フツウな日々 32文章書きに送る50枚の写真お題

 広い畳の部屋の真ん中に赤い絨毯が敷かれていた。絨毯には模様が描かれていた。よく見るとそれは表面に印刷してあるのではなくて、いろいろな色の糸を組み合わせて織り込んであっるのだ。
 龍が床をじっと見ていると、「トラ」が小さな声で言った。
「遠い国で、女の人や子供が織っているんだ」
 その声は、夏前にあの川原で話していたときとまるきり同じ調子だった。
 だから龍も、あのとき止まるきり同じに、
「ふぅん」
 と答えた。
 絨毯の上には、スチールの脚にガラスの天板を乗せた低いテーブルがある。テーブルの周りには座椅子が二つ。部屋の隅に座布団が何枚か詰まれている。
 背もたれが大きくて肘置きが付いた、座椅子は、多分Y先生の旦那さんの場所だ。座るとテレビが真正面に見える位置だから間違いない、と龍は確信した。
 なにしろ龍の家でも父親はテレビの真正面に座っているのだから。
 その左側に、籐の背もたれが付いた座椅子がある。テーブルの辺の真ん中からからちょっとずれた位置に置かれているから、これはきっとY先生の席だ。
 この位置なら旦那さんがテレビを見る邪魔にならない。ちょっと中心からずれているのは、旦那さんの湯飲みにお茶をつぎ足すのに便利なように、だろう。
 龍はテーブルの前でちょっと考えた。先生と旦那さんの「定位置」に座る訳には行かない。だから空いている二カ所のどちらかに座ればいいのだけれど、どっちを選んだらよいのかまでは解らない。
 迷っていると、「トラ」は部屋の隅の座布団塔に駆け寄って、頂上から二番目と三番目の座布団を引き抜いた。
 彼女は二枚の座布団は先生の席の対面に並べて置き、テレビから遠い方へぺたんと座った。
 龍はその隣にちょこんと座った。
 背後から甘い匂いが漂ってきたか思うと、その匂いの元が、白いレースのテーブルクロスの上に、トンと置かれた。
 きれいに皮を剥かれ、櫛形に切られた大ぶりの桃。
 緑色のプラスチックの柄の小さなフォークが添えられているそれは、龍が普段食べるものよりも、一回り大きいように見えた。
「大きい!」
 「トラ」の分のお皿を持ったY先生の肩がびくんと持ち上がるほどの大声を出してしまった龍は、慌てて自分の口を両手で押さえた。
 その掌の下で、言い訳じみた疑問をつぶやく。
「さっき先生が、今年は実が小さいって言ってたのに」
「大きくても変な形の実はお店には売れないから、自分の家で食べちゃうんだよ」
 答えたのは「トラ」だった。
「桃って、みんな同じような形してるんじゃないの? 売れないほど変な形の桃なん見たことがない」
「それはそうだよ、そういうのはお店には並ばないのだもの。見たことがないのが当たり前だよ」
「それはそうだけど……」
「葉っぱの影に隠れていると、日陰の所は赤くならなかったりする。太い枝に寄っかかっていた実は、枝の当っているところがふくらまない。ちょっと風の吹いた拍子にどこかにぶつかって傷が付くと、跡が残ったりそこだけ凹んだりする。そういうのは、見た目がきれいでないから、お客さんが買ってくれない。お客さんが買わないから、お店の人も仕入れない」
 「トラ」は一息に言った後、一度唇をぎゅっと結んだ。そしてうつむいて息を吸い込むと、付け足した。
「他のモノと違ったところがあると、みんなに嫌われちゃうんだ」
「じゃあこの桃は、嫌われっ子の桃だね」
 龍は言うなり、一番大きな櫛形切りの桃を口に運んだ。
 桃は少し堅かったが、噛むと途端にとろりと溶け、口の中はたちまち甘い汁で一杯になった。
 ジュースに変わってしまった桃の実は、するするすとんと喉の奥に落ちていった。
「ふわぁあ!」
 龍の口からは感動の声と、桃の甘い匂いがあふれ出た。
 彼は矢継ぎ早にお皿の桃を口に運んだ。そうして、飲み込むたびに桃味の息を吐き出す。
 お皿はあっという間に空っぽになった。
 龍は果汁が弾く小さな光の反射を、名残惜しくじっと見つめて、言った。
「僕は、嫌われっ子の方が好きだ」
「ありがとう」
 小さな声で「トラ」が言う。彼女は黒目がちな瞳を潤ませて、にっこりと笑っていた。

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