意外な話 或いは、雄弁な【正義】 − 【13】

のか、この目で見る。
 そのためにここへ来たのだ。そのためにここにいるのだ。
 御子は何度も何度も心の内で言い、何度も何度も大きく息を吸い、何度も何度も大きく息を吐き出しました。
 そして、そっと、首を左にひねりました。
 ゆっくり、少しずつ、闇が流れてゆき、壁らしきものが見え、棚らしき影が見え、それから椅子らしき影、机らしき影が、徐々に視界に入りました。
 机らしき影の上には、小さくて丸い、うっすらと赤い色が見えました。
 途端、御子の鼻孔は菜種の油の燃える匂いを感じました。
 小さな食台の上で、金属の油壺の上の細い口金を殆ど締め切る程に絞った、小さな常夜灯の、幽かで弱々しい炎が、今まさに消え入ろうとしているところでした。
 これに気付いて、慌てふためかないでいられたら、その者は相当に剛胆だといえます。
 子供にその肝の太さを期待するべくもない。
「あっ」
 と短く声を上げ、同時に全身を灯のある方向へ向け、瞬時に足を前へ突き出して、心もとない明かりの側へ駆け寄ろうとしました。
 慌てているときと言うのは、何をやっても上手く行かないもの。しかも、いくら目が慣れたとはいえども闇の中のことです。
 御子は勢い余って食台の脚に膝頭をぶつけました。
 食台の脚が床を擦る音がしました。
 食台の周りに置かれていた、四脚の小さな椅子は、てんでバラバラの方向押し動かされ、あるいは壁に打ち付けられ、あるいは何かにぶつかり、あるいは倒れ、大きな破壊音を挙げました。
 肝心な台の上の灯も、クワンクワンといったような、心もとない音を立てて、大きく揺れました。小さな灯は揺れながら、それでもどうにか仄明るい赤を発していましたが、御子にはすぐに消えて当然に思われました。
 小さな光が、己の短慮のために消えてしまう。
 不安はそのまま口から飛び出しました。
「消える!」
 食台の端から手を伸ばす。台の中央で揺れている灯を押さえる。思った通りのことを思ったように成す。
 そして灯の揺れは収まりました。
 否、否、否。間に合いはしなかった。


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2015/07/28update

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