いにしえの【世界】 − 奈落の底 【8】

一つ奪うようにして取り上げたマイヤーは、点けた火が消えぬよう慎重に、しかし素早く穴の中に飛び込んだ。
 覗き込んだブライトは
「掛け小屋のクセに、ずいぶん大がかりな奈落を掘ったものだ。土地の者に文句を言われたンじゃないのかい?」
 言いながらふわりと飛び降り、穴から腕を一本突き出す。その手を握り、エル・クレールも飛び降りた。
「顔役に木戸銭の半分をせびられましたよ。全く商売あがったりで」
 背筋を伸ばして歩くマイヤーの後ろを、ブライトとエル・クレールは背を丸めてついて行く。
「あれだけの踊り子を抱えて、喰ってゆくのが大変そうだな」
 パトロンが付いているのだろうことは、ブライトもエルにも想像が付いた。
 ただ、ブライトはそれ以外にもなにか収入源があるだろうと見ていた。それもあまり公にできない方法での稼ぎが、だ。
「さぁて。そっちのハナシは座長サンに訊いてくださいな。私《あたし》 の知った事じゃない」
 マイヤーは面倒そうに答えた。この男は本当に芝居以外のことには興味がないらしい。
 長い道のりではない。ほんの十歩で舞台下にたどり着いた。
 マイヤーがランプをかざすと、太い柱が円形に並んだ空間がぽっかりと浮かび、その周囲を埋め尽くすハンドル、レバー、すり減った木の巨大な歯車などが落とす影がゆらりと揺れた。
 エル・クレールにとっては見たことのないものばかりだ。素直に驚嘆し、声を上げた。
「これは、一体?」
「回り舞台ってやつでございますよ、若様。そこの丸く並んだ柱が丸い床を支えてましてね。それぞれにに力自慢の道具方が取り付いて押しますと、舞台の上の丸い床がセットも役者も乗せたままぐるりと回るという按配です。そうやって場面転換をすると、時間も場所もあっという間に飛び越えられるというダイナミックな仕掛けでございます」  喜々としてマイヤーが答え
る。
「それからあっちのハンドルで道具幕……つまり背景を書いた布きれですが……それを上げたり下げたり。あっちのレバーでいろんなもの、太陽やら月やら、描き割りの群衆やら、そういう仕掛けを出したり引っ込めたり。言ってみたら、ここは劇場の心臓です。お客さんからはまるきり見えない地べたの下だが、ここが真っ当に動いてくれなきゃ、いくら役者や踊り子が舞台の上で頑張っても見栄えの良い芝居にはならない……逆もまた、ですけどね」
「常設の大劇場ならまだしも、旅回り一座の掛け小屋にゃあっちゃならない小細工だ……」
 ブライトは立廻し柱の一本を軽く叩いた。
「……運ぶのも大変だろう。荷物が増える」
 刺すような視線をマイヤーに投げる。
「ええ、大変ですよ」
 マイヤーは一瞬目を閉じた。いや、閉じる直前で瞼は止まった。
 針のように細くなった目は、柔和に笑っているとも、鋭く睨んでいるともつかぬ表情を作った。
 しかし彼の団栗眼はすぐに大きく見開かれた。円形に並ぶ柱の中央までひょいと跳び、そこに据えられた革張りの木箱に取り付く。
 木箱にはなにやら機関《からくり》が仕掛けられているらしい。マイヤーは二人の客に向かって尻を突き出す格好で前屈みにななり、箱のあちこちを押したり引いたりした。
 やがて小さな金属音と共に箱が開くと、マイヤーはゆっくりと中に手を突っ込み、羊皮紙の束を取り出して仰々しく掲げた。
 束には細い大麻《ヘンプ》の紐が十字に掛けられていた。紐は束の上面中心で結び止められているが、そことは違う場所にももう一つ結び目があった。
 別の結び目には赤い蝋で封緘された後が残っている。
 封蝋は真ん中が丸くへこんでいた。何者かの印影が


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まろやか連載小説 1.41
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