凝視みつめてゐました。
 あいちやんはおそる/\そばまでつてたゝきました。
蛙の歩兵と魚の歩兵の図
『そんな箇所ところたゝ必要ひつえうはない』とつて歩兵ほへいは、『わたしがおまへおなそばるではないか、それになか※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)あんなさわぎをしてるのに、なにきこえるものか』たしかになかではおそろしい大噪おほさわぎをしてました――えずえたり、くさめをしたり、それから時々とき/″\すさまじいおとがしたり、まるさらなべ粉々なこ/″\[#ルビの「なこ/″\」はママ]打碎うちくだかれるやうに。
萬望どうぞ、そんなら』とつてあいちやんは、『うすればなか這入はいれるの?』
たゝ以上いじやうなに意味いみくてはならない』とつて歩兵ほへいは、あいちやんにかまはずつゞけました、『吾々われ/\二人ふたりあひだがあつたとしたら。たとへばおまへなかたゝいたとする、さうすればわたしはおまへそとしてやるとふものだらう、ね』はなしてるかれえずそら仰視みあげるので、あいちやんは眞個ほんとう無作法ぶさはふものもあればあるものだとおもひました。『けど屹度きつとうしないやうには出來できないんだわ』とあいちやんは獨語ひとりごとつて、『だッて※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)あんなあたま天邊てツぺんについてるんですもの。でも、かくわたし質問しつもんにはこたへてれてよ。――うしたらなか這入はいれて?』とふたゝ聲高こわだかひました。
わたしたゞ此處こゝすわつてればいンだ、明日あしたまで――』と歩兵ほへいひました。
 此時このときいへいて、おほきなさら歩兵ほへいあたまうへ眞直まつすぐに、それからはなさきかすつて、背後うしろにあつた一ぽんあたつて粉々こな/″\こわれました。
其又そのまた明日あしたも、大抵たいてい』と歩兵ほへいおな調子てうしつゞけました、あだかまつたいま何事なにごともなかつたかのごとくに。
うしたらなか這入はいれて?』と以前まへよりも一そうおほきなこゑふたゝあいちやんがたづねました。
『おまへうしても這入はいりたいのか?』とつて歩兵ほへいは、『それがだい一の難題なんだい
 それはまつたれにちがひなかつたが、たゞあいちやんははれたのが口惜くやしくてたまらず、『まァ、おそろしいこと、澤山たくさん動物どうぶつ喧嘩けんくわしてるンですもの。※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなところもの狂人きちがひだわ!』とつぶやきました。
 歩兵ほへいたりかしこしと、『わたし何時迄いつまで何時迄いつまでも、毎日々々まいにちまいにち此處こゝすわつてればいンだ』と繰返くりかへしました。
『そんなら、わたしうするの?』とあいちやんがひました。
『どうともおまへ勝手かつてつて歩兵ほへい口笛くちぶえはじめました。
『それぢや、はなしにならないわ』とあいちやんは自棄やけになつて、『なんて、愚物ばかなんだらう!』とひながら、けたなか這入はいりました。
 這入はいると眞直まつすぐおほきな厨房だいどころきました。厨房だいどころすみからすみまでけむりで一ぱいでした、公爵夫人こうしやくふじん中央まんなかの三脚几きやくきつてッちやんにちゝましてました、それから料理人クツク圍爐裡ゐろり彼方むかふで、肉汁スープでも一ぱいはいつてゐさうな大鍋おほなべまはしてました。
『まァ、澤山たくさん胡椒こせうはいつてること、肉汁スープなかに!』あいちやんはひながら大變たいへんくさめをしました。
 四邊あたり其香そのにほひで大變たいへんでした。公爵夫人こうしやくふじんでさへも、ッちやんとほとんどかはる/″\くさめをして、せるくるしさにたがひ頻切しツきりなしにいたりわめいたりしてました。厨房だいどころるものでくさめをしないのはたゞ料理人クツクと、それからへツつひうへすわつて、みゝからみゝまでけたおほきなくちいて、露出むきだしてた一ぴき大猫おほねこばかりでした。
後生ごしやうですからはなしてください』とあらたまつてあいちやんがひました、うした素振そぶりはなしかけてもいかうかまつたわからなかつたので、『何故なぜそのねこ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんな露出むきだしてゐるのですか?』
『それは朝鮮猫てうせんねこです』とつて公爵夫人こうしやくふじんは、『コレ、ぶた!』
 夫人ふじんきふ大聲おほごゑつたので、あいちやんは喫驚びツくりしてあがりました。
きにそれはぼツちやんにつたので、自分じぶんはれたのではないとつて、元氣げんきづきまたしました、
わたし今迄いまゝで朝鮮猫てうせんねこ始終しじゆう露出むきだしてるなんてことちつともりませんでした、眞個ほんとらずにましたわ、ねこ露出むきだすなんてことを』
『どのねこでもみんうです』と公爵夫人こうしやくふじんつてまた、『大抵たいていのがます』
わたしちつともりませんでした』と丁寧ていねいつて、あいちやんは談話はなし乘勢はずんでたのを大層たいそうよろこびました。
『おまへ薩張さつぱりなにらないね』とつて公爵夫人こうしやくふじんは、『それは眞個ほんとうの、ことなんです』
 あいちやんはねんすやうにはれたのを面白おもしろからずおもつて、なにほか話題はなしはじめやうとして、れかれかとかんがへてました。あいちやんがこのことひとはなさうとめるうちに、料理人クツク圍爐裏ゐろりから肉汁スープなべはづして、手當てあた次第しだいなにはじめました、公爵夫人こうしやくふじんとゞほどでしたから無論むろんぼツちやんにもあたりました。火箸ひばしさきんでて、それからつゞいて肉汁スープなべや、さら小鉢こばちあめつてました。公爵夫人こうしやくふじんは、其等それらつをも平氣へいきりました。ッちやんは最早もうオイ/\いてばかりゐて、なんにもはないので、怪我けがをしたのかしないのか一かうわけわかりませんでした。
『オヤ、うしてたの、をおつけなね!』とさけびながらあいちやんはおそ戰慄をのゝいてまはりました。『オヤ、其處そこれの大事だいじはなあるいてつてよ』通常なみ/\ならぬおほきな肉汁スープなべそばんでて、まさにそれをつてつてしまつたのです。
し、ひと各々おの/\その仕事しごと專念せんねんなるときは』と公爵夫人こうしやくふじん咳嗄しわがれた銅鑼聲どらごゑつて、『世界せかいつねよりもすみやかに回轉くわいてんします』
何方どつちにしても利益とくはないでせう』とあいちやんがひました、自分じぶん知慧嚢ちゑぶくろ幾分いくぶんしめ機會きくわいいたつたのを大變たいへんよろこばしくおもつて、『まァ、かんがへても御覽ごらんなさい、夜晝よるひるるなんてんな仕事しごとでせう!貴方あなた地球ちきう其地軸そのちゞく回轉くわいてんするに二十四時間じかんえうする――』
『ナニ、くじくとふのか』公爵夫人こうしやくふじんあいちんや[#「あいちんや」はママ]が、地軸ちゞくつたのをくじくとちがへて、『むすめあたま捩斷ちぎつてしまへ』とひました。
 あいちやんは、しや料理人クツクがそれをさとりはしないかと、稍々やゝ氣遣きづかはしげにそのはうながめました、が、料理人クツクいそがはしげに肉汁スープまはしてて、それをいてないやうにえたので、あいちやんはふたゝおもつてつゞけました、『二十四時間じかんだつたわ、たしか、ハテ、それとも、十二時間じかんだつたかしら?わたしは――』
五月蠅うるさいね』とつて公爵夫人こうしやくふじんは、『そんなことかまつてはられない!』そこ夫人ふじんふたゝ其子供そのこどもちゝませはじめました、一しゆ子守歌こもりうたうたひながら、一ふしへるとは[#「へるとは」はママ]其子そのこゆすげて、

子供こども時分じぶんにやきびしく仕込しこめ、
  くさめをしたらば背中せなかたゝけ、
るのもこゝろがら、
  くるしいことにはしのべ』
       合唱がつしよう
其所そこ料理人クツク赤子あかごが一しよに)、――
 『だ!だ!だよ!』
 公爵夫人こうしやくふじんそのだいせつうたも、えず赤子あかごひどゆすげたりゆすおろしたりしたものですから、可哀相かあいさうちひさなのがさけぶので、あいちやんはほとんど一語々々いちご/\ることが出來できませんでした、――

『それゆゑきびしくふたぢやないか、
  くさめすれや背中せなかちますよ、
うして※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなきなんだらう、
  いつでも/\胡椒こせうばかり!』
   合唱がつしよう
だ!だ!だよ!』
『さァ!おまへすこしあやして御覽ごらんきなら!』公爵夫人こうしやくふじん赤子あかごしながらあいちやんに、『わたしはこれからつて、女王樣ぢよわうさま毬投まりなげをする仕度したくをしなければなりません』つていそいで、部屋へやそときました。料理人クツク夫人ふじんつたときに、其後そのあとからなべげつけました、それでも鹽梅あんばいあたりませんでした。
 あいちやんは不器用ぶきようつきで赤子あかごりました、それはめう格好かくかうをしたちひさな動物どうぶつで、れがいてるまゝに其腕そのうであしみんそとすと、『恰度ちやうど海盤車ひとでのやうだ』とあいちやんはおもひました。このあはれなちひさなものは、あいちやんがつかまへたとき蒸氣じやうき機關きくわんのやうなおそろしい鼻息はないきをしました、それからわれとからだを二つにかさねたり、また眞直まつすぐばしたりなどしたものですから、最初さいしよやつと一二ふんかんそれをいてたのも、却々なか/\容易よういなことではありませんでした。
 工合ぐあひにそれを方法はうはふかんがへつくやいなや、(それをこぶのやうにまるめてしまつて、それかられがけないやうに、そのみぎみゝ左足ひだりあしとを緊乎しツかりつて)あいちやんはそれを廣場ひろばつてきました。『わたし此子このこを一しよれてかなかつたならば』とおもふやあいちやんは、『みんなが一にちれをころしてしまふにちがひない、それとも打棄うツちやりぱなしにしていても大丈夫だいじやうぶかしら?』あいちやんが尻上しりあがりにひますと、そのちひさなものうなしました(今度こんどくさめをせずに)。『うなつちや可厭いやよ、うなつてたつてなんだかわかりやしなくッてよ』とあいちやんがひました。
 赤子あかごうなつたので、うかしたのではないかと、あいちやんは氣遣きづかはしげに其顏そのかほのぞみました。まがかたなく其處そこには、普通あたりまへはなよりも獅子しゝぱな酷似そつくりの、ひどくそッくりかへつたはながありました、また其眼そのめ赤子あかごにしては非常ひじようちひさすぎました、まつたあいちやんは、その容貌かほつきるのも可厭いやになつてしまひました。『でも、屹度きつと歔欷すゝりなきしてるのだ』とおもつたもんですから、しやなみだてはないかと、ふたゝ其兩眼そのりやうがんました。
 ところが、一てきなみだもありませんでした。『しもおまへぶたになつてしまうならば、ねえ』とあいちやんは眞面目まじめつて、『さうすれば世話せわがなくていけれど、ねえ!』あはれなちひさなものふたゝ歔欷すゝりなきしました(いやうなりましたが、なんつたのだかわかりませんでした)、そこ兩方りやうはうともしばらくのあひだだまつてゐました。
 あいちやんはじツかんがはじめました、『さて、わたしがそれをうちれてつてうしやう?』やがてまたひどうなつたので、あいちやんはおどろいて其顏そのかほ見入みいりました。今度こんどこそはなんつても、寸分すんぶんぶた相違さうゐありませんでしたから、あいちやんもれをれてくのはまつた莫迦氣ばかげたことだとおもひました。
 そこで、あいちやんはそのちひさな動物どうぶつしたき、屹度きつとそれがしづかにもりなかむだらうとおもつててゐました。『しそれがおほきくなつたら』と獨語ひとりごとつて、『隨分ずゐぶんみにく子供こどもになるでせう、けど、何方どつちかとへば大人おとなしいぶたよ』つてあいちやんは、ぶたにでもなりさうな、自分じぶんれるかぎりの子供等こどもらうへをよく/\かんがへながら、『だれかゞ、うま彼等かれらへる方法はうはふつてたならば――』とれとわれにつて、あだか其時そのとき朝鮮猫てうせんねこが、二三じやくへだたつたえだうへすわつてるのをて、すくなからずおどろかされました。
「猫《ねこ》は愛《あい》ちやんを見《み》て、唯《たゞ》その齒並《はなみ》を見《み》せたばかり」のキャプション付きの図
ねこあいちやんをて、たゞその齒並はなみせたばかり

 ねこあいちやんをて、たゞその齒並はなみせたばかりでした。おとなしさうだとあいちやんはおもひました、矢張やつぱりれが大層たいそうながつめ澤山たくさんとをつてゐたので、鄭重ていちやうにしなければならないともかんがへました。
猫兒プスや』ねこに入るかうかはわかりませんでしたが、かくあいちやんはおそる/\びかけました。けれどもねこは、たゞ以前まへよりも稍々やゝひろしてせたばかりでした。『まァ、大層たいそうよろこんでること』あいちやんはおもつてほもつゞけました。『をしへて頂戴てうだいな、ね、わたし此處こゝから何方どつちけばいの?』
『それはふまでもなく、おまへところるさ』とねこひました。
所處どこへでもかまやしないわ――』とあいちやんがひました。
『それなら、何方どつちみちつたつてかまやしない』とねこひました。
『――わたし何處どこかへられるまで』とあいちやんは説明せつめいのやうに附加つけくはへました。
『あァ、それでもいさ、たゞながあるきたいのなら』とねこひました。
 あいちやんもこれにはなんとも抗辯こうべんかねて、今度こんどほかことはじめました。
此邊このへんにはどんな種類しゆるゐ人間にんげんんでるの?』
其邊そのへんには』とひながらねこは、其右そのみぎ前足まへあしつてえがき、『帽子屋ぼうしやんでる、それから其方そつちはうには』とほか前足まへあしつて、『三月兎ぐわつうさぎんでゐる。何方どつちでもおまへきなはうたづねて御覽ごらん何方どつちみん狂人きちがひだから』
『でも、わたし狂人きちがひなかへなぞきたかなくッてよ』とあいちやんがひました。
『ナニ、そんなことつても駄目だめだ』とねこひました、『自分達じぶんたちだつてみんうしてたつて狂人きちがひなんだ。わたし狂人きちがひ。おまへ狂人きちがひ
うしてわたし狂人きちがひだつてことがわかつて?』
あいちやんがひました。
『だつて、うぢやないか』とねこつて、『さもなければ、おまへ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなところなくてもいぢやないか』
 あいちやんはまつたく、なんこたへのせんやうもありませんでしたが、それでもほ、『それから、おまへ狂人きちがひだとふことはうしてわかつて?』とひつぎました。
『さうねえ』とつてねこは、『いぬ狂人きちがひでない。さうつたらうれしいかい?』
うよ』とあいちやんがひました。
『それならねえ』とねこつゞけてつて、『おまへは、いぬおこときにはうなり、よろこときには其尾そのをるのをたらう。ところがいまわたしよろこときうなり、おこときる。だからわたし狂人きちがひさ』
『それは咽喉のどをゴロ/\させるんだわ、うなるんぢやなくつてよ』とあいちやんがひました。
なんとでもきなやうにふさ』とねこつて、『おまへ今日けふ女王樣ぢよわうさま毬投まりなげをしないの?』
わたし、それが大好だいすき』とあいちやんがつて、『だけど、わたし招待せうたいされないのよ』
また其處そこはうね』とつてねこ姿すがたしました。
 あいちやんはれを左程さほどおどろきませんでした、種々いろ/\不思議ふしぎ出來事できごとには全然すつかりれてしまつて。それがところますと、突然とつぜんれがあらはれました。
ときに、赤子あかごうしたかしら?』とねこつて、『わたしくのをほとんどわすれてました』
ぶたになつてよ』とあいちやんはしづかにひました、あだかうなるのが當然あたりまへであるかのやうに。
大方おほかたうだらうとおもつた』とつてねこふたゝせました。
 あいちやんは、やがまたそれがあらはれるだらうと豫期よきして、しばらくのあひだつてゐました、が、それは到頭とうとう姿すがたせませんでした、良久しばらくしてあいちやんは、三月兎ぐわつうさぎんでるとはれたはうあるいてきました。『わたしかつ帽子屋ばうしやたことがある』と獨語ひとりごとつて、『三月兎ぐわつうさぎとは大變たいへん面白おもしろいのね、大方おほかたこれが五ぐわつなら狂人きちがひになつてあばまはるだらう――假令たとひぐわつほどではなくとも』あいちやんはつてうへると、其猫そのねこえだうへすわつてゐました。
『おまへぶたつたのか、それとも贅肉むだつたのか?』とねこひました。
ぶたッてつたのよ』とあいちやんはこたへて、わたしはおまへ何時いつまでもうしてないで、きふくなつてれゝばいとおもつてるのよ、眞個ほんとう眩暈めまひがするわ』
し』とひながら、ねこ今度こんど徐々そろ/\せました、尖端とつぱなからはじめて、からだ全然すつかりえなくなつてしまつても、一ばんしまひにしばらくのあひだその露出むきだしたばかりはのこつてました。
『でも!わたし度々たび/\してないねこてよ』とあいちやんははうとしたものゝ、『露出むきだしてるものはねこほかに!わたし是迄これまでたものゝうちで一ばん奇妙きめうなのは』
 あいちやんはいくらもあるかないうちに、三月兎ぐわつうさぎいへえるところました、それはみゝのやうな格好かくかうをした煙突えんとつもあれば、毛皮葺けがはぶきの屋根やねまである整然ちやんとしたうちちがひありませんでした。それは莫迦ばかげておほきなつくりでした、あいちやんはまた左手ひだりてつてきのこの一かけめて、ほとんど二しやくたかさにたつしたまでは、きまりわるくてそのそばおもつて近寄ちかよれませんでした、二しやくになつたときですらもあいちやんは、おくしながら其方そのはうあるいてきました、『屹度きつとそれはうしてもあばれる狂人きちがひちがひない!わたしはそれよりもむし帽子屋ばうしやきたいわ!』とひながら。
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第七章
 狂人きちがひ茶話會さわくわい


 其家そのいへまへなる一ぽんしたには洋卓テーブルが一きやくいてあつて、三月兎ぐわつうさぎ帽子屋ばうしやとが其處そこちやんでると、一ぴき福鼠ふくねずみ其間そのあひだすわつてましたが、やがねむつてしまつたので、ほかものらはさいはひにれを坐布團ざぶとんにして其上そのうへ彼等かれらひぢせ、其頭そのあたまえてむかあはせになつてはなしてゐました。『福鼠ふくねずみはさぞ心地こゝろもちわるいだらう』とあいちやんはおもひました、『たゞねむつてるばかりでかないんだわ』
 洋卓テーブルおほきなものでした、が、彼等かれらは三つともみんそのすみに一しよ群集かたまつてました。『いてないよ!いてないよ!』と彼等かれらあいちやんがるのをときさけびました、『澤山たくさんいてる!』とあいちやんはおこつてひながら、洋卓テーブル片端かたはしにあつたおほきな肘懸椅子ひぢかけいすこしおろしました。
さけつてい』と三月兎ぐわつうさぎ催促さいそくがましい口調くてうひました。
 あいちやんは洋卓テーブル周圍しうゐのこらず見廻みまはしましたが、其上そのうへにはちやほかなにもありませんでした。『さけくッてよ』とあいちやんが注意ちういしました。
其處そこにはいサ』と三月兎ぐわつうさぎひました。
『それをつていな不作法ぶさはふな』とあいちやんが腹立はらだゝしげにひました。
招待せうだいされもしないですわむな不作法ぶさはふな』と三月兎ぐわつうさぎ口返答くちへんたふしました。
『おまへ洋卓テーブルだとはらなかつたのよ』とあいちやんはつて、『それは三にんばかりでなく、もつと多勢おほぜいのためにかれてあるんだわ』
『おまへかみらなくッては』帽子屋ばうしやしばらくのあひださもめづらしさうにあいちやんをながめてましたが、やがしました。
禮儀れいぎたゞしくおしなさい』とあいちやんは嚴格げんかくつて、『なんです、他人ひとたいして亂暴らんばうな』
 帽子屋ばうしやはこれをいていちじるしくみはりました、が、つたことは、『何故なぜ嘴太鴉はしぶとがらす手習机てならひづくゑてるか?』と、たゞこれだけでした。
『さうね、いま、五六ぽんあふぎしい』とあいちやんはおもひました。『わたしみんなでなぞかけしてあそぶのが大好だいすき。――わたしにだつてれがけるとおもふわ』とつゞいて聲高こわだかひました。
『ナニ、れがおまへこたへられるッて』と三月兎ぐわつうさぎひました。
『さうですとも』とあいちやん。
『そんなら、なんふことだかてゝ御覽ごらん』と三月兎ぐわつうさぎつゞけました。
てるわ』とあいちやんは言下ごんかこたへて、『屹度きつと――屹度きつとわたしとほりにちがひないわ――さうでせう、ねえ』
『ナニ、さうぢやない!』と帽子屋ばうしやひました。『何故なぜッて、うもへるぢやないか、「わたしふところのものる」とも、また、「わたしるところのものふ」とも!』
うもへるさ』とつて三月兎ぐわつうさぎ附加つけくわへました、『「わたしふところのものこのむ」とつても、「わたしこのむところのものふ」とつてもおなことだ!』
うもへるさ』と福鼠ふくねずみ附言つけたしました、まる寢言ねごとでもふやうに、『「わたしねむつて呼吸いきをしてる」とつても、「わたし呼吸いきをしてるねむつてゐる」とつてもおなじことだ!』
『それはおまへおなじことだ』と帽子屋ばうしやひました、これで談話はなしはぱつたりんで、連中れんぢゆう霎時しばしだまつてすわつてました、其間そのあひだあいちやんは嘴太鴉はしぶとがらすと、それからおほくもかつた手習机てならひづくゑについておもおこしたことの數々かず/\を、繰返くりかへ繰返くりかへかんがへました。
 帽子屋ばうしや沈默ちんもくやぶりました。『何日いくにちだね?』とつてあいちやんのはう振向ふりむき、衣嚢ポケツトから時計とけいし、不安ふあんさうにそれをながめて、時々とき/″\つてはみゝところへそれをつてきました。
 あいちやんはしばらかんがへてからひました、『四
『二ちがつてる!と帽子屋ばうしや長太息ためいききました。『牛酪バターやくたないとおまへふていたぢやないか!』とひたして、腹立はらだたしげに三月兎ぐわつうさぎはうました。
『それは上等じやうとう牛酪バターでした』と三月兎ぐわつうさぎおとなしやかにこたへました。
『さうか、だけど屹度きつとくづおなぐらゐはいつてたにちがひない』帽子屋ばうしや不平ふへいたら/″\で、『麺麭パン庖丁ナイフ其中そのなかんだナ』
 三月兎ぐわつうさぎ時計とけいつて物思ものおもはしげにそれをながめました、それからかれはそれを茶碗ちやわんなかひたしてまたそれをてゐました、しかかれ自分じぶん最初さいしよつた『それは上等じやうとう牛酪バターでした』と言葉ことばよりほかなにも、もつとふことをかんがへつきませんでした。
 あいちやんは、さも不思議ふしぎさうに自分じぶんかた左顧右盻とみかうみしてゐました。『可笑をかしな時計とけい!』つてまた、『わかつて、それでときわからないなンて!』
何故なぜだらう』と帽子屋ばうしやつぶやいて、『おまへ時計とけい何年なんねんだかゞわかるかい?』
無論むろんわからないわ』とあいちやんはきはめてすみやかにこたへて、『けど、それはまつたくそんなにながあひだおなとしでゐるからだわ』
『それではわたしおなじことだ』と帽子屋ばうしやひました。
 あいちやんは宛然まるできつねつままれたやうながしました。帽子屋ばうしやつたことなになんだかわけわかりませんでした、しかしそれはそれでもたしかに英語えいごでした。『わたしにはちツともわかりませんの』とあいちやんは出來できるだけ丁寧ていねいひました。
福鼠ふくねずみまたねむつてゐる』とひさま、帽子屋ばうしやはなうへすこあついおちやぎました。
 福鼠ふくねずみれずにあたまつて、かないでふことには、『勿論もちろんいまわたしはうとおもつてところだ』
『おまへにまァなぞわかつたのか?』帽子屋ばうしやふたゝあいちやんのはう振向ふりむいてひました。
いゝえ、わたししたの』とあいちやんはこたへて、『こたへなに?』
ちツともわからない』と帽子屋ばうしやひました。
わたしにもサ』と三月兎ぐわつうさぎ
 あいちやんは物憂ものうさうに長太息ためいききました。『この時間じかんで、もつとなにいことをしたはういわ、けもしないなぞをかけてむだ浪費つぶすよりは』とあいちやんがひました。
わたしのやうによくおまへ時間じかんつてるなら、時間浪費じかんつぶしはなしなぞしないがい。それは彼人あれさ』と帽子屋ばうしやひました。
彼人あれッてつたつて、だれのことだかわかりやしないわ』とあいちやん。
無論むろんまへにはわからないサ!』帽子屋ばうしや輕蔑けいべつするものゝごとく、あたましてひました。『いかい、けつして時間じかんことくちにしないがい!』
多分たぶんう』とあいちやんはおそる/\こたへました、『だけど、わたし音樂おんがくならときには、ときたなくてはならないわ』
『それで!其理由そのわけは』と帽子屋ばうしやひました。『つゞけやしないだらう。つぎつまでにはなりあひだがある、うちひとおもひ/\の仕事しごとをする。たとへば、それがあさの九であつたと假定かていして、丁度ちやうど其時そのとき稽古けいこはじめる、時々とき/″\何時なんじになつたかとおもつてる、時計とけいはりめぐつてく!一時半じはん晝食ちうじき!』
(『うしたものかねえ』と三月兎ぐわつうさぎさゝやくやうに獨語ひとりごとひました)
『それは眞個ほんとう結構けつかうことだわ』とあいちやんは分別ふんべつありげにつて、『けど、それなら――それでもおなかかないかしら』
かないだらう、多分たぶん』と帽子屋ばうしやつて、『おまへおもとほり一時半じはんまでつゞけられるさ』
『おまへうするの?』とあいちやんがたづねました。
 帽子屋ばうしやいたましげに其頭そのあたまり、『わたしではない!』とこたへて、『自分等じぶんらる三ぐわつ喧嘩けんくわをした――丁度ちやうどれが狂人きちがひになる以前まへさ――』(三月兎ぐわつうさぎはう茶匙ちやさじして)――『それは心臟ハート女王クイーンつてひらかれた大會議だいくわいぎがあつて、わたしういふうたうたつたときでした
燦然きら/\々々/\/\ちひさな蝙蝠かうもり
 うしてそんなにひかるのか!」
まへこのうたつてるだらう?』
なんだかいたことがあるやうだわ』とあいちやんがひました。
其先そのさきは、それ』と帽子屋ばうしやつゞけて、『こんなふうだ、――
世界せかいうへんでゐる
 そらふか/\茶盆ちやぼんのやうに。
  きら/\、きら/\――」
 そこ福鼠ふくねずみ身振みぶるひして、たまゝでうたはじめました『きら/\、きら/\、きら/\、きら/\、――』あまながつゞけてるので、みんながそれをおさえつけてめさせました。
『さァ、やつだい一のせつへた』と帽子屋ばうしやつて、『其時そのとき女王クイーンあがり、「とき打殺うちころしてるのはれだ!其頭そのあたまねてしまへ!」とさけびました』
なん野蠻やばんことでせう!』とあいちやんがさけびました。
『それからのちは』と帽子屋ばうしやかなしげな調子てうしで、『わたしふことをかなくなつてしまつて!まァ、何時いつでも六のところにとまつてゐる』
 あいちやんは、はたおもあたることあるものゝごとく、『それで此處こゝ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんな澤山たくさん茶器ちやきがあるのねえ?』とたづねました。
『まァ、そんなものサ』と帽子屋ばうしや長太息ためいきして、『それは何時いつもおちや時分じぶんだ、それで、あひだ其器そのうつはあら時間じかんもない』
『それならおまへ始終しゞゆううごまはつてるの?』とあいちやんがひました。
まつたくそうだ』と帽子屋ばうしやつて、『うつは始終しゞゆう使つかはれてるやうに』
『それはかくしまひからはじめにかへるのにはうしたらいの?』とあいちやんが突飛とつぴなことをたづねました。
うするには話題はなしへるサ』とあくびをしながら三月兎ぐわつうさぎつて、『もう、※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなことにはきてた。若夫人わかふじんなにひとはなしてもらはうぢやないか』
『おどくだがひとつもらないの』とつてあいちやんは、發議はつぎたいして警戒けいかいしました。
『そんなら福鼠ふくねずみだ!』と彼等かれら二人ふたりさけんで、『きろ、福鼠ふくねずみ!』とひさま、同時どうじ兩方りやうはうからそれをつねりました。
 福鼠ふくねずみしづかに見開みひらき、『ねむつちやない』と咳嗄しはがれた脾弱ひよわこゑで、
『お前達まへたち饒舌しやべつてたことはみんつてる』
ひとはなせ!』と三月兎ぐわつうさぎ
『さう、萬望どうぞ!』とあいちやんがたのみました。
『さァ、はやく』と帽子屋ばうしやうながして、『それでないと、またまへねむつてしまふからさ』
昔々むかし/\ところに三にんちひさな姉妹きやうだいがありました』と福鼠ふくねずみ大急おほいそぎではじめて、『其名そのなを、えいちやん、りんちやん、ていちやんとつて、三にんともみん井戸ゐどそこんでゐました――』
なにべてきてたの?』とつね飮食いんしよく問題もんだい多大たゞい興味きようみつてところあいちやんがたづねました。
糖蜜たうみつめて』と福鼠ふくねずみしばらかんがへてからひました。
『そんなこと出來できるもですか』とつてあいちやんは優容しとやかに、『では、みん病氣びやうきになつたでせう』
『さう/\、大變たいへん病氣びやうき』と福鼠ふくねずみひました。
 あいちやんは、こんなおそろしいことをしてもきてられるものだらうかと、すこしく自分じぶんについて想像さうざうめぐらしましたが、益々ます/\わけわからなくなるばかりでした、ところで、『だけど何故なぜ井戸ゐどそこんでゐたんでせう?』
『もつとおちやれ』と三月兎ぐわつうさぎせつあいちやんにねがひました。
『もうちつともいわ』とあいちやんは焦心ぢれッたさうにこたへて、『そんなにわたし進上あげられなくッてよ』
『ナニ、ちつとばかりは進上あげられないッて』と帽子屋ばうしやつて、『なんにもいのをれるのはむづかしいけど、澤山たくさんるのをれるのは容易よういなことだ』
おほきなお世話せわよ』とあいちやんがひました。
わたしだれだとおもつてるか?』と帽子屋ばうしや威丈高ゐたけだかひました。
 あいちやんはふべき言葉ことばもなく、いくらかのおちや麺麭パン牛酪バターとをして、福鼠ふくねずみはう振向ふりむき、『何故なぜみん井戸ゐどそこんでゐたの?』とかへしました。
 福鼠ふくねずみまたそれについてしばらかんがへてましたがやがて、『それは糖蜜井戸たうみつゐどでした』
『そんなものはくッてよ!』とあいちやんはすこぶ腹立はらだたしげにひました、帽子屋ばうしやと三月兎ぐわつうさぎとは、『ッ!ッ!』とつゞけさまにさけびました。福鼠ふくねずみ自棄やけになつて、『そんな失敬しつけいことをするなら談話はなしめてしまうからい』
『もうないから、萬望どうぞはなして頂戴ちやうだいな』とあいちやんは謙遜けんそんして、『二くちれないわ。屹度きつとそんな井戸ゐどひとくらゐあつてよ』
うさ、一つくらゐ!』と福鼠ふくねずみ焦心ぢれッたさうにつて、またはなつゞけました、『其故それゆゑ此等これらにん姉妹きやうだいは――みんなでえがくことをまなんでました――』
なにえがいてたの?』と約束やくそくしたことをまつたわすれて、あいちやんがひました。
糖蜜たうみつを』今度こんどちつともかんがへずに福鼠ふくねずみひました。
清潔きれい洋盃カツプれ』と帽子屋ばうしやくちれて、『みんなでひと場所ばしよ取交とりかへやうぢやないか』
 かれつてうごしました、福鼠ふくねずみ其後そのあといてきました、三月兎ぐわつうさぎ福鼠ふくねずみ場所ばしようつりました、あいちやんは厭々いや/\ながら三月兎ぐわつうさぎところきました。帽子屋ばうしやッた一人ひとり場所ばしよへたために一ばんいことをしました、あいちやんは以前まへよりもぽどわりわるくなりました、だつて、三月兎ぐわつうさぎ丁度ちやうど其時そのとき自分じぶんさら牛乳壺ぎうにうつぼりッたけけてしまつたのですもの。
 あいちやんはふたゝ福鼠ふくねずみはらたせまいと、きはめてつゝましやかに、『わたしにはわかりませんわ。何所どこからみん糖蜜たうみつんでたのでせう?』
『おまへ水井戸みづゐどからみづむだらう』と帽子屋ばうしやつて、『それでわかるぢやないか、糖蜜井戸たうみつゐどからは糖蜜たうみつめるサ――え、さうぢやないか、莫迦ばかな?』
 其言葉そのことばをはらぬうちあいちやんは、『だけど、みんなが井戸ゐどなかては』と福鼠ふくねずみひました。
無論むろんみんながたさ』とつて福鼠ふくねずみは、『――井戸ゐどなかに』
 こたへられたがあいちやんには愈々いよ/\合點がてんがゆかず、福鼠ふくねずみ饒舌しやべるがまゝにまかせて、少時しばらくあひだあへくちれやうともしませんでした。
みんなでえがくことをならつてました』と福鼠ふくねずみつゞけて、あくびをしたり、そのこすつたり、さぞねむさうに、『みんなで種々いろ/\なものをえがいてました――ネののつくものはなんでも――』
何故なぜネののつくものばかり?』とあいちやんがひました。
何故なぜ、それでないのぢや不可いけないか?』と三月兎ぐわつうさぎひました。
 あいちやんはだまつてました。
 福鼠ふくねずみまたそのぢ、そろ/\坐睡ゐねむりをはじめました、が、帽子屋ばうしやつねられて喫驚びツくりしてあがり、『――ネのがつくんだ、たとへば、鼠罠ねずみわなとか、ふねとか、かねとか、たねとか――きたれば山程やまほどある――おまへ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなものかれたのをたことがあるか?』
『まア、わたしくの』とあいちやんはさも迷惑めいわくさうにつて、『わたしらなくつてよ――』
はなせないねえ』と帽子屋ばうしやひました。
 輕蔑けいべつせられてあいちやんはれず、忌々いま/\しさうにあがつて、さつさとあるしました、福鼠ふくねずみねむつてゐるし、一人ひとりとしてあいちやんのくのをにするものはありませんでした、みんながもどすだらうとおもつて、あいちやんがあとかへつてると、おとろ[#ルビの「おとろ」はママ]くまいことか、みんなで急須きふすなか福鼠ふくねずみまうとしてました。
なんでもい、もう二其處そこへはかないから!』ひながらあいちやんは、もりなか徒歩おひろひきました。『莫迦ばかげた茶話會さわくわいよ、はじめてたわ!』
 をはるやあいちやんは、一ぽんがあつて、其中そのなか眞直まつすぐ這入はいれるのにがつきました。あいちやんは『これは奇妙きめうだ!』とおもひました。『うして今日けふ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんな奇妙きめうことばかりなんでせう。すぐなかかれさうだわ』つてあいちやんはみました。
 ふたゝあいちやんは細長ほそなが大廣間おほびろまなかの、あのちひさな硝子ガラス洋卓テーブル眞近まぢかました。『まア、今度こんどうまくやらう』と獨語ひとりごと[#「獨語ひとりごとと」はママ]ひながら、そのちひさな黄金こがねかぎつて、花園はなぞのつうずるひらきました。それからあいちやんはきのこ[#「」はママ]めて(衣嚢ポケツトなかつたもう一かけの)ほとんど一しやくばかりの身長せいになつて、そのちひさなみちくだつてき、やがて――あいちやんはつひ赫灼かくしやくとしてあやなる花壇くわだんや、清冽せいれつきくすべき冷泉れいせんのある、そのうつくしき花園はなぞのることをました。
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第八章
 女王樣ぢよわうさま毬投場まりなげば


 一ぽんおほきな薔薇ばらが、ほとんど其花園そのはなぞの中央ちゆうわうつてゐて、しろはないくつもそれにいてゐましたが、其處そこには三にん園丁えんていて、いそがはしげにそれをあか彩色さいしきしてゐました。あいちやんは[#ルビの「こ」はママ]れは奇妙きめうだとおもつて、近寄ちかよつてじつてゐますと、やがて其中そのなか一人ひとりふことには、『をおけよ、なんだね、五點フアイブ!こんなにわたし顏料ゑのぐねかして!』
『そんなことつたつて仕方しかたがない』とねた調子てうし五點フアイブひました。『七點セヴンわたしひぢいたんだもの』
 はれて七點セヴン空嘯そらうそぶき、『さうだよ、五點フアイブ何時いつでもわること他人ひと所爲せゐにするさ!』
園丁の図
おこつたものぢやない!』とつて五點フアイブは『わたし昨日きのふ女王樣ぢよわうさまが、うしてもおまへくびねられるやうなわることをしたとはれるのをいた!』
うしてさ?』と最初さいしよはなしたのがひました。
『おまへつたことぢやない!』と五點フアイブ。『そんならわたしれにはなしてやらう――玉葱たまねぎかはりに欝金香うつこんかう料理人クツクところつてけッて』
 七點セヴンれの刷毛はけし、『さア、なんでもわることは――』はからずも其視線そのしせんが、つてみんなのることをてゐたあいちやんの視線しせん衝突ぶつかつたので、いそいでかれはそれをらしました、ほかものあはせたやうに四邊あたり見廻みまはし、それから一せいこしひくめてお辭儀じぎをしました。
はなしてかしておれな』とあいちやんはおそる/\つて、『何故なぜ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんな薔薇ばらはな彩色さいしきするの?』
五點フアイブ七點セヴンとはなんともはないで二點ツウはうました。二點ツウちひさなこゑで『何故なぜッて、うです、おじやうさん、これは元來ぐわんらいあか薔薇ばらであつたんですがわたしどもがあやまつてしろいのを一つぜたのです、それで、れが女王樣ぢよわうさまのおにとまらうものなら、私共わたしども一人ひとりのこらずみんあたまねられてしまひます。それですから、ねえ、おじやうさん、私共わたしども女王樣ぢよわうさまのおでになる以前まへに、一生懸命しやうけんめいにそれをつてくんです、それ――』此時このときあだか花園はなぞのむかふを氣遣きづかはしげにながめて五點フアイブが、『女王樣ぢよわうさまが!女王樣ぢよわうさまが!』とさけんだので、三にん園丁えんてい直樣すぐさま各自てんで平伏ひれふしました。つゞいておほくの跫音あしおとがしたので、あいちやんは女王樣ぢよわうさまのおかほはいせんとして𤍠心ねつしん[#「執/れんが」、U+24360、125-1]方々はう/″\見廻みまはしました。
 最初さいしよ、十にん兵士へいし棍棒こんぼうたづさへてました、此等これらみんな三にん園丁えんていのやうな恰好かつかうをしてて、長楕圓形ちやうだゑんけいひらたくて、隅々すみ/″\からは手足てあしました、つぎたのは十にん朝臣てうしんで、此等これら一人ひとりのこらず數多あまた菱形金剛石ダイアモンド鏤刻ちりばめて、さき兵士へいしおなじやうに二れつになつてあるいてました。此等これらあとから皇子わうじえました、丁度ちやうどにんらせられて、ちひさな可愛かあい方々かた/″\いとたのしげに、つてお二人ふたかたづゝんでおでになりました、いづれもみん心臟ハートかざりたてられてゐました。つぎたのはおほくの賓客まらうどで、大抵たいてい王樣わうさま女王樣ぢよわうさまとで、そのなかあいちやんは白兎しろうさぎるのをりました、それはさもいそがしさうに、氣短きみじがに[#「氣短きみじがに」はママ]はなしながら、はれる事々こと/″\わらきようじて、あいちやんにはめずにぎました。それからつゞいて心臟ハート軍人ネーブが、眞紅しんく天鵞絨びろうど座布團ざぶとんうへに、王樣わうさまかんむりせてつてました、壯麗さうれい行列ぎやうれつ總殿さうしんがりには、心臟ハート王樣わうさま女王樣ぢよわうさまとがらせられました。
 あいちやんは自分じぶんまた、三にん園丁えんていのやうに平伏ひれふさなければならないかうかは疑問ぎもんでしたが、かつ行列ぎやうれつ出逢であつた場合ばあひ、かうした規則きそくのあることをきませんでした、『行列ぎやうれつなンて一たいなん必要ひつえうがあるのかしら』とおもふと同時どうじに、『人民じんみんどもがみん平伏ひれふさなければならないくらゐなら、いつ行列ぎやうれつないはうましぢやないの?』其故それゆゑあいちやんは自分じぶんところしづかに立停たちどまつてつてゐました。
 行列ぎやうれつあいちやんと相對峙あひたいぢするまですゝんでときに、彼等かれらは一せいとゞまつてあいちやんを打眺うちながめました、女王樣ぢよわうさま嚴肅げんしゆくに、『こは何者なにものぞ?』と心臟ハート軍人ネーブにまでまをされました。心臟ハート軍人ネーブはお辭儀じぎをしたばかりで、わらつてこたへませんでした。
痴人ばかめ!』女王樣ぢよわうさま焦心ぢれッたさうに御自身ごじしんあたましてまをされました、それからあいちやんに振向ふりむいて、『なんまをぢや?子供こども
わたし愛子あいこです、陛下へいかよ』あいちやんはすこぶ恭々うや/\しくまをげました、しかしあいちやんはこゝろうちでは、『たかれた、彼等かれら骨牌かるた一組ひとくみぎないぢやないか。ナニおそれることがあるものか』とおもつてました。
『して此等これら何者なにものか?』女王樣ぢよわうさま薔薇ばらまはりに平伏ひれふしてゐた三にん園丁えんていどもをゆびさしてまをされました、何故なぜふに、彼等かれら俯伏うつぶせにてゐるし、その脊中せなか模樣もやう一組ひとくみ其他そのたのものとおなじことであつて、女王樣ぢよわうさまにはれが、園丁えんていか、兵士へいしか、朝臣てうしんか、また御自分ごじぶんのお子供衆こどもしゆうのお三方さんかたであつたかを、お判別みわけになることがお出來できになりませんでしたから。
如何どうしてわたしぞんじてりませう?』つてあいちやんはみづか其勇氣そのゆうきおどろきました。『それはわたしつたことではありません』
 女王樣ぢよわうさま滿面まんめんしゆをそゝいだやうに眞赤まつかになつておいかりになりました、暫時しばしあひだ野獸やじうごとあいちやんを凝視みつめておでになりましたが、やがて、『あたまばすぞ!ね――』とさけばれました。
莫迦ばかなことを!』とあいちやんは大聲おほごゑ嚴然げんぜんひました。女王樣ぢよわうさまだまつてしまはれました。
 王樣わうさまその女王樣ぢよわうさまかひなにかけされられ、おそる/\まをされました、『かんがへても御覽ごらんなさい、え、たか一人ひとり子供こどもではないか!』
 女王樣ぢよわうさま怒氣どきふくませられ、王樣わうさまから振向ふりむいて軍人ネーブまをされました、『其奴等そやつら顛覆ひつくりかへせ!』
 軍人ネーブ顛覆ひつくりかへしました、きははめて[#「きははめて」はママ]注意ちういして、片脚かたあしもつて。
きよ!』女王樣ぢよわうさまするどおほきなこゑまをされました。三にん園丁等えんていらたゞちにき、王樣わうさまと、女王樣ぢちわうさま[#ルビの「ぢちわうさま」はママ]と、皇子方わうじがたと、それから其他そのたものとに、各々おの/\辭儀じぎをしはじめました。
『そんなことめ!』と女王樣ぢよわうさまさけんで、『眩暈めまひがする』それから薔薇ばら振向ふりむいて、『なにをお前方まへがた此處こゝでしてたのか?』
何卒なにとぞゆるください、陛下へいかよ』二點ツウきはめて謙遜けんそんした調子てうしつて片膝かたひざをつき、『わたしどものりましたことは――』
よろしいわかつた!』つて女王樣ぢよわうさま少時しばし薔薇ばらはな檢査けんさしてられました。
みんあたまねてしまへ!』やがて行列ぎやうれつうごしました。三にん兵士へいし不幸ふこう園丁等えんていらけいしよするためにあとのこりました。園丁等えんていら保護ほごねがひにあいちやんのもとけてました。
ねられやしない大丈夫だいじやうぶよ!』つてあいちやんは、そばにあつたおほきな植木鉢うゑきばちなか彼等かれられました。三にん兵士へいしはそれをながら二三分間ぷんかん彷徨うろ/\してましたが、やがてしづかにものあといてすゝんできました。
のこらずあたまねたか?』と女王樣ぢよわうさまさけばれました。
のこらずあたま御座ございません、陛下へいかのおのぞどほり!』と兵士へいしさけんでこたへました。
『よろしい!』と女王樣ぢよわうさまがおさけびになりました。『なんぢ毬投まりなげをつかまつるか?』
 兵士等へいしらだまつてあいちやんのはうました、とひあきらかにあいちやんにたいしてゞした。
『はい!』と[#ルビの「い」はママ]ちやんがさけびました。
『おで、そんなら!』と女王樣ぢよわうさま聲高こわだかまをされました。あいちやんは其行列そのぎやうれつくははつたものゝ、これからうすることかと大層たいさう怪訝けゞんがつてました。
『それは――それは日和ひよりでした!』あいちやんのそばちひさなこゑがしました。あいちやんは白兎しろうさぎそばいてあるいてたのです、白兎しろうさぎ心配しんぱいさうにあいちやんのかほのぞみました。
『オヤ!』とつてあいちやんは、『――何處どこ公爵夫人こうしやくふじんがおでになるの?』
ッ!ッ!』ちひさなこゑいそがしさうにうさぎひました。つてうさぎ氣遣きづかはしげに自分じぶんかた幾度いくどました、それから爪先つまさきあがり、あいちやんの耳元みゝもとちかくちせて、『あいちやんが死刑しけい宣告せんこくもとにある』とふことをさゝやきました。
うして?』とあいちやん。
『「なん可哀相かあいさうに!』とでもおまへつたのか?』とうさぎきました。
いゝえ、やしなくッてよ』とあいちやんがひました、『ちつとも可哀相かあいさうだとはおもはないわ。わたしは「うして?」とつたのよ』
むすめ女王樣ぢよわうさまみゝなぐつた――』とうさぎはじめました。あいちやんはきやッ/\わらひました。『オイ、だまれ!』とつてうさぎさゝやくやうな調子てうしで、『女王樣ぢよわうさまがおまへことをおきになつた!おまへ女王樣ぢよわうさまおくれておでになつたことをつてるだらう、それで女王樣ぢよわうさまあふせらるゝには――』
『もとへ!』とらいのやうなこゑ女王樣ぢよわうさまさけばれました。人々ひと/″\たがひ衝突ぶつかりまはりながら、四方八方しはうはつぱうけめぐりました。しばらくしてみんなが各々おの/\もと位置ゐちにつくや、競技ゲームはじまりました。あいちやんは是迄これまでにこんな奇妙きめう毬投場まりなげばたことがないとおもひました。それはすみからすみまで數多あまた畦畝うねになつてました、其球そのボールきた針鼠はりねずみつちきた紅鶴べにづるで、それから兵士等へいしらは二れつになつて、緑門アーチつくためあしそばだてました。
 あいちやんのがついただい一の困難こんなんは、紅鶴べにづる取扱とりあつかふことでありました。あいちやんはからだうま自分じぶんわきしたみ、あしれるがまゝになし、くびをば眞直まつすぐさせ、あたまもつ針鼠はりねずみたうとしましたが、それがひねつて、めう容貌かほつきをして、あいちやんのかほたので、あいちやんは可笑をかしさにれず、哄笑ふきだしました。やが今度こんどは、あいちやんがあたましたへやり、ふたゝはじめやうとすると針鼠はりねずみが、自分じぶん仲間外なかまはづれにしたとつておほいいかり、まさらうとする素振そぶりえました。見渡みわたかぎり、あいちやんが針鼠はりねずみおくらうとおもところにはすべ畦畝うねがあつて、二れつになつた兵士へいしつねきて、毬投場グラウンド部分々々ぶゝん/\あるいてゐました。あいちやんはたちまちそれがじつむづかしい競技ゲームだとふことをおもさだめました。
 競技者プレーヤーみん自分じぶんばんるのをたずして同時どうじあそたはむれ、えずあらそつて、針鼠はりねずみらうとしてたゝかつてゐますと、やが女王樣ぢよわうさまいたくお腹立はらだちになり、地鞴踏ぢだんだふみながら、『れのあたまねよ!』さもなければ『其娘そのこあたまねよ!』と一におさけびになりました。
 あいちやんは心中しんちゆうすこぶ不安ふあんかんじました、たしかにあいちやんは女王樣ぢよわうさまとは試合しあひをしませんでしたが、何時いつ其時そのときるだらうと思つて居ました、『さうなつたらわたしうすればいかしら?方々かた/″\おそろしくも、此處こゝ人々ひと/″\あたまねたがつてられるが、それにしてははなは不思議ふしぎことにも、のこつてるもののあることだわ!』
 あいちやんは何處どこ遁路にげみちをとおもつてさがしましたが、不思議ふしぎにも、つからないやうには何處どこへもかれませんでした。やがてあいちやんは空中くうちゆう奇態きたいなものゝあらはれてるのにがつきました、それは最初さいしよはなはあいちやんをまどはしましたが、しばらてゐるうち露出むきだしのだとふことがわかり、あいちやんは獨語ひとりごとひました『朝鮮猫てうせんねこだわ、づこれで談話はなし對手あひて出來できた』
其後そのご御無沙汰ごぶさた御機嫌ごきげんよう?』口切くちきりにねこひました。
 あいちやんは其兩眼そのりやうがんあらはれるのをつて、首肯うなづきました。『それにはなしするのは無駄むだだわ、其兩耳そのりやうみゝないうちは、すくなくとも片耳かたみゝないうちは』とおもつてると、たちま[#「たちまら」はママ]全頭ぜんとうあらはれたので、あいちやんはつて紅鶴べにづるろし、競技ゲームかずかぞはじめました、自分じぶんことみゝかたむけるものが出來できたのを大層たいそうよろこばしくおもつて。ねこいまそれで充分じうぶんだとおもつたか、もうそれ以上いじやう姿すがたせませんでした。
『あれではみんながまつた都合つがふよくあそべるはづがないわ』とあいちやんは不平ふへいがましく、『自分じぶんふことさへ自分じぶんきこえないほどおそろしくあらそつてるんですもの――とくにこれと規則きそくもないらしいのね、ちつとでもしあるとしたならば、れもそれにがついてゐないんだわ――そのかんがへがないため、どのくらゐみんなが秩序しだらなく周章狼狽あはてまはるかれないのよ、たとへば競技場グラウンドはしくのには、是非ぜひともけてかなければならない緑門アーチがあるとふものだわ――わたし唯今たゞいま女王樣ぢよわうさま針鼠はりねずみ蹴鞠けまりをしやうとしたの、さうしたら、それがわたしるのをげてしまつてよ!』
『おまへ女王樣ぢよわうさまがそんなにきかい?』ひくこゑねこきました。
いゝえ、ちつとも』とつてあいちやんは、『女王樣ぢよわうさま隨分ずゐぶん――』丁度ちやうど其時そのときあいちやんは女王樣ぢよわうさま其背後そのうしろ近寄ちかよつて、立聞たちぎゝしておでになるのにがつきましたから、わざとまぎらはして『――多分たぶんちになるでせう、競技ゲームむまでは瞭然はつきりへないけど』
 女王樣ぢよわうさま微笑ほゝゑんですごされました。
はなしをしてるのはだれか?』王樣わうさまあいちやんにちかづきながらまをされました、それから、さもめづらしさうにねこあたまておでになりました。
『それはわたしのお友達ともだちです――朝鮮猫てうせんねこです』とつてあいちやんは、『おそれながら御紹介ごせうかいまをげます』
『そんな容貌かほつきをしたものはまつたこのまん』と王樣わうさままをされました、『それは何時いつでも勝手かつてにわが接吻キツスする』
わたしいたしません』とねこがおことはまをげました。
無禮者ぶれいものめ』と王樣わうさままをされました、『其顏そのかほなんだ!』つてあいちやんの背後うしろへおでになりました。
ねこだとて王樣わうさまはいして差支さしつかへない』とあいちやんがひました。『わたし書物しよもつでそれをみました、何處どこであつたかおぼえてませんが』
よろしい、うつすから』决然けつぜんとして王樣わうさままをされました。やがて其處そこをおとほりになつた女王樣ぢよわうさまにおこゑをかけさせられ、『ねえ!このねこ何處どこかへつてはれまいか?』
 女王樣ぢよわうさまこと大小だいせうかゝはらず、すべての困難こんなん解决かいけつする唯一ゆゐいつ方法はうはふ御存ごぞんじでした。『れのあたまねよ!』と四邊あたりずにまをされました。
しからば、死刑執行者しけいしつかうしやれてまゐらう』とせつまをされて、王樣わうさまいそいでつてお仕舞しまひになりました。
 あいちやんはかへらうとしましたが、いかさけ女王樣ぢよわうさまのおこゑとほくにきこえたので、如何どうなることかとほも競技ゲームてゐました。あいちやんはすでに三にん競技者プレーヤーが、その順番じゆんばんあやまつたために、女王樣ぢよわうさまから死刑しけい宣告せんこくくだされたとふことをきました。やがてあいちやんは、何時いつになれば自分じぶんばんだか一かうわけわからぬ※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんな競技ゲームてゐるのが莫迦々々ばか/\しくなつてたので、それよりも自分じぶん針鼠はりねずみさがしにきました。
 針鼠はりねずみ針鼠はりねずみたゝかつてゐました、それがあいちやんには、二ひき針鼠はりねずみの一ぴき針鼠はりねずみいやうに使つかつて、たがひ勝負しやうぶあらそつてるやうにえました、只一たゞひと厄介やくかいことには、あいちやんの紅鶴べにづる花園はなぞのがはしてつてしまつてたことで、其處そこあいちやんは、それがむなしく一ぽんあがらうとして、それをこゝろみてるのをました。
 あいちやんが紅鶴べにづるとらへてかへつたときには、すでたゝかひがへてて、二ひき針鼠はりねずみ姿すがたえませんでした、『が、それはうでもいとして、緑門アーチみん競技場グラウンド此方側こつちがはから何處どこかへつてしまうかしら』とあいちやんはおもひました。そこでそれがふたゝせないやうに、あいちやんはそれをわきしたみ、それからその友達ともだちほも談話はなしつゞけやうとしてもどつてきました。
 あいちやんが朝鮮猫てうせんねこところかへつてつたときに、其周圍そのしうゐにゐた大勢おほぜい群集ぐんじゆ一方ひとかたならずおどろきました、其處そこには死刑執行者しけいしつかうしやと、王樣わうさまと、それから女王樣ぢよわうさまとのあひだに、いつ爭論さうろんはじまつてゐました、みんほかものまつただまつて、きはめて不快ふくわい容貌かほつきをしてゐるにもかゝはらず、女王樣ぢよわうさまなにからなにまで一人ひとり饒舌しやべつてられました。
 あいちやんは姿すがたせるやいなや、問題もんだい解决かいけつするやうにと三にんから歎願たんぐわんされました。そこ彼等かれらあいちやんに爭論さうろん繰返くりかへしてかせました、みんながのこらず各々おの/\一時いちじはなすので、それを一々いち/\正確せいかくることは、あいちやんにとつて非常ひじよう困難こんなんでありました。
 死刑執行者しけいしつかうしや論據ろんきようでした、それからはなさるべきからだがなければ、あたまることは出來できない、かつてそんなことをしたこともなければ、これからさきとても一生涯しやうがいそんなことらうはづがない。
 王樣わうさま論據ろんきようでした、あたまのあるものならなんでもあたまねることが出來できる、死刑執行者しけいしつかうしやふところもあなが間違まちがつてはない。
 女王樣ぢよわうさま論據ろんきようでした、何事なにごとにせよ、まつた時間じかんえうせずしてうせられなかつたなら、所有あらゆる周圍しうゐたれでもを死刑しけいしよする。(全隊ぜんたいものをして眞面目まじめならしめ、また氣遣きづかはしめたところのものは、最後さいご言葉ことばでした)
 あいちやんはたゞほかにはなんにもかんがへつきませんでした、『それは公爵夫人こうしやくふじん受持うけもちよ、ことなら夫人ふじんたづねたはういわ』
夫人ふじん牢屋らうやる』とつて女王樣ぢよわうさま死刑執行者しけいしつかうしやに、『此處こゝれてまゐれ』そこ死刑執行者しけいしつかうしやごとはしりました。
 ねこあたまれがつてしまうとはじめて、れが公爵夫人こうしやくふじんともなきたつたときに、それがまつたせてました、それゆゑ王樣わうさま死刑執行者しけいしつかうしやとは、其他そのた仲間なかま者等ものらみん競技ゲームかへつてつたあとで、やたら上下うへしたさがまはりました。
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第九章
 海龜うみがめはなし


『まア、なんといふうれしいことでせう、つたのねえ!』つて公爵夫人こうしやくふじん可愛かあいさのあまり、かひなかひなれるばかりに摺寄すりよつて、二人ふたりは一しよあるいてきました。
 あいちやんは、夫人ふじんかる快活くわいくわつ氣性きしやうになつたのをはなはよろこび、あの厨房だいどころ出逢であつたときに、夫人ふじん※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)あんな野蠻やばんめいたことをしたのは、まつた胡椒こせう所爲せゐであつたのだとおもひました。『わたし公爵夫人こうしやくふじんになつたら』とあいちやんは獨語ひとりごとつて(はなは得意とくい口振くちぶりではなかつたが)『まつた厨房だいどころには胡椒こせうかないことにしやう、肉汁スープにはそれがくつてもいわ――屹度きつと何時いつでも胡椒こせうひと苛々いら/\させるにちがひない』としてひとつの新規則しんきそく發見はつけんしたことを非常ひじようよろこびました、『が、ならばッぱくなるし――カミツレさうならばにがくするし――トつて――トつて砂糖さたうやなどでは子供こどもあまやかしてしまうし。みんながつてればいけれども、うすれば※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんな吝々けち/\しないだらうに、ねえ――』
 あいちやんは此時このときまでに、まつた公爵夫人こうしやくふじんわすれてしまつてゐたので、耳元みゝもと夫人ふじんこゑいたときにはすこしくおどろきました。『なにかんがへてるの、え、はなすこともなにわすれてしまつてさ。わたしいまそれについて徳義とくぎうのうのとははない、すこしはつてるけれども』
まつたらないのでせう』とあいちやんはおもつてひました。
『でも、おまへ!』と公爵夫人こうしやくふじんつて、『何事なにごとでも徳義とくぎつてるのさ、よくをつけて御覽ごらん夫人ふじんほもあいちやんのそば近寄ちかよりました。
 あいちやんはそんなに近寄ちかよられるのを非常ひじよういやがりました、だい一、公爵夫人こうしやくふじんはなはみにく容貌ようばうでしたから、それからだい二には、夫人ふじんあいちやんのかたうへに、可厭いやとがつたあごやすめるほどまつた身長せいたかかつたものですから。それでもあいちやんは粗暴そばう振舞ふるまひこのみませんでしたから、出來できるだけそれをしのんでました。『競技ゲームいま工合ぐあひつてる』つてあいちやんはすこしく談話はなしはずませやうとしました。
『さう』とつて公爵夫人こうしやくふじんは、『それにも徳義とくぎがある――「それは、それは友愛いうあいです、それは友愛いうあいです、それは此世このよ圓滑ゑんくわつにするところのものです!」』
だれかゞつたわ』とあいちやんはさゝやいて、『自分じぶん稼業しやうばい忠實ちゆうじつなものはだれでも成功せいこうする!』
『あア、さう!それはおなじやうなことだ』とつて公爵夫人こうしやくふじんあいちやんのかたに、とがつたちひさなあご滅込めりこ[#「滅込めりこむ」はママ]ほどちかられてしました、『それかられの徳義とくぎは――」嗅官しうくわん注意ちういをするのは、やがて音聲おんせい注意ちういをするのとおなじことです」』
『まア、何事なにごとらず、徳義とくぎ見出みいだすことのきなひとだこと!』とあいちやんはおもひました。
『おまへは、何故なぜわたしがおまへかないかと、不思議ふしぎおもつてるにちがひない』良久やゝあつ公爵夫人こうしやくふじんは、『理由わけは、わたしがおまへ紅鶴べにづる性質せいしつあやぶんでるからなの。ひとためしてやうかしら?』
つツつくわ』と、あいちやんは注意ちういしたものゝ、まつたためしてもかまはないとふうで。『う/\』つて公爵夫人こうしやくふじんは、紅鶴べにづる芥子菜からしなとは何方どちらもつッつく。れの徳義とくぎは――『るゐもつあつまる」』
『でも、芥子菜からしなとりではなくつてよ』とあいちやんがひました。
うとも』とつて公爵夫人こうしやくふじんは『なか/\明瞭はつきりとおまへ物事ものごと判別はんべつする!』
『それは鑛物くわうぶつだとおもひます』とあいちやんがひました。
無論むろんさうさ』と公爵夫人こうしやくふじんは、たゞちにあいちやんのふことに賛成さんせいしました、
近所きんじよおほきな芥子菜からしな鑛山くわうざんがある。それで、れの徳義とくぎは――「わたしのがおほければおほいだけおまへのがすくない」』
『えゝ、つててよ!』とあいちやんがさけびました、この最後さいご言葉ことばには頓着とんちやくせずに。『それは植物しよくぶつだわ。ちつとも人間にんげんのやうな恰好かつかうをしちやなくつてよ』
『おまへとほりだ』とつて公爵夫人こうしやくふじんは、『それで、れの徳義とくぎは――「かくすよりあらはるゝはなし」――へれば――「外見ぐわいけんかざるな、いく體裁ていさいばかりつくろつても駄目だめだ、かはづぱりかはづさ」』
大變たいへんわかりました』とあいちやんははなは丁寧ていねいつて、『いてきませう、おぼえてるやうに』
『それほどのものではない』と公爵夫人こうしやくふじんうれしさうにこたへました。
『もうはなしなら澤山たくさんよ』とあいちやん。
『そんなら、さう!』とつて公爵夫人こうしやくふじんは、『いまつたことみんな、わたしがおまへへの贈物おくりものです』
やす贈物おくりものだ!』とあいちやんはおもひました。『わたし誕生日たんじやうび※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなけち贈物おくりものをしてもらひたくない!』しかあいちやんはあへてそれをこゑしてひませんでした。
かんがへてる?』と公爵夫人こうしやくふじんは、そのとがつたちひさなあごでモ一いてひました。
わたしかんがへる權利けんりがあつてよ』とあいちやんが劍突けんつくはせました、すこ煩悶懊惱むしやくしやしてゐたものですから。
丁度ちやうど此位このくらゐ權利けんりだらう』とつて公爵夫人こうしやくふじんは、『ぶたぶくらゐのサ、それで、ト――』
 しか此時このときあいちやんはおどろくまいことか、公爵夫人こうしやくふじんそのきな「徳義とくぎ」と言葉ことばひさしてこゑせ、あいちやんのかひなくさりのやうにむすびついてたそのかひなふるしたのですもの。ると、自分じぶんまへには女王樣ぢよわうさまが、うでこまねいてつてられました、苦蟲にがむしみつぶしたやうな可厭いやかほして。
御機嫌ごきげん如何いかゞらせられますか、陛下へいかよ!』公爵夫人こうしやくふじんひく脾弱ひよわこゑでおうかゞ申上まをしあげました。
なんぢ覺悟かくごをせよ』女王樣ぢよわうさま唐突いきなりこゑいからし、ひながら地韛踏ぢだんだふんで、『あたまねるが、宜いか、たついま!さァ!』
 公爵夫人こうしやくふじんは、さつさとつてしまひました。
競技ゲームまゐれ』と女王樣ぢよわうさまあいちやんにまをされました、あいちやんはおどろきのあま一言ひとことをもませんでしたが、しづかにあといて毬投場まりなげばきました。
 數多あまた賓客まらうど女王樣ぢよわうさまのお留守るすにつけこんで、樹蔭こかげやすんでりました、が、女王樣ぢよわうさまのお姿すがたはいするやいなや、いそいで競技ゲームりかゝりました。女王樣ぢよわうさまたゞ彼等かれらが一ぷんでもおくれゝば、れが彼等かれら生命いのちかゝはつてるとふことだけを注意ちういされました。
 彼等かれら競技ゲームをしてるあひだも、始終しゞゆう女王樣ぢよわうさま競技者プレーヤーあらそひをめませんでした、それで、『かれあたまねよ!』とか、『そのむすめあたまねよ!』とかさけんでられました。女王樣ぢよわうさま宣告せんこくせられた人々ひと/″\は、數多あまた兵士へいしつて禁錮きんこなかれられました、兵士へいし勿論もちろんこれをすためには緑門アーチ形造かたちづくつてることをめねばなりませんでした、其故それゆゑ半時間はんじかん其所そこいらつと緑門アーチひとのこらずくなつてしまひました。それから競技者プレーヤーことごとく、王樣わうさま女王樣ぢよわうさまあいちやんとをのぞいては、禁錮きんこなかれられ、死刑しけい宣告せんこくつばかりでした。
 それから女王樣ぢよわうさまは、きふられやうとしてあいちやんに、『おまへ海龜うみがめたことがあるか?』
いゝえ、どんなのが海龜うみがめですかちつともぞんじません』とあいちやんがひました。
『それで海龜うみがめ肉汁スープ出來できる』と女王樣ぢよわうさままをされました。
わたしひとつもたことがありません、ひとつどころかあたまさへも』とあいちやんがひました。
『そんならおで』とつて女王樣ぢよわうさまは、『それがおまへ上話うへばなしをするだらうから』
 一しよかうとしたときに、あいちやんは王樣わうさま小聲こゞゑで、一たい仲間なかまものどもにはれるのをきました、『みん放免はうめんする』
『さア、それは鹽梅あんばいだ!』とあいちやんは獨語ひとりごとひました、女王樣ぢよわうさま宣告せんこくされた死刑しけい人々ひと/″\を、如何いかにもどくおもつてたところでしたから。
 彼等かれらたゞちにグリフォン(鷲頭獅身しうとうしゝん怪物くわいぶつ)のところて、日向ひなたぽつこ[#「日向ひなたぽつこ」はママ]しながら寢込ねこんでしまひました。『きよ、懈惰者なまけものが』とつて女王樣ぢよわうさまは、『若夫人わかふじんを、海龜うみがめに、またその上話うへばなしきにれてまゐれ。わたしもどつて、宣告せんこくしていた死刑しけい面々めん/\取調とりしらべなければならない』女王樣ぢよわうさまあいちやんばかり一人ひとりグリフォンのところりにしてつてしまはれました。あいちやんはまつた其動物そのどうぶつ容子ようすこのみませんでしたが、それでもだあの野蠻やばん女王樣ぢよわうさまあといてくよりは、それとともとゞまつてはういく安全あんぜんだかれないとおもひました、其故それゆゑあいちやんはつてました。
 グリフォンはすわみ、兩眼りやうがんこす[#「てへん+麾」の「毛」に代えて「手」、U+64F5、151-7]つて、えなくなるまで女王樣ぢよわうさま見戍みまもり、それから得意とくいげに微笑ほゝゑみました。『なん滑稽こつけいな!』とグリフォンは、なか自分じぶんに、なかあいちやんにひました。
なに滑稽こつけいなの?』とあいちやんがひました。
『ソレ、あの女王樣ぢよわうさまサ』とグリフォンがひました。『みんな女王樣ぢよわうさま空想くうさうだ、どうして一人ひとりでも死刑しけい出來できるものか。ねえ。おでよ!』
だれでも大抵たいてい「おでよ!」さァとふものだのに』とおもひながらあいちやんは、しづかにあとからいてきました、『こんなふうはれたのはうまれてからはじめで[#「初めで」はママ]だわ、眞個ほんとうに!』
 彼等かれらはるかずして、遠方ゑんぱう海龜うみがめが、爼形まないたなりちひさないはうへに、かなしさうにもまたさびしさうにすわつてるのをました、彼等かれら段々だん/\近寄ちかよつてときに、あいちやんはれが心臟しんざうくだけよとばかりおほきな溜息ためいきくのをきました。『あいちやんはふかくそれをあはれにおもひました。『なにかなしいのでせう!』とあいちやんがグリフォンにたづねました、グリフォンは以前まへほとんどおなじやうな言葉ことばで、『それはみんあれ空想くうさうだ、なにかなしんでるのではない、ねえ。おでよ!』
 そこ彼等かれら海龜うみがめそばきました、海龜うみがめおほきなに一ぱいなみだめて彼等かれらました、が、なにひませんでした。
『これ若夫人わかふじんが』つてグリフォンは、『夫人ふじんがおまへ上話うへばなしきたいと被仰おツしやッてだ』
はなしませう』とつて海龜うみがめふと銅鑼聲どらごゑで、『おすわりな、二人ふたりとも、それでわたしはなをへるまで、一言ひとことでも饒舌しやべつてはならない』
 そこで彼等かれらすわみました、しばらくのあひだだれはなしませんでした。あいちやんはみづかおもふやう、『何時いつはなへるんだかわたしにはわからないわ、はなはじめもしないでてさ』しかあいちやんは我慢がまんしてつてゐました。
かつて』とつひ海龜うみがめつて、ふか長太息ためいきをして、『わたし實際じつさい海龜うみがめでした』
 なが沈默ちんもくぐにわづかこれだけの言葉ことばでした、それも時々とき/″\グリフォンの『御尤ごもつとも!』と間投詞かんとうしや、えず海龜うみがめくるしさうな歔欷すゝりなきとにさまたげられてえ/″\に。あいちやんはほとんどあがらんばかりになつて、『がたうよ、面白おもしろはなしだわ』つたものゝ、あとければならないとおもつたものですから、しづかにすわつてなにひませんでした。
わたしどもはちひさいときに』とつひ海龜うみがめつゞけました、折々をり/\すこしづゝ歔欷すゝりなきしてたけれども、以前まへよりは沈着おちついて、『わたしどもはうみなか學校がくかうきました。校長先生かうちやうせんせい年老としとつた海龜うみがめでした――わたしどもは先生せんせいかめ先生せんせいらしてゐました。――』
何故なぜかめ先生せんせいッてんだの、うでないものを?』とあいちやんがたづねました。
先生せんせいわたしどもにをしへたから、先生せんせいかめ先生せんせいッてんだのさ』と海龜うみがめ腹立はらだゝしげにつて、『眞個ほんとうにおまへ鈍物どんだね!』
グリフォンと愛ちやんと海龜の図
はづかしくもなくくこんな莫迦ばかげたことかれたものだ』とグリフォンがしました。彼等かれら雙方さうはうともだまつたまゝすわつてあはれなあいちやんをてゐました。あいちやんはあなにもりたいやうながしました。やがてグリフォンが海龜うみがめふには、『もつときをサ!はやくしないとくれるよ!』うながされてやうやかれは、『まつたく、わたしどもはうみなか學校がくかうつたのです、お前方まへがたしんじないかもれないけど―』
けつしてしんじないとはやしなくッてよ!』とあいちやんがくちれました。
『では、しんじて』と海龜うみがめ
だまつてけ!』あいちやんが饒舌しやべしさうなので、グリフォンが注意ちういしました。海龜うみがめほもつゞけて、――
わたしどもは最上さいじやう教育けういくけました――實際じつさいわたしどもは毎日まいにち學校がくかうきました――』
わたしだつても學校がくかう時代じだいはあつてよ』とつてあいちやんは、『そんなに自慢じまんしなくッてもいわ』
殊更ことさらに!』とすこ氣遣きづかはしげに海龜うみがめひました。
『さうよ』とつてあいちやんは、『私達わたしたち佛蘭西語フランスご音樂おんがくとをならつたわ』
『そんなら洗濯せんだくは?』と海龜うみがめひました。
まつたならはないの!』と、あいちやんは口惜くやしさう。
『あァ!それならおまへのは眞個ほんとう學校がくかうではなかつたのだ』と海龜うみがめだいなる確信かくしんもつて、『いまわたしどものはうでは※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなものはみん課目表くわもくへうをはりにある、「佛蘭西語フランスごや、音樂おんがくや、それから洗濯せんだく――其他そのた」』
うみそこんでるのに、そんなになに必要ひつえうはないわ』とあいちやん。
わたしはそれをならふために授業じゆげふけてはゐませんでした』とつて海龜うみがめ長太息ためいきし、『わたしたゞ規則きそくどほりの課程くわていんだゝけです』
『それはんなの?』とあいちやんがたづねました。
つむぐことゝることサ、無論むろんはじめから』と海龜うみがめこたへて、『それから算術さんじゆつの四そく、――野心やしん亂心らんしん醜飾しうしよく、それに嘲弄てうろう
『「醜飾しうしよく」なンていたことがないわ』とあいちやんが一ぽんみました。『一たいそれはどんなこと!』
 グリフォンはおどろきのあま前足まへあし兩方りやうはうとも持上もちあげました。『醜飾しうしよくなんていたことがないね!』とさけんで、『おまへ裝飾さうしよくするッてなんことだかつてるだらう、え?』
『えゝ』とあいちやんは生返辭なまへんじをして――、『その意味いみは――す――するッて――なにかを――もつと綺麗きれいにするッて』
『よし、それなら』とグリフォンはつゞけて、『醜飾しうよしよく[#ルビの「しうよしよく」はママ]するとふことをらないならおまへ愚人ばかだ』
 あいちやんはれについて質問しつもんする勇氣ゆうきなにくなつてしまひ、海龜うみがめはう振向ふりむき、『ほかなにならつて!』
『さうね、不思議ふしぎなこと』と海龜うみがめこたへて、いはうへ目録もくろくかぞしました、『――不思議ふしぎこと古今こゝんわたれる大海學だいかいがくの、それから懶聲なまけごゑすこと――懶聲なまけごゑ先生せんせい年老としとつた海鰻はもで、一しうることになつてました、かれわたしどもに懶聲なまけごゑすことゝ、びをすることゝ、それから蜷局とぐろくことゝををしへました』
『それはなにきだつたの?』とあいちやんがひました。
『さァ、わたしにはそれをおまへにやつてせられない』と海龜うみがめつて、『からだあま岩疊がんじようだから。それでグリフォンもけつしてそれをならひませんでした』
時間じかんがなかつたんだもの』とつてグリフォンは、『でも、わたし古典學こてんがく先生せんせいところきました。先生せんせい年老としとつたかにでした、まつたく』
わたしは一先生せんせいところきませんでした』とつて海龜うみがめ長太息ためいきし、『その先生せんせいわらふことゝかなしむことゝををしへてゐたさうです』
うかい、さうかい』とつてグリフォンは、自分じぶんばんたとはぬばかりに、これもまた長太息ためいききました、それから二ひき動物どうぶつかほをその前足まへあしおほかくしました。
『そんなら一にち何時間なんじかんまへ稽古けいこをしたの?』とあいちやんは話題はなしへやうとしていそいでひました。
はじめのは十時間じかん』と海龜うみがめつて、『つぎは九時間じかん、それからずッとそんなふうに』
奇妙きめう仕方しかただわね!』とあいちやんがさけびました。
『それだかられが學科がくくわはれるのです』とグリフォンが注意ちういしました、『うして毎日々々まいにち/\ならひくづしになつてくのです』
 これはまつたあいちやんには耳新みゝあたらしい事柄ことがらでした、あいちやんはしばらかんがへてゐましたが、『それで十一日目じふいちにちめには日曜にちえふだつたでせう』
無論むろんうでした』と海龜うみがめ
『では十二日目にちめにはうしたの?』とあいちやんが熱心ねつしんつゞけました。
『それで學課がくくわこと澤山たくさんだ』とグリフォンは决然きつぱりつて、『なに遊戯いうぎについて其娘そのこはなしてやれ』
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第十章
 えび舞踏ぶたう


 海龜うみがめふかくも長太息ためいきいて、その眼前がんぜんかゝれる一まい屏風岩べうぶいは引寄ひきよせました。かれあいちやんのはうて、談話はなしをしやうとしましたが、しばらくのあひだ歔欷すゝりなきのためにこゑませんでした。『まる咽喉のどほねでもつかへてゐるやうだ』とつてグリフォンは、其背中そのせなかゆすつたりいたりしはじめました。つひ海龜うみがめこゑなほりましたが、なみだほゝつたはつて――
『おまへにはながうみしたんでることが出來できなかつたらう――』(『んぢやなかつたわ』とあいちやんがひました)『それで多分たぶんえびには紹介せうかいされなかつたらうね――』(あいちやんは『何時いつべたことがあつてよ――』としました、がいそいでめて、『いゝえ、まつたくないのよ』となほしました)『――ではおまへえび舞踏ぶたうんなに面白おもしろいものだからないね!』
『さうよ』とつてあいちやんは、『それはどんなふう舞踏ぶたう?』
うさね』とつてグリフォンは、『最初さいしよ海岸かいがん沿うて一れつをつくる――』
『二れつさ!』と海龜うみがめさけんで、『おほくの海豹あざらしや、海龜うみがめなぞが、それから往來わうらい邪魔じやまになる海月くらげぱらふ――』
『それは大抵たいてい二三時間じかんかゝる』とグリフォンがくちれました。
『――二すゝむ――』
各々おの/\ぴきえび相手あひてに!』とグリフォンがさけびました。
勿論もちろん』と海龜うみがめつて、『二すゝんで、相手あひて打棄放うつちやりぱなしにする――』
『――えびへて、順々じゆん/″\あと退しざつてる』とグリフォンがつゞけました。
『それで、ねえ』と海龜うみがめつゞけて、『おまへげる――』
えびを!』とさけんでグリフォンは、空中くうちゆうあがりました。
『――せい一ぱいはるかのうみへ――』
其後そのあとからおよいでく!』とグリフォンがさけびました。
うみなか筋斗返とんぼがへりをする!』とさけんで海龜うみがめは、やたらまはりました。
『も一えびへる!』とグリフォン。
ふたゝりくかへる、それで――それが第一だいいち歩調ほてうすべてゞある』と海龜うみがめは、にはかにこゑおとしてひました。始終しゞゆうくるつたやうにまはつてた二ひき動物どうぶつは、きはめてかなしげにもまたしづかにふたゝすわみ、あいちやんのはうながめました。
『それは屹度きつと大層たいそう結構けつかう舞踏ぶたうちがひないわ』とあいちやんがおそる/\ひました。
すこたいだらう?』と海龜うみがめひました。
澤山たくさんたいわ、眞個ほんとうに』とあいちやん。
『どれ、第一だいいち歩調ほてうをやつてよう!』と海龜うみがめがグリフォンにひました。『えびがなくても出來できるだらう、何方どつちうたはう?』
『さうだ、おまへうたへ』とグリフォンがひました。『わたし全然すつかり言葉ことばわすれてしまつた。
 そこ彼等かれら正式せいしきあいちやんのまはりをぐる/\をどまはりました、あまちかづきぎて時々とき/″\そのあしゆびんだり、拍子ひやうしるために前足まへあしつたりして、あひだ海龜うみがめしづかにまたかなしげにうたひました、――

『もつと素早すばや何故なぜゆけぬ?』と蝸牛でゝむかつて胡粉ごふんつた、
海豚いるか背後うしろで、尻尾しつぽむに。
 えびかめとが一生懸命しやうけんめいすゝんでくは!
 みんつてるかはらうへに――さア/\一しよをどらぬか?
 おでよ、おで、おでよ、おで、さア/\一しよをどらぬか?
 おでよ、おで、おでよ、おで、さア/\一しよをどらぬか?

『ほんとにらぬかうれしさを、
 手玉てだまられてうみはうとほく、えびと一しよげられるときの!』
 蝸牛かたつむりめがこたへてつた、『はやい、はやい!』と横目よこめめて――
 眞白ましろ胡粉ごふんしんからしやして、それでもをどりの仲間なかまにやらず。
 仲間なかまにならぬか、仲間なかまにおなり、仲間なかまにおなりよ、仲間なかまにおなり、一しよはいつてをどらんせ。

とほくへちまつてうするつもり?』と、おなうろこ友達ともだちつた。
『もひと海岸かいがんが、むかふのはうに。
 英吉利イギリスはなれて佛蘭西フランスちかく――
 かへるな可愛かあいい、蒼白あをじろ蝸牛でゝよ、さア/\一しよをどらんせ。
 をどれよ、をどれ、 をどれよ、をどれ、さア/\一しよをどらぬか?
 をどれよ、をどれ、 をどれよ、をどれ、さア/\一しよをどらぬか?』

有難ありがたう、てると却々なか/\面白おもしろ舞踏ぶたうだわ』とつてあいちやんは、やうやくそれがんだのをうれしくおもひました、『わたし奇妙きめう胡粉ごふんうた大好だいすきよ!』
『ナニ、胡粉ごふんだつて』とつて海龜うみがめは、『彼等かれらが――勿論もちろん、おまへはそれをたことがあるんだらう?』
うよ』とつてあいちやんは、度々たび/\それをてよ、御馳ごち――』ひかけてきふくちつぐんでしまひました。
何處どこ御馳ごちなンてものがあるか』とつて海龜うみがめは、『だが、しおまへがそんなに度々たび/\それをたならば、無論むろんまへはそれのきなものつてるだらう』
『えゝ、つてゝよ』とあいちやんは小癪こしやくにもこたへて、『なかのやうなものがあるのは――それはみんくづですッて』
くづだなんてつては間違まちがひだ』と海龜うみがめひました、『くづみんうみなかあらながす。でも、なかにはのやうなものがある、理由わけは――』海龜うみがめあくびをして、それからつぶり、『其理由そのわけ悉皆すつかりむすめはなしてやれとグリフォンにひました。
『その理由わけは』とつてグリフォンは、『それは何時いつでもえびと一しよ舞踏ぶたうをする。其故それゆゑみんうみなかはふまれる。それでなが道程みちのりちてかなければなりませんでした。そのためなかのやうなものがあるので、そのふたゝそとすことは出來できません。それだけのことです』
『ありがたう』とつてあいちやんは、『隨分ずゐぶん面白おもしろいのね。いままでらなかつたのよ、そんなに澤山たくさん胡粉ごふんのことについては』
きなら、もつといくらでもはなす』とグリフォンがひました。『それが胡粉ごふんばれる理由わけは?』
※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)そんなことかんがへてたことがなくつてよ』とつてあいちやんは、『何故なぜさ?』
『それは長靴ながぐつにもなれば短靴たんぐつにもなる』とグリフォンがすこぶおごそかにこたへました。
 あいちやんはなになんだか薩張さつぱり道理わけわからず、『長靴ながぐつにもなれは[#「なれは」はママ]半靴はんぐつにもなる!』と不審いぶかしげな調子てうし繰返くりかへしました。
『それ、おまへくつなんうなつてる?』とつてグリフォンは、『なんだとふことさ、そんなにひかつてるのは?』
 あいちやんはそれをながらしばらかんがへてましたが、『それはまつた靴墨くつずみ所爲せゐだわ』
海底かいてい長靴ながぐつ半靴はんぐつは』とグリフォンが重々おも/\しいこゑつゞけて、『胡粉ごふんけてる。うだ、わかつたらう』
『そんなら、それはなにから製造つくられるの?』とあいちやんはさも物珍ものめづらしさうにたづねました。
靴底魚したひらめうなぎとでサ、勿論もちろん』とグリフォンは焦心じれッたさうにこたへて、『えびけ』
わたし胡粉ごふんだつたら』とつてあいちやんは、うたのことをおもひながら、『わたしなら海豚いるかつてやつたものを、「おかへりよ、おまへなんぞとは一しよたくもない!」ッて』
みん仕方しかたなしに一しよたんだ』と海龜うみがめひました、『どんなかしこさかなでも、海豚いるかれなくては何處どこへもけやしないもの』
うかしら?』と如何いかにもおどろいたやうにあいちやんがひました。
無論むろんうとも』とつて海龜うみがめは、『だから、さかなわたしところて、旅行りよかう出懸でかけるンですがとはなすならば、わたし何時いつでも「どんな海豚いるかと一しよに?」とたづねる』
『ナニ、「るか」ですッて?』とあいちやんがひました。
いまつたとほりさ』と海龜うみがめ腹立はらだゝしげにこたへました。そこでグリフォンが、『さァ、なにかおまへ冐險談ばうけんだんかう』
冐險談ばうけんだんをしませうか――今朝けさからはじめて』とつてあいちやんはおそる々々[#「おそる々々」はママ]、『でも、昨日きのふにまで後戻あともどりするにはおよばなくつてよ、何故なぜッて、わたし其時そのときにはちがつた人間にんげんだつたのですもの』
理由わけだかみんつて御覽ごらん』と海龜うみがめひました。
いゝえ、いゝえ!冐險談ばうけんだんき』つてグリフォンは焦心じれッたさうに、『説明せつめいなンて、時間じかんばかりかゝつて仕方しかたがない』
 そこあいちやんは、最初さいしよ白兎しろうさぎときからの冐險談ばうけんだん彼等かれらはなしてかせました。はじめのうち心後きおくれしてだまつてますと、二ひき動物どうぶつがそのそば近寄ちかよつてました、みぎひだりに一ぴきづゝくちとを開けるだけおほきくいて、でも、あいちやんは元氣げんきしてはなつゞけました。聽衆てうしゆうあいちやんが毛蟲けむしに、『うら老爺ぢいさん』を復誦ふくせうしてかすだんになるまでは、まつたしづかにしてゐましたが、全然まるで間違まちがつたことばかりふので、海龜うみがめあきかへつて、『可笑をかしなこと』
眞個ほんとう莫迦ばかげてる』とグリフォンがひました。
のこらずちがつてる!』とかんがいた揚句あげく海龜うみがめひました。『もう一復誦ふくせうしてれッて、むすめへ』れはあだかあいちやん以上いじやう權威けんゐつてゞもるかのやうに、グリフォンのはうかへりみました。
つて、やりなほせ、今度こんどは「懶惰者なまけものこゑ」を』とグリフォンがひました。
『まァ、可厭いや動物どうぶつだこと、ひと命令いひつけたり、ひと學課がくくわのやりなほしをさせたりして!』とあいちやんはおもひました。『丁度ちやうど學校がくかうるやうだわ』つてあいちやんはあがり、それを復誦ふくせうはじめました、が、まつた夢中むちゆうえび舞踏ぶたうのことばかりおもつてゐて、自分じぶん自分じぶんなにつてるのか、ほとんどりませんでした、其故それゆゑそのことばはなは[#「はなはた」はママ]奇妙きめうなものになつてしまひました。
『あれはたしかに、えびこゑ
 「莫迦ばか眞赤まつかけすぎた、あたま砂糖さたうをかけてくれ」
 あひるまぶたでするやうに、えびみづかはな
 おびしめぼたんかけかため、あしゆびのこらず裏返うらがへす。
 はま眞砂まさご乾上ひあがときは、たのしさうにも雲雀ひばりのやうに、
 ふかやつらの惡口わるくちへど、
 しは[#ルビの「しは」はママ]あがつて數多あまたふかが、
 れば臆病おくびやうふるごゑ
『それはわたし子供こどもときに、始終しゞゆう口癖くちぐせのやうにつてたのとはちがふ』とグリフォンがひました。
うさ、わたしもこれまでいたことがない』とつて海龜うみがめは、『めう寐言ねごとだこと』
 あいちやんはなんにもはず、兩手りやうてかほおさえてすわみました、うなることかと心配しんぱいしながら。
『どうか説明せつめいしてもらひたいものだ』と海龜うみがめひました。
『あの説明せつめい出來できるものか』とあはたゞしくつてグリフォンは、『それよりもつぎせつねがひませう』
『だが、あしゆびことだらうね?』と海龜うみがめねんしました。うしてはなれを裏返うらがへすことが出來できたかえ?』
『それは舞踏ぶたう第一だいいち姿勢しせいだわ』とつたものゝあいちやんは、まつた當惑たうわくしたので、しきりに話頭はなしへやうとしました。
つぎせつねがひます』とグリフォンがふたゝひました、『それは「にはとほとき」とふのがはじめだ』
 あいちやんはけつしてさからはうとはしませんでした、屹度きつとのこらず間違まちがふだらうとはおもひましたが、それでもふるごゑで、――
にはとほとき、ちらとた、
 へうふくろ饅頭まんぢう分配ぶんぱい
 へう外皮かはやら、にくやら、肉汁スープ
 ふくろ馳走ちさうさらもらうた。
 饅頭まんぢうへたら、お土産みやげに、
 ふくろ衣嚢かくしさじれた、
 へう小刀ナイフ肉叉にくさじを、
 しまうて、どうやら酒宴さかもりが――』
品物しなものばかりならてたつてなんやくつか?』と海龜うみがめさへぎつて、『いくつても説明せつめいしないから。こんなに錯雜紛糾ごたくさしたことをいたことがない!』
『さうさ、だから廢止よしはうぽどい』とグリフォンがひました、あいちやんもそれには大賛成だいさんせいでした。
えび舞踏ぶたうのモひとつの歩調ほてうをやつてやうか?』とグリフォンはつゞけて、『それとも海龜うみがめにもひとうたうたつてもらはうか?』
うね、うたはういわ、萬望どうぞ海龜うみがめの』とあいちやんが熱心ねつしんこたへました、グリフォンはすこぶ不滿ふまんさうに、『フム!面白おもしろくでもない!「海龜うみがめ肉汁スープ」なんぞ、なん老耄奴おいぼれめが?』
 海龜うみがめふかくも長太息ためいきいて、歔欷すゝりなきしながらむせぶやうなこゑで、かううたひました、――

見事みごと肉汁スープ澤山たくさんこぼれさう、
 あつたかさうなさらに!
 こゞまにやへぬ?
 ばん肉汁スープ見事みごと肉汁スープ
 ばん肉汁スープ見事みごと肉汁スープ
   い――ごとなスウ――ウプ!
   い――ごとなスウ――ウプ!
 ばア――あン――の――スウ――ウプ、
   見事みごとな、見事みごとな、肉汁スープ!』

見事みごと肉汁スープさかなだれの、
 競技ゲームか、それともなんさら
 二せんでも廉價やすい?
 見事みごと肉汁スープ
 一せんりよか?
   い――ごとなスウ――ウプ!
   い――ごとなスウ――ウプ!
 ばア――あン――の――スウ――ウプ、
    見事みごとな、い――ごとな肉汁スープ!』

『モ一度いちど合唱がつせうを!』とグリフォンがさけびました、海龜うみがめがそれを繰返くりかへさうとしたとき丁度ちやうど、『審問しんもんはじめ!』のさけごゑ遠方えんぱうきこえました。
『それッ!』とひさまグリフォンは、あいちやんのつていそ立去たちさりました、うたをはるをたずして。
なん審問しんもん?』あいちやんはあへぎ/\けました、グリフォンはたゞ『それッ!』とさけんだのみで、益々ます/\はやはしりました、かぜうたふし、――

『ばア――あン――のスウ――ウプ、
   見事みごとな、見事みごとな、肉汁スープ!』
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第十一章
 栗饅頭くりまんぢう裁判さいばん


 心臟ハート王樣わうさま女王樣ぢよわうさまとがおちやくになり、玉座ぎよくざにつかせられましたとき多勢おほぜいのものどもが其周そのまはりにあつまつてました――骨牌カルタつゝみおなじやうな、小鳥ことりけもののこらず、軍人ネーブくさりつながれて、御前ごぜんつてゐました、左右さいうから二人ふたり兵士へいし護衞ごゑいされて、王樣わうさまのおそばには、片手かたて喇叭らつぱ片手かたて羊皮紙やうひし卷物まきものつた白兎しろうさぎました。法廷ほふてい眞中まんなかには一きやく洋卓テーブルがあつた、其上そのうへには栗饅頭くりまんぢうおほきなさらつてゐました、るからに美味うまさうなので、あいちやんはうかしてそれをべてたくてたまりませんでした――『審問しんもんはじまればいが』とも、また、『その菓子くわしまはしてしいナ!』ともおもひましたが、却々なか/\そんな機會きくわいさうにもありませんでした、あいちやんは所在しよざいなさに四邊あたりながはじめました。
「法廷」のキャプション付きの図
法廷

 あいちやんはかつ法廷ほふていつたことがありませんでした、たゞそれを書物しよもつんだばかりでしたが、それでも其處そこにある大抵たいていものることが出來できたので、非常ひじやうよろこんでゐました。『あれが裁判官さいばんくわんだわ』あいちやんは獨語ひとりごとつて、
『だつて、おほきなかつらけてゝよ』
 裁判官さいばんくわんつひでに、王樣わうさまがなされました。王樣わうさまかつらうへかんむりいたゞき、如何いかにも不愉快ふゆくわいさうにえました、それのみならず、それはすこしも似合にあひませんでした。
『それから、あれが裁判官さいばんくわんせきなのよ』とあいちやんはおもひながら、『それで、あの十二の動物どうぶつは』(あいちやんはいやでもおうでも動物どうぶつはないわけにはきませんでした、でもなかには動物どうぶつれば、またとりたのですもの)『屹度きつと陪審人ばいしんにんなんだわ』あいちやんは最後さいごことば獨語ひとりごとのやうに二三繰返くりかへし/\、誇顏ほこりがは[#ルビの「ほこりがは」はママ]ひました、何故なぜといふに、自分じぶんぐらゐ年齡格好としかつかう小娘こむすめで、まつた其意味そのいみつてるのははなはまれだと實際じつさいあいちやんはおもつてゐましたから。けれども『陪審官ばいしんくわん』とつたはうが一そうたゞしいのです。
 十二の陪審人ばいしんにんみんいそがしさうに石盤せきばんいてゐました。『なにみんなでてるんでせう?』とあいちやんはグリフォンにさゝやいて、『審問しんもんはじまらないので、だそんなになにくことがないんだわ』
銘々めい/\自分じぶんいてるんだ』とグリフォンがこたへて、『審問しんもんむまでにわすれてしまふとこまるから』
愚物ばかだわねえ!』とあいちやんはおほきなこゑ齒痒はがゆさうにしましたが、『だまれ!』と白兎しろうさぎさけんだので、いそいでめました。王樣わうさま眼鏡めがねをかけ、だれはなしたのかとおもつて、きよろ/\四邊あたり見廻みまはされました。
 あいちやんは陪審人ばいしんにんのこらず石盤せきばんに、『愚物ばかだわねえ!』ときつけてゐるのを、みんなの肩越かたごしに全然すつかりました、それのみならずあいちやんは、うちひとつが「愚物ばか」といていかわからないので、そのとなりのにいてたことまでもりました、『きれいによごれてしまふだらう、石盤せきばんが、審問しんもんむまでには!』とあいちやんはおもひました。
 陪審人ばいしんにんひとつが鉛筆えんぴつきしらせました。つことをゆるされないにもかゝはらずあいちやんは、法廷ほふていまはつて背後うしろき、すきねらつて手早てばやくそれをりました。あまりに敏捷すばしこくやられたので、可哀相かあいさうちひさな陪審人ばいしんにんは(それは蜥蜴とかげ甚公じんこうでした)茫然ぼんやりしてしまひました、くまなくさがまはつたが見當みあたらず、餘儀よぎなくはそれから一ぽんゆびいてゐました、が、それはほとんどようをなしませんでした、石盤せきばんなん痕跡あとのこらぬので。
使者ししやよ、告訴こくそめ!』と王樣わうさままをされました。
 そこ白兎しろうさぎは三たび喇叭らつぱき、それから羊皮紙やうひし卷物まきものひらいて、つぎのやうにみました。
心臟ハート女王樣ぢよわうさま栗饅頭くりまんぢうつくつた、
  なつみんな、
 心臟ハート軍人ネーブ栗饅頭くりまんぢうぬすんで、
  みんつてげた!』
判决はんけつは』と王樣わうさま陪審官ばいしんくわんまをされました。
だ、/\!』とうさぎいそいでさへぎつて、『その以前まへべきこと澤山たくさんあります!』
第一だいいち證人しようにんせ』と王樣わうさままをされました。白兎しろうさぎは三たび喇叭らつぱいて『第一だいいち證人しようにん!』とこゑをかけました。
 第一だいいち證人しようにん帽子屋ばうしやでした。かれ片手かたて茶碗ちやわん片手かたて牛酪麺麭バターパンかけつてはいつてました。『おゆるしあれ、陛下へいかよ』とつてかれは、『こんなものみまして、でも、おしになりましたとき、おちやみかけてましたものですから。』
んではづだが』と王樣わうさままをされました。『何時いつはじめたのか?』
 帽子屋ばうしやは、福鼠ふくねずみつて、あとからつゞいて法廷ほふていはいつてた三月兎ぐわつうさぎて、『三ぐわつの十四だつたとおもひます』とひました。
『十五にち』と三月兎ぐわつうさぎひました。
『十六にち』と福鼠ふくねずみひました。
『それをきつけとけ』と王樣わうさま陪審官ばいしんくわんまをされました、陪審官ばいしんくわん熱心ねつしんにその石盤せきばんに三つのきつけました、それからなんでもかまはずこたへを列記れつきしました。
『おまへ帽子ばうしげ』と王樣わうさま帽子屋ぼうしやまをされました。
わたしのではありません』と帽子屋ばうしやひました。
ぬすんだナ!』と王樣わうさま陪審官ばいしんくわんかへりみながらさけばれました、陪審官ばいしんくわんえず事實じゞつ備忘録びばうろくつくつてゐました。
わたしためにそれをつてるのです』と帽子屋ばうしや説明せつめいのやうにしました、『自分じぶんもの一個ひとつちません。わたし帽子屋ばうしやですもの』
 そこ女王樣ぢよわうさま眼鏡めがねをかけ、氣味きみわるほど帽子屋ばうしや凝視みつめられました、帽子屋ばうしやさをになつてふるへてゐました。
證據しやうこやある』と王樣わうさままをされました、『おそれることはない、はやへ、さもなければ即座そくざ死刑しけいだ』
 これではまつた證人しようにん元氣げんきづかうはづがありませんでした、ぱりぶる/\ふるへながら、氣遣きづかはしげに女王樣ぢよわうさまはうましたが、やがて無我夢中むがむちゆうで、つて茶腕ちやわん[#「茶腕」はママ]牛酪麭麺バターぱん[#「麭麺」はママ]間違まちがへて、一破片かけおほきくかじりました。
 するとたちまあいちやんはめう心地きもちがしてたので、うしたことかとはなは不審ふしんおもつてますと、たもや段々だん/\おほきくなりはじめました、あいちやんは最初さいしよあがつて法廷ほふていやうとしましたが、かんがなほして今度こんどは、空場所あきばしよのあるあひだうしてやうと决心けつしんしました。
『そんなにすな』とあいちやんのぎにすわつて福鼠ふくねずみひました。『呼吸いきけやしない』
仕方しかたがないわ』とあいちやんはやさしいこゑで、『おほきくなるんですもの』
『おまへには此處こゝおほきくなる權利けんりちつともい』と福鼠ふくねずみひました。
莫迦ばかなことをおひでない』とつてあいちやんは大膽だいたんにも、『おまへだつてもおほきくなつてるぢやないの』
うさ、だけどわたしおほきくなりかたほふかなつてる』とつて福鼠ふくねずみは、『そんな滑稽をかしふうぢやない』そこ忌々いま/\しさうにあがり、法廷ほふていかはえてきました。
 此間このあひだ始終しゞゆう女王樣ぢよわうさまけつして帽子屋ばうしやからはなされませんでした。丁度ちやうど福鼠ふくねずみ法廷ほふてい横切よこぎつたときに、女王樣ぢよわうさま廷丁てい/\一人ひとりに、『この以前まへ音樂會おんがくくわいの、演奏者えんそうしや名簿めいぼつてまゐれ』とあふせられました、これをいてあはれな帽子屋ばうしやは、ふるをのゝいて、穿いてたくつなにいでしまひました。
證據しようこやある』と王樣わうさま腹立はらだたしげに繰返くりかへされました、『いなら死刑しけいだ、るかいかはやまをせ』
『おたすくださいませ、陛下へいかよ』と帽子屋ばうしやふるごゑで、『――おちやんではませんでした――もうほとんど一週間しうかん以上いじやうみません――オヤ、牛酪麺麭バターぱん莫迦ばかうすくなつた――一寸ちよつとに――』
一寸ちよつとなにが?』と王樣わうさままをされました。
はじめ、おちやまをしたのです』と帽子屋ばうしや瞹昧あいまいこたへました。
勿論もちろん一寸ちよつとことばはじめにもがつくが!』と王樣わうさま棘々とげ/\しくまをされました。『れを侮辱ぶじよくするか?え!』
『おたすくださいませ』と帽子屋ばうしやつゞけて、『なんだか澤山たくさんうしろにちら/\してます――はなしをしたのは三月兎ぐわつうさぎだけです――』
『しません!』と三月兎ぐわつうさぎ大急おほいそぎでさへぎりました。
『した!』と帽子屋ばうしや
『しない!』と三月兎ぐわつうさぎ
屹度きつとしないとまをすか』とつて王樣わうさまは、『もうせ』
『まァ、それはかく福鼠ふくねずみふには――』と帽子屋ばうしやつゞけて、しや打消うちけされはしないかと、心配しんぱいさうに四邊あたり見廻みまはしましたが、福鼠ふくねずみ打消うちけすどころか、もうとツくに熟睡ねこんでました。
』と帽子屋ばうしやつゞけて、『わたしはもッと牛酪麺麭バターぱんりました――』
しかなに福鼠ふくねずみつたのか?』と陪審官ばいしんくわん一人ひとりたづねました。
おもせません』と帽子屋ばうしやひました。
おぼえてるはづだが』とつて王樣わうさまは、『さもなければなんぢ死刑しけいしよす』
 不憫ふびんにも帽子屋ばうしやは、茶腕ちやわん[#「茶腕」はママ]牛酪麺麭バターぱんとをおとしてしまひ、片膝かたひざついて、『おたすくださいませ、陛下へいかよ』とはじめました。
『おまへ如何いかにも可哀相かあいさうなものだ』と王樣わうさままをされました。
 そこで一ぴきぶたなんとかつて喝采かつさいしましたが、たゞちに廷丁てい/\のために制止とめられました。(それは漢語交かんごまじりでや六ヶ言葉ことばでしたが、説明せつめいすれば、みんなで、おほきな麻布あさふくろなかへ、最初さいしよあたまつたぶたそつれ、そのくち緊乎しつかいとしばり、それからうへすわれとふことでした)
うしたら※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)どんな面白おもしろいでせう』とあいちやんはおもひました。『わたし審問しんもんをはりに「傍聽人ばうちやうにん喝釆かつさい[#「喝釆」はママ]しやうとして、たゞちに數多あまた廷丁てい/\どもに制止とめられた」とふことを、屡々しば/\新聞しんぶんんではましたが、それが意味いみだかわかりませんでした。』
よろしい、さがれ』と王樣わうさまがおつゞけになりました。
『もうこれよりさがれません』と帽子屋ばうしやひました。『御覽ごらんとほゆかうへります』
しからばすわれ』と王樣わうさまがおこたへになりました。
 そこぶた喝釆かつさい[#「喝釆」はママ]しましたが、制止とめられました。
『さァ、もうい!』とあいちやんはおもひました。『これで安心あんしん
わたしはおちやませてしまひたう御座ございます』とつて帽子屋ばうしや氣遣きづかはしげに、女王樣ぢよわうさまはうました、女王樣ぢよわうさま演奏者えんそうしや名簿めいぼんでられました。
つてもい』と王樣わうさままをされました、帽子屋ばうしやいそいで法廷ほふていました、くつをも穿きあへず。
『――それ、あたまねとばせ』と女王樣ぢよわうさま一人ひとり廷丁てい/\まをされました、が帽子屋ばうしや姿すがたは、廷丁てい/\戸口とぐちまでかないうちえなくなりました。
つぎなる證人しようにんべ!』と王樣わうさままをされました。
 つぎなる證人しようにん公爵夫人こうしやくふじん料理人クツクでした。料理人クツク片手かたて胡椒こせうはこもつました、あいちやんはすでかれ法廷ほふていはいらぬまへに、戸口とぐちちかく、通路とほりみち人民じんみんどもが、きふくさめをしはじめたので、たゞちにそれがだれであつたかを推察すゐさつしました。
證據しようこは』と王樣わうさままをされました。
御座ございません』と料理人クツク
 王樣わうさま氣遣きづかはしげに白兎しろうさぎ御覽ごらんになりました、白兎しろうさぎ低聲こゞゑで、『陛下へいか證人しようにん相手方あひてかた證人しようにん詰問きつもんせらるゝ必要ひつえうがあります』
『よし、さらば、詰問きつもんせん』王樣わうさま冱々さえ/″\しからぬ御容子ごようすにて、うでみ、まゆひそめ、兩眼りようがんほとんど茫乎ぼうツとなるまで料理人クツク凝視みつめてられましたが、やがてふとこゑで、『栗饅頭くりまんぢうなにからつくられるか?』
おほくは、胡椒こせうで』と料理人クツクひました。
糖蜜たうみつで』とれのうしろでねむさうなこゑひました。
福鼠ふくねずみ彩色いろどれ』と女王樣ぢよわうさま金切聲かなきりごゑさけばれました。『福鼠ふくねずみれ!福鼠ふくねずみ法廷はふていからせ!それ、おさえよ!そらつねろ!ひげれ』
 しばらくのあひだまつた法廷ほふていうへしたへの大騷おほさわぎでした。福鼠ふくねずみしてしまひ、みんながふたゝ落着おちついたときまでに、料理人クツク行方ゆきがたれずなりました。
かまはない!』悠然いうぜんとして王樣わうさままをされました。『つぎなる證人しようにんべ』それから王樣わうさまひくこゑ女王樣ぢよわうさまに、『實際じつさい、あの、御身おんみつぎなる證人しようにん相手方あひてかた證人しようにん詰問きつもんしなければならない。ひど頭痛づつうがしてた!』
 ひながらも王樣わうさまは、名簿めいぼ彼方此方かなたこなたさがしてられました、ところであいちやんは、つぎなる證人しようにんんなのだらうかとしきりにたくおもひながら、じつ白兎しろうさぎ瞻戍みまもつてました、がやがて、『――でも充分じうぶん證據しようこあがらないのですもの』と獨語ひとりごとひました。あいちやんのおどろきや如何いかばかり、白兎しろうさぎが、そのほそ金切聲かなきりごゑ張上はりあげて、『愛子あいこ!』とげましたときの。
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第十二章
 あいちやんの證據しようこ


『はい!』とさけんだものゝあいちやんは、あまりに狼狽あはてたので自分じぶん此所こゝ少時しばらくあひだに、如何いかばかりおほきくなつたかとふことを全然すつかりわすれて、にはかにあがりさま、着物きものすそ裁判官さいばんくわんせきはらひ、陪審官ばいしんくわんをばのこらず、したなる群集ぐんじゆ頭上づじやう蹴轉けころがしました。あいちやんは其處そこ彼等かれらまはるのをて、偶々たま/\自分じぶん以前まへしうに、數多あまた金魚鉢きんぎよばちくりかへしたときざまおもおこしました。
萬望どうぞ、おゆるしをねがひます』とあいちやんは消魂けたゝましいこゑさけんで、ふたゝ手早てばや彼等かれらひろげました。えず金魚きんぎよことばかりかんがへてゐたので、たゞちに彼等かれらあつめ、各々おの/\そのせきかへしてやらなければならない、さもなければみんんでしまうだらう、とあいちやんはたゞ懵然ぼんやりさうおもつてたものですから。
審問しんもんすゝめることが出來できない』と王樣わうさまきはめて嚴格げんかくこゑで、『陪審官ばいしんくわんのこらずその位置ゐちふくするまでは――のこらず』とすこぶことばつよめて繰返くりかへし、屹然きつとあいちやんのはう御覽ごらんになりました。
 あいちやんは裁判官さいばんくわんせき、それから大急おほいそぎで蜥蜴とかげさかさまにきました。あはれなちひさなものは、まつた自由じゆううごくことが出來できないので、たゞかなしさうに其尾そのをばかりつてゐました。あいちやんはまたたゞちにそれを以前もとのやうになほし、『何方どつちにしたつてたいしたちがひはなくつてよ』と獨語ひとりごとひました、『これはうしても矢張やつぱりほかものおな方法はうはふ審問しんもんするにかぎるわ』
 陪審官等ばいしんくわんら身體からだふるえがとまるやいなや、ふたゝ石盤せきばん鉛筆えんぴつとをわたされたので、みんな一しんこと始末しまつしました、ひと蜥蜴とかげのみは其口そのくちいたまゝ、いたづらに法廷はふてい屋根やね見上みあげて、すこともなく茫然ぼんやりすわつてゐました。
事件じけんくわんして、其方そのはうぞんじてることは!』と王樣わうさまあいちやんにまをされました。
なんにもぞんじません』とあいちやん。
屹度きつとなんにもぞんぜぬか?』と王樣わうさまかたねんされました。
まつたなんにもぞんじません』とあいちやん。
『それはきはめて必要ひつえうことだ』と王樣わうさま陪審官ばいしんくわんどうかへりみてまをされました。彼等かれらまさにこれを石盤せきばんきつけんとしたときに、白兎しろうさぎくちれて、『不必要ふひつえう御座ございます、陛下へいかよ、まをまでもなく』とはなはうや/\しく、しかまゆひそめてまをげました。
不必要ふひつえう勿論もちろん左樣さやう』と王樣わうさま口早くちばやつて、ほも低聲こゞゑ獨語ひとりごとまをされました、『不必要ふひつえう――不必要ふひつえう――不必要ふひつえう――不必要ふひつえう――』とあだかことばもつと發音はつおんされるかを試驗しけんするやうに。
 陪審官ばいしんくわんはそれを『必要ひつえう』ときつけ、また或者あるものは『不必要ふひつえう』ときつけました。あいちやんは彼等かれら石盤せきばん見越みこせるほどちかくにたので、全然すつかりそれがわかりました、『しかしそれはうでもかまはないわ』とひそかにおもひました。
 此時このときいままでなに備忘録ノートブツクいそがしさうにいてられた王樣わうさまが、『だまれ!』とさけんで、やがて御所持ごしよぢ書物しよもつをおひらきになり、『だい四十二でう。その身長せいマイルよりたかもの法廷はふているべし』とおみになりました。
 みんなあいちやんのはうました。
わたし身長せいは一マイルなくッてよ』とあいちやんがひました。
『ある』と王樣わうさま
ほとんど二マイルたかい』と女王樣ぢよわうさまがお附加つけたしになりました。
なんにしても、わたしまゐりません、かく』とつて愛ちやんは、『のみならず、それはたゞしい規則きそくではありません、たついま考案かうあんされたのですもの』
『それはこの書物ほんにあるもつとふる規則きそくだ』と王樣わうさままをされました。
『そんなら、それは屹度きつとばんちがひありません』とあいちやん。
 王樣わうさま眞蒼まつさをになつて、いそいで備忘録ノートブツクぢ、『判决はんけつは』と陪審官ばいしんくわんまをされました、ひくふるごゑで。
『まだ/\もつとおほくの證據しようこ御座ございます、陛下へいかよ』とつて白兎しろうさぎは、にはかあがり、『文書もんじよ只今たゞいまひろひましたのです』
なに其中そのなかいてあるか?』と女王樣ぢよわうさままをされました。
わたしだそれをひらきません』とつて白兎しろうさぎは、『だが、それは手紙てがみのやうです、囚人しうじんになつた、――何者なにものかにてた』
『それにちがひない』と王樣わうさままをされました、『名宛なあていてないとすれば、屹度きつと
だれにとも指定していしてないのか?』と陪審官ばいしんくわん一人ひとり
まつた指定していしてありません』とつて白兎しろうさぎは、『實際じつさい表面ひやうめんにはなんにもいてありません』それから文書もんじよひらいて、『まつた手紙てがみではありません、それはうたの一せつです』
『それが囚人しうじん筆蹟ひつせきなのか?』とモ一人ひとり陪審官ばいしんくわんたづねました。
いゝえ、うではありません』とつて白兎しろうさぎは、『じつ不思議ふしぎだ』(陪審官ばいしんくわんみん途方とはうれてしまひました)
だれほかもの僞筆ぎひつ相違さうゐない』と王樣わうさままをされました。(陪審官ばいしんくわんのこらずみはりました)
ねがはくは陛下へいかよ』とつて軍人ネーブは、『わたしいたのでは御座ございません、その證據しようこには、しまひになにいて御座ございません』
しもなんぢがそれに署名しよめいしなかつたとすれば』とつて王樣わうさまは、『尚々なほ/\わるい、なんぢ惡戯いたづら相違さうゐない、さもなければ正直しようぢき署名しよめいしてくべきはづだ』
 こゝいてか滿座まんざこと/″\拍手はくしゆ喝釆かつさい[#「喝釆」はママ]しました、それはしん王樣わうさま其日そのひおほせられたうちもつとたくみみなる[#「たくみみなる」はママ]言葉ことばでした。
『それがなによりつみのある證據しようこだ、までもなく』と女王樣ぢよわうさままをされました、『かまはない、ねろ――』
『そんなものは證據しようこにはなりません!』とあいちやんがひました。『なんだかわけわからないのですもの!』
『それをめ』と王樣わうさままをされました。
 白兎しろうさぎ眼鏡めがねをかけ、『何處どこからはじめてよろしいのですか?陛下へいかよ』とおたづまをげました。
はじめからはじめて』と王樣わうさま嚴格げんかくに、『それから、ずつとしまひまで、んだからめ』
 法廷はふていみづてるごとしづかになりました、そこ白兎しろうさぎつぎうたしました、
何時いつ彼處あそこつたとき
  わたしことども[#ルビの「は」はママ]したと、
 見事みごと手紙てがみ寄越よこしたが、
  およげないとの辯疏いひわけで。

 わたしけぬとつたのが、
 (なによりうそではない證據しようこ
 それをもめよと云ふのなら、
  一たいまへうする

 一個ひつと[#ルビの「ひつと」はママ]つたに、またふたつ、
  よくにはかぎりなく、
 のこらずおまへふところへ、
  以前もとわたしのものだけど。

  うして二人ふたり共々とも/″\に、
  しや連累まきぞへされたとて、
 おまへがついてれや大丈夫だいじやうぶ
  何時いつかはうたが[#「」はママ]れるだらう。

 わたしもおまへおなじこと、
 (フイと※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなになつたのも)
 たつひとつの邪魔者じやまものが、
  中間なかはいつてした所業しわざ

 したしいからとて油斷すな、
  何時いつになつてもかはりなく、
 他人ひとかくした秘密ひみつ
『おまへわたしあひだだけ』
『それこそ大事だいじ證據しようこひとつである』と王樣わうさま揉手もみでをしながら、『さらば陪審官ばいしんくわんに――』
だれでも説明せつめい出來できたものに』とあいちやんがひました、(此所こゝ少時しばらくあひだ大變たいへんおほきくなつたので、はゞかところもなく大膽だいたんくちれて)、わたしは十せんげてよ。わたしはそれにちつとも意味いみがあるとはしんじないわ』
裁判の図
 陪審官ばいしんくわんのこらずその石盤せきばんに、『むすめはそれにちつとも意味いみがあるとはしんじない』ときつけました、しか一人ひとりとして文書もんじよ説明せつめいしやうとはしませんでした。
しそれになん意味いみいとすれば』とつて王樣わうさまは、『それは面倒めんだうくさくなくてい、何事なにごとかをらうとしないでむから。『どうもわからん』とつゞけて、ひざうへうたひろげ、片眼かためながら、『しかなにれには意味いみがあるやうにおもはれる。「――およげないとの辯疏いひわけで――」其方そのはうにはおよげぬか、え?』つて軍人ネーブはう御覽ごらんになりました。
 軍人ネーブかなしげにあたまつて、『わたしはそれがきのやうにえますか?』とひました。『骨牌カルタうしておよげるものですか)
よろしい、それなら』とつて王樣わうさまは、しきりにくちうちうた繰返くりかへしてられました、「なによりうそではない證據しようこ――」それは勿論もちろん陪審官ばいしんくわんで――「それをもめよとふのなら」――それは女王ぢよわうちがひない「一たいまへうする?」――うする、眞個ほんとうに!――「ひとつたに、またふたつ――」さて、それは屹度きつとなみだながらにつたにちがひない、どうだ――』
さきに、「のこらずおまへふところへ」とふのがあつてよ』とあいちやんがひました。
『それ、其處そこに!』とつて王樣わうさまは、洋卓テーブルうへ栗饅頭くりまんぢうゆびさしながら、得意とくいげにまをされました。『なん此程これほど見事みごとものがあらうぞや。それからまた――「フイと※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんなになつたのも――」そんなになるはづはないが、え、なつたのではなからうが?』と女王樣ぢよわうさままをされました。
けつして、なつたことはない』とつて女王樣ぢよわうさま亂暴らんぼうにも、蜥蜴とかげがけてインキつぼげつけられました。(不幸ふかうなるちひさな甚公じんこうは、なんにも痕跡あとのこらぬのをつて、一本指ぽんゆび石盤せきばんくことをめました、ところで、そのかほからインキのれてるのをさいはひ、今度こんどは一生懸命しやうけんめいにインキをもちゐてふたゝはじめました)
『どうだ、なんとも言葉ことばないだらう』とつて王樣わうさまは、微笑ほゝゑみながら法廷はふてい見廻みまはされました。法廷はふていしんとしました。
『さァ、どうだ』とまたして、『判决はんけつは』
『まだ、/\!』と女王樣ぢよわうさままをされました。『宣告せんこくさきで、――判决はんけつはそれからのちのことだ』
なんですッて!』とあいちやんは聲高こわだかつて、『最初さいしよ宣告せんこくをするッて!』
だまれ!』と眞赤まつかになつて女王樣ぢよわうさままをされました。
だまりません』とあいちやん。
あたまねるぞ!』と女王樣ぢよわうさまこゑのあらんかぎさけばれました。一人ひとりとしてちゞあがらぬものはありませんでした。
れがおまへふことなぞをくものか?』とつてあいちやんは、(此時このときまでにおほきくなれるだけ充分じうぶんおほきくなつてゐました)『おまへ骨牌カルタ一組ひとくみぎないではないか!』
 ときまつたくその一組ひとくみ空中くうちゆうあがり、それからあいちやんのうへりてました。あいちやんはおどろきのあまり、いかさけび、其等それらはらけやうとして、どてうへに、ねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、206-4]さんのひざまくらたのにがつきました、ねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、206-4]さんはしづかに、かほはらつてりました。
『おきよ、あいちやん!』とねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、206-6]さんがひました。『まッ、大變たいへんながねむつてたのね!』
う、わたし※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんな奇妙きめうゆめてよ!』とつてあいちやんは、ねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、206-8]さんにおぼえてたゞけを悉皆すつかりはなしました。それはみなさんが是迄これまでんでところの、種々しゆ/″\不思議ふしぎ冐險談ばうけんだんでした。あいちやんがかたへたときに、ねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、206-10]さんは頬摺ほゝずりしながら、『まァ、眞個ほんとう奇態きたいゆめだこと、さァ、おちやみにきませうね、もうおそいから、そこあいちやんは、あがるやいなしました、けるも、熟々つく/″\奇妙きめうゆめであつたことをかんがへながら。
     ――――――――――――――――――――――
 しかねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、207-3]さんはあいちやんがつてしまつても、頬杖ほゝづゑついてしづみゆく夕日ゆふひながら、可愛かあいあいちやんのことから、またその種々しゆ/″\不思議ふしぎ冐險談ばうけんだんかんがへながら、やがてまたねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、207-5]さんもれにたやうなゆめを見はじめました、そのゆめは、――
 最初さいしよねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、207-6]さんは可愛かあいあいちやんのゆめ、それからまたひざきついたちひさなやら、そのすゞしい可愛かあい自分じぶんつめてゐるのをゆめました――物言ものいこゑきこえました、またそのなかりさうなおくはらけやうとしてあたまつてるところました――それからまたしんなにいてるやうにもえました、ねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、207-10]さんの周圍しうゐにはのこらずいもとゆめたやうな奇妙きめう動物どうぶつきてました。
 ながくさ白兎しろうさぎぎたとき其足そのあしにサラ/\とりました――ねずみおどろいてそばなるいけなかみ、水煙みづけむりてました――ねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、208-1]さんは三月兎ぐわつうさぎ友達ともだちとが何時いつになつてもきない麺麭ぱん分配ぶんぱいしたときに、茶碗ちやわんるのをき、女王樣ぢよわうさま不幸ふかう賓客まらうど死刑しけいにせよとせい[#ルビの「せい」はママ]ぜられる金切聲かなきりごゑきこえました――も一度いちどぶた公爵夫人こうしやくふじんひざくさめをし、あひだ皿小鉢さらこばちまはりにくだけました――ふたゝびグリフォンのさけごゑ蜥蜴とかげ鉛筆えんぴつきしらすおと壓潰おしつぶされて窒息ちつそくしたぶた不幸ふかう海龜うみがめえざる歔欷すゝりなきとがゴタ/\に其處そこいらの空中くうちゆううかんでえました。
 そこねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、208-8]さんはつぶつてすわりました、して不思議ふしぎ世界せかいのあることをしんじました、ところで、ふたゝひらけば、すべてがちり浮世うきよかはるに相違さうゐないとはりつゝも――くさたゞかぜにサラ/\とり、いけあしそよぎにうつくしい小波さゞなみちました――ガラ/\茶碗ちやわんはチリン/\とひゞすゞに、女王樣ぢよわうさま金切聲かなきりごゑ牧童ぼくどうこゑへんじました――して赤兒あかごくさめ、グリフォンのするどこゑ其他そのた不思議ふしぎ聲々こゑ/″\は、かしましき田畑たはた人聲ひとごゑと(あいちやんのつてる)へんじました、――遠方ゑんぱうきこゆる家畜かちくうなごゑは、海龜うみがめ重々おも/\しき歔欷すゝりなきであつたのです。
 最後さいごねえ[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、209-4]さんは、これがまつたいもとゆめおなじだとふことをおもひ、自分じぶん大人おとなになつたとき※(「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57)こんな無邪氣むじやきこゝろすこしでものこつてたいものだとねがひました。うしてちひさな子供等こどもたちあつめて、これらの不思議ふしぎ世界せかいゆめ面白おもしろはなしをしたなら、自分じぶんなつ想出おもひで如何いかばかり、おほくの子供こどもよろこばすことだらうかとおもひ、一方ひとかたならず愉快ゆくわいかんじました。



愛ちやんの夢物語 終





底本:「愛ちやんの夢物語」内外出版協會
   1910(明治43)年2月1日発行
   1910(明治43)年2月12日発行
※国立国会図書館デジタルコレクション(http://dl.ndl.go.jp/)で公開されている当該書籍画像に基づいて、作業しました。
※「姊[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA]」と「姉」、「あァ」と「あア」、「さァ」と「さア」と「サァ」と「サア」、「まァ」と「まア」と「ァ」、「もツと」と「もッと」、「嘗」と「甞」、「双方」と「雙方」、「糸」と「絲」、「熱」と「𤍠[#「執/れんが」、U+24360]」、「頤」と「※(「ぼう+臣+頁」、第4水準2-92-28)」の混在は底本通りです。
※「鼠」に対するルビの「ねずみ」と「ねづみ」、「褒美」に対するルビの「はうび」と「ほうび」、「牛酪麺麭」に対するルビの「バターぱん」と「バターパン」の混在は、底本通りです。
※ルビの片仮名の拗音、促音は、本文に準じて小書きしました。
※変体仮名は、通常の仮名で入力しました。
※下記の括弧の不整合は、底本通りです。(頁数‐行数は底本のものです)
 15頁‐4行 『今私は……       【』欠落】
 27頁‐4行 』若し私が        【』は『か?】
 50頁‐12行 ……大きくなつたんだわね』【始まりの『なし】
 53頁‐3行 『オヤ、……       【終わりの』なし】
 68頁‐5行 「『裏の老爺さん……   【「『は『「?】
 101頁‐2行 ……するわ』       【始まりの『なし】
 107頁‐4行 『二日……        【終わりの』なし】
 124頁‐5行 『五点と七点……     【終わりの』なし】
 131頁‐6行 『「何と可哀相に!』   【』が」?】
 144頁‐12行 ……徳義は――」    【」は「?】
 145頁‐9行 ……集まる」』      【始まりの「なし】
 152頁‐7行 『愛ちやんは……     【『は不要?】
 164頁‐3行 『私は全然……      【終わりの』なし】
 164頁‐9行 『海豚が……       【終わりの』なし】
 166頁‐5行 ……御馳――』      【始まりの『なし】
 167頁‐2行 『其理由を……      【終わりの』なし】
 173頁‐7行 出来たかえ?』      【始まりの『なし】
 200頁‐1行 『何時か……       【終わりの』なし】
 202頁‐6行 ……信じないわ』     【始まりの『なし】
 203頁‐2行 『それは面倒……     【終わりの』なし】
 203頁‐8行 『骨牌が何うして泳げるものですか)【『)と開括弧と閉括弧が異なる】
 204頁‐1行 どうだ――』       【始まりの『なし】
 206頁‐11行 『まア……       【終わりの』なし】
 209頁‐5行 (斯……         【(不要?】
入力:田中哲郎
校正:みきた
2018年6月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について

「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA    1-7、1-4、1-5、206-4、206-4、206-6、206-8、206-10、207-3、207-5、207-6、207-10、208-1、208-8、209-4
「執/れんが」、U+24360    11-5、43-12、125-1
「冫+咸」、U+51CF    70-10
  
「てへん+麾」の「毛」に代えて「手」、U+64F5    151-7
「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」    U+59CA
「執/れんが」    U+24360
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