意外な話 或いは、雄弁な【正義】 − 【16】

 マイヤー=マイヨールの姿が視野からなくなると、彼は笑い涙が溢れ出た目尻を袖で拭って、小首を傾げているエル・クレールに向き直った。
 この男装した姫君は、自身の語った話でマイヨールを一泡吹かせようなどとは微塵も思って居らず、求められるままに、本心「自分が意外に思った話」をしたに過ぎない。
 それ故に、彼女は自分の「誠意」が伝わらなかったことが不思議であり、残念で仕方がなかった。
 ブライト=ソードマンは、人を疑うことも自身が人とずれていることも知らない彼女の性格が、愛おしくてならない。
「ウチの姫若様はこうでなくっちゃぁならねぇや。自然体ってぇのは何より強ぇえからな」
「自然体、ですか?」
 エル・クレールは更に首をひねる。彼が自分の言動の何を指して自然体と評しているのか、さっぱり判らない。子供扱いにされ、小馬鹿にされている気がした。
 ブライトは空いた丸椅子を足で蹴り動かし、エル・クレールの真正面に座った。
「あの三文、もう少し引っ張り伸ばして貰おうか」
 エル・クレールは益々混乱した。
「手短にと仰ったのは、あなたご自身ですよ?」
 呆れ声で言ったが、ブライトが自分にしてくる「提案」は、総て拒否の余地が残されていないのだと知っている。
「殿様は……」
 彼女が語り始めた直後、ブライトは続く言葉を遮って、
「あの禿助もいなくなったことだ。もう濁す必要もなかろう。つまり、お前さんの親父がどうしたって?」
 途端、
「えっ!?」
 大げさなくらいに叫んだのはイーヴァン少年だった。
 彼は戯作者が出ていった後も、律儀に壁際の椅子に納まっていた。その椅子から――驚きのあまりなのか、怪我ために足元が覚束無かったのか――転げ落ちると、立ち上がることも出来ず、床を赤子のように這いずって、ようやくブライトの隣まで来た。
 彼の慌て振りを面白そうに眺めていた「大先生」は、
「おめでたいぐらい鈍い奴だ。あの禿助の物書きですら、それぐらいのこと感付いてたろうに」
「そうですか?」
 落胆の声を上げたのは、イーヴァンと、エル・クレールだった。ことにエル・クレールは口惜しそうに口を尖らせた。
「私は、旨く隠しおおせたと思っているのですが」
「ええ、そうです。若先生は、ご自分のことだなんてちっとも仰らなかったです」
 イーヴァン少年はエル・クレール=ノアールという若い貴族に心酔していた。
 年頃は自分とあまり変わらないというのに、そして体つきなどは自分よりも小柄なくらいだというのに、剣術は自分よりも遙かに巧みで強い。
 イーヴァンは『この人に師事したい』と真剣に願い、しかしやんわりと断られた。するとその剣術の匠が歯が立たないというブライト・ソードマンに頭を下げた。
 ブライトは少年の願いを拒絶しなかった。しかし、弟子にするとも言わなかった。
 イーヴァンがブライトを「大先生」と呼ぶのも、エル・クレールを「若先生」と呼ぶのも、イーヴァンが勝手にやっていることだ。そして、いちいち否定するのを面倒臭がった怠惰な剣術使いは(そして彼の「提案」を拒めないエル・クレールも)、そう呼ばれるままにしている。
 ブライトは妙に楽しげに、
「自然体が二匹に増えやがった」
 呟いて、エル・クレールを見た。
「どうやら私には物を語ると言うことが旨くできないようですね……」
 彼女は落胆を苦笑で覆うと、今一度語り始めた。
「父は、私がそこにいることを知って大変驚いた様子でした。それでも大声を上げたり、私を叱ったりはしませんでした。ただ、
『火が消えているね』
 と言って、常夜灯の役を与えられていた


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まろやか連載小説 1.41
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