深林の【魔術師】 − 【4】

たか?」
 レオンがうつむき加減の彼の顔をのぞき込んだ時だった。
 廊下の奥がざわめいた。
 雑吏が一人、駆けてくる。その後ろにもう一人、こちらは悠然と歩いている。
「ユリアン卿がお戻りです! ユリアン卿が、お戻りになられました!」
 雑吏は叫きながら食堂に駆け込み、その背後の人物は、廊下の端にいる「見知った顔」にゆっくりと近寄った。
「アンドレイ」
 中年男の逞しげな名前が、どろりとした響きを持ってその人物の口から出た。呼ばれたマルカスが慌てて振り返ると、その人物の視線は彼を通り越して二人の旅人を眺めていた。
「ユリアン卿……お早いお着きで……」
 マルカスは生唾で乾ききった喉を濡らし、それでも嗄れた声で言った。
「アンドレイ、相変わらず他人行儀な物言いだな……」
 そのからみつくぞんざいな言葉遣いの人物は、どう見ても三十前の若輩だった。
 青白い顔で、骨張った体つきをし、猫背に曲がった背中が高くない背丈をより低く見せている。
「私は貴君を傳《めのと》(教育係)というより友とも思っているというのに」
 マルカスに語りかけながら、視線は見慣れない二人連れに注がれ続けている。
「そちらは……?」
「お客人です。国土を旅して回っておられ、このカイトスにお寄りになられた……」
 マルカスが言うのに合わせ、レオンとガイアは型どおりの礼をした。
「国土を……。ではいろいろなことを知っていらっしゃる?」
「知らぬことのほうが多うございます」
 レオンが答える。
「ご謙遜を」
 デートリッヒ=ユリアンは、生白い頬の薄い肉をぴくりと動かした。……それが彼の笑顔であるらしい。
「領国の中に閉じこもって外を見ようとしない多くの者達よりも、そこもとらのごとき行動派の方が……世界が広い」
 筋張ったユリアンの指が、食堂のドアを示した。
「一緒に食事をしませんか? あるいは美酒などを傾けながら、旅の話を語っていただきたい」
 レオンは彼の指先をちらと見、
「しかし、御貴殿とポルトス伯の水入らずを邪魔する訳にはまいりませぬゆえ」
 頭を下げた。
 ドアの向こうに、確かに人の気配がする。おそらく、ビロトーに羽交い締めにされたポルトス伯爵のものだろう。
「食事は大勢で摂った方が楽しいもの……。で、あろう、マルカス?」
 矛先を向けられたマルカスは、眉間に深くしわをよせ、上目でクミン夫妻を見た。
 レオンとガイアは、肩を数ミリ上下させて表現し……彼ら以外にはその呆れと諦めは伝わらなかったようだが……ユリアンの招きに従った。
 中では、案の定ポルトス伯が狂喜乱舞し、案の定ビロトー将軍が大汗をかいていた。
「ユリアン、ユリアン」
 ポルトス伯爵は白髪交じりの髪を振り乱して甥に抱きついた。ユリアンが困惑の目をマルカスとビロトーに向ける。
 両将軍は互いの顔を見、次いで二人の旅人の顔を見、再び互いの顔を見た。ため息が二つ漏れた後、口を開いたのはビロトーだった。
「得体の知れぬ物がカイトスを壊滅させたのです。伯爵は心痛のあまり心を乱されまして、この様な有様……」
「得体の、知れぬ……?」
 ユリアンは針のような視線をビロトーへ向けた。
「そのような物言いでは理解ができぬ」
「それ以外には申し上げようがありません。形だけならば、首のない死体と表現できましょうが……」
 ビロトーは唇をかみしめた。
 ユリアンの視線はマルカスに移った。マルカスも唇を閉ざしている。
「貴君らがこれほど無能だとは思わなかった。折角お前達を見込んで、私が【皇帝】に言上し、直臣に迎えるとの確約を得たというのに。これでは


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