岩長姫 退魔記 − 協丸・弁丸 【2】


 小さな声で協丸はつぶやいた。もっとも、弁丸はその小さな声にまるで気付かなかったらしく、両手を振り回したままで桜女の方へ駆け出した。
「桜女、ババさまはまだ生きてるか?」
 シロと呼ばれたオオトカゲに勝るとも劣らない勢いで駆け寄っる弁丸に、桜女はきゅっと眉を吊り上げた。
「また口の悪いことをいう。ババさまではなく岩長姫さまと敬ってお呼び」
「誰が『姫さま』じゃ。あんな白髪頭の、皺くちゃの、がりがりの、よぼよぼは、誰が見たってババじゃないか」
 まくし立てる弁丸は、不意に袖を引かれて振り向いた。
 協丸が少々困惑した顔でこちらを見ている。
「弁丸、岩長姫さまはこの山の鎮めの巫女だろう? それにお前の育ての親だ。あまり口悪しく言うものじゃない」
 言われて、弁丸は目を丸くした。
「協丸は弟のワシより、他人の桜女の肩を持つのか?」
「いや、そうでなくて……」
「敬え敬えというが、ワシはちゃんと敬ってババ『さま』と呼んでおる」
「確かに、そうじゃが」
「協丸じゃとて、ババさまの顔を見たら『姫』などと呼ぶ気にはならんようになる。ババさまは、がなり屋で、強情者で、頑固者で、乱暴な、ただの年寄りじゃ」
 ケラケラと大口を開け、弁丸は笑った。
 直後。
 天地の開きだった弁丸の上顎と下顎か、ガチンと音を立ててくっついた。
 ぼさぼさ頭の脳天に、筋張ったげんこつがずしりと乗っている。
 弁丸の背後、桜女の隣に、いつの間にか白の一重と緋色の袴を着た、白髪頭で皺の深い痩せた老婆が立っていた。
「だから私は『口悪しく言うな』と……」
 老女の拳の下の弁丸の頭の上には、大きなこぶができていた。
「痛てぇ!」
頭を抱え込み、弁丸がしゃがみ込んだ。
「この寸詰まりのバカ息子が!」
 老婆のがなり声に、
「寸詰まりというな!」
弁丸は大声で口答えしながら立ち上がったのだけれど。……自分の出したその大声が頭蓋に響いて瘤を揺らしたので、結局またしゃがみ込んだ。
 それでも、
「ワシの背丈が伸びなんだのは、ババがちゃんと飯を喰わせてくれなかったからじゃ。
 その証拠に協丸を見ろ。同じ日に同じ母から生まれたのに、屋敷でちゃんと飯を喰って育ったから、ワシより三寸も背が高い」
と、反論した……ただし、酷く小さな声で。
 老婆は協丸へ目を移すと、深々と頭を下げた。
「武藤の若様に恥ずかしい所を見せてしもうて……。妾が岩長にございます」
「武藤協丸にございます。この度は、岩長姫さまのお力をお借りいたしたく、参上いたしました」
「妾の力とは……」
「悪さをする『あやかし』を懲らしめていただきたいのです」
「あやかしが、悪さを?」
 穏やかな笑みを浮かべたまま、岩長は足元でうずくまっていた弁丸の首根に手を伸ばした。そうして……枯れ木のように細い腕からは信じられないのだが……まるで子猫でも拾うかのように、弁丸を持ち上げた。
「これバカ息子。お前が武藤のお屋敷に戻るとき、邪悪を鎮める霊剣を守り刀にと持たせたハズじゃが?」
 つり上げられた弁丸は、きゅいっと口を尖らせた。
「おかげで屋敷にはあやかしが這い入って来ん。だからといって、領民全部を屋敷の中に詰め込むわけにはゆかんわい」
「それほどに強いあやかしかえ?」
「強い」
「ふむ」
 岩長は弁丸を大地に下ろすと、懐から紙の束を3つ4つ出した。
「桜女や」
 呼ばれると、桜女はすうっと岩長の足元に寄り、かしずいた。
「あい、姫さま」
「この護符と……それから適当に見繕った『式』を連れて、武藤さまのところへ退魔に行け」
「ババさま、桜女をウチへ連れ帰っ


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