幻惑の【聖杯の三】 − 【2】

り切ってるみたいだからな」
 エル・クレールは自分の握っている赤い剣をまじまじと見た。
 やせた、背の高い、無口で、生真面目だった父親の姿が、細身の剣と重なって見えた。
「それと……俺はこいつらの親玉の方に掛かりたいンでね」
 ブライトは視線を道の彼方に向けた。
 かすかに風が吹いていた。その風のながれる先に、干し草を積んだ荷馬車が停まっている。馬具は付いているが、辺りに馬や馬子の姿はない。
「じゃ、任せた」
 呼気の代わりに言い残し、彼は大地を蹴った。あっという間に、人の形をした風は荷馬車まで到達し、あっという間にそれを蹴り倒していた。
「ぎゃぁ」
 という力のない悲鳴が、干し草の中から聞こえた。
 すると、今までうごめいていた手袋もどきどもが、ぴたりと動くのを止めた。
 操者が手を抜いた指人形のように、そいつらはぱたりと倒れ込み、それきり動かなくなった。
「出てこい」
 干し草の山に向かって、ブライトが低く言った。
 カサカサと草が動き、やがて現れたのは、一人の小柄な老人だった。
 修道士が着るような黒い衣装に、学者が持つような杖を携えた老人は、干し草の中から身を起こすと、
「やれやれ、乱暴な青二才め」
 はげ上がった頭に乗っかっていた干し草を払い落としながらブライトをにらみ付けた。
「じいさん、乱暴はどっちだ? ウチの相棒の綺麗な顔に傷を付けやがって」
「傷じゃと?」
 老人はエル・クレールの方を見た。
 動かなくなった手袋もどきの群れの真ん中で、彼女は呆然と立ちつくしている。その両こめかみから、赤い血の筋が流れ落ちていた。
「あんな物、怪我のウチには入らんじゃろうが。ほれ、男の子には傷跡は勲章とも言うぞ」
 老人は、数十歩離れたところににいるエル・クレールの耳にもはっきりと聞こえる良く通る声で言った。
 彼女は目を見開き、肩を怒らせて、足下の手袋もどきを大股で飛び越えつつ、老人とブライトのそばまで近づいた。
「これ、青二才。あの坊主は何を拗ねている?」
 近づいてくる彼女を見て老人が言うのに、ブライトはただ苦笑いで答えるしかなかった。
「あなたは、何者ですか?」
 シワだらけの顔は実に柔和で、知的ですらあるが、赤くてかった頬は少々下品にも思える。
 とげとげしいエル・クレールの問いかけにに対して、老人は
「何者に見えるかね?」
 と聞き返した。
 すると彼女は老人の目をじっと見つめて、答えた。
「【隠者《レルミタ》】」
「なんと?」
「なに?」
 老人と、ブライトは同時に声を上げた。
「驚いた坊主じゃ。おぬし、他人の持っているアームの銘が判るようじゃな」
 老人はケラケラと嬉しそうに笑い出した。そして、ブライトの
「アームの、銘だって? じいさん、あんた何者ンだ?」
 という言葉に、
「お主らの同類じゃよ。自分以外の者の命を受け入れた者……アームの所持者……ハンターなんぞという物騒な呼び名を使う者もいるが、のう」
 やおら服の胸をはだけた。
 浮き出た胸骨の上に赤い痣があった。痣は薄暗い闇の中に浮かんだ、小さな灯明のような形をしている。
「銘は坊主の言ったとおり【隠者】。人としての名は、レオナルド=シィバ。アルケミスト・シィバと呼ばれることもあるがの」


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2014/09/26update

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