番外編 舞殿の【女帝】19


「良く、判りました」
 ギネビア宰相姫の重いため息を聞き、ピエトロは竦み上がった。きっと重い罰を受けるに違いない。彼は深く頭を垂れて次の言葉を待った。
「あなたのおかげで、私はパレス内の人の配置を大きく換えねばなりませんでした。オランのオーロラ殿とグランディアのファミーユ殿を接待する者の都合を付け、手空きの兵士には姿の見えない接待役を探させねばならなかったのですよ」
「申し訳ありません」
「このたびのあなたの行動は、自分の仕事を他人に押しつけた上に、他人の仕事を奪う結果になりました」
「いえ、僕は自分の任務を忘れただけで、それ以外には何も」
「衛兵の一伍を、中庭から裏山にかけて展開させていました。ルッカ・アイランドよりの荷物が納められていた港の倉庫から貴重品ばかりを盗み出した盗賊達を捕縛するために、です。彼らの仕事を、あなたは奪ったのです。違いますか?」
「それは僕がやったことではありません。盗賊を捕まえたのは……」
「ブライト=ソードマン氏、でしょう? 本当にあの方には困ったものです。私のことなど考えずに気ままに行動しているくせに、それがいつでも私たちを助ける結果になるのだから。本当に憎らしいこと。それにつけても、いつでもあの方と騒動の中にいるクレールさんの……羨ましいこと」
 心のそこからの羨望が、ギネビアの頬に浮かんだ。
 少女のようなその微笑みに、ピエトロが目を見開いて驚いていると、ギネビアはすぐに表情を元通りの険しさに戻した。
「ですが、今回ばかりはあの方々にも勝手をさせるわけには行きません。そこでピエトロ、あなたに新しい役目を与えます」
「はい、何なりとお申し付けください。今度こそ全身全霊でまっとうします」
 床に頭を打ち付ける勢いのピエトロに、ギネビアは不可思議な命を下した。
「あの二人から、今宵の舞踏会に必ず出るという確約を得ること。さもなければ、あなたを命令違反できつく罰します」
 厳命されたピエトロは、重い足取りで謁見室を出た。
 出てすぐの廊下に件の二人が立っていたのは、ピエトロにとってむしろ不幸だった。彼らを説得するための手段を思案する暇がなかったのだから。
「おう、絞られてきたな。だが全部あんたの責任だ。恨むなら手前ぇ自身を恨めよ」
 人の不幸を大いに楽しむ下世話な口調でブライトが言う。
 割れた笑い声を聞くピエトロの青白い顔色を見、エル・クレールは大いにあわてた。
 この男の口を急いでふさがないといけない……。彼女の思案は、しかし脳の中を巡らずに、脊髄から直接踵に達した。
 結果、ブライトの薄ら笑いが消えるよりも早く、彼女の踵が彼のつま先を踏みつぶしていた。
 息を飲み込む引きつった悲鳴を上げてブライトが悶絶する脇で、彼女はピエトロに声をかけた。
「私たちからギネビア殿に事情を説明した方がよいでしょうか? 君は寸分も悪くありませんから」
「その必要はないよ」
 そもそも、総ては自分が朝から道に迷って遅れてきたことに起因する。そのせいでたくさんの人に迷惑と心配をかけたのだ。ピエトロの胸は痛んだ。
「僕は確かにひどく怒られたけど、罰は受けなかったんだ。……条件付きだけど」
「ならば良いのですけれど……」
 それでもエル・クレールの心配が晴れない。
 一方、自分の足の骨の心配はまるでしてくれない相棒に業を煮やしたらしいブライトは、彼女の腕をつかんで、かなり強引に細い体を自身の腕のうちに引き寄せた。
「そいつは良かったな。じゃ、俺らはここの親玉に『舞踏会が始まる前に一度、面を見せろ』って言われる前にトンズラさせてもらうぜ」
 そうして、ピエトロが知っている出口とはまるきり違う方向へ歩き出す。
 今度はピエトロがあわてる番だった。
「待ってくれ、僕はギネビア様に君たちが舞踏会に出てくれるように説得しろと言われて来たんだ」
 二人の足が止まった。互いに顔を見合わせて、同時に肩を落とす。
「それが君を更迭しない条件ですか?」
 エル・クレールの問いに、ピエトロが蒼白顔で頷く。
「あのオヒメサマ、俺らのことまるきり信頼してねぇな」
 力無く天井を仰ぐブライトの落胆しきった声を聞き、エル・クレールは
「ギネビア殿もお人の悪いこと」
 仕方なさげに苦笑いした。