通俗伊蘇普物語:例言
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例言
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此度予が譯述せし此伊蘇普《いそつぷ》氏の寓話譬諭は、
徳教を婦幼《をんなわらべ》の説示す徑捷《ちかみち》にて、
いかなる村童野婦といへども、其事理《わけあひ》を解《げ》し易き事、
恰も我邦《わがくに》の落話《おとしばなし》に異らず。
故に今其譯言をも易解《わかりやすき》を主旨《むね》として、
原文の意に隨《したがひ》つゝ、俗語俚語にて書取《かきとり》たり。
願くば看官《みるひと》唯其説話《はなし》の有益なると、意味の深憂なるとに注意して、
猶又一層の分解を加へ、童蒙《こどもしゆ》へ説諭せらるゝ事あらば、予が本懷是に過ず。
若夫《それ》行文の拙惡と譯字の鄙陋《ひろう》とを論駁するものあらば、
大に譯人《やくじん》の意に違へりとす。
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譯書は原文の面目を改《あらため》ざるを以て尊《たつとし》とする事は論を待ず。
されど予が此譯述は、意味徹底を旨とすなれば、前後の文氣と斡旋轉換の勢《いこほひ》とに因て、
文を辭《ことば》に代へ、辭を文に換へ、大小段落を前後にする等の事ありて、
原文を離合して書取たり。見るもの、請ふ、疑ふ事なかれ。
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若し此書の[(ヒ/矢)|缺,#1-86-31]題《もくろく》を原書に因て譯述する時は、間《まゝ》同題のものありて混亂を生じ易し。
故に今重複せる[(ヒ/矢)|缺,#1-86-31]題《もくろく》を改めて、更に探覽《たんらん》の便を増《まし》たり。
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餘此書を譯述するに、先づ俚耳に入易きものを抄譯して、意味の解し難きものを殘したり。
後日閑暇のときあらば、是をも拾遺補譯して、以て梓《あづさ》に上《のぼ》せんとす。
原書を看る人、此書を讀み、脱落ありと思ふ事なかれ。
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原書に、或人他人などゝありて、話説《はなし》に勢を失ふ處は、假に其名を設爲《まうけな》して、
甲乙などゝ書きたるなり。
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又井《ゐ》と譯すべき字を大溝と譯し、亡牛《うせうし》と譯すべき處を家牛《かひうし》と譯したる類少からず。
是には話頭《はなしくち》の都合により、敢て原字に拘泥せず。
看官《みるひと》一を執て論ずる事なくして可なり。
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或は吸ふてと書くべきを吸つてと書き、老爺《ぢゝさま》と書くべきをぢいさんと書きたる類多し。
是れは閭里《りより》の口調に隨《したが》ひ、假名遣ひの正否にかゝはらず。
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頓《とん》と丁度などいふ字の如く、只音を假《かり》て書きたる類あり。是れは別に意義あるにあらず。
讀者《よむもの》宜く察すべし。
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(補)と書きたるは、論贊を予が増補せししるしなり。
又(經)と記したるは、經濟説畧にある話説《はなし》を撮合《とりあは》せて譯したるものなり。
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(13)の如く西洋數字を毎章に附したるは、
既に予が刷行《しゆつぱん》でし此伊蘇普物語の原書の[(ヒ/矢)|缺,#1-86-31]數《ばんすう》に引合せんための便に供へたるものなり。
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ギリシヤの如く右の方に雙柱《にほんすぢ》を引きたるは地名、
又ヘルキュスの如く右の方に單柱《いつぽんすぢ》を引きたるは人名物名等なり。
文意によりて諒解あるべし。
温 又 識
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osawa
更新日:
2003/03/16