序章 − 行動 【2】

いのですが…」
 少々不安げに主税はタクシーの運転手に告げた。N県の観光マップなどには黍神山の案内はまるで載っていない。きっと寂れたところに違いがない。もしかしたら地元でも知られていないのではないか…と、主税は思っていた。
 が、タクシーの運転手はにこやかに笑って、
「あすこまでだと、3000円ぐらいかかりますよ」
と答えた。
 さらに車中で、主税は訊ねてみた。
「黍神って、有名なんですか? ガイドとかにはまるで載ってないから…その、昆虫採集の穴場だと思ったんですが」
 とっさに目的を偽った。主税自信にも理由が解らなかったが。
「大本営の跡があるからね。夏の…敗戦記念日あたりになると、わりと見学者が来るんですよ」
「大本営…って?」
「若い人は知らんかもねぇ。 第二次大戦中、軍本部と皇居を東京から田舎に移そうって計画があってね…あんまり東京が空襲されるからって。それで、ここらが山ン中で地盤も固いからと、選ばれっちまったんですな。 ま、決まったのが終戦直前で、しかもこっちまで空襲されるようになったんで…軍の飛行場があったんだから、当たり前ですがね…ともかく防空壕を掘ったはイイが、結局使わなかったそうだけど」
「ああ、あれはこのあたりの話なんですか」
 一応は史学科在籍の主税であるから、専攻の中南米史だけではなく、日本近代史も多少は知っている。ただ、興味のないコトに関する知識という物は、はかなり大きな切欠がないと出てこないものなのだ。
「…もっとも、黍神の壕はかなり痛んでいて、中を見学できないモンだから、山の口まで来て引き返す人がほとんどですどね」
 鷹揚に笑った運転手は、さらに続ける。
「ちょっと前に素人歴史家が『黍神山は超古代のピラミッドで、UFOの基地だ』なんて言ったことがあったっけな。火の玉みたいなのが飛ぶとか、山頂の神社に祭られているのは実は宇宙人だとかコイてね。 それからちょっとの間は、UFOとか古代文明とか言うのがブームになって、そういうのの物好きがが山登りしようってやって来るようになったけ。 しばらくして、ちゃんとした地質学者が…ええっと、山腹に地下水が流れてて、それが電気を出して、雷みたいに光る…とかいうのを解明したら、まあそっちのお客はめっきり減っちゃいましたがね」
 話が佳境に入った頃、優は主税の耳たぶを引っ張って、強引に耳打ちをした。
「きっとそこ、火山性の山なんだよ。だから地下水の流動帯電現象が起きて、コロナ放電したんだ。それが火の玉みたいに見えたんだよ。地震とか地鳴りもあったと思うけど、そーゆーのが余計に『擬似科学』ぽい発想を呼ぶんだ」
 これは小学5年生の発言である。主税は感心しつつも呆れながら、
「だろうね」
とだけ応えた。

 黍神山(きびかみやま)は本来、信仰の山であった。山頂にある神社の参道として整備された登山道が、細々と山林の奥へ向かって伸びている。
 しかしそれ以外は鬱蒼と茂った森で、大本営であるとか、UFOであるとか、およそ近代的な開発らしき跡は見えない。
 タクシーの運転手から近在の旅館案内図と
「ロープの張ってある所は地滑りの危険地帯だから、近づかないように」
という注意をもらった主税と優は、とりあえず参道を登ってゆくことにした。
 運転手の言った「地滑り」が、かなり深刻なものであるというのは、すぐに判った。
 砂利で整備された参道をほんの数メートルはずれた斜面は、あちらこちらで白っぽい土がむき出しになっている。
 先ほど優が「地震があったはず」と推測したが、それが当たっているとすれば、大本営豪跡が立入


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まろやか連載小説 1.41
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