岩長姫 退魔記 − シロ 【4】

「痛い」
 弁丸の口が僅かに動いた。協丸がのぞき込むと、彼は頬からほんの少し血を流していた。
「どこが痛い?」
 ざらついた声で訊く協丸に、弁丸は
「全部じゃ。どこもかしこも」
洟と涙を袖でぐしゃりと拭い、飛び起きて、
「腕も腹も背中も脚も頭も顔も胸の中も、全部痛い!」
喚きながら地べたから霊剣を引き抜いた。
「シロ、来い!」
 呼び声に応じて、天空からシロが舞い降りてきた。
 ただし、その姿は珠でも大トカゲでも無かった。
 銀色の鱗に覆われた身体に、蝙蝠に似た巨大な翼が生えている。大きな角を一対生やし た頭から尻尾の先まで、やはり銀色のたてがみが生えている。
 遠目には、腹の出た蛇のよ うにも見える。だが、四つ足があり、身の丈は人の三倍はある。
そして、頭が割れそうなほどの大声で、
「ゴォォウ」
と咆吼した。
「あれが、シロか?」
 協丸は震えながら訊いた。弁丸は相変わらず洟をすすりながら、
「そうらしい」
とだけ答え、巨大なシロが突き出した後足に跳び掴まった。
 そのままシロは舞い上がった。あの朽ち木のあやかしのいる場所の、そのまた遙か上ま で、一息に飛んだ。
 朽ち木の燃えさしが枝や根を空高く突き上げたが、届かなかった。
「おのれ銀龍! 何故その人間の小童に味方する!? おのれも我と同じモノであろうが ぁ!!」
 口惜しげな声で叫んだ朽ち木の上に、天空の銀色のモノの脚から人間の小童が落ちてき てた。
 弁丸は落ちる勢いと己の体重と剣の霊気とをその切っ先の一点に掛け、朽ち木に突っ込 んだ。
 朽ち木は真っ二つに割れた。だが、あやかしは動くのを止めなかった。
 2つに割れたその裂け目から、どす黒い霧が溢れ出て、それが弁丸ににじり寄った。
「よこせ、身体をよこせ。器をよこせ。器があれば我は生き物になれる」
 黒い霧の先端が弁丸の首にあと三寸ばかりに迫ったとき、
「身体が欲しいなら、来い」
天地が震える声がした。
 銀色の鱗を光らせて、巨大な姿のシロが黒い霧を睨め付けている。
「我はうぬと同じモノ。人でないモノ。人とは違う器を持つモノ」
 シロは大きく口を開けた。つむじ風が起き、黒い霧の塊はシロの口の中に吸い込まれて いった。
 塊を飲み込むと、シロは身悶え、
「ゴォォウ……コォォゥ……クォォゥ……」
しばらく鳴いていたが、次第にその声は小なものになっていった。
 そうしてついに
「きゅうぅぅ」
という愛らしいものになったと思うと、身体の大きさも元に戻っていた。


[1]
2014/09/20update

[4]BACK [0]INDEX [5]NEXT
[6]WEB拍手
[#]TOP
まろやか連載小説 1.41
Copyright Shinkouj Kawori(Gin_oh Megumi)/OhimesamaClub/ All Rights Reserved
このサイト内の文章と画像を許可無く複製・再配布することは、著作権法で禁じられています。