意外な話 或いは、雄弁な【正義】 − 【9】

と言った方が正しいかも知れません。
 そして、今日がその手柄を立てる日だと御子は信じた。信じ込んで、それを勇気の支えとしたのです。
 しかし子供の勇気というものは、すぐに萎んでしまうモノです。御子は茂みから出手すぐに、眼前を仄暗い一筋の光が横切ったのを見て、悲鳴も上げられないほど肝を冷やし、剣を投げ出して尻餅をつきました。
 ……いいや、生憎なことにその光は君の思うようなもの、つまり、鬼火やら人魂などと呼ばれるものではありません。
 臆病な蛍火虫が仲間を求めて灯す幽かな光でした。
 御子はそのことにすぐに気付きました。そして尻餅をついたまま、気恥ずかしげに辺りを見回しました。その直前までに、散々人気のないことを確認し尽くしているというのに……。
 蛍火虫がふらふらと飛んで、ある一点に留まった。御子は闇に目を凝らして、動かずに点滅する光を見つめました。
 そして蛍火虫の小さな明かりの中に、扉の木目を認めた。決して近寄ってはならない、あの幽霊屋敷の扉です。
 御子はゆっくりとにじり寄りました。尻餅をついたままですから。立ち上がれなかったのですよ。這い進むより他にありません。
 ひどく長い距離のように思えたようですよ。実際にはほんの数十歩ほどでした。ただ何分にも気持ちばかりは前へ進むのに、腰はすっかり抜けきって、頭の後を付いてきてくれないのですから、時間が掛かって仕方がなかった。
 当の本人は至極真面目に「ひたすらに前進している」つもりだったでしょうが、人から見れば相当に滑稽な様子だったに違いありません。ずるずると体を引きずって、それでもどうにか蛍火虫が飛び立つ前に扉の前にたどり着きました。
 御子は質素な木の扉に縋り付いて、崖でもよじ登るかのようにして漸く立ち上がり、扉に耳を押し当て、中の気配を探りました。
 何かが聞こえるはず。音か声か。不気味な唸り声か。
 もし聞こえたなら、これほど恐ろしいことはないはずです。誰もいない廃屋の中から、何者かの存在を匂わせる音がするなどとは!
 恐ろしくて、恐ろしくて、心の臓が飛び出るほどに恐ろしくて。しかしそれほど恐ろしいのに、その音を聴きたい。そこに何者かがいるということを確かめたい。
 御子は期待していました。大きな期待でした。
 しかし期待は裏切られました。
 どれ程強く耳を押し当てようとも、御子には、どっどっと打つ自身の心臓の拍動と、ざぁざぁと流れる血潮のざわめき以外は、何も聞こえなませんでした。
 御子は大きく息を吐き出しました。安堵の息であり、同時に落胆のそれでした。肺臓の中身が全部抜けるほどの息を吐き出すと、体の力も抜けてしまったようで、御子はその場に座り込んでしまった。
 そして扉にもたれかかるようにして、空を見上げましたた。暗闇の中に小さな星がちらちらと瞬いています。星はあくまでも冷た輝いていた……。御子には星々が自分を
「見栄っ張りの小心者よ、己の力量を知らぬ愚か者よ」
 と責め立てているようにさえ感じました。
 御子はまた息を吐いきました。体の力は益々抜け、首がかくりと後ろに落ちました。
 脳天が扉の板に当たる軽い音がした。その直後、蝶番が小さな悲鳴を上げました。
 ――いや違う。錆び付いた金属の重く湿ったような軋みではない。
 良く磨かれて、油を差された、ちゃんと手入れがされている、良く動く蝶番の音です。
 例えば、人々の喧騒のある昼間のお城の中では少しも気にならない程の小さな音。人気のない夜の幽霊屋敷であったからこそ、聞き取れたのであろう、かすかな音。
 御子は固唾を呑みました。この扉は


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まろやか連載小説 1.41
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