いが少ないから滅多に使わない。使わない刃物は錆びる一方」
簡雍は遠回しに王索の優秀さを褒めた。褒めながら、革紐を縦一列に渡って断ち切ってしまった。
繋がりを失った竹簡は、卓上と言わず床と言わずばらばらに落ちて、散った。
初め、簡雍の手先を呆然と見ていた王索も、床に散る竹簡の乾いた音に気付くと、慌てて散った書類をかき集めた。
「叔父上ッ! 何て事をなさるんですか?」
すると簡雍が言う。
「放っておけ」
それは久しく聞いた事のない、険しい声音だった。
王索が顔を上げると、彼は唇を真一文字に引き、真剣な眼差しを窓の外に向けていた。
袂の中が、もぞりと動いた。
簡雍には特技がある。
卜ぼく、つまり占いだ。
劉備はその腕前を高く評価しており、折りにつけ吉凶を訊ねる。
そこで簡雍は、主君の急な命に応じられるように、袂の中に巫竹ぜいちくを忍ばせていた。
この筮竹はたとえ馬上でも卦を立てる事ができる、寸を縮めた特製品だ。
故に王索は、彼が何かを占じていると直感した。
そして先ほどの険しい声も手伝って、彼が何を占っているのかに興味を抱いた。
「何が見えますか?」
王索は「占いの結果」を小声で尋ねた。
簡雍は答えた。
「晴天」
と。
確かに、今窓外を眺める彼の目には、初秋の青く晴れた空が映っている。
「え?」
思いもしない答に、王索は彼に怪訝な視線を向けた。
すると彼も王索の方へ視線を移した。
「散歩日和だと思わんかね?」
そう言った簡雍の眼は、少年のように純真な光を放っていた。
本心から散歩日和と思っているのかもしれないし、あるいは何か企んでいるのかもしれない。
「出かけるぞ、阿花。御主君を誘って散歩に行く」
彼は一息に言った。言うと同時に王索の袖を掴んで、彼女の返事も聞かず、すたすたと歩き始めた。
当然王索は驚いて尋ねた。
「なんですって?」
「散歩に出かけると言ったのだ。聞こえなんだか?」
簡雍は王索を引きずりながら……と言っても、簡雍よりも王索の方が背が高いので、簡雍が力ずくで引いて行くというよりは、王索がしかたなく付いて行っているという方が正確だが……答えた。
「いいえ、そうではなくて……。ただ……」
少しずつ遠ざかって行く己の執務卓と、その周囲に散らばる竹簡に、王索の目は注がれている。
「放っておけと言うに」
まるで駄犬の綱を引き寄せるかのように、簡雍は王索の袖を引いた。言葉には子を思う父のような優しさがあった。
「竹簡を削るのも、革紐を結ぶのも、小吏の仕事だ。小吏のままで終わりたくなければ、こんな辛気臭い官舎に籠もるな」
「はい……」
王索は息を呑んだ。
簡雍は遠くを見ていた。