迷走の【吊られた男《ハングドマン》】 − 【4】

見やった。
 彼は、テーブルに両肘を突き、祈るときのように両手を拱《く》んでいた。
 目玉が、『お前さんに任す』と言っている。
「故郷はなく、行き先もございません。……と申しますのも、実は私ども、身内を全て失うたが故に、旅に身を投じた次第でして……」
 モルトケ司祭の顔が曇った。
「では、もしや……いや、まさか……。各地に、魔性の物があらわれ、村町を襲い、国を滅ぼしてい、と言う噂を…………聞き流しておったが、真実と思って、良いのでしょうや?」
 エルは悲しげに小さくうなずいてから、聖職者の顔をじっと見た。
「あなたの言う【魔性の物】を、ギュネイ皇帝は【堕鬼《だき》】であるとか【オーガ】であるとか呼んで、誅殺の勅令を発しています」
 司祭は力無く頭を振った。……否定、というよりは、否認の素振りだ。
「【オーガ】どもは、人の命が持つ『力』を食らうが為に町村を襲っている。そして命の抜け殻、つまるところ死体を操って、国を滅ぼしている。その死体のコトは、【グール】なんて呼んでるがね……帝都の玉座でふんぞり返っている旦那は」
 ブライトがつぶやく。周りの人間によく聞こえるような、小さな声で。
 ヘルムス=モルトケは、目をつむり、天を仰いだ。
「先ほどの葬儀……亡骸は、普通の死に様ではなかったように見受けられました」
 よく通るエルの問いかけに、司祭は再度頭を振る。
「若者ばかりが、命を失っておられるのでは?」
 モルトケ司祭はびくりと顔を上げた。怪訝な顔で、エルを見つめる。
「……参列者が、ご老体ばかりでした。子や孫に先立たれたショックで、泣くこともできぬ程、憔悴しきっておられた」
 一瞬、モルトケ司祭の顔に厳しい嫌悪が現れた。
 が、
「良う、お気づきになる……」
と、声を絞り出したときには、彼の「基本的」には柔和な顔が、その尖った感情をすっかり隠していた。
 ブライトは、乾いた皮膚を引きつらせて笑む大司祭殿を横目で見、またつぶやく。
「どうやら、世ずれしたマトンより、純なラムの方が、美味い上に扱いやすいってのを、やつも知ってるようだ」
 彼の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、司祭は目を堅く閉じた。唇と、肩と、指先と、脚とを、小刻みに震わせている。
「万一……あの子等の、命を奪った者が……その【オーガ】などという、人外の物で、あったとして……。その……【オーガ】……とは、何でしょう? いや、もし、そのようなモノが居たとして、ですが」
 モルトケ司祭の口振りは、否認を続ける罪人のようですらある。
「人間、ですよ」
 ブライトがくぐもった声を出した。
 エル・クレールが後を接ぐ。
「人はすべからく、心に闇を抱えているものです。心強き者は、その闇を信念の光で照らすことができます。ですが、脆弱な心にはそれができないのです。 そのような弱い人々の、畏れと不安に満ちた心が、自身の中に渦巻く恐怖に取り憑かれ、堕ちてしまうのです。……【オーガ】になることが、恐怖を打破する術だと勘違いして」
 深いため息が、語尾を飾った。
 すると再びブライトが、拱んだ手の上に顎を乗せたまま、語る。
「……きっかけがありさえすれば、誰もが堕落の道を歩むでしょうな。大天使ですら慢心の末に堕ち、年経た蛇だの悪龍だのと呼ばれる。況や、人間をや……。弟子が師に教える事もないこってすがね」
 そして、あの鋭い目を、ちらと聖職者に向ける。干からびた青黒い顔に。
 モルトケ司祭は、唇を噛み締めていた。
 鋭く尖った犬歯の下から、黒紫の血が滲み出た。
 同時に、眼光が急激に険しくなった。
 だが、どうい


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