た。床に強か頭をぶつけてもなお、戸が開いたのだと言うことが暫く理解できなかったほどです。
頭蓋の揺れと脳漿のそれとが収まり、鼓膜のキンキンとした震えが止まって、漸く御子は気付きました。
扉は開いた。
重い金属音は扉を閉じていた何かの細工が動いた音であることも察しました。
その細工を作動させたのが自分の後頭部で、それが細工を動作させる釦になる場所と丁度同じ高さにあり、動作させるに見合った力加減でぶつかったのだろうことも、おぼろげに理解しました。
仰向けに床に転んで、真っ暗な天井を見上げた状態で。
御子は暫くそのまま寝ころんでいました。脳の揺れは収まっても、痛みはすぐには消えてくれませんでしたから。天井を見上げたまま、何度か強い瞬きをしまし、大きく息を吐いて、それからゆっくりと身を起こした……頭をぶつけたときにはあまり性急な動作をするべきではないと、剣術の師匠から教わって、知っていたのです。
尻餅をついた格好で前を見ました。つまり廊下の側をです。
蛍火虫の明かりは一所に留まって、ゆっくりと点滅していました。恐らく向かいの壁にでも止まっているのでしょう。
御子は座り込んだまま、もう一度大きく息を吐きました。そして小さく
「嗚呼、痛い」
と呟いてみたのです。
何故、と? 誰かがいれば、その声に答えてくれるやも知れないと思ったからですよ。
まあ、万一誰かが居たとしたら、扉の向こうで大きな音がして、扉の仕掛けが動いて、扉が開いて、何かが部屋の中に入り込んできたその時点で、何らかの反応をするのが当然でしょう。
良い反応にしろ、悪い反応にしろ、何かしらの変化が起きるはずです。
御子の声は、闇の中に吸い込まれてゆきました。
期待した反応はなく、変化もなく、返答もない。
この「幽霊屋敷」に居るのは、自分ただ一人。御子は漸くその事実を受け入れました。
安堵したような、がっかりしたような、嬉しいような、寂しいような、奇妙な感情が御子の胸の中で渦巻きました。
妙に可笑しくなって大声で笑い出しそうになるのを、御子は必死で堪えました。肩をふるわせながら立ち上がり、頭や背や尻の塵芥を払う仕草をしました。
実際には床には塵も埃も一片たりとも落ちていませんでしたから、払う必要など無いのだということを御子は頭の中では理解していました。
それでもそうやって恥ずかしさを誤魔化すような仕草をせずには居られなかった。誰にも見られていないのに。
問題は、その仕草を、ずっと廊下を向いたまま行ったことでしょう。
あれほど覗き見たい、入りたいと思っていたあの部屋の中なのに、何故かすぐには見る気分になれなかったのです。
振り向き、見てしまうと、本当に底に誰もいないのだと言うことを「知って」しまう。
そのことが、惜しい気がしたのです。
いっそ後ろを見ないまま、前へ歩を進め、元来た道のりを戻ってしまおうか。
いや、それも何やら勿体ない。折角、父母の言いつけを破ってまで「冒険」に来たというのに、たどり着いた場所で何もせずに帰っては、まるで何かを怖れて逃げたようではないか。
御子は塵を払う動作をし続けている間、逡巡していた……いや、逡巡している間、ずっと塵を払うそぶりをしていた、と言った方がよいでしょう。
どれ程時間が経ったか判然としませんが、おそらくは四半刻のそのまた半分ほどの長い時間過ぎた後、御子は漸く服を手で払う仕草を止めました。
決心したのです。
そう、決心した。
迷いに迷って、漸く決めた。
後ろを見る。
後ろに、この部屋の中に何がある