向ける王索に、劉備が言った。
「淳于長彡几こんは一人で充分だ。むしろお前に望むのは蕭何の才。それに頓智とんちならば、もう少し上品なものを聞かせて欲しいからな」
彼は優しく笑んだ。そして今だ若者をからかっている漢に向かって言った。
「憲和……お主、やはり姓を元に戻してはどうか?」
「え? 叔父上は改姓なさっていたのですか?」
王索は驚いて劉備に訊ねた。彼は左の掌を開いて、そこに指で字を書いた。
「何と読む?」
覗き込んだ王索は、自身も指でその字を空中になぞりながら答えた。
「『耿(こう)』……ですか?」
劉備は頷いた。
「しかし、我らの故郷幽州では、かつてはその字をカンと読んでいた。……何年昔であったかな、初めて我らが官軍に席を置いた折、あやつは音を活かして文字を廃した。
『耿雍』であった姓名を『簡雍』と書くように、な」
劉備が言うと、簡雍が続けた。
「耿(あきらか)を簡(おろそか)に、な」
胸を張って言う簡雍に、劉備が
「お主の才覚はあきらかで、決しておろそかにはできぬ。どうだ、発音はそのまま通し、文字を元に戻さぬか?」
簡雍憲和は主君の問にこう答えた。
「御主君、俺は姓を変える気などありませんぜ。今の姓の方が、俺に合っている」
彼はニヤっと笑った。