煎り豆 − 【3】

機の柱の角に脚をぶつけました。
 青あざ赤あざ刺し傷切り傷のできた足を柱の角にぶつけたものですから、長者は痛さのあまり豆のサヤがはじけたときのような勢いで飛び上がりました。
 長者はその拍子に、持っていた燭台をぽんと投げました。
 あんまり勢いよく投げたものですから、燭台は蝋を滴らせながら床に落ちました。
 火の付いた蝋が落ちたものですから、床の上にあった物は全部火の粉を浴びました。
 毛玉牛毛の織物がぷすぷす。
 絹の織物がぼうぼう。
 麻の織物がぱちぱち。
 地機の杼がめらめら。
 高機の枠ががらがら。
 反物は全部で百反分。
 お屋敷から追い出された職工長が、追い出される前に作り上げた、百反分の反物が、燻って焦げて燃え広がって、全部が大きな炎をあげて、全部に次々燃え広がって、全部がダメになってしまいました。
 村で一番の金持ち長者は、真っ赤に燃える炎の前でただただ口をぽかんと開けておりました。
 お腹がぐぅと悲鳴を上げましたが、食べるものはありません。
「ああ、お腹が空いた、ああ、腹が減った」
 総身がブルブルッと震えましたが、着込む物はありません。
「ああ、冷たい、ああ、寒い」
 長者はがっくりと肩を落とし、床にぺたんと座り込みました。
 大きな火が燃える作業場は、熱々に熱せられております。節だらけの板を敷き詰めた床は、炙られて熱くなりました。。
 村で一番の金持ち長者のおしりがじんじんと熱せられました。
 突き刺さるような熱さは、脚をつたってつま先に届き、背骨をつたって頭の先に届き、腕をつたって指先に届き、あっという間に体全部が火のように熱くなりました。
「ああ、熱い、ああ、焼ける」
 村で一番の金持ち長者はもたもたと立ち上がりました。足元の床には反物や機の部品が散らかっています。
 毛玉牛毛の織物の燃えさしが蹴り飛ばされてぷすぷす。
 絹の織物の燃えさしを踏みつけてぼうぼう。
 麻の織物の燃えさしが煽られてぱちぱち。
 地機の杼が転がってめらめら。
 高機の枠に蹴躓いてがらがら。
 反物は全部で百反分。
 長者の足は火に炙られたり、ぶつかったり、まとわりつかれたり、刺さったりしてできた、赤い火傷に青いあざに白いなますに黒いかさぶたでまだら模様になりました。
 長者はつまずかないように踏みつけないようにぶつからないように引っ掛からないように気をつけて、壁に手を付いて、大慌てで走りました。
 ようやっと表へ出ますと、足先に何かが当たりました。
 妙に赤い光の中で目を凝らしますと、それは古いリネンのテーブル掛けでした。すり切れた布地に食べこぼしのシミが残っております。
 長者は大変よろこんで、体にはおりました。
 わずかにわずかに体が温かくなりました。肩に掛ければお腹が出て、お腹に巻けば背中が出てしまう程に小さな布でしたが、長者は少しだけからだに力が出た気がしました。
「温かい場所はないか? 熱くない所はないか?」
 長者はテーブル掛けを頭から被って、赤い光の揺れる中庭を歩き始めました。
 ところが、急いで歩きますと、小さな布はが熱風に煽られて、今にも飛ばされそうになりました。
「飛んでしまう、飛んでしまう」
 そこで、ゆっくり歩きますと、かじかんだ手から力が失せて、今にも布を落としてしまいそうになります。
「落ちてしまう、落ちてしまう」 
 長者は早く遅く、遅く早く、闇雲に庭を進みました。
 足は冷たくて痛くて、手も冷たくて痛くて、体も冷たくて痛くて仕方がありません。
 どれほど歩いたのかさっぱり判りませんが、ようやく長者は、どこかの蔵に


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