フツウな日々 7 |
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「席についてー」
クラス委員の女子が金切り声を上げる。
校長先生はクラスの出席簿を手にし、教壇の真ん中に立った。
「日直は? ……授業を始めるよ」
校長先生はにっこり笑って背筋を伸ばした。
当番の生徒が号令をかけ、クラス全員がそろわない礼をして、着席するとすぐ、女子の一人が手を挙げて発言した。
「なんで校長先生が来たんですか?」
「君たちのクラスの担任のI先生と副担任のY先生が、急用で出かけてしまいました。そこで、今日の午前中の授業は私がかわりに教えることにします」
「校長先生が、授業をできるの?」
誰かがぽつりという。別の誰かが
「校長先生は先生の中で一番偉い先生なんだから、国語だって算数だって、きっと全部できるんだよ」
そういって、校長先生の顔を見つめた。
校長先生は苦笑いしながら、時間割をちらっと見た。
「このクラスは、月曜日の午前中に体育と音楽がなくて良かったよ。他の課目に比べると、苦手だからね」
生徒たちは笑ったり感心したりしながら、校長先生の授業が始まるのを待ちかまえた。
「一時間目は、社会だね。いまは地域学習をやっているとI先生から聞いているのだけれど?」
「はい」
一人の生徒が手を挙げた。ついさっき「怖い話」をした男子だ。
「ん? 質問かい?」
校長先生がその生徒を指名すると、彼は椅子を後ろの机にぶつけるくらいに勢いよく立ち上がった。
「この学校を建てるときに、人柱ってやったんですか?」
生徒たちがざわめいた。失笑している者もいたし、言葉の意味が判らなくて回りに訊ねている者もいたし、怖がって震えている者もいた。
校長先生は最初は相当驚いたようだが、すぐににこにこと笑って、
「君はずいぶん難しい言葉を知っているね。意味は知っているかい?」
「人を生き埋めにしちゃうことです」
さっきの「怖い話」を運良く聞いていなかった一部の生徒達が、
「そんなことしたら死んじゃうよ」
とか
「何で埋めちゃうの?」
などと、周囲の生徒達に聞いて回ったりするものだから、教室の中がいっそう騒がしくなった。
そこで校長先生は大きく咳払いをして、生徒達の注目を教壇に戻した。
「みんなは、普通に何かを頼まれるのと、何かプレゼントをもらって頼まれるのと、どっちがいいかい? 例えば、うちの人にお使いを頼まれるとして、なにもあげないけど行ってきてと言われるのと、臨時のお小遣いをあげるからと言われるのと……?」
生徒達は校長先生が、何か突然違う話を始めたように思ったりもしたけれど、それでも
「お小遣い、もらえた方がいいよなぁ」
「なにももらえないなら行かないよ」
口々に言った。
校長先生は大きくうなずいて、話を続けた。
「そうだね。何かもらうと、頼まれごとを聞きたくなる。校長先生だってそうだよ。
それで、昔の人は『神様だってプレゼントをもらえば喜んで願い事を聞いてくれる』と考えたんだ」
「神様に、プレゼント?」
「神様からプレゼントなら判るけど……サンタさんからとか」
「サンタさんって、神様だっけ? 違わないかなぁ」
生徒達は目玉と神経は校長先生の方に向けたまま、小声で言い合った。
「サンタさんは神様じゃないけど、それを説明すると長くなるから、それはまた今度だ。
とにかく、昔の人は神様にプレゼントを贈らないと、願い事は叶わないかも知れないと信じていた。
特に、大きな願い事や、失敗してはいけない仕事をするときには、『自分にとって大切な物』を送った方が良いと思っていたんだ。
普通の食べ物や飲み物だけじゃ駄目で、お侍さんなら刀とか、農家やお店をやっている人なら牛や馬とか、無くなってしまうと困る物をプレゼントにしていた」
「先生、質問!」
龍の三つ隣の席の男子生徒が、手を挙げた。
校長先生が指さすと、彼は勢いよく立ち上がって、こう聞いた。
「神様って、見えないし、触ったりできないですよね。どうやってプレゼントを渡すんですか?」
「うん、そうだね。昔の人も、どうやって渡したらいいかを、色々考えたんだ。
川の神様だったら、川に流せば受け取ってくれるかな、とか、山の神様なら土に埋めればもらってくれるかな、とか。そして、空にすんでいる神様なら、空に届けるために煙に乗せようと考えついた人がいて、火にくべて燃やしたりもするようになった」
と言うと、黒板に何か書き始めた。
白いチョークでぐねぐねとした線を引き、緑や黄色のチョークで色を塗り分け、水色の太い線やゆがんだ丸の形を描き上げる。
「この町の地図だ」
そう気付いた龍が、気付いたままを口にすると、校長先生は大きくうなずいた。