いにしえの【世界】 − 中断 【11】 BACK | INDEX | NEXT

2015/02/16 update
 楽団溜まり《オーケストラピット》から指揮者の白髪頭がひょこりと突き出た。とうに出ておかしくない筈の合図が、さっぱり見えない。不安げに舞台袖を覗き込む。
 舞台裏から聞こえるのは、くぐもったざわめきばかりだった。裏方と出番待ちの踊り子達が、てんでに何か言い合っているらしい。
 観客席にいる二人には詳細な内容までは聞き取れない。ただ、
「畜生が。あの禿親父め、毎度毎度余計なことばかりしてくれて、本当に有難いことだよ」
 マイヤー=マイヨールの口汚いわめき声だけははっきりと聞こえた。
「やれやれ。姫若、残念なこってすが、お芝居見物はここで取りやめってことになりそうですぜ」
 下男の口調で言いながら、ブライトは顎で舞台端を指した。緞帳を乱暴に捲り上げて出てきたマイヤーが、皮鎧の胸当てを床に投げ捨てながら客席に飛び降り、不機嫌そのものの足取りでたった二人の観客に近づく。
「若様、旦那。あと少しで終わるって所まで来て、大変申し訳ないことですが、通し稽古は取り止めにさせていただきます。こちらから観てくれとお頼みしたって言うのに、またこちらの都合で止めにするのは、本当に心苦しいんですけれども……どうか平にお許し下さいな」
 憤懣やるかたないマイヤーの激しい口調を、彼が発した言葉の字面だけで表現するのは不可能だ。言葉使いはすこぶる丁寧だし、相手に対する心遣いも真摯なものであるにも関わらず、耳に届く声はとげとげしく、荒々しく、毒々しい。
 舞台裏で何事かアクシデントがあったのだろう事は、彼の上気した顔を見ただけで判る。
 どのような事件であるのかは知れない。ただ、人の動きがにわかに慌ただしくなっていることだけが伝わってくる。
 降りたままの緞帳の裏で、大道具達が罵声と金鎚の音を同時に立てている。
 床からは、地面の下で機材装置を強引に動かしているとおぼしき不共鳴な物音が伝わってくる。
 それらはおしなべて乱暴な音だったが、破壊音ではなかった。
「理由を聞かせて貰おうじゃないか。ウチの姫若さまはあんたらの御蔭で貴重なお時間を半日分近くも潰したんだ。納得のいく説明ができねぇなんてこたぁ、よもや言うまいな?」
 ブライトは客席の背にふんぞり返る格好でもたれかかり、組んだ足のつま先を三拍子の指揮棒よろしく振った。相当に不機嫌な振る舞いに見えた。
 実際のところ、彼はそれほど大きな不快を感じているのではなかった。むしろ慌てふためき怒り散らしているマイヤーの様子をおもしろく思ってすらいる。不機嫌の仕草は戯作者から話を引き出すための手練だ。
 マイヤーは深い息を一つ吐き出した。
「本当に申し訳ないことで。こんな予定じゃなかったんですがね。つまり、あの勅使のお役人がやってくるのは、もう少し後……陽が落ちきってからの筈だったんですよ。少なくとも、午後のお茶をすすって、充分昼寝をした後ぐらいの頃合いと考えておりましてね。……まあ、お貴族様が昼寝を貪るのかどうかは、私《あたし》の知ったこっちゃありませんけど」
 深呼吸程度では苛つきは収まりきらなかったと見える。彼は落ち尽きなく足先をゆらした。
「つまり、早くもグラーヴ卿がいらしたと?」
 エルが静かに訊ねると、彼の首がカクカクと小刻みに動いた。
「うちの座長がね……ああ、若様方はあの禿をご存じないでしょうけれども、一応そういうのがいるんですよ。座長って肩書きが仇名にしか聞こえないようなどうしようもない座長がね」
「そういやぁ、勅使がフレイドマルってぇ言ってたな。それが座長って仇名の男の名かね」
「旦那、あんた本当にただ者じゃないね。たった一言の事をよく憶えていてくださった。でもそんな名前は忘れてくださっても構わない。あの野郎なんざ禿で十分だ。いや、それでももったいない。これからは馬鹿助と呼んでくれる。ああ、先代は旦那も奥方もすばらしい人だったのに、どうしてあんなのが出来ちまったんだろう」
 床の上に座長の顔が浮かん見えたのだろう。戯作者は歯ぎしりし、地べたを激しく幾度も踏みつけた。
 国を興した英雄の衣裳を着込んだ男が、である。
 滑稽だった。
 笑いを押し殺しブライトが
「その馬鹿助殿が、あんたの腹づもりよりずいぶん早く、ヨハネス=グラーヴを連れて来ちまった、か?」
 水を向けると、マイヤーはまた小刻みに頷いた。
「日暮れまで引き留めとくって算段だったんですよ、本当はね。馬鹿助ときたら、それじゃぁっていうんで酒瓶抱えて行きましてね。それもしみったれたヤツをですよ。こんな辺鄙な田舎の安酒で、仮にも都のお貴族様を接待しようってのがそもそも間違ってますでしょう? ああいった人たちは、美味い物の味はよく知っていらっしゃるから。……中には『銘柄』が良ければ中身がお酢でも気分良く酔っぱらえるお方もいらっしゃいますけども……。そいつは兎も角。不味い酒でも話がおもしろけりゃ聞いてやろうと思っていただけたでしょうけれど、なにしろ出かけたのがあの学のない迂闊な馬鹿助ですからね。結果は解っちゃいたんですがね……。さりとて私《あたし》が稽古をおっ放り出して、お屋敷に行くわけにもゆかず」
 胸に溜まっていた事を一息に吐き出して、漸く、マイヤーは少しばかり気楽になったらしい。
「全くこちらの手落ちです。若様には本当に申し訳もありません」
 ぺこりと下げた頭が持ち上がったときには、力なくではあるが、面に笑みが浮かんでいた。
「で、どう落とし前をつけてくれるってンだ? うちの姫若さまは、自分だって貴族だっていうのに『オ貴族サマ』が大のお嫌いでね。できれば勅使殿の隣にゃ座りたくないって仰せなンだがね」
 からかい気味に言うブライトの言葉は、おそらく彼自身の本音でもあろうが、エル・クレールの本心も代弁してくれていた。
『どうにもあの方は苦手だ。どことなく緩く生温い物言いは、皮膚にまとわりつくようで心持ちが悪い。あれが都の気風であるならば……私は帝都に生まれなくて良かった』
 小さく息を吐いた。彼女にとっては安堵の息だったが、マイヤーには彼に対する不満の現れに見えた。
『なんてことだ、禿馬鹿の所為で若様のご機嫌を損ねちまうとは! すぐさま外へ案内すれば、これ以上ご不興を買うようなことはないだろうが』
 マイヤーはずぶ濡れの犬がするように総身をふるわせた。
 歴戦の剣士の強さがあって、直情的であるにもかかわらず、人見知りの激しいか弱い心根を持つ、姫君のように麗しい【美少年】が、自分から離れてゆくのは途方もなく惜しく、途轍もなく恐ろしい。
 求め求めてようやっと見つけた格好のモチーフだ。いや、もの書きに名声を運ぶという芸術神ポリヒムニアの化身だ。ここでみすみす逃がしてなるものか。
 留めておきたい、留めねばならぬ。
「裏からお出になってくださいな。ただし、街道は運悪く一本道ですから、今外に出てはかえってグラーヴ卿閣下の目につきます。ご不便でしょうが、暫し楽屋にお隠れを」
 エル・クレールの手を手ずから引いて案内したいのは山々だが、そんなことをしたら忠実な剣士に斬りつけられる。
 出しかけた手を引っ込めるた彼は、くるりと踵を返し、足早に舞台袖へ向かった。
「学習能力のあることだ」
 にたりと笑い、ブライトは彼の後に続いた。そのさらに後ろを、エル・クレールも追う。
 舞台裏は蜂の巣を突いた騒ぎとなっていた。
 折角引っ張り出した最終幕のセットを片付け、しまい込んだ一幕の書き割りを引きずり出さねばならなくなった裏方達は、口々に不平を垂れ、罵声を上げながら、それでも的確にやるべき事をこなしている。
 踊り子達も同様に文句を言い悪態を吐きながら、汗で崩れた化粧を直し、熱を帯びた肉体を鎮めるストレッチを行っていた。
「彼女らはグラーヴ卿のためにもう一度演技をしなければならないのですね。体は大丈夫なのでしょうか?」
 先を行く道連れの背に問いかけるような口調で、エル・クレールは一人呟いた。
 答えは背後から追ってきた。
「朝から続けてに三,四度もすることもしょっちゅうですから。これからすぐにと言われたとしても、それはすこし間が詰まっていますけれど、それでも、これくらいのことは何でもありません」
 鈴が鳴るような愛らしい声の主は無論ブライトではなかった。
 歩みながら振り返ると、ゆったりとした白い衣裳をまとった踊り子が、上気した顔をこちらに向けていた。
「……君は、たしかシルヴィーといったね」
 足を止めずに、エル・クレールは踊り子に声を掛けた。もとより熱を帯びていた頬を更に赤く染め、彼女は
「はい、若様」
 さも嬉しげに返答し、つま先立ちで駆け寄った。
「名前を覚えていただけたなんて、嬉しゅうございます」
「あれほどすばらしい舞いを見せて貰っては、演技者の名前を忘れることなど、できようもない。私はできることなら君と直接話をしたいと思っていたのだよ」
 エル・クレールはいかにも若党らしい口調で言う。紅潮を耳先にまで広げたシルヴィーは、宙に浮くよに歩きながら、裳裾を抓んで頭を下げた。
 事実、エル・クレールはシルヴィーと話をしたいと考えていた。
 彼女が演じている「男になりきっている女」について、彼女自身はどう思うているのか、直に訊ねてみたかった。
「わたしも、若様とお話ししたくて。お聞きしたいことがたくさんあるんです」
 黒目がちな目を少しばかり潤ませたシルヴィーだったが、
「お喋りは後回しだ。今は若様方を案内するのが先なんだ」
 マイヤーの強い語気に押され、黙り込んだ。
 ドーランと汗と埃の臭気が充満した楽屋は、たむろしていた劇団員達が出払っているためか、先に来た時よりも静かでうら寂しく思えた。
 片隅に、ことさら整頓されている空間があった。柔らかそうな「なにか」に大きな布をかぶせてソファの形に調えたものが据えられている。
 客人はそこに座っていろ、ということなのだろう。
 促される前にブライトがどっかりと座り、
「逃げるは兎も角、こそこそ隠れるってのは、どっちかってぇと性に合わないンだがね」
 自分の隣の「空間」を叩いて示し、エル・クレールを呼んだ。
 中に何が包まれているのか知れた物でない。座面の柔らかさを確認しつつ、
「敵前逃亡は何より『お嫌い』なのだと思っていましたが?」
 エル・クレールは小声で訊いた。
「姫若、撤退ってのは戦略のうちですぜ」
「隠忍するのも戦略の一つでは?」
「隠れる場所が問題でさぁね」
 ちらりとマイヤーを見やる。
「今はこれが精一杯、というヤツです」
 すまなそうに苦笑いしていた。
 舞台の方角からは、相変わらず機材の軋みが響いてくる。戯作者は若い貴族の前に片膝を突いて
「都の方が客席に入ったら合図をします。そっと裏からお出になってください。それまではこのシルヴィめがお話相手ということで、ご勘弁下さいませ」
 手招きされたプリマが、少しばかり嬉しげに深々と頭を下げた。
「主役を置いていっていいのかい?」
 怪訝に思わない方がおかしい。ブライトが問うと、マイヤーはにやりと笑った。
「都の方にコイツの踊りなど見せられたものではありませんよ。そのために、不肖このマイヤー=マイヨール、初代様の衣裳を脱がずにおるというわけで」
 酷い厭味だった。
「つまり、さきほどの『通し稽古』とは、また違うことを演ると? ならば、私たちが観て意見する必要は、もとより無かったということになる」
 エル・クレールは落胆とも立腹ともつかぬため息を漏らした。
 マイヤーは激しくかぶりを振る。
「とんでもないことで。若様方に途中まででも見ていただいたからこそ、もっと変えた方がよかろうという判断ができたのですよ。これでも私《あたし》は目が良うございましてね。舞台の上からお二方の様子をちゃぁんとしっかり拝見しておりました……皇帝役が女ということの真意、あっさりとお見抜きいただけたようで」
 彼の笑みが粘り気を増した。
「俺たちのような田舎貴族に気付かれるような仕掛けなら、帝都の役人にもバレちまう、ってことかい?」
 ブライトはわざとらしく視線をそらした。
「本当に旦那は意地の悪いお方だ。決してそんなつもりじゃありません。ただ、念には念を入れて、用心深く、というだけのことです。あちら様は、お二方ほどすぐにはっきり悟ってくださりはなさらないのは間違いない。それでも、もしかしたらってことがある」
「けっ、調子の良いこと言いやがる。意地の悪いのはそっちの台本だろうよ。客を莫迦にした筋立てを書きやがって。てめぇは舞台の上から客を見下して楽しんでいやがる。地方回りの『大衆演芸』がやる事じゃねぇだろう」
「ぐう」
 マイヤーは胸に手を置き、大げさに仰け反った。
「耳に痛い、胸に痛い。心の臓が裂けそうだ」
 悶え苦しむ様を見せ、彼は薄く目を開けた。『若様』がこちらに視線を注いでいる。胸の奥で早鐘が鳴った。
「なるほど舞台用の演技は近くで見ると大仰に過ぎるものよな」
 ぽつりと呟いたエル・クレールの言葉は、どうやらとどめとなったらしい。
「若様までも、意地の悪い」
 マイヤーはがっくり肩を落とし、薄笑いした。
 ゆらりと揺れながら立ち上がった彼は、顔を伏せたまま大きく息を吸い、吐き出して後、背筋を伸ばした。
 ふざけた笑顔はきれいさっぱり消えていた。
「本心を申しますと、若様には……お二方には、この一座の客分として、一緒に旅をしていただきたいと思うております」
 照れてはにかんだ、しかしまじめな顔で言う。
「なんですって?」
 驚きの声を上げたのはエル・クレールだ。理由がわからなかった。泳いだ視線を、彼女の隣でふんぞり返っている男に投げた。
 ブライトは微《ぬる》い苦笑で口元をゆがめていた。
「阿呆チビよ、ウチの姫若を何に利用するつもりだ?」
「利用だなんて、旦那、人聞きの悪い事を言わないでくださいな。正直に申し上げましょう。私《あたし》はどうやら若様にいかれちまったようでしてね。つまり惚れ込んじまった」
「ほう?」
 声音はむしろ穏やかだった。が、目の奥には明らかな怒りの色が揺れている。マイヤーの額に脂汗が滲み出た。
「とんだ誤解です、旦那。若様は私《あたし》にとっちゃ美の神ですよ。崇拝したいとは思っても、色子にしたいとか、そんな下衆の劣情なんぞこれっぽっちもありゃしません。本当です、信じてくださいな」
 言葉に嘘の色は感じられなかったが、ブライトは口元の「歪み」を消さずに、戯作者の目玉を睨み付けた。
「それに、惚れたのは若様にだけじゃありません。ソードマンの旦那にもぞっこんなんで」
 ブライトが太い眉をあからさまに顰めたのが、エル・クレールには何故か滑稽に見えた。
 マイヤーは脂汗を袖で拭い、真率そのものの顔つきで
「不肖マイヨール、人生五十年とすればとうに半分以上は生きてきたことになりますが、旦那のようにちゃぁんと物事をご存じの方には、ついぞ逢ったことがない。これからも多分、いや絶対に無いでしょう。それにね、旦那は私の良くないところを厳しく指摘してくださった。莫迦はただ怒り散らすが、旦那はちゃんと叱ってくれる。そんな有難い人は、亡くなった前の座長夫婦以外に居なかった」
 目頭に光るものが浮かんだ。
 マイヤーは卓越した演技者だ。自分の目玉から水を絞り出す事ぐらいは、観客を泣かせるよりも容易にしてやってみせる。
 今にじみ出た涙が、はたして本物か否か、観ている者には解らない。
 エル・クレールは本物と思った。ブライトは少々疑っている。
「私《あたし》はね、お二方に出会えた奇跡を感謝してる。幸せだと思ってる。旦那、幸せが長く続くことを願わない人間は居ませんよ。そうでしょう? だからね、私《あたし》はお二方に側にいて頂きたいんです。お願いだ、何も仰らないでくださいな。ただの我が侭だってのは百も承知だ。でも、こんなところで、こんな風に分かれなきゃならないのは、口惜しいことこの上ないんですよ」
 言い終えてなお、マイヤーの心中の口惜しさは大きく膨らむ。
『役者にしろもの書きにしろ、私《あたし》ゃなんて因果な商売をやっちまっているんだろう。どんなに本音を語ろうとしても、全部芝居がかった台詞になっちまう』
 洟をすすり上げた。
 マイヤーは「クレール若様」の顔を見た。生来心根が真っ直ぐな「少年」は、どうやら自分を信じてくれたらしい。澄んだ瞳で見つめ返してくれている。
 うれしさに頬がゆるんだ。が、彼はすぐに視線を外した。別の方向から向けられている眼差しが全身に突き刺さるのを感じたからだ。
 マイヤーの目玉は、尖った気配の発信源に向けられた。
 ともすれば野蛮にさえ見える田舎侍の皮の下に、思いもよらない叡智《えいち》を隠した大男が、眉間に深いしわを刻み、射抜くような眼差しで彼を睨んでいた。
 その目の色ときたら、まるきり「好いた娘に話しかける色男に嫉妬している小僧」そのものだ。
『若様に劣情を抱いているのはそっちじゃないか』
 腹の底で思った。思いはしたが、口にも顔にも出すことはできない。
 万が一にも「旦那」に悟られたなら、たとえ命が七つあったとしても、この世に残れる道理がない。
 小屋の外でざわめきが起きのは、彼にとって好機だった。
「ああ、勅使の皆様がお着きになったらしい」
 マイヤーは聞き手の人差し指を立て、唇にあてがう。
「どうか今しばらくお静かに。すぐに都の方々を芝居の中に引き込みますから、その間に裏よりお出になって下さいまし」
 浅く頭を下げたまま、
「後のことは、シルヴィー、お前に任せるよ」
 言い残し、後ずさりで楽屋から出て行った。
「すぐに芝居に引き込んでみせるたぁ、全く大した天狗だぜ」
 遠ざかる左巻きのつむじを眺めやるブライトのつぶやきは、嘲りのようにも、感嘆のようにも聞こえた。
「確かにプライドの高い男ですが、だからといって、うぬぼれが過ぎているとは言い切れないのではありませんか?」
 自身が「すぐに芝居に引き込まれた」エル・クレールは、舞台人としてのマイヤーに好意的だった。
 ブライトは小さく舌打ちした。彼女が「チビ助」の肩を持つのが気にくわない。意見してやろうとしたとき、視野の中に舞台化粧の踊り子が入ってきた。
「姫若、プライドってのは罪源ですぜ。度を超した自慢家は、俺から言わせりゃぁ咎人そのものでさぁ」
 一座に関わっている間は、あくまで下男の振りを通す心づもりらしい。苦みばしった顔つきが、エル・クレールの目に妙に可笑しく、少しばかり可愛らしく映った。
「その言葉、有難く承り、我が肝に銘じた上で、そのままあなたにお贈りいたします」
「受け取り拒絶させてもらいますよ。俺サマと来たら、姫若にゃ忠実そのものなンだ。あの小天狗と一緒にされちゃぁ困る」
 自称忠義者は、顎で楽屋口を指し、わざとらしく下唇を突き出す。
『あなたが忠実なのは己の欲に対してでしょう』
 言ってやりたかったが、止めた。エル・クレールの目にも、シルヴィーの姿が映ったからだ。
 薄衣を重ねた姫役の衣裳を着た彼女は、舞台の上に居たときよりずっと小柄に見えた。
 エル・クレールは微笑んだ。緊張しきりの相手の心をほぐすには、笑みを見せるのが一番良いことを彼女は経験から知っている。
 ブライト=ソードマンがそうやって初対面の人物を懐柔しては、己の知りたかった情報からそれ以上の話……時には全く余分な愚痴の類まで……を引き出しているのを、傍らで見てきた。
 もっとも、ブライトはその行為行動を全くの「作業」として行っているに過ぎない。
 気の良い田舎者の顔、誠実な騎士の顔、零落した貴族の顔――時に応じ、相手に応じて、いかにもそれらしい、人当たりの良い笑顔を面に浮かべる。良くできた作り物の笑顔は、腹の奥にある思惑を覆い隠す仮面だった。
 エル・クレールはその点ですこぶる不器用だった。無理に心にもない笑顔を作ろうとすると、大体の場合にこわばった表情となり、誰が見ても作り笑いとわかるものになってしまう。
 ……と、彼女は思いこんでいる。
 実際、彼女の作り笑いは硬く、時に冷たい印象を与えるものだった。しかしその彫刻のごとき微笑が、彼女が思う以上に相手の心を揺り動かす力を発揮することがある。
 エル・クレールが口角をごく僅かに持ち上げると、シルヴィーは分厚いドーランの白がバラ色に変ずるほど頬を赤らめた。
 熱い血潮が上り詰め、頭がぐらりと揺れた。卒倒しかけた彼女だったが、再び失神する失態を見せるのを恥じる一念が、危ういところで遠のく意識を引き留めさせた。
「君、大丈夫ですか? やはりあれほどの演技の後は、疲れも酷いようだ」
 手をさしのべつつ、エル・クレールはまったく見当違いのことを言う。
 この世のものとは信じがたい「不可解な美しいモノ」に見つめられ、微笑を向けられた娘の心持ちを、彼女は気付いていないのだ。
 隣でブライトが彼女の「鈍さ」に失笑しているが、当の本人には彼の苦笑いの理由がさっぱり解らない。
「ああ若様……お心遣い、ありがとうございます」
 差し出された手をおずおずと握ったシルヴィーは、その指先がひんやりと冷たいことに驚き、弾けるように手を放した。
 眼がうっとりと霞んでいる。
「思った通り。まるで泉の乙女のよう」
 呟いた彼女は、慌てて口を手で覆った。黒目がちな瞳がを泳がせて、あたりを見回した。楽屋は閑散としている。
 不安の色濃い眼差しは、最後にブライトへたどり着いた。
 鋭い眼光が跳ね返ってきた。
 シルヴィーの頬から血の気が引いた。白い顔に幾ばくかの恐怖心を見たエル・クレールが、
「彼は、見た目にすこしばかり厳ついが、意味もなく暴力を振るったりするような男ではないから、畏れることはない」
 シルヴィーの顔に一瞬浮かんだ安堵は、すぐさまかき消えた。
「意味があれば子供でも容赦なくぶん殴るし、理由が有れば女だって遠慮なく叩っ斬るがね」
 ブライトは一層強い眼力で彼女の顔を睨め付け、声にすごみを利かせた。
「何故そのように無駄に人を怖がらせるような真似をなさるのですか」
 エル・クレールが語気を荒げ、首をかしげたのは、呆れゆえではなく驚愕のためだ。
 言葉遣いの善し悪しは別として、彼は場を弁えた物言いをすることの得意な男だ。別して女性にはギャラントで、理由もなく相手を怖がらせたりなど決してしない。
 彼が人を脅すような口ぶりで話すとすれば、それは彼が相手を脅す「必要」があると判断しているということに他ならない。
 エルの疑問はそこにある。シルヴィーを脅さねばならない理由など、彼女には見あたらなかった。
「今日のお前さんがことさら鈍いもンだから、俺がその娘の返答次第で暴れなきゃならなくなるってこってすよ。つまり……」
 ブライトは視線を踊り子の青白い顔に投げたままエル・クレールに言い、一つ息を飲み込んだ。
「……ウチの姫若は生まれつき『姫若』でね。これからもずっと『姫若』であり続ける必要がある。それだってぇのに、あんたは『乙女』呼ばわりしてくれたわけだ」
 彼はことさら『姫若』の一語を強調して言った。
 遠回しの物言いだったが、エル・クレールは理解した。
『この娘が、私を女と見通した』
 彼女は少しばかり喜んだ。
 この男装の姫君と来たら、並の男よりも雄々しい振る舞いをしておきながら、女として扱われないと不機嫌になるという、酷くややこしい心情の持ち主だ。
 父親である大公ジオ三世が男子を欲していた事もあって、彼女は幼い頃から男装ばかり着込まされてきた。男の子にするように剣術や馬術(ただし乗馬ではなく、戦車を御する術)を習わせ、学問を修めさせた。
 大公の男子を欲する思いは強いものだった。前の后との間に生まれた皇子を、二人とも幼くして失ったためかもしれない。
 年経て生まれた姫皇子《ひめみこ》に、あろう事か男名前を付けようとさえしていた。
 年若く従順な公妃ヒルダは、大凡のことでは夫に逆らわなかったが、娘が男の名で呼ばれることには大いに反対した。
 学者を交えての侃々諤々の末、誕生から十日も後に、漸く姫にはクレールという名がつけられた。
 ヒルダは愛しい娘に国母クラリスの名と近い響きと意味を持つ名がつけられたことを大いに喜んだ。
 夫がこの名に異議を唱えなかった理由が、遙か昔に光り輝ける者《クレール》と名乗る優れた功績を残した幾人かの「勇敢な男達」が存在したためであるとは、夢にも思いはしなかったろう。
 兎も角。
 父親からは男子の教育を施され、母親からは人形の如く溺愛されたクレール姫は、男の身なりをしながら女と扱われることを望むという、ややこしい性分となってしまった。
 狭く小さな故国の中でならば、そのややこしさも当たり前のこととして押し通すことができた。国中の者達がクレールを「姫」と知っていたのだ。男の身なりをしていたとしても、彼女は童女として愛され、小さな淑女として丁重に扱われた。
 国が滅び、仇を追うために己の身分正体を隠さねばならず、「本物の少年」の振りをしているはずの今となっては、それは当たり前とはなり得ない。ある種「我が侭」とさえ言えよう。
 我が侭が通らないことを頭では理解している。しかし、思いもしないことを表に出すことは苦手であるし、思っていることを内に秘め通すことも不得手だった。
 今日初めて逢った娘が、自分を女と認めてくれた喜びが押さえきれず、エル・クレールの瞳は輝いた。立ち上がってシルヴィーの細い体を抱きしめたい衝動に駆られた。
 ブライトは大げさに首をがくりと落とし、
「ほれ、この通りの正直者だ。ウチの可愛い姫若さまはな、命がけで隠さなきゃならねぇ秘密でも、胸の内に納めておくのが苦手な方なんだよ。そこが良いところなンだが、そうも言っちゃぁいられない」
 顔を伏せ、落胆の声を上げた。
 彼の目元と口元に浮かんでいる歪みを、嬉しげで優しい笑みと見たのはエル・クレールだけだ。
 下から覗き込む角度で自分を睨む眼光は、シルヴィーには威圧以外の何物とも思えない。
「俺にはね、あんたの口を無理矢理塞ごうなんて気は更々ないのさ。そんなことをしたら、俺が姫若に叱られちまうからね。でも確認はしないといけないンだ。解るだろう?」
 低く小さな声が床を這い、足下から聞こえた気がした。シルヴィーの奥歯が鳴った。
「わたしの……勘違いでした。若様が姫様に見えたのは、わたしの思い違いです。わたし独りの……独り合点でした」
 ブライトが顔を上げた。破顔していた。ただし、奇妙にこわばった笑顔だった。
 どこから見ても作り笑いだと解る顔だ。
 誰が見てもそうと解らない自然な笑顔を平然と作ることができる男が、わざとらしく笑ってみせるのは、硬い笑顔を脅迫の道具として使うために他ならない。
 彼の思惑通り、シルヴィーは彼の怒りが収まっていないと感じていた。何もかも正直に言わなければ、どんな恐ろしい目に遭うか知れないと思いこんだ。
「まさかその勘違いをだれぞに話したりしたなんてコトは、しないだろうね?」
 問われて、彼女は小刻みに首を縦に振った。
 ブライトの笑顔が、一層硬質になった。
「もう一つ訊かせて貰うよ。大体、どうしてそんな勘違いをしたンだね?」
 それこそが一番の問題点だった。
 確かにエル・クレール=ノアールは剣士としては細身で小柄だが、女性としてはむしろ大柄の部類に入ろう。
 背丈は同じ年頃の娘達よりもゆうに頭一つ分は高いし、肩幅も拳二つ分は広い。
 どちらかというと着やせする体型であり、また、男物の衣服では腰を締め付けたり胸を持ち上げたりすることがないが故に、胸元や腰回りの丸みは目立たない。
 実用性を重視するのが好みであるから、身につける物全般について、デザインはすこぶるシンプルな物ばかりとなる。いわゆる「女性らしい華やかな装飾」は、むしろ毛嫌いさえする。
 それでも、女性である。顔立ちは当然女性的だ。が、化粧気もなく髪型にも頓着しないものだから、柔らかい面立ちであっても年若い「少年」であると主張すれば、皆納得する。
 だが、シルヴィーは女と見破った。
 ブライトは気に入らなかった。
 彼女が女であり、そして四年も昔に死んだはずのミッドの公女であると他人に知れることは、彼女の身の安全のためにあってはならない。
 それになによりも、
『つまらない男物の布っ切れの下に、信じられねぇくらい可愛らしいおっぱいとおしりが隠れてるってぇことを、他の野郎に知られてたまるか』
 不機嫌が募る。
 シルヴィーにこの男の歪んだ独占欲などに気付くことができるはずもない。押さえ込んだ声の問いに一層震え上がった。
「目が……」
 歯の根の合わない口が、一言だけ吐き出した。
「目?」
 ブライトと、エル・クレールが、異口同音に言った。シルヴィーはまだ震えていたが、
「私は……マカム族の出です」
 先ほどよりははっきりと聞き取れる一言を返すことができた。
 ブライトが眉頭を寄せた。
「マカム族たぁ南方系の放牧民族だろう? 近頃は定住政策とやらいう帝国式のお節介の所為で、元いただだっ広い草原から追ん出されて、居住区なんていう勝手な線引きの内側に、一族か精々部族の単位で押し込めらちまっている筈だが」
 彼は頭の隅で大陸の地図を広げた。
 ギュネイ帝国では帰順させた「少数民族」たちに対して家族単位で幾ばくかの土地を「与え」ている。
 彼らが団結という力が得ぬように、細かく切り離し、さらには身動のとれぬように封じ込めるのが目的だ。
 シルヴィーは口を引き結んで頷いた。一つ深呼吸をし、彼女はゆっくりと話す。
「マカムの女達は人前に肌を晒すことを禁じられております。脚も手も、顔も、どうにか目だけが外から見えるベールで覆うのが決まりごとです」
 言い終わらぬうちに、エル・クレールが懐かしげに声を上げた。
「あれはとても優美な姿でした」
 ブライトはちらりとエル・クレールを見た。
 眉尻が下がっている。
 切り刻まれた血族たちは、大陸全土の「居住区」に散らされ、生きている。その小さなコミュニティが、
『ミッドの中にもあった、か』
 ミッド公国は「御位を失った前皇帝への捨て扶持」として、二十余年前に建てられた国だ。その地に元々住んでいた……というよりは、大公一家よりも先に押し込められていた……のが、件のマカム族だ。
 彼ら閉じこめられた同士が争うことなく暮らせたのは、新たにやってきた領主が前朝の皇帝であるジオ三世だったからに他ならない。
 マカム族を初めとするいわゆる少数民族の多くは、ハーン帝国に好意的だった。
 皇帝であった頃のジオ三世がマイノリティを厚遇していたというのではない。むしろ彼らに朝貢を強いたし、文明化と称して強引にハーンの言葉や風習を強制的に学ばせることもあった。
 ただ、生来温厚で争いごとを好まないラストエンペラーは、彼らをどこかに押し込めたり、彼らの習慣や信仰を野蛮と切り捨て、それを禁ずるような、性急な政策を採用することがなかった。
 今の世と比べればあの頃は良かった……比較論であり、郷愁の類でもある。それでも人々はハーン皇帝に親近感を抱いた。
 ミッドに移ってからも彼がやり方を変えなかったのも、マカムの民を喜ばせた。この土地にいる限り、彼らは迫害されないと知ったからだ。
 彼の政は画期的な善政とはいえぬが、悪政ではない。
 マカムの民は、マカムの神々を信仰しつつハーンの皇帝に仕えていることに矛盾を感じなかった。
 山の中の小さな盆地では、マカムの風習とミッドの習わしと、少しばかりのギュネイのやり方とが、大理石の模様のように絡み合っていた。
 小さな衝突は確かにあったろうが、それが決定的な亀裂に発展することはなかった。
 彼らは皆、ミッド以外で暮らすことの許されぬ者達であった。
 ジオ三世は、新皇帝に命じられて彼らと共に赴任した、いわば親ギュネイ派から文官の長を、マカムの中から武官の長を選出した。
 ミッド時代から仕えている家臣達を高位に付けることを避けたことに、人々は公正さを感じた。
 それでも、一人娘の学友にマカムの娘ガイア=ファデットを選んだことは、流石に国民を驚かせた。
 シルヴィーの顔にも、驚きが広がっていた。
「今の御上はマカムの装束を禁じておりますから、ギュネイの貴族の方はあれを見たことなんてないと思ってました」
「ドレスなどよりは、余程着心地が良い……などとは、私自身が言っては、いろいろな意味で良くないけれども」
 エル・クレールはちらりとブライトの顔を伺いつつ、声を潜めていった。聞こえていることは承知している。
「ヒトがこれだけ『フォロー』しているのに、テメェから身元を明かすようなことをぽろっと言っちまうってのは、どういう了見だ」
 ブライトは文字通りに天を仰いだ。
 女であることを黙っていろと言うのではない。大体、シルヴィーにはとうに露顕しているのだ。
 確かに言うよりは言わぬ方が幾分か良いではあろうが、言ってしまっても今更それほど問題にはならない。
 異民族の衣服を着ることが許される環境に育った貴族の子女であることを、暗に明かしてしまったことのほうが重大だ。
 情勢に明るく察しのよい者であれば、その条件だけで充分彼女の正体を推察しうる。
 そのような土地はミッド以外にあるはずがない。そのような娘は死んだはずのクレール姫以外にいよう筈がない。
 ブライトは顎を天上に向けたまま、目玉をシルヴィーに向けた。
 それがシルヴィーには恐ろしく不気味な顔に見えた。身震いし、慌てて頭を振った。
 彼女は姫若の『本当の正体』には、つゆほども気付いていないようだ。縦んば察していたとしても、脅しが利いている。彼女が誰かにそれを話す畏れはないと断じていい。
 ブライトの目玉は、迂闊で思慮の足りないくせに妙なところだけ勘の働く、それでいて鈍い姫君の方へぐるりと動いた。
 彼女に悪びれた様子はまるきり無かった。
「本当に、お前さんは俺サマが付いていないと危なくてしょうがねぇや」
 うなだれるように頭を戻した彼に、エル・クレールは
「頼りにしています」
 微笑を返した。
 真っ直ぐな視線が面はゆい。ブライトは自分の頬が熱を帯びたのを感じた。
「ったく、子供のクセにここンところ妙に色気付きやがって」
 舌打ちした。その子供に
『どうやらマジで惚れている』
 らしい自分のガキっぽさが、気恥ずかしかった。
 ブライトは大きなため息を吐き、
「それで? マカムの装束とウチの姫若のことと、なんの関係があるって言うんだ?」
 シルヴィーに話の続きを促した。照れ隠しの強い口調が、茨の棘のように突き出ている。
「部族によってはそれほど厳しくはないのですけれど、マカムの女は肌を人目にさらしてはいけないことになっています。手足は元より、顔であっても、男性がいるところでは見せてはいけないと……。だから、頭からすっぽり布を被るような服装になります。それでも外歩きをするにはものを見なければなりませんから、目の所だけホンの少し開けるような形になります。つまり、外から見えるのも目の回りだけになります」
 しどろもどろに言いつつ、シルヴィーは、恐ろしい顔つきでこちらを伺い見ている大男から、ホンの少しでも離れようと努めた。
 ダンサーに特有な強靱な足の裏の筋肉をそっと動かし、僅かな力だけで、少しずつ立っている位置をずらす。
「装束は誰が着る物もほとんど同じデザインですので……家ごとに幾分か飾り刺繍のパターンが違うことはありますけど、色や形はほとんど同じで……ですから、見えている目の色や形だけで、それが誰であるのか区別しないといけません。知っている人のことはもちろん、初めてあった人のことも、目で判断しないと駄目なんです。年をとった人なのか、子供なのか、亭主持ちなのか、嫁入り前なのか、そういうことも目を見れば大体判ります。ですから若様のことも、初めてお顔を見たときに眼差しがとても『女性的』に見えましたので、最初から、もしかしたら、と思っておりました」
 言い終わった頃には、彼女は二歩分も横に移動していた。
「目だけで?」
 エル・クレールは思わず己の目元に触れた。首を伸ばし、壁際の、踊り子達が使う錫鍍金《すずメッキ》が剥げかけた青銅の鏡を覗き込む。
 痩せた、目つきの鋭い「少年」の影が、不思議そうにこちらを見つめ返していた。
「マカムの人には区別がつくのですね……」
 落胆と感心が混ざったため息が漏れた。
 と、彼女の視界が突然閉ざされた。汗のにおいがする布が、頭から上半身にかけてをすっぽりと覆っている。
「それじゃぁ今後は、可愛い乳とケツだけじゃなくて、綺麗な目ン玉を隠す方法も考えねぇといけねぇな。まったく、面倒臭ぇったらありゃしねぇ」
 いつの間にか上着を脱ぎ、それを「主」の頭にかぶせたブライトは、もがくエル・クレールの身体を、さながら丸太を担ぐがごとく方に持ち上げ、立ち上がった。
「何事ですか?」
 くぐもった声に、彼は
「どうやら戯作者殿の作戦は見事なまでに失敗だったようでね」
 忌々しげに答えた。

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まろやか連載小説 1.41

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