煎り豆 − 【2】

こにこと笑って言いました。
「案内はするが、連れては行かないよ」
「一体どういうことだね?」
 料理長が聞きますと、人足頭はにこにこと笑って言いました。
「ここにいるのが何よりの案内だからさ」
「一体どういうことだね?」
 織工長が聞きますと、人足頭はにこにこと笑って言いました。
「もうじき長者はここに来るんだ。だって、風車が回ったからね。きっと粉のことで催促にくるに違いないのさ」
「なるほどそれはそうかもしれない」
 鍛冶屋と料理長と織工長はそれぞれにうなずくと、人足頭を囲むようにしてその場に座りました。
 何しろみながみな、今朝や昨晩や一昨日や一昨昨日から働きづめに働いていましたから、すっかり疲れていたからです。
 脚は棒のようにかちこちですし、目は兎のように真っ赤です。
 それでもお腹の中から力が湧き上がってきて、黙りこくってはおられないほど楽しい気持ちが体に満ちておりました。
 ですから、誰が指揮をとるでもなく、誰が口火を切るでもなく、自然にみんなで歌を歌い出したのです。
 石の小屋の老夫婦が歌うように語ったあの話を、その場所にいた者全員が、大きな声で合唱したのでした。
「よぼよぼのじいさんとよぼよぼの婆さんが、朝一番にでかけた。
 二人揃って杖を突いて、神殿まで歩いていった。
 空っぽのお財布のそっこから、銅貨を一つ捧げた。
 心を込めてお祈りしたら、天から御使いが降りてきて、
 じいさんとばあさんに子供ができると仰った。
 それから煎った豆を植えろと仰った。
 酸っぱい上澄みで育てろと仰った。
 言われたとおりに豆をまき、言われたとおりに上澄みをかけた。
 すると不思議、煎り豆から芽が出た。
 不思議不思議、あっという間に木になった。
 あっという間に花が咲き、あっという間に実がなった。
 それがその豆、たくさんの豆。
 夕べたらふく食べて、今朝たらふく食べてもまだ減らない。
 なんて幸せな煎り豆だろう」
 大きな歌声は、風車小屋の壁に跳ね返り、織物の作業場の壁に跳ね返り、台所の壁に跳ね返り、敷地を囲む塀に跳ね返って、益々大きくなりました。
 風車小屋では人足たちが声を揃えますし、織物の作業場では織工の娘たちが声を揃えますし、台所では下働きの者達が声を揃えました。
 歌声は村一番の金持ち長者さまの屋敷中に響きました。そればかりか、屋敷の外の麦の畑や、ぶどうの畑や、亜麻の畑や、チーズの加工場や、ぶどう酒の酒蔵や、リネンの保管庫や、遠く遠くの毛玉牛の牧場にまで響いたのです。
 仕事をしている人たちの疲れた顔が、楽しそうで角の取れた表情になってゆきました。
「これは不思議だ、なんだか元気が湧いてくる」
 みんななぜだか心がうきうきし、じっと立っていられなくなって、終いには長者の屋敷で働いている人々全員が、節に会わせて足を踏みならして踊り出しました。
 これに驚いたのは、誰ありましょう、村で一番の金持ち長者です。
 長者はお屋敷の門から一番遠い棟の、一番高い所にある、一番日当たりの良い、一番広い部屋におりました。
 部屋の四方はみな窓が開いていて、お屋敷の中も、遠くの畑も、無効の牧場も、それから村中の全部が手に取るように見渡せます。
 長者が東の窓から顔を出しますと、麦畑で働く者たちが、みな楽しげに歌い踊っているではありませんか。
「これは一体何事だ?」
 西の窓から顔を出しますと牧場で働く者達が、みな楽しげに歌い踊っているのが見えました。
「これは一体何事だ?」
 北の窓から顔を出しますと、織物の作業場で働く者達が、みな楽しげに歌い踊ってい


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