岩長姫 退魔記 − シロ 【4】

、いっそう太い根を弁丸めがけて振り下ろした。
「あやかしが、お前がなんでこの霊剣の銘を知っておる?」
 弁丸はその太い根に刀を突き立てた。
 今度は刀そのものが火を噴いた。
 火は根に燃え移り、さかのぼって幹へ迫った。
「桜女、助勢しろ!」
「言われるまでもなく」
 桜女は素早く弁丸の傍らにより、
「風!」
と唱えて御幣を振った。
 ごうと唸って風が起きた。
 青い炎は火勢を増して、枯れ木全体を包んだ。
 しばらく朽ち木は火の中でのたうち回っていたが、やがて動かなくなった。うねってい た根も、ざわめいていた枝も、すっかり炭になっていた。
「莫迦なあやかしじゃ。器にこだわらねば斬られることも燃やされることも無かったに」
 鼻で笑った弁丸は、炭になった根っ子から刀を引き抜こうとした。
 ところが。
「抜けぬ? 力任せに刺しすぎたか」
 つぶやきながら、弁丸は木の根に片足をかけ、それこそ力任せに引き抜こうとした。
 その時。
 ぶわん、と風を切り、根の形をした炭の固まりが宙に舞い上がった。
 それに体重をかけていた弁丸は、ひとたまりもなく吹き飛ばされ、地面に叩き付けられ た。
 気を失いかけた彼の頭の上で、朽ち木のあやかしが、川から上がった子犬が総身を震っ て水をはじき飛ばすような仕草をして、炭化した表皮を払い飛ばしていた。
「弁丸!」
 協丸と桜女が同時に悲鳴を上げた。
 互いの声が、互いには届いていなかった。
「莫迦はおのれだ!」
 朽ち木が怒鳴った。持ち上げていた根を、霊剣を突き立てたまま弁丸の頭の上に落とし た。
 思わず両目をつぶった弁丸だったが、額に小さな欠片が当たった軽い感覚に驚いて目を 開けた。
 根は、彼の身体の一尺ばかり上で止まっていた。
 そして、その五寸ばかり下に、桜女の身体があった。
 紙のように白い肌と紙のように白い単衣が茶色く染まっていた。
「さくら……め……?」
「ほんに、弁丸は、頼りない、男の子だこと」
 にこりと笑った桜女の黒々とした瞳から、徐々に精気が消えて行く。
 やがてその黒い丸は、ただ黒いだけの丸になり、紙のような色の顔が、ただの紙に変わ った。
 墨で書かれた呪文が汚い茶色の染み出被われ尽くすと、襟首と手首の数珠がばらけて散 り、キラキラと落ちた。
 弁丸の顔に、身体に、地面に、小さな水晶の珠が降り注いだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 弁丸は大粒の涙を両のまなじりから吹き出させ、叫び、目の前の汚れた炭の固まりを殴 りつけた。
 ぐらりと、朽ち木が揺れた。
 揺れて、倒れた朽ち木は、しかしすぐに立ち直り、
「紙を破かれたくらいで泣き叫ぶか」
せせら笑いながら、三度太い根を振り下ろした。
 根は何もない地面を砕いた。
 弁丸は飛び込んできた協丸と一塊りになって、石くれだらけの山肌を転がり落ちていた。
 転がって転がって、谷底まで落ちてようやく兄弟は止まった。ところが、弟の方はすっ かり呆けていて、起きあがることすらできない状態だった。
 協丸も体中をしたたか打っており、やっと顔を上げるのが精一杯だ。
 その持ち上げた顔の、うっすら開いた目に映ったのは、山肌の遥か上から銀色の固まり が降ってくるようすだった。
「シロ?」
 真っ白なトカゲは口に刀をくわえている。
 シロは山肌に沿って急降下したかと思うと、兄弟の間際でいきなり突き進む向きを上へ 変えた。
「キュゥー!!」
 上昇しながら、シロは大きく一声鳴いた。
 くわえていた刀がストンと落ち、放心したまま倒れ込んでいる弁丸の頬をかすめて、地 面に突き刺さった。


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