桑の樹の枝の天蓋の内 − 駆ける先の夢 【4】

訊ねる。
 徳然が怪訝顔をした。
「はあ。よくお察しで」
「老師が言っておられた。近々オレに弟分が二人増えるとな」
 彼は、左の掌に右の手を添えた。拱手きょうしゅという、一種の敬礼である。
「遼西郡(せんりょうぐん)令支(れいし)の産にて、姓は公孫(こうそん)、名は【王賛(さん)】、字して伯珪(はくけい)」
「れっ、令支の、公孫っ」
 徳然は弾けるように玄徳にすがり付き、大慌てで手を拱くんだ。
「食客百人と噂される、あの公孫家の、ご令息であられる?」
「はははっ。話五分、いや、一分といったところと思うてくれ。さて……」
 公孫【王賛】伯珪は、焦り過ぎの徳然から、落ち着き過ぎな玄徳に視線を転じた。
「賢弟、名を教えてくれまいか?」
 玄徳は右の掌に左の拳を打ち付けた。
「【タク】郡【タク】県の生まれ。劉備、字は玄徳」
 沈黙があった。
 伯珪は暫し押し黙った後に、
「名付け親は……どういうつもりで賢弟の名を定めたものか」
と、唸った。
「己で付けました」
 事もなげな返答が、玄徳の口から発せられた。
 再度、伯珪の目が見開かれた。 
 その大穴を、玄徳の幽かな炎の宿る瞳が、見据えた。
 蒼く、柔らかい炎だった。
 奇妙な安堵を感じる。
「大したタマだな」
 吐いて出たのは、嘆息か感嘆か。
『両方だ』
 伯珪は、微かに笑んだ。
「あ、あの……」
 徳然が、恐る恐る訊ねる。
「玄徳の名は、それほどに珍妙なものでしょうか? 私には、普通の、良い名に思えるのですが」
 伯珪は質問者ではなく、玄徳の目をじっと見据え、答えた。
「『玄』とは、世の全ての色を合わせた色のことだが、世の全てを統べる天をも意味する。そちらの意として、名の『備』と併せると、『天の徳を備える』となる。さらに、苗字の……帝室と同姓の『劉』を接げると……」
「『劉の天の徳を備える』……? 帝室の天……。……天子……の徳を備え……る!?」
 徳然は、又従弟を顧みた。
 彼は笑っていた。
 はにかみと寂しさと力強さが融合する、なんとも不思議な微笑を浮かべていた。
【了】


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2014/09/20update

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