その農婦は、やはりその集落の住人だった。
つい最近、どこぞから移り住んできたのだというのだが……。
どういう訳か、ムラ人達は彼女を運んできた「よそ者」と、彼らの足下にある彼女の亡骸そのものに近付くことをためらっている。
やがて、意を決したように神官を兼任する……らしい……長老が、遠巻きのまま、エルとブライトに向かい、
「6人、いたはずだが……?」
と訊ねた。
「判ってるのは、馬鹿野郎どもの数だけかい?」
ブライトは集まっている人間の顔を、一つ一つ見た。
50に満たない頭数である。それほど苦労な作業ではなかった。
猛禽のような鋭い視線ににらみつけられても、長老を筆頭に、ムラ人達はすべて口を閉ざしている。
「質問には、お答えいただけないのですね?」
エルも同様に人々を見回した。
やはり、誰も答えない。
「ま、いいさ。俺達ゃ通りすがりで、しかも、どっちかってぇと急ぎ旅だ。ここに長居する気は毛頭ねぇし、蔓薔薇の茎で木に縛っ付けて置いて来た連中がどうなろうかも、知ったこっちゃねぇからな」
ブライトが言い捨て、エルを促してきびすを返した途端、ムラ人がざわめきだした。
「死んでいない?」
誰の声とも知れない。しかし、言いしれぬ不安が満ちている。
「殺しといた方が、よかったかね?」
あくびをしながら、ブライトが訊く。
「死んでくれた方がいい」
ようやく長老が口を開いた。
「ふーん」
生返事を発したブライトは、軽く肩をすぼめた。エルも同じ動作をし、2人は集落の出口へ向かい、歩き始めた。
と。
数人が、農作業用のフォークや天秤棒を2人に突き付け、道を塞いだ。
「縛り上げられているのだな?」
背後から、長老が問う。
口調が、最初とはうって変わって、強い。
「何度も言わせるなよ。めんどくさい」
ブライトは振り返りもせず答えた。
「抵抗できない彼らを殺し、私たちをその犯人として捕らえますか?」
エルが、やはり出口側を見据えたままいうと、ブライトは楽しげに笑い、
「クレール、おまえ、勘が冴えてきたじゃねぇか」
「おかげさまで」
太平楽な口調の会話だった。
「オフターディンゲンの兄弟には、ずいぶんと迷惑を被っている」
長老が言うと同時に、2人の男達が麦を刈る巨大な鎌を持って駆け出した。
「フリッツ=オフターディンゲンんトコの馬鹿息子か」
ブライトがため息混じりに言うと、エルは唇をとがらせた。
「三族そろって、美食家で、吝嗇家(りんしょくか:ケチ)で、好色家」
普段上品な口調の彼女らしくなく、吐き捨てるように言うと、舌打ちした。
「だが……オフターディンゲン様は、この土地の代官だ。領民は逆らえない。だから、外の者に逆らってもらう。そして我々は、逆らった者達を罰したものとなる」
長老が、右の手を挙げた。
エルとブライトにフォークを突き付けていた農民達の顔色が変わった。
手がふるえ、脂汗をかいている。
人を殺したことなど、この農夫達にはないのだろう。
「私刑反対。せめて弁護士が欲しいねぇ」
言うが早いか、ブライトはエルの腰を左腕1本で抱きかかえ、跳んだ。
驚異的な跳躍力で、フォークも天秤棒も軽々と飛び越え、そのまま一目散に集落の出口の木戸をくぐり抜けた。
ブライトはエルを抱えたまま、哀れな農婦が陵辱された、あの森の中まで、一足飛びに駆け戻る……道すがら、彼は鼻の下を締まりなくゆるめながら、
「やっぱ、死体より生きてるののが抱き甲斐がある♪」
と、独り言を吐いた。
始め、彼はエルを片手で抱いていた。途中から、右の腕が添えられた。
右の掌は、エルの尻を支えた……撫で回すような手つきで。
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