煎り豆 − 【4】 BACK | INDEX | NEXT

2015/05/20 update
 村の外れの石の壁の小屋に、髪の毛の真っ白な若者のような旦那さんと、髪の毛の真っ白な娘さんのような奥さんおりました。
 小さな小屋のせまい粉碾き部屋には大きな体の人足頭がいて、人足達に大きな石臼を回させていました。
 石臼がごろぉりごろりと回ると、空豆の実が碾かれて粉になり、ぱらぁりぱらりとあふれて出ました。
 小さな小屋のせまい機織り部屋には、細い体の織工長がいて、職工たちに大きな紡ぎ車を回させていました。
 紡ぎ車がぶぅんぶんと回ると、空豆の蔓が紡がれて糸になり、しゅぅるしゅると巻き取られました。
 小さな小屋の狭い台所には、痩せた体の料理長がいて、料理人達に大きな回転天火を回させていました。
 炙り串がぐぅるぐると回ると、空豆の粉がパンになり、ふかぁりふかりと焼き上がりました。
 小さな小屋の狭い庭先には、小柄な体の鍛冶屋がいて、使用人達に大きな滑車を回させていました。
 滑車がぎぃしぎしと回ると、空豆の幹が釣り上げられ、ばたぁんばたんと屋根が葺き上げられました。
 空豆の実は碾いても碾いてもなくならず、百の袋が全部粉でいっぱいになってもまだ余っておりました。
 空豆の蔓は紡いでも紡いでもなくならず、百のかせが全部糸でいっぱいになってもまだ余っておりました。
 空豆の粉は焼いても焼いてもなくならず、百の籠が全部パンでいっぱいになってもまだ余っておりました。
 空豆の幹は積んでも積んでもなくならず、百の小屋を全部新しく建てても、まだ余っておりました。
 旦那さんは、豆の粉百袋を荷車に積むと、毛玉牛に引かせて村の東の外れの一夜谷那へ持って行きました。
 一夜谷那にはたくさんの人たちが住んでいて、明日のご飯の心配をしていました。
 何しろこの村は、村長さんよりも村一番の金持ち長者の方が威張っているくらい、ぜんぶのことを長者が取り仕切っております。長者が仕事の支払いをしてくれなければ、明日の夕ご飯は我慢しなければならないのです。
 一夜谷那の井戸の端にはおかみさんたちが集まって、残り少ない小麦の粉でどんなご飯作ったらいいのかと、口々に話し合っておりました。
「やあ村の衆、こんばんは」
 白髪頭の旦那さんは、井戸の端に荷車を止めて、大きな声で言いました。
 おかみさんたちおどろいて、お互いに顔を見合わせました。
「この村にこんな男の人がいたかしら?」
 旦那さんはにこにこ笑って言いました。
「ほぅれよくごらん、石の壁の小屋の爺だよ」
 おかみさんたちは男の人の顔をじっと見ました。確かに石の壁の小屋のおじいさんによく似ています。
「確かに石の壁の小屋のおじいさんによく似ているけれど、あのおじいさんはもっとおじいさんですよ」
 おかみさんたちは口々に言いました。とてもとても信じられないからです。
「わけを話すと長くなる。この豆の粉をご馳走するから、運びながらにでもきいておくれ」
 若者のようなおじいさんの旦那さんは、豆の粉の袋を荷車から降ろしながら、神殿の合唱団のように節を付けて話しました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 おかみさんたちはびっくりして訊ねました。
「その豆を食べておじいさんたちは若返ったんですか?」
 旦那さんは首を振りました。
「食べる前から元気が出てね。食べる前から若返った気がしたよ」
「なるほどなるほど。それではきっと、おじいさんたちが普段から良い人だから、神サマが元気をお恵み下さったんでしょう」
 おかみさんたちは合点して、大きくうなずきました。
 すっかり若返って元気になった夫婦の話を聞いたおかみさんたちは、なんだか自分たちもすっかり元気になった気がしました。
 つい先ほどまで明日のご飯を心配していたおかみさんたちは、白髪頭の旦那さんが持ってきた豆の粉を家族一人に一袋ずつ、軽々担いで持ち上げて、それぞれ家に持って帰りました。
 みんなが明日の食事に必要なだけ粉の袋を持っていったので、旦那さんは毛玉牛に荷車を引かせて戻りました。
 石の壁の小屋に着いて、残った袋を数えますと、粉が詰まって膨らんだ袋が百と七袋ありました。
 入れ替わりに、白髪頭の若い奥さんは、豆の茎から取った糸百かせを荷車に積むと、毛玉牛にひかせて村の南の外れの刺草丘に持って行きました。
 刺草丘にはたくさんの人たちが住んでいて、明日の仕事の心配をしていました。
 何しろこの村は、村長さんよりも村一番の金持ち長者の方が威張っているくらい、ぜんぶのことを長者が取り仕切っております。長者が仕事の手配をしてくれなければ、明日からはどんな仕事もなくなってしまうのです。
 刺草丘の井戸の端にはおかみさんたちが集まって、財布の底に残った銅貨でどうやって明日から暮らそうかと、口々に話し合っておりました。
「あら村の衆、こんばんは」
 白髪頭の奥さんは、井戸の端に荷車を止めて、大きな声で言いました。
 おかみさんたちおどろいて、お互いに顔を見合わせました。
「この村にこんな女の人がいたかしら?」
 奥さんはにこにこ笑って言いました。
「ほぅらよくごらん、石の壁の小屋の婆ですよ」
 おかみさんたちは女の人の顔をじっと見ました。確かに石の壁の小屋のおばあさんによく似ています。
「確かに石の壁の小屋のおばあさんによく似ているけれど、あのおばあさんはもっとずっとおばあさんですよ」
 おかみさんたちは口々に言いました。とてもとても信じられないからです。
「わけを話すと長くなるわ。この豆の茎の糸を配るから、運びながらにでもきいてちょうだい」
 娘のようなおばあさんの奥さんは、豆の茎の糸のかせを荷車から降ろしながら、神殿の合唱団のように節を付けて話しました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 おかみさんたちはびっくりして訊ねました。
「その豆を食べておばあさんたちは若返ったんですか?」
 奥さんは首を振りました。
「食べる前から元気が出てね。食べる前から若返った気がしたの」
「なるほどなるほど。それではきっと、おばあさんたちが普段から良い人だから、神サマが元気をお恵み下さったんでしょう」
 おかみさんたちは合点して、大きくうなずきました。
 すっかり若返って元気になった夫婦の話を聞いたおかみさんたちは、なんだか自分たちもすっかり元気になった気がしました。
 つい先ほどまで明日の仕事を心配していたおかみさんたちは、白髪頭の奥さんが持ってきた豆の糸を家族一人に一かせずつ、軽々担いで持ち上げて、それぞれ家に持って帰りました。
 みんなが明日の仕事に必要なだけ糸のかせを持っていったので、奥さんは毛玉牛に荷車を引かせて戻りました。
 石の壁の小屋に着いて、残ったかせを数えますと、糸が巻かれて膨らんだかせが百と七つありました。
 入れ替わりに、旦那さんは、豆の粉で焼いたパン百籠を荷車に積むと、毛玉牛に引かせて村の北の外れの煙吹き山へ持って行きました。
 煙吹き山にはたくさんの人たちが住んでいて、今夜のご飯の心配をしていました。
 何しろこの村は、村長さんよりも村一番の金持ち長者の方が威張っているくらい、ぜんぶのことを長者が取り仕切っております。長者が麦を売ってくれなければ、今日の夕ご飯は我慢しなければならないのです。
 煙吹き山の井戸の端にはおかみさんたちが集まって、空っぽの袋からどうやって粉を振るい出す方法があろうかと、口々に話し合っておりました。
「やあ村の衆、こんばんは」
 白髪頭の旦那さんは、井戸の端に荷車を止めて、大きな声で言いました。
 おかみさんたちおどろいて、お互いに顔を見合わせました。
「この村にこんな男の人がいたかしら?」
 旦那さんはにこにこ笑って言いました。
「ほぅれよくごらん、石の壁の小屋の爺だよ」
 おかみさんたちは男の人の顔をじっと見ました。確かに石の壁の小屋のおじいさんによく似ています。
「確かに石の壁の小屋のおじいさんによく似ているけれど、あのおじいさんはもっとずっといっそおじいさんですよ」
 おかみさんたちは口々に言いました。とてもとても信じられないからです。
「わけを話すと長くなる。この豆の粉で焼いたパンをご馳走するから、運びながらにでもきいておくれ」
 若者のようなおじいさんの旦那さんは、豆のパンの籠を荷車から降ろしながら、神殿の合唱団のように節を付けて話しました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 おかみさんたちはびっくりして訊ねました。
「その豆を食べておじいさんたちは若返ったんですか?」
 旦那さんは首を振りました。
「食べる前から元気が出てね。食べる前から若返った気がしたよ」
「なるほどなるほど。それではきっと、おじいさんたちが普段から良い人だから、神サマが元気をお恵み下さったんでしょう」
 おかみさんたちは合点して、大きくうなずきました。
 すっかり若返って元気になった夫婦の話を聞いたおかみさんたちは、なんだか自分たちもすっかり元気になった気がしました。
 つい先ほどまで今日のご飯を心配していたおかみさんたちは、白髪頭の旦那さんが持ってきた豆の粉のパンを家族一人に一籠ずつ、軽々担いで持ち上げて、それぞれ家に持って帰りました。
 みんなが明日の食事に必要なだけパンの籠を持っていったので、旦那さんは毛玉牛に荷車を引かせて戻りました。
 石の壁の小屋に着いて、残った籠を数えますと、パンが詰まって膨らんだ籠が百と七つありました。
 入れ替わりに、奥さんは、何にも載せない荷車を毛玉牛に引かせて、村の西の外れの石ころ川原へ行きました。
 石ころ川原にはたくさんの人たちが住んでいて、今夜の寝床の心配をしていました。
 何しろこの村は、村長さんよりも村一番の金持ち長者の方が威張っているくらい、ぜんぶのことを長者が取り仕切っております。長者が家や部屋を貸してくれなければ、今日は橋の下で寒さを我慢して寝るより他にないのです。
 石ころ川原の橋のたもとにはいくつもの家族が集まって、毛布一枚でどうやって一家が一晩過ごす出す方法があろうかと、口々に話し合っておりました。
「はい村の衆、こんばんは」
 白髪頭の奥さんは、橋の上に荷車を止めて、大きな声で言いました。
 みんなはおどろいて、お互いに顔を見合わせました。
「この村にこんな女の人がいただろうか?」
 奥さんはにこにこ笑って言いました。
「ほぅらよくごらん、石の壁の小屋の婆ですよ」
 みんなは女の人の顔をじっと見ました。確かに石の壁の小屋のおばあさんによく似ています。
「確かに石の壁の小屋のおばあさんによく似ているけれど、あのおばあさんはもっとずっといっそうんとおばあさんだよ」
 みんなちは口々に言いました。とてもとても信じられないからです。
「わけを話すと長くなるわ。私たちの家でみんなにご馳走をするから、荷台に載って道すがらにきいて頂戴な」
 娘さんのようなおばあさんの奥さんは、たくさんの人たちを乗せた荷車を牛に引かせて、石の壁の小屋へと進ませながら、神殿の合唱団のように節を付けて話しました。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 荷台に乗ったたんなははびっくりして訊ねました。
「その豆を食べておばあさんたちは若返ったんですか?」
 奥さんは首を振りました。
「食べる前から元気が出てね。食べる前から若返った気がしましたよ」
「なるほどなるほど。それではきっと、おばあさんたちが普段から良い人だから、神サマが元気をお恵み下さったんでしょう」
 みんなは合点して、大きくうなずきました。
 すっかり若返って元気になった夫婦の話を聞いたみんなは、なんだか自分たちもすっかり元気になった気がしました。
 つい先ほどまで今日の寝床を心配していたみんなたちは、白髪頭の奥さんに案内されて、家族一人に一ベッドずつ広々寝られる別棟の小屋を、それぞれの家族にあてがわれて休みました。
 みんなが一晩ぐっすり休めると安心したのを見ると、奥さんは毛玉牛を荷車をから放して牛小屋へ戻しました。
 元の石の壁の小屋に戻って、人がいない小屋を数えますと、新品の家具が据え付けられた小さな空き家が百と七軒ありました。
 こうして、一夜谷那の人たちは明日のご飯の心配がなくなり、刺草丘の人たちは明日の仕事の心配がなくなり、煙吹き山のひとたちは今夜のご飯の心配がなくなり、石ころ川原に集まっていた人たちは今夜の寝床の心配がなくなり、みんあ安心して眠りにつきました。
 村中をたずねて回って、全部の仕事をし終わったあと、白髪頭の旦那さんと白髪頭の奥さんは、肩を組んで庭先に出ました。
 冷たい夜風がぴゅうと吹きましたが、若くて元気の良い夫婦はちっとも寒くありませんでした。
「おばあさん、おばあさん。火が通っていたのに、日当たりの悪い痩せた土地に植えたのに、酸っぱいチーズの上澄みで育てたのに、あの一粒の豆は、なんと立派に育ったことだろう」
「おじいさん、おじいさん。たった一粒の豆から、たった一晩のうちにに育って、たった一日のウチに村中のみんなが満足するほどたくさんの実りになりましたよ」
「光の人の言ったとおりだ」
「光の人の言ったとうりですね」
「それならこれからのことも光の人の言ったとおりになるのだろうね」
「きっとこれからのことも光の人の言ったとおりになるのでしょうね」
「私たちの子孫は大いに祝福されるのだよ」
「これから生まれる子供たちと、そのまた子供たちは祝福されるのですね」
 二人が揃って天を仰ぎますと、空は妙に明るく、細い月はいつのまにやら西の空の果てに消えておりました。
 若者のようなおじいさんの旦那さんの、良く聞こえる耳に、たくさんの毛玉牛の悲鳴が聞こえました。
 娘さんのようなおばあさんの奥さんの、良く聞く鼻に、きな臭い焦げ臭い臭いが嗅ぎ取れました。
 若々しくて元気の良い夫婦の、良く見える目に、たくさんの小さな動物たちが、村で一番日当たりが良くて、村で一番良い井戸があって、村で一番土地の肥えた、村で一番広い丘に向かって、我先に走って行くのがゆくのが見えました。
 丘の麓には、村で一番の金持ち長者のお屋敷があります。
[WEB拍手]

BACK | INDEX | NEXT

TOP

まろやか連載小説 1.41

Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。