番外編 舞殿の【女帝】18
怒りの方向性が微妙に間違っていることもまた、当事者達には無関係のことだった。
震え上がった盗賊どもは、互いに手を取り合い、体を寄せ合って、
「うわぁ、ごめんなさいぃぃぃ」
地面にひれ伏した。
「許してください、出来心なんです」
「風呂は覗いたけど、肝心なところは湯気で全然見えませんでした」
双剣は、盗賊達の頭から絹一枚手前でぴたりと止まった。
「見えなかった割にはずいぶん細けぇこと言ってやしなかったか?」
ブライトが唸る。盗賊達はひれ伏したままで弁明した。
「湯気に影が映ってたんでさぁ。だから体の線は見えても、素肌は見てません。本当です、信じてください」
「船着き場からかっさらってきた荷物も全部お返ししますから、どうか命ばかりはお助けを」
盗賊達の必死の弁明が通じたのか、ブライトはあっさりと剣を納めた。
「人様の荷物のことなんざ、俺の知ったこっちゃねぇ。お前ぇらが俺のかわいいオ姫サマの裸を見てねぇなら、それでイイ」
『絶対に争点が違う』
と感じたピエトロだったが、それを口に出す気にはなれなかった。
振り向いたブライトが、まだ少しばかり不機嫌そうだったからだ。
「全く、困ったオ姫サマだぜ。馬鹿どもの邪な視線にはさっぱり気付かないくせに、心配して湯殿に駆けつけた俺のことは覗き扱いしてぶん殴りやる」
「心配して女湯に駆けつけるのに、衣服を全部脱いでくる必要性はないでしょうに」
エル・クレールのあきれ声に、ピエトロは失笑を禁じ得なかった。
返す言葉のないブライトは、唇をとがらせたかと思うと、唐突に手近な木の枝へ手を伸ばした。
枝には、通草の蔓が巻き付いていた。彼は蔓を引きちぎると、こともなげに手鎖の形に編み上げて、ピエトロの鼻先に突き出す。
「おい接待役。笑ってねぇで、その馬鹿どもをふん縛るのを手伝え。あんたの手柄だぜ」
「え? 手柄って」
いきなり言われて理解できずにいる彼に、エル・クレールが説明を施す。
「私があなたの上役なら、本来するべき仕事を放り出して姿を消した接待役を厳重に処罰しますよ。ですから、もし君がギネビア殿に謝意を示すつもりがあるのなら、なにか大きな手土産を持っていった方がよいと提案しているのです」
「本来の、仕事……。あっ!」
天を仰いだピエトロの目に、オレンジ色の木漏れ日が飛び込んできた。
数珠繋ぎの盗賊とピエトロとがグランドパレスに戻ってきた頃には、陽はだいぶん傾いていた。
エル・クレールとブライトは、建物と見回りの兵士達の影が見えたあたりで、
「後は任せた」
と短く言い残して……言ったのはブライトだが……消えてしまっていた。
盗賊どもを衛兵に引き渡すと、ピエトロは重い脚を引きずりながら謁見室へ向かった。
『何を何処からどの様に説明すればよいだろうか』
さんざん思い悩んだが、結局は「エントランスホールに向かう途中に迷子になった」ところから、総てを包み隠さず言ってしまうことにした。