意外な話 或いは、雄弁な【正義】 − 【17】

せた。
「物語の解説を話の途中でやるようじゃぁ『語り部』としちゃぁ三流以下だ」
 ブライトは薄笑いしながら言い、両の目を大きく開いた。
「私は一流の『語り部』などではありませんから」
 エル・クレールが完爾とすると、ブライトは目玉だけをイーヴァン少年に向けて、
「つまり、ネタバラシを『語り部』に要求する方も『聞き手』として三流だってことだ」
 イーヴァンは背筋を正すと、
「僕は一流の『聞き手』になりたいわけではありません」
 八つ当たり気味に言うと、エル・クレールに真っ直ぐな眼差しを向けた。
「教えてください。なぜ若先生のお父上が大先生から『酷い親』呼ばわりされねばならぬのですか? 僕にはお優しい方にしか思えません。御子の頃の若先生が言いつけを破ったことをお叱りにならなかったし、怪我がないかと心配をなさっておいでました」
「優しい方でしたよ。ただ、為政者は時に非情でなければならないと言いますから、大きな土地を収める殿様には向いていなかったのでしょうね」
「ならば何故、若先生は大先生が『酷い親』と言ったのを、御否定にならないのですか?」
 エル・クレールは微笑んだ。寂しげに微笑した。
「ある一方に見せた優しさは、他方にとっては辛い仕打ちということもあります」
「どういう意味でしょう?」
 イーヴァンは強い口調で言った。自分の理解力が足らないのが無性に口惜しかった。
「つまり父は……あの方は先の奥方とその子供たちを……おそらく後の奥方とその子供と同じように……愛していた」
 エル・クレールはわざと他人事のように言った。
「彼等の為の『家』に、彼等と自分のための机と椅子を用意して、姿のない彼等が自分と向き合っているように感じるために、自分の椅子の正面に肖像画を掛けて、彼等と語らう時を設けて……」
 突如、エル・クレールは天井を見上げた。目尻から溢れそうになっていた液体を、無理矢理鼻の奥に落とし込もうとしている。
「……それを、後の家族が知れば、今度はそちらが悲しむだろうからと……。優しい方ですから。自分だけの秘密を、誰にも知らせないために、その場所には近付くなと」
 エル・クレールは彼女には珍しい下品さで、音を立てて洟をすすり上げた。そうしなければ、涙が頬を伝ってしまう。
「あそこは、私が行って良い場所ではなかった。私が居てはいけない場所だった。父は何も言いませんでしたけれど、言わないからこそ、愚かな子供には痛いほどに良く判ったのです」
 エル・クレール=ノアールは深く息を吐くと、目と鼻の頭を真っ赤に充血させながら、
「あの場所にいるかぎり、私は父にとって必要のない存在だった」
 とびきり上等の笑顔を作った。


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2015/07/28update

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