煎り豆 − 【3】

たどり着きました。
 手探りで扉を開けますと、たくさんの袋がたくさんの山になって積まれているのが見えました。
「これは助かった。この袋に腰を下ろして寝ころべば、疲れも痛みも取れるに違いない」
 大喜びで広々とした蔵の中に飛び込んだ長者は、粉碾きの石臼の角に脚をぶつけました。
 火傷なます青あざ赤あざ刺し傷切り傷のできた足を大きな石にぶつけたものですから、長者は痛さのあまり豆のサヤがはじけたときのような勢いで飛び転げました。
 長者はその拍子に、持っていたテーブル掛けをぽんと投げました。
 あんまり勢いよく投げたものですから、テーブル掛けはばさばさと音を立てて宙を舞いました。
 あまり大きな音を立てた物ですから、蔵の壁の奥に棲み着いていた鼠達が驚いて、キィキィ鳴きながら走り回りました。
 大鼠が柱にぶつかってごつん。
 子鼠が梁から落ちてどすん。
 小麦の袋が揺さぶられてぐらり。
 小麦粉の袋が崩れてばさり。
 袋は全部で百袋。
 お屋敷から追い出された人足頭が、追い出される前に碾き終えた、百袋分の小麦粉袋が、倒れて崩れて裂けて、全部が大きく破れてこぼれて、全部が地面にぶちまけられて、全部がダメになってしまいました。
 村で一番の金持ち長者は、真っ白に漂う埃の前でただただ口をぽかんと開けておりました。
 お腹がぐぅと悲鳴を上げましたが、食べるものはありません。
「ああ、お腹が空いた、ああ、腹が減った」
 総身がブルブルッと震えましたが、着込む物はありません。
「ああ、冷たい、ああ、寒い」
 体中がずきずきと痛みましたが、休める場所はありません。
「ああ、熱い、ああ、痛い」
 長者はがっくりと肩を落とし、地面にぺたんと座り込みました。
 粉袋からあふれた粉は、モウモウと煙ってあたりに舞広がります。蔵の外の石ころだらけの地面の上にも粉は漂って振り落ちました。
 村で一番の金持ち長者の鼻がむずむずとくすぐられました。。
 くしゃみの出そうな気持ち悪さは、脚をつたってつま先に届き、背骨をつたって頭の先に届き、腕をつたって指先に届き、あっという間に体全部がモゾモゾとか気持ち悪くなりました。
「ああ、むずがゆい、ああ、こそばゆい」
 村で一番の金持ち長者はもたもたと立ち上がりました。足元の地面には粉まみれの鼠が走り回っています。
 大鼠が粉の袋にかじりついてぼりぼり。
 子鼠が粉まみれの靴にかじりついてかりかり。
 小麦の袋が落ちてきてどっすん。
 小麦粉の袋に穴が開いてざらざら。
 袋は全部で百袋分。
 長者の足は鼠に噛まれたり、火に炙られたり、ぶつかったり、まとわりつかれたり、刺さったりしてできた、青黒い傷に赤い火傷に青いあざに白いなますに黒いかさぶたでまだら模様になりました。
 天を仰ぎますと、空は妙に明るく、細い月はいつのまにやら西の空の果てに消えておりました。
 丘の向こうの牧場あたりから、毛玉牛の悲鳴が聞こえます。牧童は全員お屋敷から出て行きましたから、山犬の群れが追い払われることなく柵を跳び越えているのでしょう。
 庭を挟んだ向こうの建物は火炎に包まれ、炎が天を赤く焦がしております。使用人は全員お屋敷から出て行きましたから、火は消されることなく燃え広がっているのでしょう。
 目の前の蔵では鼠が走り回っています。
 人足は全員お屋敷から出て行きましたから、鼠も虫もとがめられることなく穀物を食べ散らかしているでしょう。
「なんてことだ、なんてことだ」
 長者は山犬を追い払わなければならないと思いました。火を消し止めなければならないと思いました。鼠ども


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まろやか連載小説 1.41
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