禁止になっているのも、恐らく内部が大規模に崩落しているか、その恐れがあるからだろう。
「クワガタとかいるかな? おっきいヤツ」
優が浮かれた調子で言った。
「木の間にシーツを張って、懐中電灯を置いて一晩待てば、もしかしたら取れるかも知れないな」
「やった! じゃ、ホテルには泊まらないで野宿してクワガタ取りしよう。あ、でもカゴとか持ってきてないや」
「大きくて厚い木の葉を2枚、松葉の長くて丈夫なので組めば、簡単な虫カゴになる」
優は目を丸くして主税を見上げた。
「詳しいねぇ。チカラは大学出たら、虫取りのセンセイになるといいよ」
まっすぐ正直に感嘆している。
「専門外の事ながら緑川博士に褒めていただけて、実に光栄だよ」
主税はケラケラと笑った。
と。
主税の視野の端で、何かが動いた。
豆粒ほどの大きさだ。かなり距離が離れているのだろう。
それは、黒っぽい影であった。木々の奥、崩落した白い崖を背景にしていたものだから、
一瞬ではあったが、妙にはっきり見えた。
『崖崩れを補修する人か? まさか熊が出るとか言わないだろうな』
くるりと大きく向き直った。身を乗り出して、枝の間をのぞき見た。
人の形をした黒い固まりが、確かにそこにいた。
陥没し大きく口を開けた洞窟様の穴の回りに、うじゃうじゃと。
背のあたりにチラチラと羽ともとれる何かが付いている。手に手に何か携えてうろうろする様は、さながら羽蟻の大群である。
「なんだ、一体?」
足を踏み出した、その瞬間。
赤く痛烈な閃光。
網膜が突き破られた、目を開けられない。
顔を手で覆い、後ずさった。
「チカラ!? ナニ? 今レーザー光が下から…。うわ!」
優が足許にしがみついた。
拍子に砂利に足を取られ、主税は仰向けに倒れ込んだ。
背中で砂利がこすれ合う音がする。正面から、鳥の羽ばたきに似た風音がする。間近で優の悲鳴が聞こえる。
主税は見えなくなった目を必死に見開きながら、優を抱きかかえ、這いずって更に後ろへと下がった。
その進む先に、黄色と黒のナイロンで編まれたロープが、力無く張られている。参道脇の斜面の木々は大きく傾いて、根を晒していた。
視力がわずかに戻り、目のすぐ前に黒い人状の影の頭部をうっすらと感じた瞬間、主税は自分の手元に地面がないことに気付いた。
そして、目には光と闇を交互に、全身には激しい痛みを、腕の中には確かに優の体温を感ながら、主税は意識を失った。