間道の【塔《タワー》】 − 【1】


 深い森の獣道である。行き来するのは地元の猟師か、通行手形のない無頼者ばかりだ。
 その、木漏れ日の届かない深遠で、うごめくいくつもの影を見たとたん、エル・クレール=ノアールは脱兎の勢いで駆けていた。
 女の悲鳴がする。哀願と拒絶と、そして断末魔の叫びだった。
 食い物と酒と女に餓えた無頼どもである。
 6人がかりで1人の農婦を襲った。
 おそらく、猟に出た夫のためにでも用意したのだろう。1つのパンと1本の葡萄酒を携えた初々しい若妻は、連中の欲をかき立てたが、満たすには不充分だった。
「莫迦、待てっ!」
 ブライトの声は、逆上しているエルの耳に入らない。
 しかし。
 間伐されていない茂みと、朽ち木の根に足を取られ、ようやくたどり着いたときには、もはや手遅れだった。
 日に焼けた浅黒い肌の、痩せた婦人だった。肌を覆う物はすべて引き裂かれていた。
 古ぼけた手提げ籠は腐葉土の上に転がり、ライ麦パンのくずをまき散らしいている。
 素焼きの酒瓶は、空っぽになってから、岩場に叩き付けられ、割られた。
 男どもは、全員が半裸である。下半身をだらしなく晒していた。
「下司どもがっ!」
 雄叫びをあげながら、エルは腰の剣を抜いた。
 一瞬、無頼どもは身構えたが、直後にはせせら笑っていた。
 『優男』が抜き払ったサーベルが、樫でできているのが見えた。
「間抜けめぇ」
 6人の内、誰かが言った。言い終わる前に、全員がその辺りに投げ放り投げて置いた剣を拾い、槍を構えた。
「はぁぁぁっ!」
 雄叫びをあげながら、身を低くし、エルは駆けた。
 長剣を持ったひょろ長い男が上段に構えた。小柄な剣士は、振り下ろされる剣の軌跡の内に入り込み、樫の剣を振った。
 胴をなぎ払われたそいつは、目を剥いたまま仰向けに倒れた。それきり、ぴくりともしない。
「野郎!」
 別の男が、エルの背後から槍を突き出した。
 刃こぼれした槍先は、華奢な背中を突き刺せなかった。そのかわり、太い木の幹に突き刺さっていた。
 エルは、右に体をかわしていた。
 めり込んだ切っ先抜くのに手間取っている間に、その男は、柄を掴んでいた両腕を激しく打たれた。
 肘と手首とのちょうど中間の骨が、両腕とも折れた。
「ぎゃっ!」
 短く鳴くと、男はそのまま失神した。
 左手から、細身のさび付いた刃が突き出た。
 エルはからくり時計の人形のようにくるりと身を転じ、勢い余ってつっこんできたそやつの後頭部を、飾られたサーベルのグリップで殴りつけた。
 そのまま前のめりに地面に叩き付けられた者は、痙攣(けいれん)しながら、口から汚れた泡を吹き出した。
「畜生め!」
 太った男が、肩からタックルを仕掛けた。
 予想外の攻撃だった。
 エルは避けきれず、吹き飛ばされて、大木の根本に倒れ込んだ。
 硬い樹だ。その上、張り出した根に、瘤があった。
 エルの銀色の髪に包まれた頭は、その瘤の上に落ちた。
 気が遠くなる。霞む目に、先ほどの太った男の顔が映った。
 瞳に、怒りと悲壮も恐怖が燃えていた。
「ちきしょう! よくも兄貴をぉ!」
 太った男は、エルの細い体に馬乗りになり、巨大な拳をとがった顎に振り下ろした。
 顎に痛みは感じなかった。むしろ、頸椎と頭蓋の接合点辺りに、激しい痛みを覚える。
 それが、太った男には気にくわないらしい。
 襟を掴むと、激しく揺する。
 ボタンがはじけ、生地が裂けた。
 胸がはだけた。薄絹の帯布で締め付けてられた乳房の谷間が、太った男の目に飛び込んだ。
 男の、目の色が変わった。怒りも、悲壮も、恐怖もない。


[2]

[4]BACK [0]INDEX [5]NEXT
[6]WEB拍手
[7]【覚醒編】
[#]TOP
まろやか連載小説 1.41
Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。