が身体に影響を与えよう事などありえぬのじゃが、どうやらそれが何かの拍子にあふれてしもうたんじゃろうて。
ところがそいつが強すぎて、身体が追いつかない。ようするに自家中毒と言う奴じゃ」
名医の見立てのように明快な老人の言葉に、ブライトは逆に不審を抱いた。
「じいさん、あんたそんな『症例』を他にも見たことがあるような言いっぷりだな」
「どうやらお主より数倍長生きしておるでな」
ニヤリと笑ったシィバ老は、しかし腕組みして
「原因が何であれ、きっかけはわしにある。弱々しすぎて役に立たぬ魂共を一つにまとめてしもうたのはわしじゃし、オークを作る研究の根幹にはわしの著作がある。さていかにしてエル坊を元に戻してやるか、だが……」
「あれがクレールの魂だって言うなら、ぶった斬る訳にゃいかねぇ。大体斬ろうにも、あの莫迦は俺の【恋人達】まで見境無しに取り込むつもりと来ている」
忌々しげに爪を噛むブライトの胸元に、老人は
「元の『栓』が合えば良いんじゃがのう」
赤い珠を差し出した。
「そいつは【正義】のアームか。あの底抜けのドジめ、吹っ飛ばされた拍子に手から放しちまったのかよ」
「先ほどまでと今とでエル坊に違いがあるとすると、このアームだけじゃ。おそらくこれが何かしらの枷になっておったのだろうよ。
しかしいくら【正義】の銘を持つアームとは言っても、その所有者のエル坊から鼻を突くような正義感が匂うものかのう。坊やが若すぎて、外からの影響を受けやすいとはいえども……」
「どんな跳ねッ返りでも、実の親の影響ってのは、他のモノより余分に受ける」
「ほう、これは親か。なるほど、なるほど。エル坊は親の言いつけを聞くよい子であった訳か。なるほど、なるほど」
大仰なほど感心する老人の掌の上で、珠は穏やかに光を放っている。ところが、その表面にブライトの指先が触れた瞬間、
「痛!」
雷のような放電が、彼の爪を割った。
老人は珠とブライトを見比べた。
「嫌われておるようじゃな。お主、この魂の持ち主となんぞあったか?」
「ンな覚えはねぇよ……多分な」
ブライトは苦々しげに唇を曲げ、今度は素早く強引に珠を掴んだ。
指の間から青白い稲光が漏れる。その数倍の衝撃を、ブライトは受けていた。
皮膚の焦げるにおい、血液の沸騰するにおいが、彼の右手から漂う。
流石にシィバ老人も心配して、
「ソードマンよ、右腕が使い物にならんようになるぞ」
脂汗をかきながら、しかしブライトは自信ありげにうっすらと笑った。
「死人の嫉妬なんぞに負けるほどヤワじゃねえよ」
そうしていっそう強く【正義】の珠を握りしめる。
ブライトはエル・クレールの鼻面にその珠を、血まみれの拳ごと突きつけた。
「保護者の再登場だぜ、お姫様。
どうにも口惜しいし、手前ぇが情けなくもあるんだが、どうやら今のところお前さんを助けられるのは、俺じゃなくて親父さんってコトのようだ」
聞こえているのかいないのか、エル・クレールは微笑みを凝固させたままぴくりとも動かない。
ブライトは続ける。
「お前さんがどう思っているのか判らないがね。少なくとも親父さんはまだ親離れさせる気はこれっぽっちも無いとさ」
やはり返事はない。
ブライトは赤い珠をエル・クレールの胸に置いた。歪に脈打つ血管のような、あの紋章の上に、である。
珠は、途端に放電することを止めた。
そして、紋章も痙攣することを止めた。
乾ききったスポンジに吸い込まれる水のように、【正義】のアームはエル・クレールの体の中に消えた。
彼女の身体に張り付いていたモノ達